表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/51

第24話 先読みと、縁

 通りの向こうに、松明(たいまつ)の列が見えた。


 旗が見えた。紋章(もんしょう)が見えた。

 シャルが「——ヴァレリア王家の紋章よ」と言った。


 アルドはその紋章より先に、馬上の人影の一人を見ていた。随行(ずいこう)の者に囲まれて、ローブをまとっている。夜の松明の光の中でも、その顔つきは見覚えがあった。


 間を空けず、即答ツッコミしてくる。意外と深く人を観察できる。いつでも真っ直ぐこちらを見てくる、あの目だ。最後に会ってから少し経つが、あの日々を色々と思い出してきた。


「……お」

 思わず声が出た。


 随行の者たちが馬を止めた。アルドが通りに出ると、前列の者たちが警戒して前に出た。手が剣の(つか)にかかった。

 その後ろで、馬を降りた人影がいた。

 エリシア・エトワール・ヴァレリアが、アルドを見た。

 アルドは片手を挙げた。


「おー、エリシア。久しぶりだな」

 随行の者たちが固まった。

 シャルが固まった。それから一瞬で正気に戻って、その場で(ひざ)をついた。ローブの(すそ)が石畳に広がった。


「——馬鹿! 不敬罪だぞ!」小声で、しかし確実にアルドに向かって言った。それから顔を伏せたまま、「……エリシア第三王女殿下(でんか)……! 連れのご無礼を、どうかお許しください……!」

 エリシアが、一瞬だけ目を細めた。


 それから涼しく言った。

「別に構いません」随行の者たちに視線を向けて、「下がっていてください」と短く言った。随行の者たちが後退した。エリシアはシャルを見た。「ヴォーン子爵家のご令嬢(れいじょう)ですよね。ご無沙汰(ぶさた)しています。楽にしてください」


 シャルがゆっくりと立ち上がった。

 立ち上がりながら、横目でアルドを見た。その目が「あなたは一体何者なの…!?」と言っていた。

 アルドはその視線に気づいていたが、何も言わなかった。



 場所を移した。

 エリシアが随行の者を外に待たせて、宿の一室を借りた。クルトはここで外れた。アルドが「後で話す」と短く言うと、クルトは(うなず)いて暗がりに消えた。


 部屋にはアルド、シャル、エリシアの三人だけになった。

 エリシアが椅子に座った。アルドは壁際に立った。シャルはその少し後ろに、どこかぎこちなく立っていた。

 エリシアが部屋を見回した。それからアルドを見た。


「グレイン様、無事でしたか」

「見ての通りだ」

「……少し、しゅっとしましたね」エリシアがポツリと言った。

「氣功の効果だ」

「あの変な呼吸ですよね。毎晩続けてるんですか?」エリシアが少しだけ間を置いた。


「……シャルロット・ドワイトさんと、一緒に動いているんですね」

 シャルが微かに息を飲んだ。エリシアが偽名の方で呼んだことに、一瞬だけ目を動かした。

「限定的に、な」とアルドが言った。

 エリシアはシャルを見た。シャルはエリシアを見た。二人の間に、短い沈黙があった。どちらも何も言わなかった。



 エリシアが話し始めた。

 王都のことだった。

 宰相(さいしょう)が王都の商業区を実質的に支配し始めていること。税の横流し。商人への圧力。王家への情報の遮断が、少しずつ、しかし確実に進んでいること。


 アルドは情報を擦り合わせるために、エリシアに伝えた。

 グレナ商会を通じて、王都で精製したと思われる合成麻薬が、カルヴェンのスラムから市街地に広まり出していること。複数の宰相派のアプローチによって、カルヴェンの経済が麻痺(まひ)していること。宰相としては戦略として膠着(こうちゃく)・停滞を起こしているのだろうが、カルヴェンの現場は予想以上にひどい有様でカルヴェン全体が、この数ヶ月で疲弊(ひへい)し切っていること。


「父上は……知らないわけではないと思います。ただ、動けない。宰相の息のかかった者たちが、王宮の中枢(ちゅうすう)から末端にまで入り込んでいます」

 エリシアの声は、平静を保っていた。ただその平静さが、感情を押し込めている種類のものだとアルドにはわかった。


「私のやり方で、と言いました。サーヴァント侯爵(こうしゃく)の力も今回から借りて、実際に動きました。さらに侯爵の伝手から信頼できる者を集めて、証拠を集めようとしました。王都の主要の商人・商会に話を聞いて、記録を集めて、宰相側の動きを追いかけました」


 少し間があった。

「……足りなかったんです」

 その一言だけが、静かに落ちた。


「私が動くたびに、なぜか一歩先に潰されていました。証人が翻意(ほんい)する。記録が消える。信頼していた者が宰相側に取り込まれていた」エリシアの声が、わずかに硬くなった。「宰相の情報網は、私が思っていたより、ずっと深かった。まるで宰相は『魔法か奇妙な術』を使っているかのように、こちらの動きが筒抜(つつぬ)けなんです……こちらに内通者がいるのかもと何度も疑ったのですが、そういった感じは全くなく、困り果ててます……特に王都内の動きに関しての宰相の嗅覚(きゅうかく)は異常なほどに……」

 シャルが、小さく息をついた。何かを共感するような息だった。

 アルドは黙って聞いた。


「グレイン様、あなたに頼みたいことがあります」

 エリシアがアルドを見た。真っ直ぐな目だった。あの日のあの目と、同じ目だった。

「カルヴェンで宰相の足場を潰してほしいのです。そうすれば、王都でももう少し動けます。証拠を持って動ける人間が、王都にはまだいます。ただ——足場がいる」

「……もともとそのつもりだ。カルヴェンでの宰相の勢力を一掃(いっそう)する…つもりではなかったけど、そっちの事情を聞いた後だと、力で排除、宰相派の粛清(しゅくせい)、…と言うのは『今回の』俺のポリシーとはちょっと違うから、せいぜい宰相派の『無力化』くらいかな?」

「……グレイン様ならそう答えるかな?と思ってました」


 エリシアが少しだけ声を落とした。

「でも——私が頼みに来た、ということを、伝えたかった」


 沈黙が落ちた。

 シャルが二人を見ていた。アルドを見て、エリシアを見て、また静かにアルドを見た。何も言わなかった。



 アルドは少し考えてから、エリシアを見た。

「エリシア。お前に最後会った時に『縁があればまた会える』と言ったよな?」

 エリシアの目が、わずかに細くなった。


「……言いましたね?」

「お前は王都で会う事を想定していたみたいだったから、少し様子は違うが、縁があったと言うことだ、エリシアとは。これは奇跡に近いんだぞ?俺みたいな限りなく平民が、一国の王女殿下と、こうやってご対面できると言うことは。それは、俺とエリシアには間違いなく『(えん)』があるからだ」


 エリシアが、何かを言いかけた。言いかけて、やめた。

 その代わりのように、小さく頷いた。

 この部屋は三人だったことを、エリシアは途中で思い出したからだ。


 シャルが視線をアルドからエリシアへ、エリシアからアルドへと動かした。何か言いたそうで、何も言わなかった。


(……「縁」、か……)

 シャルは遠い記憶を、(おもむろ)に辿っていた。



 アルドは窓の外に目を向けた。カルヴェンの夜はまだ続いている。石畳の向こう、市場の方角に、明かりが見える。


 盤面に、新しい駒が加わった。

 ——ただし、この駒は「王家」と言う特殊な駒だ。

 どう動かすかは、慎重に決める必要がある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