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第25話 生きる指針と、庶民ども

 エリシアの随行(ずいこう)の者たちを宿に落ち着かせるのに、少し時間がかかった。


 随行の者の一人が「殿下をこのような場末(ばすえ)の宿に!」と言いかけたのを、エリシアが「構いません」の一言で切った。その一言の重さで、全員が黙った。

 アルドはそれを少し離れたところから見ていた。


 ……相変わらず、容赦がない。王女じゃなかったら、ただのわがままなパワハラ娘だぞ。というか、ああいう態度って俺にだけじゃないんだな。まぁ、それが許される立場だからな。なんせ王女殿下様ですからな。王族すげー。


 ……これは黙っておくか。金持ち喧嘩せず。

 随行の者たちは、普段王宮勤めだから、こう言う場所は辛いだろうが、……まぁ、社会勉強ガンバレ!


 クルトを呼んだ。

 暗がりから現れたクルトが部屋に入って、エリシアを見た。一瞬だけ目が動いた。王家の随行を見ていたから、素性はわかっていたはずだ。それでも実際に同じ部屋に入ると、さすがに緊張が走ったらしかった。

 (ひざ)をつこうとするクルトを、エリシアが「楽にしてください」と制した。

 クルトが、少し戸惑った顔で立ったまま頷いた。

 アルドが四人を見渡した。

「話をする」


 アルドが話し始めた。

 グレナ商会が黒鷲(くろわし)の配下と確定していること。クルトが宰相(さいしょう)派と反宰相派の二重スパイとして動いていたこと。宰相がカルヴェンの中央市場の空白を狙っていること。そして将来的に中央市場を宰相派が牛耳(ぎゅうじ)り、カルヴェンを手中に収めるつもりだと言うことと。


 クルトが、全員を前にして静かに言った。

「……宰相側に報告しながら、実際は反宰相派を守る動きをしていた。隠していたことを()びる。すまなかった……」

 誰も責めなかった。エリシアがクルトを見て、短く(うなず)いた。シャルは無言だった。


 次にエリシアが話した。

 王都で宰相が商業区を実質的に支配し始めていること。税の横流し。王家への情報遮断。父王(ふおう)が動きたくても、宰相に言いくるめられて動けない状態にあること。


 四人の情報が重なっていった。

 カルヴェンと王都が繋がっている。宰相はカルヴェンで経済的な足場を作り、王都での支配をさらに強固にしようとしている。

 また、王都で秘密裏(ひみつり)に作らせている合成麻薬……中毒性が高く、カルヴェンのスラムや、最近は市街地にも合成麻薬が出回り始めている。この薬のためなら荒事(あらごと)()け負う(やから)が増えてきていると言う報告もある。

 その全体像が、初めて一つの部屋の中で完成した。


 しばらく、誰も口を開かなかった。

 シャルが静かに言った。

「……思っていたより、大きいんだね……」

「そうだ」とアルドが答えた。

「だから、動き方を間違えるわけにいかない」



 全体の共有が終わってから、アルドが言った。

「一人ずつ、話がある。順番に来てほしい。別に誰からでも構わない」

 エリシアがシャルを見た。シャルがエリシアを見た。二人の間に、何かが一瞬だけ流れた。どちらも何も言わなかった。

 クルトが最初に立った。


 クルトとは短かった。

「グレナに最後の誤情報を流してほしい。宰相の使いが王都に引き上げたという話を作る。グレナがそれを信じて動けば、中央市場の空白が一瞬開く」

「……その隙に入る、ということですか」

「そうだ。『記録所』に入り、正式に中央市場の空白地の取得申請を行う。タイミングは追って伝える。それまでは普段通りに動いてほしい。その間に」

 クルトが頷いた。


 記録所……

 このカルヴェンの役所の中でも特殊な構図になっており、主に不動産の登記や商会の登録等の手続きをする場所だ。カルヴェンの街の歴史は古く、また特殊な街の発展をしたために、役所の体系が他の役所とは違う。

 

この記録所のトップはなぜか「管理人」と呼ばれており、主に土地や特殊な権利に関しては必ず管理人が直接立ち会うことになっている。どうしてそういった面倒な構造になっているのかまではわからないが、そうらしい。

 管理人の采配(さいはい)の権限はカルヴェンの市長でも(くつがえ)すことのできない独立権限があるため、宰相も現在まで思い通りにできていないのである。


 この記録所で申請をしてしまえば、あとは後見人探しに移ればいい、と言う訳だ。

 それから少し間を置いて、言った。

「……筋を通せる取引相手というのは、まさにアルドさんのような人だと確信したよ」

「ミラン商会も、どちらかというと『反宰相派』寄りではあるが、あいつらは宰相のアムリタ潰しのやり方が気に入らないというくらいで、本来の意味での反宰相派ではない。だから『隠してたけど本当はガチの反宰相派の商会』ドワイト商会をここでぶつける」

