表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/51

第23話 功夫と、場末の廃屋

「来たか」と言ってから、アルドはすでに動いていた。


 宿の中で迎えるのはまずい。

 主人がいる。他の客もいる。巻き込むわけにはいかない。


「外に出る」

「誘い込むの?」

「そうだ」

 シャルが頷いた。二人で宿の表に出た。

 五人が、待ち構えていた。路地の両端に散らばって、逃げ道を塞ぐように立っている。松明(たいまつ)の届かない暗がりの中、それぞれの顔に表情がなかった。


 絶対交渉権ぜったいこうしょうけんが、静かに像を結ぶ。

 四人は昨日と同じ色だ。「金をもらっている」「早く終わらせたい」。雇われ仕事の欲望だ。

 ただ——先頭の一人だけ、色がほとんどなかった。感情を殺した、仕事としての殺意だけがある。

 アルドは内心だけで静かに確認した。


 ……「本物」が一人いる。



 シャルが剣を抜いた。アルドと目が合って、無言で手分けした。

 最初の一人がアルドに向かってきた。掴みかかる勢いで突進してくる。アルドは半歩だけ横にずれた。男の勢いをそのまま前へ流した。男は自分がなぜ転んだのかわからない顔で地面に落ちた。

 右側ではシャルが二人を相手にしていた。速い。型のある剣筋で一人を弾き、もう一人の体勢を崩した。

 アルドは残る一人を同じように処理した。

 雑魚(ざこ)四人は相手ではないな……

 アルドの内心で、何かがそろそろと動いた。


 ……そろそろ頃合いかな。

 ただ——今はまだ様子を見る。「本物」がどう動くかを見てから。


 本物が、動いた。

 速かった。他の四人とは次元が違った。シャルとアルドの位置を一瞬で測って、シャルの方へ向かった。アルドが別の男の無力化を終えて振り返ったとき、すでにシャルとの距離が詰まっていた。

