表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/51

第28話 早馬と、お月謝

 数日が経った。

 カルヴェンが、少しずつ動き始めていた。


 ドワイト商会が中央市場に本格的に入り込んだ。クルトが各商会との調整に動いている。

 価格の統一、取引のルール整備、仕入れの経路の整理——アムリタが担っていた役割を、少しずつ、丁寧に取り戻していく作業だ。


 また、ミラン商会とロンメル商会が、将来的にドワイト商会と合併(がっぺい)する合意の前段階の話が出てきていた。元々反宰相(さいしょう)派の色が薄くはない二商会だったので、コアの部分がアムリタから、ドワイト商会に変わるくらいの感覚なのだ、とクルトは言っていた。


 幸いなことにミラン商会にはアムリタの幹部候補も現存したので、これからのカルヴェンの流れを任せるなら、二商会の力を大いに使うことがいいだろうとアルドは伝えた。


 ただ、その中で、グレナ商会のスパイを絶対交渉権ぜったいこうしょうけん(あぶ)り出し、新体制への「虫の駆除(くじょ)」も行った。人知れず、ひっそりと。

 そして、グレナ商会の合成麻薬の流通ルートなどを「第三者の通報」として告発した。グレナ商会はほぼ壊滅状態だが、その中でも真面目に仕事ができる人間だけを、絶対交渉権で引き抜いてきた。


 意外と、グレナ商会の表部分の流通システム、組織体制はしっかりしていて、グレナに与したのは「あくまでカルヴェン東側の商会だったから」で安易に入ったという会員が大多数であった。

 グレナ商会に、宰相が後ろ盾についている事を、全く知らない会員ばかりだった。


 (ちり)は塵に、灰は灰に。

 アルドはその様子を、少し離れたところから見ていた。

 ドワイト商会の商業活動を、元々のカルヴェン三大商会の力を借りることで、ドワイト商会も、本来のヴォーン家の諜報(ちょうほう)斥候(せっこう)活動を引き続き続けることもできるだろう。商業活動の取りまとめは、クルトが()()ってくれることになった。


 市場の喧騒(けんそう)が戻ってきている。商人たちの声が戻ってきている。二年ぶりに、カルヴェンが本来の顔を取り戻そうとしている。


 ……俺のカルヴェンでの仕事は、だいたい終わった。あとはこいつらがやる。

 悪くはない。



 クルトがアルドのところに来たのは、夕方だった。

 いつもの体格のいい、筋を通したい顔をしていた。ただその目に、以前とは少し違う色があった。三枚舌を使い切った人間の、どこか軽くなったような目だった。


「アルドさん……正式に、お礼を言わせてください」

「礼はいらない。筋を通せる取引相手が見つかったと思ってくれればいい」

「……それで十分です」

 クルトが少し間を置いた。


「アルドさんがカルヴェンを離れた後も、連絡は取れますか?」

「もちろん取れる。お前が必要なときは呼ぶ。早馬(はやうま)で呼びつける」

「……呼ばれたら、参ります!」


 短い会話だった。長い契約書より重い種類の言葉だった。

 アルドは頷いた。それだけで十分だった。



 翌日の夜、宿の食堂の(はし)で、シャルがクルトとドワイト商会の幹部に囲まれていた。

 アルドは少し離れたところから、その様子を見ていた。

 シャルが何かを話している。クルトたちが困った顔をしている。シャルがさらに話している。クルトたちがさらに困った顔をしている。

 アルドは近づいた。シャルの熱弁が、聞こえてきた。


「——だから、アルドはこれから貴族との対話や、政局・事情などをもっと知る必要があるの!それを一朝一夕(いっちょういっせき)で伝えることは到底至難(とうていしなん)(わざ)、だから!私が同行して、サポートをしなければいけないの!わかった!?」

