F38ホークネイル失踪事件 27-5
5.答え合わせ~パイロット編
「お疲れ様」
ハウスの居間でくつろいでいたシンシマは現れたレイストに気付くと声を掛けてくる。
パビリオンでの仕事が終わってからのことである。
シンシマはハウスへ戻ると、ペリシアの用意してくれていた晩御飯に舌鼓を打っていた。それから入浴も済ませてすっきりした表情で端末からモニターを二画面展開しながら情報収集しつつ居間のソファーでくつろいでいる。
「お疲れ様です」
部屋着姿のレイストはシンシマの対面に座った。
彼も座ると同時にタブレットを二枚テーブルに置いている。ハウスへと戻る道すがらと、食事や入浴している時に情報収集はしていたようである。
「まずは何から突っ込んでいこうかね?」シンシマはニヤリと笑いながら訊ねてくる。
どこからでも来いという感じでどっしり構えているようだった。
「パイロットに関しての情報がニュース速報では出ていませんでしたよね?」
「機体ロストだけだからだろうけれど、今も発表がないのがおかしいな」
「爆散したとも墜落したとも公表がない状態では出したくないのかもしれませんね」
「今のところ生死不明って感じか?」
「後ろめたいところがありそうな感じですよね」
「良い所に着眼しているかもしれない」
「墜落なり爆散していれば、生存は難しいですからね。ロストの時点でパイロットの名前は公表されていてもおかしくありません」
「一応、脱出装置はあるけれどな」
「生存率を高めるためとはいえ、機体異常に気付いたとして、どこまで手動にせよ自動によっても対応出来ていますかですよね」
「高度が高度だからな。それにスピードも出ている。対応できたとしても生存確率はどこまで上がっているかだよな」
「性能優先とかだと、後回しにされがちですからね」
「ロスト範囲は狭められつつあるようなんだよ。そこら辺を重点的に宇宙軍や空軍が偵察機まで出して捜査しているようだな」
「それは何よりです」レイストは素っ気無い。「見つかるといいですね」
「現時点で何も出てこないのであれば無理だろう」
「シンシマはそういう判断ですか?」
「墜落の線は薄い。というかほぼ無いと言ってもいいだろう」
「その心は?」
「成層圏であれば、地上のレーダーが何かしら捉えていなければおかしい。それが全くないのであれば宇宙空間での事故になる」
「しかし衛星やサテライトステーションの監視網には引っ掛かっていない」
「公式の発表では監視網に穴は無いように運用されているとされている」
「それなのにロストしているんですよね。どこかに穴があるとしか思えない?」
「完璧なんてありえないけれどな」
「シンシマは本当にそう思っています?」
「どうだろうなぁ」シンシマは苦笑する。
フィオーレの顔を思い浮かべてしまう。
「俺とレイストが推理できるような粗があるかぎり、完全犯罪なんて存在しないと思いたいな」
「そうですね」レイストも真顔で頷いている。「トラッティンの地元情報サイトや番組で騒ぎ始めています」
「まあメディアは視聴率や閲覧回数を求めるのが常だからな。騒ぎたければ騒がせておけばいい。そこから正しい情報を見極めなければ俺たちも烏合の衆や偽情報を流す者達と同じなんだよ」
「偽情報を流す奴らって何がやりたいんでしょうね?」
「愉快犯としか思えないし。異常者の精神なんて理解したくもない」
「ですよね」レイストも同意する。「でもこの件に主犯がいるとしたら、愉快犯どころではないと思います」
「何かしら裏があると思ってもいいよな」
「ない方がおかしいです。事件発表から七時間が過ぎても続報が無いのですからね」
「パイロットが割り出されれば、そこから情報系やニュースサイトがゴシップを求めてすぐに騒ぎ出すからな」
「それが今も沈黙しているのは、彼らも情報を掴みあぐねていると言うことです」
「銀河保安局の方は?」
「軍と歩調を合わせて偵察機を出していますし、宇宙でも見逃しが無いか探っているようです」
情報無線からの推測だったが。
「それは俺も同意見だな」
「パイロットの名前が出たら、すぐに個人情報が流出しますからね」
「それこそホットなネタになってしまう」
「人的ミスなのか、マシントラブルなのかで議論が巻き起こるでしょうね」
「すでになっているけれどな」シンシマは苦笑しながら最新の情報をレイストに転送していた。「パイロットの名前が分かれば、それが過熱するだろうけれどな」
「シンシマは分かっているんですよね」
「マーク・トワイニン大尉だ」
「さすがです。どこからですか?」
「軍は必死に隠そうとしていたけれど、裏サイトを見れば一発だったよ」
「裏サイトですか」
「大手企業だけでなく地方の軍や企業にも関係者が立ち上げた裏サイトは複数存在している」
「ガス抜きしたいんでしょうね」
「ジプコだって同じだ。匿名だと思って好き勝手言いたいんだろう」
「その気持ちは分かりますけれどね」
嫌な上司や同僚はたくさんいる。レイストだってジプコの裏サイトの掲示板で憂さ晴らししたことがある。
「それは良いとして、裏サイトでは現場にいた奴がいたんだろう。すぐに名前がバレていたよ」
「よく見つけられますね」
「軍関係のラインを調べていれば分かるだろう? それに人望がないんだろうな。そろそろ名前が表に出てくるぞ」
「軍が隠し続けたとはいえ、その前に見つけてくるなんてシンシマが凄いんですよ」分かっていてもこんな短時間で辿り着くのはサイバーダイバー位である。
「調べるポイントさえ分かればすぐに分かるさ」
「因みにご教授願いますか?」
「自分で探せ」シンシマは素っ気無い。「シュルドさんなら絶対にそう言うさ」
