表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/51

第19話 緊急時と、未成年の主張

 目が覚めた瞬間、アルドは状況を理解した。


 腰は大丈夫だ。氣功の成果は、ちゃんと出ている。

 それ以外が、もう駄目だった。


 肩が重い。腕が重い。背中の、普段意識したことのない場所が、じくじくと主張している。ふくらはぎまで参加しているのは、正直、予想外だった。まさにオールスター感謝祭と言った感じの錚々(そうそう)たる面々だった。


 アルドは天井を見たまま、静かに考えた。

 人体というのは、順番待ちをしているらしい。腰の問題が片付いたら、次の列が動き始めた。

 ゆっくりと起き上がる。軋む、とまでは言わない。ただ、全身が「今日が返済日(へんさいび)ですよー♪」という取り立て屋の顔をしていた。


 宿の食堂に下りると、シャルロットがすでにいた。

 パンをちぎる手が止まった。アルドの動きを、上から下まで一度だけ見た。

「……どうしたの?」

「なんでもない……」

「動き、おかしいけど……?」

「……気のせいだ」

「嘘ばっかり」

 アルドは席に座りながら、表情を動かさなかった。シャルロットはもう一度だけこちらを見てから、パンをちぎる作業に戻った。

 それ以上は聞かなかった。

 その判断は、正しい。聞いても俺が反応しないと理解したみたいだ。



 午前中は動いた。

 クルトへの次の手を考えながら、カルヴェンの市場周辺を回る。宰相に近い商人の名前から辿れる糸がないか、さりげなく聞いて回る地味な作業だ。シャルロットは別のルートで同じことをしていた。示し合わせたわけではない。ただ、自然にそうなっていた。


 昼前に落ち合って、情報を照合した。断片が、少しずつ繋がってきている。

後見人(こうけんにん)」という単語は、まだ出ていなかった。後見人に対しての情報量が少なすぎる……確実にキーマンなはずなのに、噂でも出てこないあたり、三商会が意図的にこのワードを「伏せている」ようにも感じている。

 多分、それぞれが出し抜こうと考えているから、それぞれが独自で、後見人の情報を躍起(やっき)になって探しているのだろう。しかし、こうも後見人に関しての情報が少ないと……

 アルドのぼやきは街の賑やかさにかき消された。


 人通りが細くなる路地に差し掛かったのは、昼を回ったころだった。


 アルドが先に感じた。

 気配の質が、昨日と違う。昨日の六人は「仕事だから来た」という欲望を持っていた。今日のそれは——薄い。感情が、ほとんどない。アルドたちに対しての、明確な「殺意」だった。

