閑話休題 歓迎の儀式 5.5②
2.歓迎会編
「ねぇ、ホーカル」
「なんだ、アリエー?」
「さっきからズーッと睨まれているんだけれど、私何かしたかしら?」
飲み会が始まってからズーッと睨みつけられていたのである。
居酒屋のパーテーションが組まれた座敷席にTDFメンバーが長テーブルを囲むように顔をそろえている。
アリエーの隣には主賓のロイスとホーカルが並んで座ってくれているおかげで、壁になっていたから隠れられていたけれど、それでも視線が続いていることは気配からも分かっていた。
「したんだろう」
麦酒を飲みながら素っ気なくホーカルは答えた。
「今日は挨拶しただけだよ。あの子とは何も接点無かったし」
アリエーは嘆くようにつぶやく。
嫌われたくはなかったし出来れば仲良くやりたかったが、女性陣の中で彼女だけが、敵意を燃やしてくるのである。
「まあ気にするな」
かなり短気で気が強いのは今朝の騒動で分かっているホーカルだった。きっと腕試しでもしたいのだろう。アリエーは野生児で運動神経も良すぎた。
「ああ、すまないなアリエー」と話し声が耳に入ってきたノルディックがすまなそうに謝ってくる。空になったアリエーのグラスにノルディックは麦酒を注ぎながら言うのだった。
「今はエレナの両隣にディとロイスが座ってくれて押さえてくれているし、オレもここにいるから手は出してこないから」
「私、やっぱり彼女に何かしたの? もしかしてホーカルのこととか」ベタベタしすぎただろうか。ついつい嬉しくてホーカルを抱きしめていたし。
「違う違う。さっきホーカルも言っていたけれど、本当に腕試ししたいんだよ」
「したって無駄だと思う。あの子に勝てるもの」
「まあ、そうだろうな」あっさりというアリエーに同意するノルディックだった。
「何もしていないのに、見ただけで分かるのか?」名人かよとホーカルは思う。
「見ただけで相手の力量を把握できなければ、森では生き行けないわ」
「それが分かっていたとしても、今朝のようにエレナはフィオーレに突っかかっていくんだよな」
「フィオに? 彼女は無謀さん?」
「そう。コテンパンにやられていた」
「アリエー。フィオーレをそう呼ぶのはまずいぞ」今朝のやり取りを思い出しホーカルは言う。
「なんで? 私はフィオにそう呼んでも良いと言われているわ」
ホーカルがフィオーレを見ると彼女は頷いていた。
「認められているのかよ」
「そう呼ぶの許されているのはTDFでは今のところパーンとディくらいだからな」ノルディックはある意味一瞬で許されたアリエーを尊敬する。
「まあエレナは無謀だろうが関係なくアリエーのことを強いって見抜いたから、何かで競いたいんだろうな。オレも挑まれたから」
ここで彼らが盾になっていなければ、腕相撲とか始めていたかもしれない。
「大変だったのね。私も降りかかる火の粉は払うけれど、私からは関わりたくないわ」
「視線で思い出したが、お前、デュエルナを見た時、一瞬顔をそむけてなかったか?」
ホーカルは思い出したように訊ねてくる。
「そうそう。ディ、気にしていたぞ」ノルディックも言い添える。
「あ~っ、分かっちゃうよね」アリエーは頭を抱える。「彼女〇×▲◇だから」
「ベルデア語で言われても分からないぞ」ホーカルは指摘する。
「ごめんなさい。御免ないさい。だって銀河標準語で例えられる単語がないんですもの」
アリエーはうなり声を上げながら考え込んでしまう。
「直訳できないし例えが悪くても怒らないでね。そのね。彼女の中身が空っぽというか、真っ暗で魂のない抜け殻が立っているようで怖かったの」
「抜け殻?」ノルディックは思い当たる節というか、ディが言っていた言葉が思い出される。
「所々に光のような小さな光点が見えるけれど、皆のような輝く内面からの光とか揺らめきが見えなかったのよ。あんな人始めて見たわ……本当に怖かったの」
「えっ?」
アリエーにはディの本質がそう見えてしまっていたのかと驚いてしまう。
「寒くて冷たくて……寂しさや孤独みたいなものが一瞬で感じられて、私はそのね、冷たいも寒いのも苦手だし……」
「分かった。分かった。その言葉だけで十分分かった」身震いしながら話し続けるアリエーの言葉を制する。「アリエーの目から見て、その状態は何とかなるだろうか?」
「大丈夫だと思うよ。光はあったもの。それを育んでいけばその内面も満たされていくと思うから」
