F38ホークネイル失踪事件 27-9
9.話を持ち込んでみた
トラッティン時間、朝の五時に現地のニュースを確認する。
行政府の動きも軍の動きも同様にシンシマとレイストは何かしらの続報や進展があれば端末に知らせが入るようにしていたが、あれ以降全く動きは無いようだ。トラッティン軍も銀河保安局もF38の機体を探しあぐねているようである。
それが終わると行政府産業博覧会推進課課長のクロカワにアポイントメントを取るのだった。それはすんなりと受け入れられ、早朝からの申し出にもかかわらずシンシマとレイストはクロカワ課長と昼前には面談している。
「初めまして」
シンシマとレイストはクロカワが入ってくると立ち上がり挨拶する。
クロカワも面談はタンバかミリー、ロイスだと思っていたのだろう。一瞬だが表情がこわばっていた。
心の中で苦笑いしながらシンシマ、レイストはクロカワと名刺を交換している。
直接会うのはこれが初めてだった。行政府側との対応は最初にオガワで、それをロイスが引き継いでやり取りしている。
今も産業博覧会推進課との連絡は欠かしていないが、交渉窓口はロイスとタンバが半々くらいだろうか。
「何かございましたか?」そう訊ねてくるクロカワの目は期待に満ちているようにも思えてしまう。
無理難題もあっただろうけれどこれまでは楽しい話を持ち込んでいたのだろうが、今回はそういった話ではなかった。シンシマは申し訳なくなっていた。
二人が持ち込んだ案件はそんなに楽しい話しでも期待できる話でもないのだ。
「TDFにはまだトラッティン行政府にクロカワさん以上のコネがないものですからすいません」
シンシマは率直に応えていた。
「私よりも上の?」
トラッティン産業博覧会において行政府のトップはクロカワに他ならない。
それでもF38ホークネイル失踪事件は彼の管轄外になってしまう。
何のコネもアポも無ければ受付で今回の行動の話をしても信用してもらえないし、変なマスコミ関係者と間違われたりして門前払いになってしまうことは目に見えている。信用できる人に首長や上層部に話を通してもらいたいからこそ、こうしてクロカワに話を持ち込んだのである。
彼には迷惑な話であろうが……。
「行政府の中でトップに顔が利く人は我々の間ではクロカワさんしかいなかったので、すいません」
「何かあったのでしょうか?」問題発生か?
クロカワは身構える。
「F38ホークネイル失踪の件はご存じですよね?」
「は、はい。行政も絡んでいる案件ですから知っています」ただニュースで出ている以上のことは知らされていなかったが。
「ですよね」
「私から話せることはありませんよ」報道管制も行政府内で通達されている。
個人的な感想など管理職としては言えるはずがない。
「それは当然でしょう」シンシマは当然のことのように頷いていた。
「ではなにを?」
「我々はその案件を解決しました」
「えっ?」
「驚きますよね」シンシマは笑い掛けてくる。「解決と言うと聞こえがいいですが、カラクリを暴いています。銀河保安局にすぐに通報しても良かったのですが、まだ引き返せる案件もあったので、事前にクロカワ課長に話を通しておこうとアポを取りました」
「私にですか?」困惑するクロカワだった。
「クロカワ課長の管轄外になりますが、これはクロカワ課長の今後に役に立つことになると思いまして、こうして話をしています」
「F38失踪の件は聞いていますが、それをあなた方が解決したと言うことなのですか?」
「にわかには信じられませんよね」シンシマは軽く笑う。
「なぜ私に?」
「クロカワ課長がこの件で益になる様にしたかったというべきでしょうか?」
「私にですか?」
「クロカワ課長しかいなかったというのもありますが、TDFとしては今後のこともあり恩を売っておきたいという思惑もあります」言い方はほがらかであったがあまりにも率直でもある。営業ではなかった。「これまでも太いパイプは出来ているのでしょうが、信頼関係だけでなくもっと深くお付き合い出来れば考えています。TDFとしましてもトラッティン行政府とはこれからもお付き合いも続けて行きたいなと」
「私個人としましては前からそう思っていましたが……」
「それはよかった」シンシマは笑い掛けてきた。
