第39話 長いお花摘み(意味深)
王都の門をくぐったとき、アルドは少し空を見上げた。
高い。カルヴェンとは空の広さが違う。建物が密集しているせいで、見える空の面積は狭いはずなのに、どこか圧がある。人の数も、音も、匂いも、全部が濃い。
(久しぶりだな)
隣でシャルが手帳を閉じた。
「エリシア殿下との段取りは確認済みだ。王宮ではなく別邸の方だ」
「ん、王宮に入らなくていいのか?」
「今は目立つなということだろう。向こうの判断だ」
アルドは頷いた。賢明だと思った。宰相の目がある場所に、わざわざ顔を出す必要はない。
馬車が石畳の上を進んだ。アルドは窓の外を流れる景色を見た。活気があった。カルヴェンとは違う種類の活気だ。ここは王国の中心だ。金が動き、人が動き、情報が動く。
(さて)
城下の賑わいは、宰相の思惑とは関係なく、活気付いていた。
別邸は王都の中ほどにあった。目立たない外観だったが、中に入ると手入れが行き届いていた。使用人が二人、無言で案内した。
通された部屋に、エリシアがいた。
窓際に立っていた。こちらが入ってくる音を聞いても、すぐには振り向かなかった。一拍置いてから、ゆっくりと向き直った。
シャルがすぐに膝をついた。
「ご無沙汰しております、エリシア王女殿下」
「いいわ。楽にしてちょうだい」
シャルが立ち上がった。エリシアがアルドを見た。少し間があった。
「遅かったですね」
「すまんな。お花を摘みに行ってた。花束になるくらいな」
エリシアがわずかに目を細めた。何か言いかけて、やめた。それから椅子に座った。
「座ってください。話があります」
「結果から聞かせてください」
エリシアが言った。前置きを好まない性格は変わっていなかった。
アルドはシャルを見た。シャルが手帳を開いた。
「殿下から密命を受けてからの、懐柔した貴族の数です。ヴォーン家の情報網と、レンフォード子爵の根回しを併用して動きました」
シャルが数字を読み上げた。エリシアが静かに聞いていた。
シャルが手帳を閉じた。
「総計で、王国貴族のおよそ八割が協力の意向を示しています」
部屋が少し静かになった。
エリシアが「……八割?」と繰り返した。声に感情はなかった。
ただ、もう一度繰り返した。
「……八割…?」
「そうだ」とアルドは言った。
エリシアが少し間を置いた。
「正直に言います。半数もいけるか、怪しいと思っていました」
「知っている」
「……知っていたんですか?私の考えを」
「現実的に考えたら、誰だって、だいたいそう思うだろう」
エリシアが少しだけ眉を上げた。それから、シャルを見た。
「資料はありますか?」
「はい」
シャルが手帳から紙を取り出してテーブルに置いた。整理された字で、各貴族の名前と状況が書かれていた。エリシアがそれを手に取り、黙って読んだ。読み終えてから、テーブルに戻した。
「……よくまとめてありますね」
褒めているのか確認しているのか、わからない口調だった。
「ありがとうございます」とシャルが答えた。表情は変えなかった。
アルドは内心で思った。
(この二人、思ったよりうまくやれそうだ)
「宰相のことを話します」
エリシアが言った。声のトーンが変わった。
「最近、動きが変わっています。これまでは情報を抑えることで動いていた。でも最近は——人を動かしている」
「人を、とは?」
「直接手を下せる人間です」
アルドは少し考えた。
「刺客か」
「まだ確定ではありません。ただ——あなたが王都に来ることは、宰相側も把握しているはずです。向こうも、もう察しているでしょう」
(そりゃそうだわな。王都での行動は筒抜けって話だし)
アルドは静かに息を吐いた。
「好都合だ」
エリシアが少し間を置いた。
「……どういう意味ですか?」
「向こうが動けば、尻尾が出る」
エリシアがアルドを見た。
何かを確認するような目だった。それから、静かに頷いた。
「……そうですね」
シャルが小さく肩を動かした。
その夜、王都の外れにある宿屋の一室。
男が一人、窓の外を見ていた。机の上に、一枚の紙が置いてある。
名前が二つ、書いてある。
男はそれを手に取った。確認するように、もう一度読んだ。
それから、静かに火にかざした。




