閑話休題 歓迎の儀式 5.5①
1.ご挨拶編
「パーン、よろしく頼むよ」
フェリウスとともに慌ただしく事務室を出て行くパーンをオガワは見送る。
「行ってきます。あとはよろしくお願いします、オガワさん」
朝一で、慌ただしくロイス・カインズとホーカル・ジェイスキン、エレナ・ホナミ・ヤジマの辞令交付と彼らの着任の挨拶を聞き終えると、フェリウスは時間を気にしながらパーンを急かす。
今日という日に間に合わせるためとはいえ、かなりの強行軍になっている。
終業時間までにはTDFに戻ってくるというのであるからフェリウスの苦労が忍ばれた。
「ホーカル君とロイス君は私について来て欲しい。仕事内容の説明に入るから」
オガワに言われて二人は返事をするとその場で待機する。
「エレナ君はフィオーレ君の元に向かって下さい。彼女から業務内容に関しての説明があります」
「分かりました」直線的な声が返ってくる。
「シンシマ君。午後には二人をパーンパイプに向かわせるから、後の説明は頼むよ」
「ロイスにホーカル、待ってますからね~」
シンシマは手を振ると作業着を羽織りながらレイストと事務室を出て行く。
「では行こうか」
オガワは二人を事務机に案内すると、書類仕事やTDFで仕事内容を説明し始める。
まずはトラッティン産業博覧会への参加についてからだった。
「ロイス君にはトラッティン支社や関連業者とのパイプ役をやってもらう」
「そのような大役、新人の僕でいいのですか?」
「新人ではあるけれど、君に頼む」
「わ、分かりました」
転送されてきたトラッティンの地元業者のリストなどを見てロイスは冷や汗が出てくる。
覚えなくてはならないことが多かった。
幸いなのはオガワが常に見ていてくれることだろう。そうでなければストレスに潰されてしまうはずだ。
「ホーカル君にまずお願いしたいのは、TDF全員の就労時間の管理と残業の給与への反映を徹底して欲しい。とくにフィオーレとノルディック、後は最近、ディもシンシマもレイストもかな。彼らの時間チェックは徹底して欲しい」
「はあ」
「ここには寮があるだろう?」
「あるそうですね」まだ案内してもらっていないが、施設ガイドマップはもらっていた。
「おかげでその五人の終業時間が無茶苦茶になっているのだよ。あとはパーンもか、彼には残業代は発生しないが、それでも多くの時間会社にいるようで実態が把握しきれていない」
「それは問題なのでは?」
「問題だよ。組合的にもね」オガワが深くため息をつく。「TDFの現在の業務量からしても彼らの就労時間に関しての是正は難しいと考えている」
「オガワさんでも難しいと?」
「こういうことをホーカル君に頼むのはどうかと思うが、なんとか総務部を納得させるように誤魔化してほしいのだよ」
ホーカルは色々と板挟みにあう問題を投げつけられ困惑してしまう。
実際に彼らと仕事を共にして分かったのは、グレーを通り越したラインでTDF所員は仕事をしているということだった。そしてホーカル自身もいつしかその中に巻き込まれてしまっていくのである。
頭を抱えるホーカルだった。仕事は面白くもあったが、時間管理には非常に彼を悩ませることになる。
「その話僕が訊いてもよろしいのでしょうか?」
「実際に体感することになるから、聞いておいて欲しいな」
「……分かりました」
ホーカルとロイスがTDFの実態を知るのはこれからだった。
エレナは嬉々としてディの元に行く。
「よろしく~」
軽く手を上げ気軽に声を掛けるエレナだった。
三人は立ってディスクの前で打ち合わせしていたようで、ディは微笑んで小首を傾げてくるが、ノルディックは腕組みして何か考えているようだった。
そしてフィオーレはエレナの態度に高圧的かつ高慢な目線を送ってきた。
フィオーレとエレナの実際の身長差は二センチほどだったが、フィオーレは七センチのヒールを履いていて十センチ近く上からパンプスのエレナを見下している。
「フィオさん?」
意味が分からず困惑しながらフィオーレにエレナは問いかける。
「貴女にその呼び方を許した覚えはありません。目上、先輩を敬いしっかりと名前で呼び、挨拶なさい」
「ここってアットホーム的な感じじゃないの? パーンは呼び捨てで良いって言っていたし、オガワさんも役職名はいらないと」
