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第20話 シゴデキと、徒花

 筋肉痛は、だいぶ引いた。恐ろしい主張だった。まるで長寿番組だった。


 完全ではない。背中の奥のほうがまだ主張している。ただ、動ける程度には落ち着いた。人体というのは、文句を言いながらも仕事をする。健気なものだ。

 人はそれを社畜と呼ぶ。だが社畜もそのままにしておけば、いずれは壊れてしまう。だからちゃんとメンテはしないといけない。


 アルドは宿の窓から、朝のカルヴェンを見下ろした。市場が動き始める前の時間帯、石畳(いしだたみ)の上には荷を運ぶ人間と、店を開ける準備をする人間だけがいる。静かで、整っていて、そして——真ん中に大きな空白がある。


 頭の中で、盤面を広げた。

 カルヴェンは今、主に三つの商会が()(どもえ)膠着(こうちゃく)している。二年前に商業クラン「アムリタ」の会頭と幹部が全員死んで以来、誰もその空白を埋めていない。宰相(さいしょう)意図的(いとてき)にその状態を維持している。なぜか。空白のままを維持しておけば、いつでも自分の手で埋められるからと思っているからだ。


 政治的な権力は、宰相派すでに持っている。次は経済だ。カルヴェンを押さえれば、王都から二日の距離にある交易都市の金の流れが手に入る。それが王国全体の経済支配への足がかりになる。

 宰相の絵図は、単純だ。単純だからこそ、止めるのも単純ではない。


 アルドは視線を石畳に戻した。

 前世、似たような絵図を何度も見た。政治と経済を両方握ろうとする人間は、必ず同じ順番で動く。政治が先で、経済が後だ。なぜなら政治の力で経済を動かせるが、経済だけでは政治は動かせないからだ。宰相はその順番通りに来ている。

 つまり、まだ間に合う。

 経済を先に押さえれば、宰相の絵図は狂う。そのためにカルヴェンの空白に入り込む必要がある。


 ……42歳でフィクサーの仕事をまたやるとは思わなかったが。返す返すも、覚醒するのがもっと体の動く20代の頃なら、フットワークも軽く、頭だって冴えていただろうに。

 なぜに死んだ直後の俺はこの「42歳」というタイミングを選んだのか?その時の俺とルーチェにしかわからないことだから、考えるのをやめた。答えはいずれ出るだろう。

もしくは、俺が完全にそのことを、忘れてしまうか……


 食堂に下りると、シャルがいなかった。

 パンをちぎりながら宿の主人に聞くと、「若い女性のお客様なら、朝早くに出かけられましたよ」という答えが返ってきた。

 アルドは少し考えてから、パンをもう一口食べた。


 急ぐことはない。どうせ向こうから来る。今は別にシャルと密に連携をとるフェーズでもない。各自で必要だと思った行動を取るのが最善だろう。

 そして、パンを食べ終えるころにシャルが戻ってきた。いつもの涼しい顔をしているが、朝の空気を含んだローブの裾が、かなり動き回ってきたことを教えていた。

 シャルは席に座るなり、アルドを見た。


「カルヴェンの三つの商会、全部に顔が利く仲買人(なかがいにん)がいる。クルトとも取引がある」

「ほう、それで?」

「その人を通せば、クルトに自然な形で情報を流せる」

 アルドは少し間を置いた。

「……良い勘だ。俺の動きも読めているみたいだな」

「限定的に組んだ日から、アルドが何を考えてるかくらいは、なんとなくわかってきた」


 アルドは答えなかった。

 …直情的だと思っていた小娘に先を越された、とは思わないことにした。これは連携と呼ぶべきものだ。……やるじゃない!流石(さすが)は限定的とはいえ俺のパートナだ!というと調子付かせるような気がした。

 ……黙っておくことにした。ちょっと悔しくて。


 アルドは当初予定していた、クルトに偽情報をわざと渡して、どこの商会とつながっているかを探ろうとしていたことをシャルと共有した。

 その上で、今回シャルが提案してきたクルトがどこの商会と繋がっているのか、はたまた宰相側とも繋がっているかの検証ミッションがバージョンアップして動き出した。



 仲買人は、市場の南側で小さな店を構えていた。

 四十がらみの、目の細い男だった。シャルとは顔見知りらしく、アルドを連れてきたことに一瞬だけ警戒の色が出たが、すぐに商売人の顔に戻った。


 絶対交渉権が、静かに像を結ぶ。

「どの商会にも嫌われたくない」「うまく立ち回りたい」「面倒は避けたい」——中立商人の欲望だ。どの勢力にも肩入れしないことで生き延びてきた人間の、典型的な色をしていた。

「どの商会も得をする話がある。まずは話を聞いてくれ」

 アルドは穏やかに、笑った。

 男の表情が、ほんの少し緩んだ。


 そこからは丁寧に、時間をかけた。脅しも使わない。金も積まない。ただ「あなたの立場を脅かすつもりはない」という一点を、言葉を変えながら繰り返した。男は少しずつ、少しずつ、口を開いた。