シンシマはテーブルの上にタブレットを置くと端末を操作し始める。
「これが当時の船や衛星の監視の動きになります」
「これに何かあるのですか?」
「あるから見てもらいたいのです」
タブレットから3Dの映像が展開する。
「下が惑星トラッティンになりロストしたとされている宙域の映像になります」シンシマはてきぱきと説明していく。
レイストは全然話をしていなかった。シンシマに任せておけば大丈夫だと踏んでいるのだろう。余計なことは言わないようにしているようにも見える。
「一週間前から宇宙船の動きをトレースしていきますね」
光点は船の動き。衛星やサテライトステーションはそれとは別に分かるように表示している。
全天を覆うレーダー網はオレンジ色で示されていた。
現時点でオレンジの淡い光は惑星トラッティンの宙域を完全に網羅していた。
「ここから時間を早送りで動かしていきます。右下の数値がその時の時間になります」
シンシマは丁寧に説明している。
五日前にメンテナンス船が二つの監視衛星を訪れている。
「ここから仕込みが始まっています」
「仕込み?」
「はい。衛星の動きにズレがあるのが分かるように表示しますね」
「位置が少しズレていますし、探査範囲が狭まっている?」
「素人目にも分かりますよね」
「これは事実なのですか?」
「行政府の衛星管理部門と軍に確認してもらってかまいません」
「管理部門に知り合いがいるのですが、呼んでも構いませんか?」
「部長でなければかまいませんよ」
シンシマの言葉の意味は計りかねたがクロカワは自身の端末を手に個人回線で連絡を付けていた。
五分と経たないうちに管理課課長が姿を現す。
クロカワに急かされたのかもしれない。
「何があったんだ? この件はお前のところとは関係ないだろう?」
「私のところに持ち込まれたんだから仕方がないだろう」クロカワは言い返していた。「とにかく重要なことなんでお前にも見て欲しい。そう思って連絡したし、確認したかった」
「彼らは?」
「ジプコTDFパビリオンのスタッフだ。機材チェック中にF38のスクランブルを見かけたのがきっかけで事件を調査してくれたという話だ」
「民間人がなぜ?」
「興味本位からです」シンシマはきっぱりと言い切ってしまう。
レイストは良いのだろうかと思ってしまうのだった。
「それで判明したしことがあるし、保安局へ通報する前に我々に情報提供してくれている」クロカワは諭すように言いくるめていた。「彼は行政府で衛星などの契約や管理部門の課長をしているミヤガワだ。よろしく頼みます」
「TDFのシンシマ・ケンマウです」
「彼のアシスタントをしていますレイスト・ハイブルスです」
二人は挨拶すると名刺交換を行っている。
「何を見せられるんだ?」
目の前に展開している3Dクラフィックを見ながら彼は腰を落ち着ける。
シンシマはミヤガワ課長に説明を始める。
「ミヤガワ。緊急メンテナンスの情報は入っているんだろうな?」
クロカワは確認してくる。
「確かにあった。いつもの担当者とは違っていたが」個人タブレットの画面をスクロールしながら、連絡を受けた担当者とも通話していた。
記録は確実に残っているようだ。
「メンテナンス後の監視衛星の動きはおかしいだろう?」
「た、確かに……。このシミュレーションはあっているのか?」
「正確にトレースしていますよ。実際にこれらの動きを監視している団体やサテライトステーションの運航部門に確認してください」
シンシマにそう言われ、半信半疑ながら確認を取っていた。
裏は直ぐに取れるはずだった。
「……間違いないようだな」納得するしかないようだった。
「ではこの後の監視体制の状況をお見せしますね」シンシマは早送りで時間を進めていく。「これによって衛星は本来のものとは違った動きになります」
時間は地上からF38が飛び立った時刻になり、投影された映像はリアルタイムに移行していた。
その頃には小さい範囲であったが染みのように監視体制の行き届かない範囲が出来上がっていたのである。
クロカワもミヤガワも目を見張るしかなかった。
「これがF38のロストポイントの位置になります」
「……信じられない」
