F38ホークネイル失踪事件 27-8
8.正解を求めて
「さて動機付けはだいたい理解できるところまで来たかな」シンシマは言う
「何でそんなに曖昧なんですか?」
「確定していないからだよ。推測でしかない」
「本人から話が聞けたわけではありませんからね」レイストは頷くしかない。「証拠が必要だと?」
「俺たちが状況から導き出したにしか過ぎない。推測の域を出ないこの状況で保安局は動いてはくれないだろう?」
「僕らの妄想と思われても仕方がありません。門前払い喰らう可能性もありますね」
「だから確証が欲しい」
「それは理解しますけれど、どうするんです?」
「まずはトワイニンの後ろにいる奴と協力者だな」
「アマデウスの連中じゃないんですか?」状況はそう言っている。
「彼らだってバカではない。すでに工作は行われているだろう」
「まあ、目を付けられてもトカゲの尻尾切りで終わりそうなのは、いつものことですからねぇ」レイストは肩を竦める。
実行犯は見つかってもその後ろにいる者まではいつも辿り着けない。
「とりあえずは実行犯を明らかにしてからだな」
「あてはあるんですか?」
「サテライトステーションや衛星監視網の大半をアマデウス系列の会社が握っている」
「そこまで分かっているなら決定的じゃないですか? 最初からアマデウスがしていた証拠になりますよ」
「無理だよ」
「なんで?」
「その会社が衛星やサテライトステーションの設計しメンテナンスもしていたとしても、犯行に関与した証拠にならない」
「誰が他の者や会社がアマデウスを貶めるためにやったことだと言い逃れする?」
「そういうこと。スケープゴートだって用意しているはずさ」
「じゃあどうするんですか?」
「まずは衛星や地上レーダー、サテライトステーションの動きを可視化する」
「出来るんですか?」
「俺たちの端末じゃ無理だな」
「何か考えがシンシマにはあるんですよね?」
「まずはフィオーレと交渉だな」
「なんで?」
「『電算室』使用許可が必要だ」
「理解しましたけれど、フィオーレは許可を出してくれますかね?」
「利があればというところだろうな。パーンやオガワさんから許可を取ってもフィオーレが見ているのならあいつの思惑次第で止められてしまう」
「ですよね。頑張ってください」
「まあ、やってみるしかないかね」シンシマは苦笑する。
手元の端末やパーソナルコンピューターだけでは、F38の機体ロストの当時の艦隊の動向や衛星、サテライトステーション監視網の動きをトレースしきれない。
それだけ複雑に絡み合っているのだ。
その動きを可視化することで、それが証拠となりえる。
どうあがいても演算能力の高いコンピューターが必要である。銀河系でも屈指のTDF自慢の『電算室』の出番となるが、今はトラッティン産業博覧会の演出にリソースを割いていて、それを使わせもらえるかは管理しているフィオーレ次第だった。
「やあフィオーレ」シンシマは努めて明るく話し掛けた。
『何かあったのかしら?』
気だるげな声でもある。彼女はいつ寝ているのだろうか?