「そうですねよねぇ」レイストは深いため息をついた。「それでパイロットに人望がないっていうのは?」
「普通は上層部が秘匿すると言えば、大方は口をつぐむが公表直後には、問い掛けに答えていた奴がいたよ」
「へぇぇぇ」
「そう言うレイストだって分かっていたんだろう?」
「答え合わせですよ」
「そう言うことにしておくか、レイストの方では何か分かったことがあるか?」シンシマは訊ねてくる。
「パイロットに借金ありですね」
「良いところを調べたな」
「ありがとうございます」
「因みにどこから調べた」
「決済の動きから」
「危ないことはしていないだろうな?」
「怪しいと思った人の口座の動きが見れただけですよ」
「そういうことにしておこうか」シンシマは微笑む。「裏サイトでもそいつの金遣いの荒嵩が呟かれていたよ」
「そうですよね。結構金額がデカいものだったから」答え合わせがしたかった。
「ギャンブルなんて勝っていればいいけれど、負けが多くて借金が膨らみすぎて身内からも遠ざけられているような感じだ」
「持ち逃げ説が強くなってきていると思いましたよ」
「借金の原因は?」
「シンシマが言った通りギャンブルですよ。このパイロットはギャンブル依存症だったんじゃないですかね」
「カジノだけでなく競馬やスポーツサイトのギャンブルに首を突っ込んでいたようだ。誘われた軍関係者も多くいる。本人もそれで処分を受けているが、反省していないようだな」
裏サイトの愚痴ではそうなっている。
それで無理やり金の無心をされた関係者もいたようである。最悪なのはそれを踏み倒そうとしていたのが見えてくることだ。
人間性にも問題ありだ。
身近にギャンブル好きな奴は多くいるが、ある程度節度はある。物語や話のネタになっているけれど、実際にそう言う典型的な輩がいると笑ってしまうのである。
「シンシマの方でも調べはついているんですね?」
「まあパイロットが怪しいと思うのは当然だよな」
「そんなに酷いんですか?」
「あれは人間の屑だな」
「そこまで……」そうキッパリと言われるとレイストは苦笑するしかない。
「腕は良いようだけれど、性格が悪すぎる」
「金の流れを見ると、そう見えますよね」
「だろう。普通に勤めていれば、今頃はもっと上の地位にいたような気がする」
「左官クラスですか?」
「もちろんだよ」シンシマは軽く笑って見せた。「トワイニンは軍に入隊当初から期待され、将来のエースとされていた」
「それがギャンブルで身を持ち崩したと」
「期待されていたから頭に乗ったんじゃないかな」
「そう言うのはありますかね。自分が絶対だと思うことって」
「天才こそあり得そうだよな」
「人間、謙虚さが大事」
「それをお前が言う?」
シンシマは爆笑していた。
マーク・トワイニン大尉。
現在も現役でトラッティン宇宙軍航空隊のテストパイロットになっている。
銀河標準時で四十歳。
軍に所属して二十年以上になるが、ギャンブルにのめり込んだせいで依存症になり、借金が増え素行も悪くなった。
借金のトラブルは絶えず上司からは色々と言われているが、隠れてギャンブルは続けている。同僚からも敬遠されている。親姉弟親族からも借金はあり、彼ら名義で借金までしたようで、縁を切られていた。
カウンセリングや医師の診察まで受けているはずなのに、それでも止めないのだから屑はどこまで行っても屑だった。
払い下げや廃棄の軍用品をオークションで売り捌き現在はそれで資金を得ているよようだ。
レイストはそこからトワイニンに目を付けたのだろう。
色々と名義は変えているよようだが、ここまで手広くやっているのによく首にならないものだと思ってしまう。
それだけパイロトとしての技術はあったとみるべきなのか? 他に流出させたくなかったのかもしれない。
今は閑職に押しやられていてもさすがはエースパイロット目されていたと見るべきなんだろうな。
若いころはもっと穏やかな表情をしていたようだが、ごつごつとした四角い顔立ちに短く切り揃えた髪と濁った眼はマフィアを連想してしまいそうだった。完全に道を踏み外してしまっている人間の目である。
人相もだが、シンシマの目にはトワイニンが事件に何らかの関与をしているというのが分かってしまったようだ。
「さてこのトワイニンが拉致られた可能性はあるだろうか?」シンシマは訊ねてみる。
レイストからすれば毛ほども思っていないようにも見えた。
「無いでしょう」レイストはあっさりしていた。「どちらかと言うと彼が持ち出しを持ち掛けたといった方がいいかもしれませんよ」
「だよなぁ」シンシマは笑っていた。「ただこいつ一人だけじゃない。誰か背後で動いている奴がいる」
「単独では難しいですからね。いくら元エースパイロットであっても、自由に身動きは取れないでしょうからね」レイストは同意する。「賭け事の資金を求めてなのは分かりますが、これでは理由が分かりませんね」
「ただ単に借金からトンズラしたかっただけなのかもよ」
「いままの生活が窮屈になったんでしょうかね?」
「そりぁそうだろう。この金額を見ればな」
「うえっ」レイストはその額を見せられて顔をしかめてしまう。「どこから調べてきたんですか?」
レイストの話とこれまでの会話から調べ上げていたのだろうが、驚きである。どこからどうやったらできるのか知りたくなってしまう。
シンシマの情報収集能力は舌を巻くほどとんでもない。
TDFへの加入前までの彼と今ではまた違っているだろう。そこまでレイストは辿り着けるのだろうか。
飄々としたシンシマを見ながら、彼は思うのだった。




