風に抱かれて 5-8
8.風は満ちて
宇宙港のベンチ座るとお腹が満たされていることもあり、眠気が襲ってくる。
「あそこはハヴィラダだったのかな」
夢を見ていたようなふわふわした感覚だった。
余計なデータは残っていないせいもあるが、現実味がまるでなかった。まるで精霊祭の後でもあるようだ。
パーンはやっぱりウィンディギルト。異彩な精霊柱。
フィオは大地の母精霊に抱かれているようだ。懐が深すぎる。
ノルディックはぶっきらぼうで粗野だが、それでも強い。はじめは海の精霊柱ピネロールかと思ったけれど雨と豊穣の精霊ファルディアスの方がしっくりくるかもしれない。
「楽しかったな……」
徹夜明けなので仕方がない。アリエーは端末を取り出すと眠気覚ましに珈琲を口にしながら三次元クロスワードを始めようとする。
その時、アリエーを呼ぶ声がして、すぐに目と耳が反応してしまう。
嬉しかった。
ホーカルが見送りに来てくれたのである。
部屋にも戻っていなかったから、諦めていたので自然と顔が緩んでしまう。
「ホーカル……」嬉しくて泣きそうだった。
「戻る便は知っていたからな」
「組合の方は大丈夫なの?」忙しそうで連絡するのも気が引けた。
「お前が帰るんだ。見送りくらいはさせてもらうよ」これで最後かもしれないし。
愛想を付かされても仕方がないと思っていたので、そう思いながらアリエーをいつも見送っていた。
「嬉しいな」
ホーカルが何かを差し出してきたのでアリエーは驚いた。
「船内で食べろ」
素っ気ない口調ではあったが、その思いやりが感じ取れてアリエーは胸が熱くなる。差し出された小箱を愛おしむように胸元で抱き留めた。
「パーンはどうだった?」
「不思議な子ね。精霊柱を見ているようだった」
「そんなにか?」
アリエーが頷いていると、宇宙船への案内のアナウンスが聞こえてくる。彼女は立ち上がるとホーカルと抱擁を交わし歩き出した。
「またね」
一度ゲート向こう側から振り返り、手を振った。
彼が笑っているようにも見えた。アリエーの想いはホーカルにも伝わってくるようだった。
『ようオガワ。珍しいなお前さんから連絡なんて』
モニターにジプコ銀河系第四宇宙域支部本部長のベルファスト・ラングレーが姿を現す。厳つい四角張った顔で灰色の髪は短く刈り込まれている。宇宙焼けしているのか顔が黒く感じられてしまうほどだった。
「こうして話すのはいつ以来だろうな」オガワが応じる。
『お互い忙しい身だからな』
「ディスクワークもしないで、飛び回っている本部長がいるって、お前さんの所の部下に泣かれたぞ」
『だ、だれだ。オガワにそんなことを言う奴は』
「さあな」オガワはほくそ笑む。「トップが不在では部下に示しがつかないだろう」
『俺は現場か好きなんだよ。オガワだってそうだろう?』
「それは分かるが、書類仕事を他に任せるのはな」
『そんなことを言うために連絡をよこしたのかよ』
「いや。借りを返してもらおうと思ってな」
『借り? そんなものあったか?』
「とぼけるのなら、もう何があっても助けてやらないぞ」
『もう本社人事部じゃないだろうが』
「まだ太いパイプは持っているよ」
『仏のオガワは健在という訳か。それで何をオレにやらせようっていうんだ? 産業博覧会に出るそうじゃないか、人を貸せっていうのか?』
「貸してもらうのではなく、TDFに欲しい子がいるのだよ」
『うちのか? 誰だ』
「アリエー・ファムカ君をうちに回してくれないかな」
『アリエーだぁ。うちの若手エースだぞ!』
「実力は先日見せてもらっている。TDFに欲しい人材だと部長も認めていてな」
『実力って……。何やってきたんだよ』モニターの向こう側でベルファストは頭を抱えている。『それにあいつは特殊な事情を抱えているんだぞ』
「知っているよ。年に一度は長期休暇を取って故郷に帰らなければならないのだろう。うちは問題ない。帰らなければならない事情も聞いている」
『調査済みか』
「うちの部長は彼女がこちらに来たいという言質を取っているといっているよ」
『極寒の惑星にか?』
「アリエー君とお付き合いしている子が、うちに配属になる。一緒にさせてやりたいじゃないか」
『お前、仲人までするようになったのかよ』
「少しもどかしくも思えてね」
『そういえばこの前の面談で宙域間での異動は可能か聞いていたな。お前が絡んでいたのか? あいつの抱えている事情も境遇も知ってか』モニターの向こう側で腕組みしベルファストはうなり声をあげて悩む。『娘みたいに思って育ててきたんだぞ……』
「貸し五つくらい帳消しにするよ」
『十は消してもらわないと、割に合わん』
「助かるよ」オガワは笑顔で応じる。
それでも彼への貸しはまだ半分以上残っているのだ。切れる札はこの際使えるだけ使ってでも必ず異動させようとオガワはしていた。
具体的な手続きをメールし、何とか来月の人事異動に間に合わせるために遁走することになるオガワだった。
太陽系アレクサンドリアにある中継宇宙ステーションはにぎわっていた。
中継ステーションとしては最大級で小惑星をベースに作っていて、千隻の宇宙旅客船が停泊できるとともに常時数千もの宇宙航路の便が出入りしているのである。時には分刻みになることすらあったため人の流れも相当なものになっている。