「先ほどメンテナンス船が訪れていた衛星は通常の動きからズレが生じています。トライアングルで動いていたもうひとつは正常に動いていたために、ちょっとした動きのズレから僅かですが監視網に穴が出来ました」
オレンジ色に覆われていた空間に染みのように黒い監視の穴が出来上がっていた。
「そこに二隻の宇宙船が都合よく航行しています」
「これがF38を回収している?」
「どこの船だ?」ミヤガワは慌てて問い合わせをしていた。
偽装船である。正体を突き止めるのは難しいだろう。
「電磁ネットを使って強制的に短時間で回収していたと思われます」
「な、なぜ?」
理由が分からずクロカワは生唾を飲み込み訊ねる。
「偶然ではありません」
「最初から仕組まれていたと言いたいのですか?」その理由がクロカワには推測できなかった。
「ここからは私の推測になります」シンシマはクロカワとミヤガワに言う。
二人は同意するように頷くと彼は話し始めた。
まずは裏ネットで調べたパイロットのこととから話を切り出していった。
データは共有できるように二人のタブレットに転送している。
「そこまで酷いパイロットなのか?」クロカワはミヤガワを見て訊ねている。
「我々には優秀なテストパイロットだとしか教えられていないぞ」ミヤガワはお手上げだった。
「ここまで性格が破綻していると、いくら腕が良くても問題だぞ」
「しかし、これは軍の方の問題だ。我々は関知できない」
「それは理解できるが……」
シンシマの話を聞くうちにクロカワとミヤガワの眉間には皺が増えていくのであった。
確かに犯行理由や協力者に関してはまだ推測ではあるが、軍だけでなく行政府の管理体制にも問題が及んでくる案件だった。
行政府側でも綱紀粛正がおこなわれなければならなかった。
これがシンシマが管理職クラス以上に話を持ち込んできた理由でもあるのだろう。
話が大きくなっていくのが見えるし、行政府と軍にも話が及んでいるのである。綱紀粛正が必要になるだろう。
シンシマはつまびらかにパイロット、マーク・トワイニン大尉の日常を裏ネットに掲載されていた話とともに、彼が関わっているはずの業者への対応をリアルに話していた。
「これが今回のカラクリになります」
「理解しました」
クロカワは彼らが作成した映像に見入ってしまっていた。いままでも素晴らしい映像は魅せられてきたが、シンシマの話術とともにそれだけ出来が良いのである。
「なぜ失踪したかと、パイロットのこと、それからその協力者のことは分かった。その上で機体は見つかるだろうか?」
「それは我々でも分かりません。私個人の意見としてはパイロットも機体も戻ってこないと見ていいのではないかと思っています」
「どうなったと推測するか訊ねてもいいだろうか?」
「個人的には回収された機体は解体されて存在すらなかったことにされているでしょうね。業者の方としては何食わぬ顔で新たなる機体を提供してきて、正式導入に持ち込もうとするでしょう」
「選定には行政府も関わっているから、私の方からその部門の方に話を通していた方がよさそうだ」ミヤガワは腕組して考え込むように言う。
「パイロットはどうなっている?」
「背後関係は分かっているのか?」
「パイロットについては消されてはいないでしょうが、私には何とも言えませんね。それから協力者ですが開発業者の後ろにも何者かが存在しているでしょうが、それは私の口からは言えるものではありません」
「それを聞きたいのだが?」
「巨大企業がバックにいるとしか言いようがありませんね」シンシマは肩を竦める。「推測でしかあませんし、通常の捜査では出てこないし黒幕までは辿り着けないでしょうね」
「そこまで根深いと考えですか?」
「本来ならカラクリが分かれば実行犯も協力者も判明してそれで終わりですが、回収船の船籍は判明していますが、あくまでも偽装でしかありません。二つの船籍もどこまで行ったかは途中までしか判明しません。絶対に外部装甲をパージして船体を変えてどこかの港に入港しているはずですからね」
「そこまで用意周到なんですね」
「銀河保安局ですら権限が及ばないかもしれませんね」シンシマはニヤリと笑い掛けていた。
どこまで本気なのか分からない。
レイストはプレゼンでもしているようたったと彼の様子を邂逅するのである。