「ならアリエーもそれを手伝ってくれると助かる」
「日常的な触れ合いをしていけばいいのかな。私に出来ることはやってみるよ」
「本当に助かる。オレだけでは手に余るからな」ノルディックは胸をなでおろす。「ディには何とか誤魔化しておく」
「恩にきます」アリエーは手を合わせる。「ノルディックとは戦いたくなかったから」
「なんでそんな話になる」ホーカルは呆れる。
「だってノルディックはディとお付き合いしているのでしょう?」
「オレが? 違う違う。ディに聞いてみるといいが、オレはディに寄り添っているだけ、本当に友達付き合いして欲しいって言われたんだよ。因みに男友達と認識されたのは、今のところオレだけだが」
「それが恋愛に変わるかもしれないでしょう」
「絶対にないから」強くノルディックは否定する。
「なんとなくノルディックのオーラからそれが分かったから納得する。本当にやり合うことにならなくてよかったわ」
「アリエーなら竜にだって勝てそうだが?」ホーカルは不思議そうにアリエーを見る。
「私はノルディックとは正面からだと勝てないよ」
「オレもやり合いたくはない。アリエーと武術で立ち合ったとしたら、お互いにただでは済まないからな」
「何言ってんだ?」
「本当だよ。ホーカル。TDFで一番強いのはノルディックだもの」
「スポーツでなら分からないがな」
「ルールに則って作戦を立てれば、私でも勝機はあるけれど、それでも全力になるだろうから、軽い気持ちではやれないわ」
「なんかで競うことがあったら、対戦ではオレも覚悟するよ」ノルディックは言う。
名人はお互いを見ただけで分かるとかと言う奴だろうかと、彼女とノルディックを見てホーカルは思うのである。
「それからもうひとつアリエーを見込んで、お願いがある。そうすればあの視線も何とかするよ」
「何かしら?」
「パーンから聞いたけれど、ベルデアの精霊使いなんだって?」
「そうだけど?」
「オレは神話とかそういったことに興味があってな。ベルデアの神話も知りたいんだよ。ベルデアの言語で」
「言語も知りたいの?」
「銀河系語訳では理解できないものもあるだろう。ちゃんと意味を知りたいんだよ」
「嬉しいな。興味を示してくれる人はいるけれど、本来の意味を理解したいと言った人はノルディックが初めてだよ」
「なら、教えてもらえるか?」
「二晩はかかるけれどいいかな?」
「言語を覚えるのにもっとかかるだろう?」ホーカルは突っ込む。
「そうだったね」アリエーは謝ってきた。「少しずつになるかもしれないけれど約束するよ」
「ありがとう」二人は握手を交わす。「あともうひとつ。この後、少しでいいからエレナの相手をしてやってくれないかな」
「気が済むまではやらないよ。何でもいいけど、ワンゲームだけにしてくれるのなら」
避けられないと覚悟したアリエーは条件を付ける。
「了解。それでディと二人で説得するわ」
ノルディックは立ち上がるとディとエレナの元へ移動していく。
しばらくすると視線が外れ、ようやく息をするアリエーだった。
「ねえフィオ、お願いよ。私にプログラムを教えて」
酔いも回っているのだろう。アリエーは陽気にフィオーレに抱き着いていく。
おねだりするアリエーはほとんど見たことがないのでホーカルは驚いた。あんな甘え方をするのを見たことがない。
「私は嫌よ。暇ではないの。貴女に教えている時間はないわ」
「そんなこと言わないで、お願いよ」
アリエーはがっちりとフィオーレをホールドする。
彼女はその腕から逃れようとするが、アリエーは離さない。まるでレスリングのマウントポジションを取り合っているかのようだった。
なんとかホールドされまいとその腕から逃れようとするが、それを巧みなテクニックで許さないアリエーである。
傍から見ているとじゃれ合っているようにしか見えないだろう。
体を入れ替えようと足腰を柔軟に動かしたり、腕を差し込み組んだ手を切ろうとしている。空いた手で足の関節を狙ったが、アリエーもうまく体を動かしてそれをさせない。
苦戦しているフィオーレも珍しいが、見ごたえのある攻防だとノルディックは思ったほどである。
「シュルドさんに学びなさいな」
「フィオがいいの」シュルドさんは怖かった。