同意を求めるようにディとノルディックを見たが、彼は無反応だった。
「粗野で敬うことを知らない無知なあなたには、私は許可いたしません」
「フィオ?」ディがその言葉に慌てる。
ノルディックはフィオーレがエレナをどう扱うか気になっていたが、こう切り込んでいくのかと思いそのままにするつもりで見ていた。すでにオガワ達やシュルドとはパーテーションで区切られている。それに早晩エレナの方から手が出るだろうが、両者大ケガをすることはないだろうと彼はそのままやらせることにした。
狂犬を矯正するつもりである。
「粗野で悪かったわね」ディの前なのでまだ怒りを抑えていたが、エレナの肩が震えだしていた。「あんたは何様なのよ」
「フィオーレ・カティエス。知能が低くてお分かりにならないようですから、今一度名乗って差し上げます。忘れないようにしないしなさい。これからあなたの上司になるのですからね」
「リーダーだか何だか知らないが、ずいぶんバカにしてくれるじゃないか」
完全に切れたなと感じたノルディックはディを連れて事務室を後にする。
電算室へ行って調整でもしているかな。
「え、あの。ノルディック。フィオとエレナはいいの?」
「これから大事な話があるそうです。それが終わったあら改めて挨拶するみたいだよ」
五分後に戻りなさいと指令が端末に届いた。
エレナは根性だけはあるからな。少し手間取るかとノルディックは思うのだった。
「人の名前も覚えられない能無しには必要なことを申し上げているだけです」
「そうかよ」
エレナそのまま踏み込むと拳を顔面目掛けて繰り出す。
「相手の力量すら測れないのですから、エレメンタリースクールに戻った方が良いわね」
フィオーレは手首をつかむとその勢いを使って投げ伏せた。
受け身も取れず背中を打ち付けられ天井を見つめることになるエレナは何が起こっているのか理解できなかった。
「フィオーレ君、何かあったのかね?」
オガワがパーテーションの向こう側から声を掛けてくる。シュルドは仕事を始めており無視だった。
「犬を調教中です。おかまいなく」
「ケガだけはしないように」ため息をつきながらオガワは言う。
オガワがシュルドを見ると、彼は自分が見張っているとアイコンタクトしてくる。
「誰が犬だ!」
「動物以下の知能しかございませんのね」
エレナは上着を脱ぐとフィオーレに向かって投げつけた。
「視界を遮ったつもりでしたら、お笑い種ね。足が丸見えよ」
フィオーレは見えているかのようにエレナの開いたわき腹に手刀を入れる。
浅く寸止めしていたが、それでもエレナは苦悶の表情を浮かべる。
その状況を天井のモニターカメラで追っていたシュルドは救急医療キットがどこだったかと探し始めた。
もう一度相手の勢いを利用してエレナを床に這わせると起き上がろうとする反動を利用してさらに投げつけ手首の関節を捩じり上げた。
涙目になりながらも声だけは上げなかった。
「見上げた根性ですこと。少しは実力で叶わないことを理解できたかしら」
何度でも投げ捨て関節を捩じり上げた。それこそ身体で覚えるまで。
「ディを想うことは悪くありませんが、それだけでは視野を狭めます。もっと周りを見るようにしなさいな。そうでなければあなたは無知なままよ」
「わ、分かったから放してくれ」
「敬いの言葉を忘れてはいけませんよ」再び捩じり上げる。「誰がここで一番偉いのかまだ分からないようね。冷静に感情的にならない。あなたなら出来るはずです」
耳元で囁く。ねっとりと絡みつくように。
足で暴れようと空いた手で逃れようとしても蛇のように絡みついてくる。エレナは恐怖で震えた。
「……分かりました。申し訳ありませんでした……」
「よろしいでしょう。節度は守りなさい」
エレナを立たせるとようやく手を放す。フィオーレは足元に落ちていた上着をエレナに手渡した。
タイミングを外さないように、ノルディックとディが戻ってくる。
「フィオーレと呼ぶまでは許します。さあ挨拶してごらんなさい」
「よろしくお願いします。先輩方」
正しい挨拶に満足げなフィオーレの顔が怖いと思うノルディックだった。これ以来従順にフィオーレに従うエレナだったのである。