「……別に一人でも大丈夫だぞ?」

 シャルがキッとアルドを見た。


「アルド君……貴族社会とは、そんなに甘いものではないのだよ!」

 シャルはアルドにつかみかかってきた。

「お、おお……そうか。そいつは失敬(しっけい)した……」


 アルドが少し間を置いた。クルトたちが救いを求めるような目でアルドを見た。アルドはその目を穏やかに受け流した。

「ところでシャル、本当の理由は?」

 シャルが一瞬ビクッとなり、少しだけ目を逸らした。


「……鍛錬(たんれん)の方法をまだ聞いていない。自分が認めた師から直接学び、鍛錬がしたい性分(しょうぶん)なのでな……」

「あーはいはい。でも対価は支払ってもらうからな?」

「え!?……わ、私の(みさお)か?」

「バカ、金だ。お月謝(げっしゃ)だっつーの!」

 クルトが遠い目をした。ドワイト商会の幹部も遠い目をした。


 シャルは耳まで真っ赤にし、そして、小さく息をついた。

「……わかった。ちゃんと払う」

「話が早くて助かる。毎度あり!」

「……殺すわよ」

物騒(ぶっそう)だな。師匠を早速殺そうなんて……」

 クルトが小声で「……これが、フィクサーの師弟(してい)関係ですか」とドワイト商会の幹部に言った。幹部が無言で頷いた。



 翌朝、出発した。

 クルトが見送りに来た。ドワイト商会の幹部も来た。朝の光の中、カルヴェンの石畳が橙色(だいだいいろ)に染まっていた。


 ここから始まったものが、確かにある。中央市場にドワイト商会の旗が立った。クルトが後見人として動き始めた。宰相のカルヴェンへの足場は(つぶ)れた。今、エリシアが王都で動いている。


 宰相はまだ息づいている。むしろ次の盤面はもっと広い。ただ——。

 悪くはなかった。

「……遅い」とシャルが隣から言った。


「急いでいない」

「どこへ行くの?」

「次のチェックポイントだ」

 シャルが少し間を置いた。

「……ついていくわよ」

「知っている」


 シャルが何か言いたそうな顔をした。ただ、何も言わなかった。それでいい、という顔でもなかった。ただ、黙って歩いた。

 カルヴェンの石畳が、少しずつ遠くなっていった。

 アルドは振り返らなかった。



 街道(かいどう)に出てしばらくしたところで、後ろから馬の(ひづめ)の音がした。

 追いかけてくる。一騎だ。


 アルドが足を止めた。シャルも足を止めた。

 馬が近づいてきた。若い使いの者だった。息を切らしている。

「…ここにいらしたんですね!…てっきりまだ、カルヴェンの中にいるかと!」


 ……ん?もう少し遅めに出立した方がよかっただろうか?

「アルド・グレイン殿に、王都からのお手紙です!」

 アルドが受け取った。封蝋(ふうろう)を見た。


 王家の紋章だった。

「……エリシア殿下から?」とシャルが横から言った。

「そうだな」

「……何て書いてあるの?」

 アルドが封を切った。手紙を開いた。読んだ。

 短い文章だった。エリシアらしい、無駄のない文章だった。

 内心で、静かに像が結ばれた。

「——来いということだ」

 シャルが少し目を細めた。

「……王都へ?」

「ああ」

 二人はしばらく、手紙を見ていた。


 使いの者が「お返事は?」と聞いた。

 アルドは少し考えてから、言った。

「向かっていると伝えてくれ」

 使いの者が馬を返した。蹄の音が遠ざかっていった。


 シャルがアルドを見た。

「……行くの?王都」

「行く」

「……そう」

 シャルが前を向いた。アルドも前を向いた。

 王都への道が、朝の光の中に真っ直ぐ続いていた。


「——行くぞ」

「言われなくてもついていくわよ!」

「知っている」

「……その『知っている』、いつかやめてもらうから」

「検討する。検討に検討を重ね、検討を加速する」

「やめる気無いでしょ?」


 シャルの肩が、少し動いた。

 二人は、歩き始めた。



——第三章・完——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