お酒はホーカルにもついてきてもらい挨拶しながら注ぎに行っていたけれど、本当に挨拶程度の会話ですぐに逃げ出していたアリエーである。
光る精霊もいたが、圧倒的に暗い得体のしれない精霊も多かった。
「諦めなさい」
「いやよ、いや」アリエーはフィオーレの胸に顔をうずめながらいやいやをするのだった。
まるで体の大きな赤ん坊のようでもある。
その攻防と問答が十分にわたって続いたが、フィオーレが折れた。
ついにアリエーの弟子入りを彼女は認めたのである。
根負けしたフィオーレと嬉しそうにはしゃぐアリエーをディはうらやましそうに見つめるのだった。
因みにフィオーレがTDFにいる間に師弟関係を結んだ女性はアリエーただ一人である。そこのことをアリエーは誇りに思うのと同時に第二の母であるフィオーレには甘え続けるのだった。
「シュルドさんもこれを機によろしくお願いします」
ロイスはビールをグラスに注ぎながらシュルドに話しかけていた。
「こちらこそ。オガワさんのフォーローを頼むよ」
「オガワさんには期待されているようなので、裏切らないよう頑張りたいです」
「結婚するんだって?」
「はい。来年になりますが、彼女の卒業を機に」
「まだ学生なのかい?」
「今ジプコに就活中です。受かればいいのですが」
「オガワさんが太鼓判を押していたよ。かなり優秀みたいじゃないか」
「そうなのですか? それなら嬉しいですし、一緒にTDFで働けたらと思います」
「オガワさんが、気合入れていたから、大丈夫だろう。オガワさんは狙った獲物は逃がさないから」
「え、獲物?」
「例えが悪くて済まないが、良い人材は取りこぼしなく引き込むのがオガワさんだよ。ロイスや他の三人も、いやエレナは分からないな。それでもちゃんとオガワさんがその目で見て判断したのだから問題はないだろう」
「シュルドさんの奥さんもですか?」
「ペリシアは……まあごたごたもあったけれど、料理は上手いから期待してくれたまえ」
「本当に美味しかったです。あの味を家庭でも味わえているんですよね。年齢も近いようですし、僕とは大違いですよ。彼女とは十歳も離れているからからかわれそうで」
「そ、そうかい。まあ頑張り給え」
いずれ知られるだろうが、年齢に関して口をつぐむシュルドだった。
エレナはロイスに少なからず好意を持っていたと思われる。
「ねぇロイス兄」
ドキドキしながらエレナはロイスに話しかけている。
ロイスとは幼少期から一緒に育っていて、兄たち同様憧れていた。就活していると知った時には一緒に働ければ嬉しいなと思いつつ、勧めてみたら本当にその願いがかなったし、これは告白するチャンスなのではと勝手に盛り上がっていた。
「仕事はどう? 面白い?」
「大変だけれど、やり甲斐はあるな。期待に応えないと」渋い声が返ってきた。「エレナは大丈夫なのか?」パーテーションが掛かって見えなかったかなり物音がしていた。
昔からこらえ性が無く短気で、体格で劣っているのに兄連中に突っかかっていている。何度仲裁に入ったことか。そのせいもあるかエレナは良く慕ってきてくれた。
ロイスも含めて母親以外は男所帯である。母親も気風が良かったし力もあった。もう少し女の子らしく育てられなかったのかと思うが、エレナは気にしていないようだった。
「大丈夫、大丈夫。色々と教え込まれたけれど、ディとも一緒に仕事が出来るし楽しいよ」
「それは良かった」穏やかな目線でロイスは従妹を見た。
「ねぇロイス兄、これも何かの縁だしさ……」
「ああそうそう。今度休みが取れたら、ヤジマ家にお邪魔しようと思っているんだ。一緒に帰らないか?」
「えっ、いいの」勝手に勘違いするエレナだった。
「僕の彼女の紹介したいんだ。こうして仕事にもつけたし、一区切りついた。来年の三月になるけれど結婚式を挙げる予定たなんだ」
「彼女……結婚? 誰と」
「まあ確かに驚くよな。たまたま旅先で知り合った学生さんだったけれど、気が合ってな。彼女の卒業を待って結婚することにしたんだ」
ロイスは心中テレまくりだったが、淡々とエレナに話をしている。
「そ、そう……、おめでとう……」
茫然としながら、微かに返事をするのがやっとだった。
とぼとぼと背中を丸めディの隣に戻っていく。エレナは勝手に乙女となり、ロイスとの再会をはたしときめいて告白しようとしたら、その前に恋は終わりを告げてしまうのだった。
乾いた笑いしか出てこない。
絶対に負かす!