不夜城という声すら聞こえてきている。
「『電算室』を使いたいんだけれど、いいだろうか?」
『何の遊びかしら?』
最初からフィオーレは容赦なく切り込んできた。
「そのつもりはないんだが……」
『言ってごらんなさい』フィオーレの強い口調が耳に響いてくる。
何もかもお見通しなのかもしれない。
「分かっていて言ってない?」
『何のことかしら?』
シンシマは絶対にフィオーレが、レイストとのやり取りを分かって言っていると思ってしまう。
そこから言う言葉はひとつしかない。
「TDFの益になることをしているんだけれどな」
『その言葉、忘れないでくださいね』
フィオーレの底冷える言葉に背筋が凍り付きそうだった。
生半可な言葉では殺されかねない。
「損はさせない」
『それだけでは了承出来ません』
「確約するよ。任せてくれたえ」
シンシマがそう言うと、使用のためのキーコードが送られてくるのだった。
やることが増えたと思いつつ深くため息をつくと彼はティーマへのラインを使いながら『電算室』へと接続する。
衛星やサテライトステーション監視網の動きと船舶の運行状況をデータ化したものを入力していく。当日の状況を踏まえつつ、トワイニンの動きから一週間前に遡りまずは船舶の動きを確認していくのだった。
動きがあるとすれば船舶と衛星周辺からだろう。
ハウスの居間に大型3Dモニターを展開する。
それでもレイストやシンシマのパーソナルコンピューター(限界一杯までカスタマイズしても)動きがカクカクしていたのが、電算室に繋いだとたん滑らかに動き出した。
これが演算能力の違いである。
見せつけられてしまう。
早回して動かしても問題なかった。
監視衛星とサテライトステーションの動きと、それらの監視体制の状況が徐々に可視化されていった。
正常に動いているようで微妙に位置を変えているのが、監視網の動きからも分かってしまう。
衛星やサテライトステーションは全域をフォローしているわけではないので、複数が監視網の穴を無くすように配置されていて、絶対防衛ラインを多数の監視システムでカバーしていた。数を少なくすることは出来たが、それだとシステムにひとつを妨害工作で使えなくされたら一発で穴が出来てしまう。
それをカバーするために一つが監視できなくなっても二つ三つの監視システムでカバーできるように配置とプログラミングかなされているのが今の防衛システムである。
「なんか監視衛星に入った船がありますね」レイストが言う。
「そうだな」シンシマも確認していた。
船籍を船が発信している船のコードから確認していく。
「メンテナンス船ですか?」
「ああそれで間違いない。臨時のメンテナンスになっているな」
「あからさまに怪しいですね」
「ひとつだけなら緊急メンテナンスもあるだろう?」
「でも衛星の動きも変わりましたよ?」
「いまのところは監視網に穴は無いな」
その五時間後、その船は隣の衛星に接舷しているように見えた。
「これはあからさまですね」
「トラッティン行政府や軍にはただメンテナンスと新しいプログラムのインストールだと話を通しているな」
「調べたんですか?」
「裏を取るのは当然だろう?」
「早いですよ」レイストは呆れている。
「ファテウス社はプログラムやメンテナンスメインの会社だな。たどればアマデウス系列なのは分かる」
「ますます黒ですね」
「そうなるな。五時間後には隣の衛星に移動しているな」
「この衛星もアマデウス系列ですか?」
「社名は違うが元をただせば、そうなってしまうのは丸分かりだ」
「こういうのって調べないで契約しているんですかね?」
「ちゃんとこうやって調べないと辿り着けないようになっているよ」簡単にはバレないようにしている。
「巧妙すぎますね」レイストは呆れる。「何をやろうとしているのやら」
「銀河系を裏から操ろうとしているんじゃないか? 影の支配者として君臨するとかな」
「怖すぎますよ」
「奴らの思惑は知らないが、俺たちの技術も狙われているってこったな」
「迷惑な話ですよね」レイストは深いため息をつく。「貪欲すぎますよ」
「人間の欲望なんて際限ないからな」
「トラッティンでもやりたい放題ですか?」
「ミネルヴァや他も頑張っているが、アマデウスは巧妙すぎるのかもな裏の顔をたくさん持ちすぎている」
「コングロマリットの強みですかね。ベンチャーだったら対抗できませんよ」
「情報収集能力にもたけているんだろう?」上層部の意識統一もされているだろう。
「他人事ですか?」
「俺たちは俺たちが出来ることをやる。巨悪を倒すつもりでなんやっていたら目の前のことすら解決できない。レイストは考え込み過ぎだ。今はホークネイル失踪の真相を探るんだろう?」
「そういうことにしますか」レイストは苦笑する。「衛星にプログラムは残っていますかね?」
