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第42話 無課金で、頑張ります

 宿の一室。夜。

 シャルは別室だ。久しぶりに、一人の夜だった。


 アルドは窓の外を見ていた。王都の灯りが散らばっている。遠くで馬の(ひづめ)の音がした。それだけだった。静かだった。


(今夜、何かが動く)

 根拠はない。ただ、そういう予感がある。長く裏の世界を生きていると、こういう感覚が育つ。外れることもある。ただ今回は——外れない気がした。


 部屋の空気が、わずかに変わった。

 アルドは振り返らなかった。


「……久しぶりだな」

「だって、あなたが一人になる夜の時間がほとんどなかったでしょ?シャルロットとの鍛錬(たんれん)が終わった後はすぐに寝てしまうし」

 ルーチェが、窓際に座っていた。

 いつの間に。相変わらず、気配というものがない。


「俺は忙しい男だからな。睡眠も大事な時間だ」

「知ってるわよ。だから起こさなかったんじゃない」

「そりゃどうも」

 アルドは椅子に座った。ルーチェを見た。約一年ぶりだ。変わっていない。当然か、女神だから。


「……で、俺の前に出てきたってことは」

宰相(さいしょう)がいよいよ動くわよ」

「だろうな。今夜かなと思ってた」

「いい(かん)ね。限りなく近いと思っていいわ。一触即発(いっしょくそくはつ)って感じかしら」

 アルドは少し(うなず)いた。



「宰相はね、実はあなたと前世の因縁(いんねん)があるのよ」

 ルーチェが静かに言った。

「因縁?」

「あなたは直接知らないかも。あっちはあなたのこと知ってる感じ。でも、あなたの人生に結構影響を及ぼした人間なの。あなたに教えておくのも面白いかなって」

「正直に言ってくれるのは助かるが……前世はあまり興味ないね。それなりに達成したからな。それに今の状況の方が立て込んでる」

「だからよ」

 ルーチェの声が、少し変わった。


「私はもちろん、アルドの前世の世界の顛末(てんまつ)を知っているわ。そして、この世界ではアルド()()の前世の(カルマ)を清算する目的もあるの」

 アルドは少し間を置いた。


「カルマの清算?……まぁ、前世は決して品行方正とは言えないけどな、俺の人生。……じゃあ、俺は前世で犯した罪を(つぐな)うために、今世で四十二年も(くすぶ)っていたってことか?」

「いえ、四十二歳に覚醒したのはそんなことが理由ではないの。むしろあなたは『許す側』かしら、罪を」

「俺が許すのか?自分が被害者側っていうのは、正直予想していなかったが……許す許す。もう前世のことなんて綺麗(きれい)さっぱりだしな。俺は今を生きているからな」

「……本人を目の前にして、それが言えるかしらね?」

 ルーチェは不適な笑みを浮かべた。


「なんか、含みのあるイヤな言い方だな。結局、宰相の件が片付いたら終わりって話ではないってことか?宰相の後ろには、まだその因縁とやらが絡んでくる話があるってことか?」

「ふふ。ある、とだけ」

 アルドはため息をついた。


「そして、あなたの今世での裏ミッションがあるの。前世の因縁の相手との決着。これがあなたの使命よ」

「……今言うのかよ。俺は今までのルーチェの話ぶりからして、()()()()()始まりという感じだろ?長くなりそうだな?」

「今回初めて言うわけじゃないわ。あなたが前世を終えた時に、実は一度真相は話してるの。それを聞いた上であなたが選んだ人生プランだからね?前世の記憶や力には意図的に封印をしているから。現在のあなたは前世から比べると、解除できないデバフが、何重にもかかっている状態ってところかしら?」

「なんでだよ!?そのデバフにメリットはあるのか?」

「そのデバフは私とあなたで、選んで封印したから、ちゃんと合意のもとよ。覚醒後の、あなたの身体能力の成長率を、激的に上げるためね。そのために、前世で使えていた大蛇(オロチ)シリーズは、今世では封印してるから()()()()()()()()