ホーカルと楽しそうに話すアリエーを見て拳を握りしめるエレナだった。
「ホーカル。ドラム準備しておきましたから、明日からお願いしますね」
「音のサンプルだったか? いいのか仕事でドラムなんか調達して」
「将来的にもプロに頼むよりも安上がりでは?」
「将来的にって、なにやろうっていうんだよ?」呆れるホーカルだった。
「バンド組むのもありかも」パーンは考え込む。「シンシマのギターもうまいですし」
「バンド? ホーカル、ドラムやるの?」横から首を突っ込んでくるアリエーだった。「私カルやる!」
「カル?」シンシマが訊ねる。
「横笛よ。何ならリュート系も出来るわ。ディもやろう」
近くにいたディの手を取り引っ張ってくる。
「私、楽器はピアノを少し習ったくらいで」
「ディは声が良いからボーカルよ。ねぇホーカル」
「そうだなぁ。良い声だ」
「ああ、それは良いですね。アリエーと二人で歌うのもありかも」パーンは頷く。
なんかあれよあれよといううちに話が進んでいく。
「ならあたしもやる!」
「エレナは何か楽器が引けるのですか?」
「うっ……リコーダーくらい」悔しそうなエレナだった。
「じゃあベース覚えません?」パーンがエレナの背を軽く叩く。「今の編成だとベーシストがいないので」
「やる」エレナが拳を握りしめていた。「ディとやれるなら何でもやる。シンシマ!」
エレナがシンシマに詰め寄ろうとした刹那、彼女はフィオーレからの視線を感じ、視線の先に目を向けた。無言の圧力に背筋が凍る。
「し、シンシマ、教えて下さい……」
「いいよぉ」気楽に引き受けるシンシマだった。「明日、楽器店に行こう」
アリエーは楽しそうに話をしている。
苦手だと言っていたシュルドとも酒を飲み交わしていくうちに、接点が見えてきたのか笑顔で話しかけている。
これだったら自分が面倒を見なくてもこれからは問題ではないかもしれないと、ホーカルは思いながら彼女の様子を見ていた。
今もデュエルナと談笑している。その横で睨んでいるエレナにも気を配りながらだ。
元々社交性はあるし、面倒見も良い。開放的で慕われやすい性格である。人が集まるのも時間の問題だろう。
フェリウスや宴席に遅れて顔を出したペリシアとひざを突き合わせながら、楽しそうにベルデアでの料理の話をしている。
ペリシアは興味深げに端末で検索しながら話に耳を傾けていた。
アリエーが慕ってくれるのは嬉しい。
一緒にいたいという気持ちにもなる。今回の異動では驚かされてばかりだったが、こうしてともに居られることは幸せ以外の何物でもないだろう。
それでもやっぱり先は見えこない。
アリエー流に言わせてもらえば闇の精霊の懐に入るようなものだ。
「どうしたらいいんだろうな」
呟きながらアリエーにグラスを掲げる。
それに気付いたのか、アリエーはホーカルに微笑みかけてくるのだった。
「ねぇホーカル、ドラーンをお願い。神承を聞かせてほしいって言われているの」
ホーカルは頷くとマドラーを持ちコップに酒を注ぎながら音を調整していく。
そして拍子を取りながら軽快にリズムを刻んでいった。
木製とは違う響きを感じながらアリエーは安心して歌い始める。
さあ神承の始まりだ。
〈第5.5話了 第六話「ノルディックの休日」に続く〉