「ハッカーなどの侵入を防ぐために外部からの操作は不可能になっているのが常だ。独自のプログラムで運用されるようになっているのが普通だから、外部から操作できないようになっているのであれば、のちにプログラムを消すために臨時メンテナンスを行うと予想しているね」
「そこにやって来た船を臨検すれば証拠も出てきますかね?」
「彼らが何をやろうとしていたかは分かるだろうな」シンシマは笑う。「そのあとのことは知らん」
「それでいいのですか?」
「サラリーマンに何が出来る?」
「推測することは出来ても、それはあくまでも思い込みでしかありませんね」
「そういうこった。期待せずに行こう」
衛星内部では数日前から事前準備は万全であるように思える。用意周到と見るべきだろう。
トワイニン大尉の恐喝から、数日でここまで対応できるのであるから、アマデウス側はこういうトラブルも織り込み済みだったと考えるしかない。彼らがどう考えているかは神のみぞ知るというところか。
「アマデウス側が絡んでいるのはこれで確定ですね」
「俺らの間ではな」
監視衛星の動きを見てほくそ笑んでいたレイストにシンシマは突っ込む。証拠は出てこないだろう。
トラッティンの宇宙軍の地上部隊からF38ホークネイルが飛び立つ数時間前から衛星の監視網の動きは怪しくなっていく。
本来隙が無いように監視されているところに穴が出来ていく。
一瞬だったが、確実な穴だった。そこにF38は突っ込んでいった。
「これでレーダー網の穴がどうしてできたかは分かった」
精密に計算していたからこそ作れたロストポイントであるだろう。
シンシマは時間を巻き戻してスローで確認していた。
十五分ほどの僅かな時間である。
「この間も地上の監視システムには衛星の監視システムは正常に稼働し続けていると衛星から報告を受けることになる」
「目に見えないものは、その送られてくるデータが正しいと信じるしかないですからね。巧妙すぎる」
「あとは正常に戻すだけで、誰に気付かれることも無い」
ゆっくりとシミュレートしていくと、その監視網の穴の中で二隻の宇宙船が航行しているのが分かる。
「この二隻のどれかが回収船ですかね?」
「両方だろう。そうでないと十五分の間に回収は不可能だ」
「荒っぽい回収になりそうですね」
「電磁ネットを使って強制的に停止させて回収するしかないだろう」
超高速で大気圏を突破して宇宙空間に突入するのである。その一次防衛線内で回収するというのであればスピードを落としている暇はあるはずもない。
「パイロットは無事ですかね?」レイストは苦笑している。
「俺だったら二日は寝込むね」
「むち打ちだけでなく全身に衝撃を受けますからね。いくら訓練をけて衝撃吸収スーツを着ていたとしてもタダではすみません」
「気絶している間に問題は解決ってな」
「生きていますかね?」
「優秀なパイロットだからな。有効活用だってあるだろう? 俺だったら何かあったら情報を流しますよって宣言しているけれど、相手だってバカじゃない。それに関しての対応だって行っているだろう」
「時間が空けばあくほど相手の思う壺ですよね」
「そういうこった。トワイニンは欲をかき過ぎたんだよ」
レイストとシンシマが話している一方で船のひとつは太陽系外へと艦首を向けているのか移動を始めていた。
「こいつが主犯船ですかね?」
「もう一方の船もゆっくりではあるけれど、太陽系外に進路を向けている」
航路を予測すれば銀河系の他の太陽系に向けてワープするだろう。
「偽装船ですよね?」
「俺だったらそうするね」
「これで謎解きは終了でいいですよね」
レイストはすっきりとした気分だった。
「これで終わりじゃないよ」
「他に何があるんですか?」
「SSTO導入に関してこれは、氷山の一角にしか過ぎないって言うことだよ」
「まだ続きがあるの?」
「フィオーレの指示はすべて暴けと言うことだった」
「すべて?」
「ロストだけじゃなく。それに関するものがまだ出てくるってことさ。だいたい一テストパイロットだけの言葉で機種が決まる訳ないだろう?」
「まあそうですけれど」
「色々と後ろめたいことが出てくるわけだ」
「それで『電算室』の使用許可が下りたと?」
「そう言うこった」シンシマは深いため息をつく。「夜はこれだけで終わらせてくれない」
「頑張るしかないですかね」
あらゆる手段を使ってでも、これに端を発する事件の全貌を洗い出せとフィオーレは言っているのである。
彼女は絶対に出来ないことは押し付けてこない。個人の能力限界ギリギリのラインを攻めるように仕事のノルマをTDF技術者に課してくる。
ある意味これは信頼の証でもあるのかもしれないが、簡単なニュース情報からフィオーレはさらに先まで見越していた。考えていた以上に奥が深い事件であるとレイストは思うのである。
マイクロフト・ホームズのように後ろに鎮座して情報を分析しただけでなく最後まで落とし前を付けなければなにない立場にあると感じてしまう。