 アルドは深いため息をついた。


 思い出した……大蛇(オロチ)シリーズ。前世のアルドが保有していた八つのチート能力で、どの能力もチート級で、半数以上が一瞬で大多数の人間を絶命させることが可能な技。その中でも絶対交渉権は唯一、他人の命を奪うことはない、チート鑑定技。知りたい情報をかなりの精度で、数値換算(すうちかんさん)なども可能で調べることができ…るはずだが…


 ……なるほど。今の絶対交渉権も、前世の劣化版ということを再認識した。


「前世の俺をとことん殴りてえ……どんだけ身勝手なやつなんだ……魔球を編み出すために、高負荷のギプスつけてる野球少年かよ…」

「そのおかげで、普通に日々の鍛錬をするよりも、身体の締まり具合が良くなってきてるでしょ?鍛錬による成長に関してはデバフかかってないから、日々努力することで成長はちゃんとしていくわ。あと_デバフの鎖みたいな物は、その時の身体特徴によって解除できる内容・選択肢が変わってくるから♪」

「本当にギリギリだな……」

 ルーチェが少し顔を伏せた。



「アルド。私は、あなたの本当の意味での味方よ。これから進む道は、さらに過酷に、複雑化するわ。日々の鍛錬だけではなく、あなたが善行の(カルマ)を積むことで、身体にかかっている制約を、少しずつ外すことができるの。ただ、最初に外す制約だけは、私の方で決めるから。これが間違いなく、最優先にするべきものというものがあるから。今は分からないことだらけでしょうけど……」

 アルドは少し考えた。それから、言った。


「気にすんな。なんでそこまで伏せてるのかは全然わからねえけど……ルーチェが俺たちを気にかけていることはわかってる。なんとか、この物忘れの酷くなった、おじさんの脳みそで頑張るわ」

「あ、そのことだけど」

「何だよ?そのことって」



 ルーチェがアルドの頭に手をかざした。

 淡い光が、頭を包んだ。


「最初に解除する、デバフよ。あなたの(たましい)が、前世の世界のままで、実はこの世界の波長がしっかりあっていなかったの。簡単に説明すると、ラジオの周波数が合っていない砂嵐(すなあらし)状態。そこで、まずあなたの魂を、この世界のチャンネルの波長にシンクロさせる。すると、脳が正常化するので、脳みそのゴミを排出する能力の向上と、前世の記憶の一部を解放されるわ。それによって、あなたが前世で行っていた健康法の記憶が戻るというわけ」


 アルドは少し目を閉じた。

(……?……!)

 頭の中が少しずつ、スッキリする感覚があった。靄が晴れるような。それと同時に、記憶がどんどん流れ込んでくる。前世で積み上げた健康法、若さと体の維持のための方法、身体能力を引き上げるための習慣——全部、出てきた。


「ああ、思い出してきた……」

 そして気づいた。


「……くそっ!」

「どうかしたの?」

「一年あれば、今思い出したこの健康法を使って、もっと身体面やアンチエイジングを促進できたのに……!」

「仕方ないでしょ?これは、あなたの生前の指示通りの内容よ」

「…………前世の俺、本当に殴りてえ」

 ルーチェが少し笑った。



「あなたの前世の能力を限定解除したり、この世界の波長に合わせるのは有料級よ?」

「これからも無課金で頑張ります。人生エンジョイ勢として」

 ルーチェが少し呆れた顔をした。


「あなたはどちらかというとガチ勢のハードモードよ。諦めなさい」

「ああ、わかってはいたが聞きたくはなかったな。気持ちだけはエンジョイ勢でいさせてくれ」

「そんなことをまだ言ってられる余裕があるうちはね……あなたが生きていることが私にとっては課金されているようなものだから、生き残りなさい」

「はいはい。大事にします、この命」

「『はい』は一回よ」

「はいはい」

「もう!」

 ルーチェが笑いながら消えた。


 部屋が静かになった。

 アルドは一人、窓の外を見た。王都の灯りはまだ散らばっている。遠くで風が鳴った。


(よし、来い)

 アルドは深呼吸をした。

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