 最後に、アルドは言った。

「一つだけお願いがある。行商人が明日来るという話、クルトの耳に届けてほしい。噂で構わない。あなたが聞いたというていで」

「……それだけでいいんですか」

「それだけでいい」

 男が帰ってから、シャルが小さく言った。

「情報を流すんじゃなくて、相手を動かすのね」

「動いた先を見れば、知りたいことがわかる」

 シャルが少し考えてから、頷いた。何かを飲み込んだような顔だった。



 午後は、待つ時間だった。

 二人で宿に戻り、それぞれ別の情報を整理した。シャルは朝の間に別の伝手からも動いていたらしく、書き留めたものをアルドに渡してきた。

「三つの商会のうち一つ、動きが違う。黒鷲側の商人と繋がってる可能性がある」

「どこだ?」

「まだ確定じゃない。でも……クルトが動いたとき、連動するかどうかで確認できる」

「お前、最初からそこまで読んでいたか」

「読んでたわけじゃない」シャルが紙から目を上げた。「アルドの動きを見てたら、自然とそうなった」


 短い沈黙が落ちた。

 悪くない、とアルドは思った。アルドが思っていた以上にシャルは頭と勘がいい。

 ……というか、シャル、お前、シゴデキすぎないか?

 正直シャルの情報収集力や、次にどう動けばいいか、こちらから細かい指示を出さなくても理解してくれる。アルドがカルヴェンにきて一人でやっていたことを考えると何倍も早い進捗(しんちょく)状況である。正直助かっているし、限定的に組んでよかったー!と心底アルドは思っていた。俺はまさに「左手状態」だな。そう、左手は添えるだけ……

 俺が一番お荷物みたいになってる気がするな……コンビ解消される前に、いいところ見せないといけないかな?とアルドは少し焦ってきた。


 シャルが少し遠い目をして、窓の外を見た。

「……宰相さえ止められれば……実家の両親も……」

 小さな声だった。独り言に近かった。

 アルドはそれを聞いた。何も言わなかった。


 シャルの目的は宰相のカルヴェン進出を止めることだ。そして、反宰相派のヴォーン家を今の自分の立ち位置から守ることだ。アルドの目的とは、微妙に違う。方向は今のところ同じだが、ゴールは別の場所にある。

 カルヴェンに来て、今回の目的とは関係なかったから重要視はしていないが、最近、反宰相派の貴族の(つる)()げが厳しいらしく、それも理不尽な言いがかりによって圧力をかけられているという話を聞いた。


 元々反宰相派の筆頭だった伯爵(はくしゃく)がいたらしいが、小児性愛者(しょうにせいあいしゃ)の疑いということで監査が入り、褫爵(ちしゃく)(=爵位を取りあげられること)されたらしい。伯爵自身は無実を最後まで訴えていたらしいが、平民落ちの末、王城の近くの広場で自決をしたという(むご)たらしい最期(さいご)だったと聞く。


 今、ヴォーン子爵家が槍玉(やりだま)に上がっているという話も聞いた。だからシャルは必死なのだろう。命もかけるよな、家族の命かかってんだから。

 お互い、それをわかった上で、今は同じ方向を向いている。

 いずれは(たもと)(わか)つ時が来ようとも。


 今はそれで、十分だった。



 夕方、仕掛けた情報がクルトに届いたという確認が取れた。

 仲買人からの短い伝言だった。クルトが「明日」という言葉に反応し、早速動き始めたという。


 アルドは伝言を読んで、折り畳んだ。

「シャル……お前、今日だけで何人に声をかけた?お前の今日だけで手に入れた情報量、桁違(けたちが)いに多いし、良く整理されているぞ?三商会の動向だけでもここまで把握できるものか?」

「特段数えてない。それに、普段別行動の『私の』商会の手下も優秀だからな」

「……商会の娘というのは、伊達じゃないな」

 シャルが一瞬だけ動きを止めた。それからいつもの涼しい顔で、こちらを見た。

「……それって、褒めてる?」

「いや、単に事実を言っている。ただ……どちらかというとベタ褒めだな」

「う、嘘ばっかり。また揶揄(からか)ってるんでしょ?」

「否定はしない。しないが、ベタ褒めされたとなりゃ悪い気もしないだろ?」


 シャルの肩が、少し動いた。

 アルドは受け取った情報に目を落としながら、内心だけで思った。

 駒が、揃ってきた。クルトは動いた。明日、行商人が来る。連動する商会があれば、黒鷲の足場が見える。見えれば、黒鷲の攻略の足場を潰せる。

 ただ——。


 この盤面が終わったとき……シャル、お前はどこへ行く?


 今、シャルは宰相を失脚させるという目的・目標のために、「命を燃やして」いるようにアルドには見えた。目的を果たしたら、もう何もかもを投げ捨てて、終わらせてしまうような……いや、まさかそこまで短絡的(たんらくてき)ではあるまい。

 ……だが、アルドは過去にそんな人間を一人知っていた。


 目的のためなら命を()して行動し、そして潔く果てる。それを止めるために、俺はそいつの「目標」になってやることにした。敵対勢力だったあいつは俺の軍門に下り、身を粉にして働いた。まるで、あいつのような行動原理。まるで、徒花(あだばな)のような散り様。

 強いが(はかな)い。いや、そんなのは「強さ」なんて呼んじゃいけない……


 一抹(いちまつ)の不安。しかしアルドは、その問いを声に出さなかった。


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