パーンとフェリウスは入港する宇宙船のゲート近くにようやくたどり着くことが出来た。
「ギリギリのタイミングになってしまいましたが、何とか間に合いましたね」秘書はホッと胸をなでおろす。
この日の便に間に合わせるためにフェリウスは航路図と時刻表、それからパーン部長のスケジュールを見比べながら調整を行うことになった。朝一番でTDFでの辞令交付式を終わらせると、急いでシャトルに乗り込み三回の乗り継ぎでアレクサンドリアまで来たけれど、どこかで便の遅れが出れば間に合わなくなるので時計を見ながら何度も行程を確認することになったのである。
「ご苦労様でした」
「本当に大変だったのですから。労わってください。気持ちだけではなくちゃんとです」
かわいらしい口をとがらせるフェリウスだった。
「分かりました。明日のランチに特別にケーキを出してもらえるように手配します」
「本当に♪」
TDFに連絡を入れたパーンは、ペリシアの返信画面をフェリウスに見せる。彼女は顔をほころばせるのだった。
「嬉しいけど、なんかこれに釣られただけの安い女みたいだわ」肩を落としため息をつく。
「では一週間ということで」
フェリウスの機嫌が直ったところで、パーンは時刻を確認する。
「そろそろゲートから出てくるころかしら、すぐに見つかるかしら」
「ロビーは広いですが、彼女は特徴的ですから」
「では迎えに行ってきますからね。ここから動かないでくださいよ」
パーンに注意するとフェリウスはゲートのすぐ脇まで行こうと歩き出す。
アリエー・ファムカはアレクサンドリアの中継宇宙ステーションに降り立った。強烈な太陽フレアの影響もあり到着は二十分ほど遅れていた。
彼女はカルサドーレでの仕事を終えて、ムコンへと向かう予定だった。
第七宇宙域への宙域をまたぐ仕事は珍しく、初めての営業所や会社回りは少し緊張もしたが、何とかこなすことが出来た。それが終わったかと思うと、今度は宇宙船の中で目的地変更の連絡が届く。
これは初めてのことだった。
しかも新たな目的地と指示はアレクサンドリア中継ステーションで受けることになるというのである。
「何が起きるのだろう……。そういえば今日は人事異動の発令日だったわね。ホーカルはどうしているのかな」
TDFのあの時のメンバーとはアドレスを交換していた。
「次に行った時に、会えればいいな」
いったいいつになるだろう。今年の有給は使い切っている。早くても来年だろうかとアリエーは思ってしまう。
考え事をしながらゲートをくぐっていたので、人の接近に気付かなかった。声を掛けられて腰に手が伸びそうになってしまっている。
「アリエー・ファムカさんですか?」
ウェーブのかかった黄色の髪がふわふわと揺れていた。かわいらしい表情ではあるが隙無くスーツを着こなしている女性だった。
「はい……」彼女が合流相手だろうか?
「ジプコTDFで部長秘書をしていますフェリウス・アーク・アウゼンです」
正確な角度でお辞儀をしてくる。
「フェリウスさん。パーンの秘書の?」差し出された名刺を見ながらアリエーは訊ねた。
「? どこかでお会いしましたか?」
「初めてですが、ノルディックから名前を伺ったことがあります」
彼女の雰囲気から、営業しているような話し方になってしまう。
「彼、なんて言っていたのかしら?」
「いつもパーンに泣かされているから……もっとちゃんと寄り添ってあげた方が良いとパーンを注意していました……けど」笑顔が少し怖かった。
「うん。良いでしょう。泣き顔を何度も見せてしまったことは本当ですから」
「そんなに?」
「今日もスケジュール調整が大変でした」フェリウスは頷く。「さあアリエーさん。こちらに来て下さい」
フェリウスは歩き始める。
彼女についていくとその先にパーンが本当に待っていた。
今日は人事異動があって部長はTDFにいなければならないものなのでは?
「パーン、なんでここに?」
「アリエー・ファムカさん。仕事用のタブレットを出していただけますか」
背筋を伸ばし凛とした姿で立つ少年に少し気圧されてしまうアリエーだった。彼女は肩から下げていた仕事用のカバンからタブレットを取り出した。
「時間もありませんので、データを転送しますね」
手にしたタブレット画面に転送されてきたものを見てアリエーは目を丸くする。
「嘘でしょう……これ……本当に?」
「本日、九月二十五日を持ちまして、アリエー・ファムカはジプコ本社TDFに異動となります」パーンは型通りの辞令交付を行うと。「間に合ってよかったです」
「今日に間に合わせるために、ここでの辞令交付になりました」フェリウスは小さく拍手する。「ようこそTDFへ」
ふいにアリエーの視界がぼやけてくる。
気付かぬうちにポロポロと涙が頬を伝い流れ落ちる。慌ててフェリウスがハンカチを差し出してくるのだった。
「ありがとう。パーン」彼女はパーンにその場で膝を付ながら抱き着いた。
「嫌でしたか?」
「うれしいに決まっているじゃない」鼻をすするアリエーだった。
叶わないと思っていた夢がここにひとつ結実する。
宇宙歴三百五十九年九月、アリエー・ファムカは二十一歳でTDFへと異動になる。
彼女のハ・ヴィ・ラダへの風か吹いたその瞬間でもあった。
〈第五話了 五.五話へ続く〉