「アリエー・ファムカ。銀河標準で二十一歳、第四宇宙域本部でアフター・サービス・カウンターをしていました。修理出張が主で営業もしていましたが、内勤や事務職は初めてです。初めてのことでご迷惑をおかけしますが、頑張りますのでよろしくお願いします」
アリエー・ファムカは元気に丁寧に挨拶する。
はつらつとした声が室内に響く。よく通る清らかで流れるような話し方である。頭を下げると黄色いロングな髪が軽やかに揺れ、大自然を思わせる緑の瞳が全員を見渡していた。スーツ風の襟元の服を着ているがネクタイも短く半袖だった。おへそも出ており、ショートパンツ姿で色も白だったことからも小麦色の肌が必然的に目立つ。
ホーカル・ジェイスキンはぽかんと彼女を見つめている。
定時が過ぎていたが、これから歓迎会があるからと全員が残ってパーンとフェリウスの帰りを待っていた。
もう一人増えるらしいという噂があった。
朝からオガワさんが投げかけてくる暖かな見守るような目線も気になっていたが、その理由がアリエーだったとは気づかなかった。
というか分かる訳がなかったのである。
「よろしくね。ホーカル」
全員に挨拶が済むとアリエーはホーカルに駆け寄ってくる。
「聞いてないぞ」
「私も今日、パーンに中継ステーションで会って、初めて知ったわ」
「どういうことだ。パーン?」
昨日まで人事部所属だったのだ。知らないのはおかしい。
「サプライズですよ。オガワさんと第四宙域の本部長さんの間で決めていただきました」
「本部長が良く認めて下さいましたね」
「あいつには人事関係で貸しがいくつもあったからね」オガワは笑う。「ちゃんとディスクワークするように言っておいたから」
「ありがとうございます。それからご尽力感謝します。とても嬉しいサプライズでした」
晴れやかなアリエーの笑顔であるが、ホーカルは困惑している。
「ねぇ」アリエーはホーカルの背広の裾を掴む。「今日からなんだけど」
「今日? 何かあるのか?」
「今日からホーカルのマンションにいても良いかな」
上目遣いに頬を染めながらアリエーはホーカルを見つめてくる。
反則だろう! そのかわいらしさは!
「ダメかな?」
「い、いや、TDFには寮もあるだろう」
「ホーカルの傍が良い」
このまま続けると理性が吹き飛びそうになると思ったホーカルは頷くしかなかった。
「ありがとう」
太陽が燦然と輝くように顔をほころばせるアリエーだった。
「リア充爆発しろ」
シンシマがいつの間にかホーカルの背後に回り込み囁いた。身長差から耳にも口元は届いていないが、声はきちんと聞こえていた。
「さすがに独り身にはお二人の会話は堪えますねぇ」
そのわきでレイストも頷く。
「アリエーとは友達で、付き合いも長いからな」
気恥ずかしさから慌ててしまうホーカルだった。
「はいはい。分かりましたよ。ちょっとだけアリエーを借りるからね。明日からの仕事を見せておいた方が良いとパーンに言われたから」
「皆さん、ちょっとだけお待ちくださいね」
レイストとシンシマは両脇につきアリエーの腕をそれぞれ掴むと引きずっていくのだった。
「こっ、これは……」
パーンパイプのある部屋へと連れ込まれ、アリエーは茫然と組み上げられているシステムを見上げる。
箱がトーテムポールのように積みあげられ、天井まで到達していた。
「何? このゴテゴテと付いたセンサーの突起とスラスターノズルの数は……」
「さすが光学センサーのプロ」
「これには先月アリエーが開発したプログラムが使用されています」
「私が?」
「クルーティン対策にフィオーレと開発したものですよ」
「それが何でこんなところで?」
「風を体験してもらうために様々な風を音楽とともに流れるようにしています」
「音と風? 意味が分からないわ」
「今日はこれまでということで、明日からお願いします」
「因みにこのシステムは、シンシマがチームリーダーとして担当。ぼくレイストとアリエーがメインに組み上げることになります」
「ホーカルとロイス、オガワさんも手伝ってくれますし、パーンも加わっています」
「他の人達はフィオーレをリーダーにプログラム班になります」
「「よろしくおねがいしま~す」」
二人は最後に声をはもらせながら笑顔でアリエーに話しかけるのだった。
頭を抱えるアリエーだったが、ちゃんとした説明を受けることになるのはこの後の歓迎会の飲み会の席でであった。