 シャルが剣で受けた。鍔迫(つばぜ)り合いになった。男の力が強い。シャルの足が後退した。一歩、二歩。壁際まで押し込まれた。

「シャル!」


 声に出た。

 アルドは男の背後、さらに側面に回り込んだ。間合いに入る。

 ……頃合いだ。

 丹田(たんでん)に意識を集めた。呼吸を一度だけ整えた。前世で何度も繰り返した感覚を、この身体で初めて試みる。短く、鋭く、一点に全てを集中させる——。

 男の脇腹(わきばら)に、アルドの拳がとん、と触れた。


 本当に触れただけのように、シャルには見えた。

 男が、吹っ飛んだ。壁に叩きつけられて、そのまま崩れ落ちた。動かなかった。

 路地に、静寂(せいじゃく)が落ちた。



 シャルが息を整えながら、男を見た。男を見て、アルドを見た。また男を見た。

「……何を、したの?」

 アルドは男に近づいて確認した。脈を取った。

「……あ、まずい」

「何が?」

「死んでいる」

 シャルの目が大きくなった。


「な——何をしたの!? 素手で!?」

発勁(はっけい)だ」アルドは静かに言った。

「……打ちどころが悪かったんだと思う。あと、久々にやったから力を入れすぎた。多分この様子だと打ちどころが悪くなくても、内臓ぐちゃぐちゃだ……」

「久々って——」

 そこでアルドが、片手を腰に当てた。


「……功夫(クンフー)が足りない。腰にくる」

「反動デカすぎでしょ!?」

 シャルが呆れた顔でアルドを見た。アルドは腰を押さえながら、至って真顔だった。

「あのさ、『クンフー』って何?」

「……簡単に言うと、努力とか精進だ。積み上げが足りないということだ。氣功で(きた)えてはいるが、攻撃用の型は別の話でな。呼吸法と合わせておさらいが必要だ……」

 ぼやきながら腰を押さえるアルドを、シャルはしばらく無言で見ていた。


 それから、少し考えてから言った。

「……素手でやったよね?今。あれ——私にもできる?」

 アルドがシャルを見た。怖がっているわけではなかった。興味を持った目だった。

「……すぐにはできない。ただ、本気で練習すればいずれはな」

「教えてもらえる?」

「……条件による」

「何の条件よ?」

「功夫が足りるようになってからだ。今の俺が教えられる段階にない」

 シャルが少し口をへの字にした。それから、視線を腰を押さえるアルドに戻して言った。


「……アルドの普段の変な呼吸法の鍛錬、見たことある。あれがそれに繋がってるの?」

「そうだ」

「……なんで今まで言わなかったの?」

「聞かれなかったし、こっちから説明するのはウザすぎだろ」

 シャルが小さく息をついた。今度は呆れと笑いが半々の息だった。



 暗がりから、足音がした。

 一人だった。息を切らしている。ここまで急いで来たのだろう。

 クルトだった。

 路地の入り口に立って、倒れていた五人を見た。多分生きてないであろう男を見た。アルドを見た。その目に、来たときとは違う色があった。アルドに対し「この人は何者だ」という色だった。


 しばらくしてから、クルトが言った。

「……申し訳ない」

 短い言葉だった。

「私が情報を流したせいで、こんな大事になるとは思っていなかった。……距離はあったが、見ていた」

 アルドはクルトを見た。何も言わなかった。

「……アルド、あなたは、何者だ?」その問いに、アルドは無言の笑顔を返した。



 三人で場所を移した。

 人目につかない路地の奥、廃屋の壁を背にした暗がり。松明(たいまつ)の届かない場所だ。クルトが話し始めた。


 三年前のことだった。宰相の使いが来た。断れなかった。家族がいた。店があった。積み上げてきたものがあった。

 クルトは家族を人質に取られ、さんざん脅され、言うことを聞くから家族を返してくれと頼み込んだが、なかなか返してもらえず、飲むしかなかった。深酒(ふかざけ)で何度も死にかけたことで、宰相側も流石に死にかけるくらいなら交渉人じゃないだろう…と家族を解放はしてもらう。

 そこからようやく商売を再開することになったが、いつでも家族は拉致できるからな、と脅されて、今も宰相(さいしょう)側の諜報員(ちょうほういん)としての活動を余儀(よぎ)なくされることとなっていたと言う事を話してくれた。

 クルトは家族に怖い思いをさせた宰相が憎いのに、その尖兵(せんぺい)をさせられていることがまた狂いそうになるくらいに腹立たしいことも明かしてくれた。一瞬だけ絶対交渉権で確認したが、それは本当のようだ。


「ただ——」クルトが、少し間を置いた。「筋を通せる取引相手を、私はずっと探していた。宰相側に報告しながら、その相手を守ることだけを考えていた」

 アルドは黙って聞いた。ここからは絶対交渉権は使わなかった。使う必要がなかった。クルトの欲望は、最初から本物だった。

 話が終わって、静かな時間が落ちた。


 アルドがクルトを見て、言った。

「俺はここではまだ何者でもないが、お前が探している「筋を通したい取引相手」になれるはずだ。俺はお互いが利益になる交渉でないなら、交渉はしない。『|Win-Win(ウィンウィン) or(オア) No(ノー)-Deal(ディール)』だ」

 クルトの目が、少し変わった。三年分の何かが、わずかに解けたような目だった。


 シャルがアルドを横目で見た。何か言いたそうで、言わなかった。

(……最後の言葉……)


 そのときだった。

 遠くから、馬の(ひづめ)の音が聞こえてきた。一頭ではない。複数だ。カルヴェンの夜にしては、速すぎる。

 三人が外へ出た。


 通りの向こう、松明の列が見えた。旗が見えた。紋章が見えた。

 シャルが、小さく息を飲んだ。

 アルドはその紋章を知らなかった。シャルの顔を見た。シャルの表情に、複雑な色があった。

「……何の紋章だ?」

 シャルがアルドを見返した。


「——ヴァレリア王家の紋章よ……なんで、こんな場末(ばすえ)に……」

 アルドは通りの向こうを見た。松明の光の中に、馬上の人影がある。


 ——思ったより、再開は早かったようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