「ドワイト商会?……ドワイトは今まで動いてなかった分、ノーマークですからね。グレナもミランに意識行ってると思うので、いいタイミングだと思う。……ところで、例の後見人の所在の目星とかは、もうついているのですかい?」


 アルドは答えなかった。ただ、少しだけ目が動いた。



 次にシャルが来た。

 シャルは部屋に入るなり、アルドを見た。何かを測るような目だった。

「ドワイト商会の名義で、中央市場に入る準備をしてほしい。空白が開いたとき、一番自然に動けるのはお前の商会だ」

 シャルが、少し間を置いた。


「……ドワイト商会が、……カルヴェンの中央市場に入る?」

「そうだ」

「それは——アルドに言ってなかったが、ドワイト商会は……」シャルの目が、わずかに動いた。「……そうなると、私の目的とは、少し違う話ね?」

「宰相の足場を潰すことと、中央市場に入ることは、矛盾しない」

矛盾(むじゅん)はしない。でも——」シャルが、アルドをまっすぐ見た。「アルドのゴールと私のゴールは、同じじゃない!」

 アルドは少し間を置いた。


「わかっている。ドワイト商会は、ほとんど取引らしい取引のない、いわばペーパーカンパニー。ハリボテだ。その実は、ヴォーン子爵家(ししゃくけ)諜報(ちょうほう)斥候(せっこう)部隊。そこを本物の商会にしていくと言うことは、今後のフットワークがものすごく重くなると言うことだろ?だが、こうなった以上、(あきら)めろ。そして、これが俺の考えた、一番有効な手段だ」


 シャルが、何かを言いかけた。やめた。それから静かに言った。

「……わかった。やる」

 シャルが力なく、部屋を出ようとドアに向かう。


アルドはいつもとは違う低いトーンでシャルを呼び止めた。

「シャル、ドワイト商会がカルヴェンの中心になると言うことは、間違いなく、お前の『宰相を失脚させる』につながるぞ。俺がそこまでは導いてやる。ドワイト商会の身の振り方もな。大丈夫だ、俺がお前の、『生きる指針』になってやる」


「!?」

 シャルは振り返った。

 目を見開いて、驚いた表情をしていた。何かを言いたそうな顔だった。

 ただ、言わなかった。そして、扉が静かに閉まった。



 最後にエリシアが来た。

 エリシアは部屋に入って、椅子には座らなかった。アルドの前に立って、真っ直ぐ見た。

「王都の証人を守ってほしい」とアルドが言った。


「宰相がカルヴェンに目を向けている間に、王都側の証拠を固める。そちらを動かせる人間が必要だ」

 エリシアが、少し間を置いた。


「……それが、最初からの狙いでしたか」

「そうだ。カルヴェンは本来陽動じゃない。戦略の(かなめ)ではある。ただ——カルヴェンを動かすことで、宰相の目がこちらに向く。結果、陽動にはなる。その間に王都側を固める。両方が本命だ。特に王都は想像以上に、宰相の目が行き届いているのがきになる。王都での行動は速やかに行うべきだ」


 エリシアがアルドを見た。

「……私が王都で足りなかったのは、(おとり)がいなかったからですね」

「そういうことだ。宰相の(すき)をつかないといけなかったんだよ。それが『この作戦』だ」

 エリシアが、小さく息をついた。(くや)しさと納得が混ざったような息だった。

「……わかりました。動きます」それから少し間を置いて、「グレイン様は、いつからそこまで考えていたんですか?」と言った。

「カルヴェンに来た日からだ」

(……本当は、エリシアの話を聞いてからだがな……)


「嘘ですね」エリシアは即答だった。

「そう!それが聞きたかった。おかえり、庶民どもに染まったエリシア!」


 アルドは笑った。

 エリシアも久々に、いたずらっぽく笑った。



 三人が出ていった。

 アルドは一人、部屋に残った。

 窓の外を見た。カルヴェンの夜が、少しずつ明けていく。石畳の向こう、市場の方角がほんの少しだけ明るくなっていた。


 駒は(そろ)った。クルトが誤情報を流す。シャルが中央市場への入り口を開く。エリシアが王都の証拠を固める。あとは——宰相側が動いた瞬間に、全部を同時に動かす。

 頭の中で、盤面を最後にもう一度確認した。

 穴はない。少なくとも、今見えている範囲では。

 ただ——一つだけ、静かに引っかかっていることがあった。


 シャルの欲望の輪郭(りんかく)が、いまだに読めない。

 最初からずっとそうだった。ルーチェの「理由がある。自分で気づく方が意味がある」という言葉が、頭の奥に沈んでいる。いつか、わかる日が来るのかもしれない。あるいは——


 アルドは、その問いを一度だけ頭の隅に置いた。

「——さて」

 誰もいない部屋で、静かに言った。


 夜明けのカルヴェンが、窓の外で少しずつ動き始めていた。


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