 シャルロットも気づいていた。半歩だけ足が遅くなった。

「……来る」とアルドは小さく言った。

「わかってる」


 二人同時だった。

 左右の物陰から、それぞれ一人ずつ。動きが速い。無駄がない。昨日の男たちとは、明らかに練度が違った。最初の一手から、連携している。

 シャルロットが右の一人を引き受けた。アルドは左へ向いた。

 男が踏み込んでくる。アルドは半歩ずれて、流そうとした。


 そこで、背中が言ってきた。

 ——私、今、絶賛筋肉痛ですよ?と。


 一瞬、動きが止まった。ほんの一瞬だ。ただその一瞬で、男との距離が詰まった。体勢を立て直す前に、二撃目が来た。

 アルドは腕で受けながら、強引に流した。きれいではなかった。前世の自分が見たら眉をひそめるような雑な処理だったが、とにかく男は前につんのめった。そこへ追撃を一手。


 男が動かなくなった。

 右側では、シャルロットがすでに相手を制していた。こちらより早かった。



 静寂。

 アルドは肩を押さえた。押さえるつもりはなかったが、手が動いた。

 シャルロットが近づいてきた。その目が、アルドの肩のあたりで止まった。

「……古傷か?」

 少し、心配そうな声だった。


 アルドは一瞬考えた。

「……古傷というにはまだ最近だがな」

 シャルロットが、意味がわからないという顔をした。何か言いかけて、やめた。

 そのとき、倒れた男の一人が、かすれた声で何かを言った。

 二人とも、動きを止めた。

「……黒鷲(くろわし)に仇なす……ヴォ——家の……芽を……」


 それだけだった。男はそのまま、動かなくなった。



 沈黙が、長かった。

 アルドは男を見ていた。シャルロットはアルドを見ていた。アルドがシャルロットに視線を移したとき、シャルロットはもう目を逸らしていた。

 路地の奥で、風が通った。


 シャルロットが、先に口を開いた。

「……聞いたわね?」

「聞いちゃった」

「……どこまでわかった?」

「『黒鷲』が宰相(さいしょう)のことなら——ヴォーン家の人間が、それに狙われている。そしてお前が、その家の誰かってことかな?おじさん、よくわかんないや」

 シャルロットは何も言わなかった。否定もしなかった。


 しばらくして、石畳(いしだたみ)に視線を落としたまま、少し疲れた声で言った。

「……ヴォーン家の、娘。黒鷲——つまり宰相が、王国の実権を根こそぎ握ろうとしている。それを止めたくて、カルヴェンにいる」

 アルドは黙って聞いた。

「黒鷲はカルヴェンの膠着を利用して、王都から離れた場所に足場を作ろうとしている。私はその証拠が欲しかった。……これで、信用する?」

「もともと疑ってはいなかった」

 シャルロットが顔を上げた。

「……じゃあ、なんで今まで聞かなかったの?」

「聞く必要がなかった。今は、ある」

(……どう考えても厄介ごとだろ。そんな野暮(やぼ)なこと聞くわけない)

 アルドはシャルロットを見た。


「——カルヴェンの件が片付くまで、限定的に組まないか?こちらの目的とお前の目的は、少なくともここでは重なっている、ように見える」

 シャルロットは少しの間、アルドを見ていた。計算しているのではなく、測っているような目だった。


「……条件が、一つある」

「聞こう」

「私のことは、ちゃんと名前で呼んで——あなたのことも、名前で呼ぶ」

 アルドが少し間を置いた。

「……アルド、でいいか?」

「好きに呼べ」

「じゃあ——アルド」

 口に出してみるように、もう一度。「アルド」

 アルドは前を向いた。なんで二回呼んだ?

「……緊急時にシャルロットだと長い。シャルでいいか?」

「……構わない。緊急時なら仕方ないからな」

「そう。緊急時の話だ。普段はシャルロットお嬢様と」

「嘘ばっかり」

「すごいな…俺の嘘を簡単に看破(かんぱ)してしまうなんて……」

「丸わかりだわ」

 シャルロットの表情が、ほんの少しだけ変わった。声には出なかった。でも、確かに変わった。

「——いいわ、アルド」

「じゃあそういうことで、よろしく、シャル」

「ん?別に今は」


「すごい緊急時だ」おどけるアルドをシャルが小突いた。



 夜になった。

 宿の窓から、星が見えた。アルドは部屋で氣功を始めた。全身からまだ未成年のように主張して来ていたが、昨日よりは落ち着いている。回復は、している。


 気配がした。

 見慣れた、飄々(ひょうひょう)とした気配だ。

「……少し久しぶりだな?」とアルドは目を閉じたまま言った。

「そう? そんなに経ったかしら?」

 ルーチェが、部屋の空気に混じるように現れた。いつも通り、どこに座っているのかよくわからない存在感で、こちらを見ていた。


「いやあ、順調ね」

「何がだ?」

「色々と」飄々とした目が、細くなった。「シャルちゃんとも、うまくやってるじゃない」

「限定的に組んでいるだけだ」

「そうね、限定的に、局地的に仲良くね?」

 イタズラっぽく女神は返した。アルドは答えなかった。

「あと——」ルーチェの声が、少しだけ変わった。「エリシアのことだけど」

 アルドの氣功が、一拍だけ止まった。

「……なんだ」

「思ったよりあの子の動き早いわよ、本当に」

「……どのくらいだ?」

「それは教えてあげない」ルーチェが笑った。「でも——心の準備だけはしておいて。あの子、あなたが思ってるより、ちゃんと動いてるから」

「役に立たない神だな。元々、動きがわかってから対処する予定だったから、問題はない」

「まあね。でも——」


 ルーチェが、少しだけ真顔になった。

「筋肉痛、ちゃんとケアしなさいよ」

「……こんなに動きが制限されるとは…と反省してる」

「大事なことだもの。ストレッチとかしなさい。やり方、記憶を解放してあげるわ」

 気配が、消えた。同時に、アルドの前世の記憶にあった、ストレッチの仕方が思い浮かんだ。



 アルドは一人、夜の静寂の中に残された。

 エリシアが、思ったより早く来る。それがいつで、どういう形で、何を意味するのか——考え始めたところで、全身が静かに、しかし着実に、再び未成年のような主張を始めた。「今日はー!聞いて欲しいことがありますー!」


「……なーにー?」

 誰もいない部屋で、アルドは筋肉に向かって前世のバラエティ番組のノリで答えた。

 すると筋肉は好きな子の告白をし始めて、全身が沸き立った。筋肉痛として。

「あーうるせえ!黙ってろ!無視すりゃよかった!」


 アルドの筋肉痛はもう少し続くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