F38ホークネイル失踪事件 27-1
1.発端
「良い眺めだなぁ」
シンシマ・ケンマウはメンテナンス口から顔を覗かせながら周囲を見回すとそう言った。
空は晴れ渡り、遠くには都市や産業博覧会会場を囲むように山々がそびえていて、頂が見えない山もあれば、中腹にかけて白く雪化粧している山々もある。高いところでは一万メートルを超える高峰もあるようだ。
いくつかの山脈が連なっているために盆地やカルデラのように感じられるが、遮るものが無いためにそう見えるだけだった。
都市の建物の周囲は緑に覆われ、青というかグレーに近い色合いと雪の白、空の青が絶景を見せているようにも感じられてしまう。
シンシマはパビリオンの天辺、一番高い場所にあるメンテナンス口から工事用ヘルメットをかぶりTDFジャケットを着こんだ姿で周囲を見回していた。
「結構高いですからね」
遮るものといえば、中央広場の塔と巨大パビリオンくらいしかない。
シンシマに続いてメンテナンス口から出たレイスト・ハイブルスもその光景に圧倒されている。
「ここでディが演技したんだから凄いよな」
今日は風が顔に吹き付けてきていて、遮るものがないために吹き曝しだった。
産業博覧会開幕セレモニーでディはこの場所に立ち、演技している。その姿は天使というよりも神々しく女神を見ているような姿であった。女優にも成れるんじゃないかと思ってしまう程だ。
「ポーズをとっただけでは?」レイストは少し辛らつだ。「それにわざわざここまで出る必要あったんですかね?」
「見る人は見ているからな。映像がキチンとディの動きをトレースしているのを実際に見せたかったんだろう」
「それがパビリオンの見所でもありますが、やりすぎのような気がしますけれどね」
「やりすぎなものか。そこまでやらないと観客にアピールできないだろう。それでなくても人気でミネルヴァやアマデウスに後れを取っているんだからな」
「それは分かりますけれど、身体を張る必要があったのかと」
「安全確保はしていた」シンシマは肩を竦める。「それにタンバさんがサポートしてくれていた」
「フィオーレが、それを怠るはずがないのは分かりますけれど、命綱一本でここに立つのは怖いですよ」
「だよなぁ」シンシマ同意するしかなかった。
「僕なら拒否します」
今も安全が確保されているとはいえ、百メートルを超える高さである。ここは真っ平らではない。緩やかではあるが曲線を描き垂直近くまで落ちる。高所恐怖症でなくてもこの高さは命綱があったとしても怖すぎる。
「ディが凄すぎるんだよ」
「そうですねぇ。天使の見てくれで運動神経も良すぎです」
「だな」シンシマは苦笑する。「ディを見てTDFパビリオンを目指してくれた人もいるんだから、感謝しなくちゃな」
風が弱かったとはいえ、ちょっとでも間違えれば転落する危険もあったのだ。
「まあ、俺たちは俺たちの仕事を済ませるだけだ」
「ですね。天使や完璧主義者には及びませんが」
「頑張ろうぜ」
シンシマはレイストの背を叩く。
その勢いで二人を囲っていた安全柵にレイストは手を付いた。
「危ないじゃないですか」レイストは文句を言う。
「安全確認はしているぜ」
シンシマとレイストは靴底の吸着具合を確認すると安全ロープを少しずつ伸ばしながら緩やかな斜面をそろりそろり下りていくのだった。
「本来なら業者の仕事ですよね」
「レイスト、仕方がないだろう。これは外部に知られるわけにもいかないからな」
「銀河保安局への通報案件ですよ。パビリオンの器物損壊ですから」
「フィオーレが保安局に通報する前に得られる情報は掴んでおきたいらしい」
「侵入者の情報を得るためとはいえ、銀河保安局に怒られないですかね。現場を先に荒らしてしまっているんですから」
「フィオーレもそんな苦情は承知の上だろう。それに銀河保安局が調べても何も出る訳が無いと思っているんだろうし
「手が込んでいますからね」
「実行者までたどり着けても、そのあとは難しいのが現状だ」
「もどかしいですね」
「背後の当たりはついていても証拠がないからな」
「背後関係を調べても、依頼者までは辿り着けていないのが現状ですからね」レイストは深くため息をつく。
「そういうことだ。それともフィオーレに逆らえるか?」
「社会的に抹殺されますよ」身震いするようにレイストは言う。
ある意味、シュルドの毒舌よりもフィオーレの方が怖いと言える。
「おっ、あった。あった」
タブレットを片手にシンシマは目標物を見つける。
パビリオンの外装に埋もれている十センチほどの円形の物体だった。
「本当に懲りないですね」
「自信があったんだろう。ここまで潜り込まれたのは初めてだからな」
TDFパビリオンの上空にはドローンなどの飛行物体を狂わせるジャミングが掛けられている。それに引っかかればパビリオンに近づく前に計器に支障をきたし墜落している。
「表層から五センチも満たないんですけれどね。無駄な努力に力を入れない方がいいと思うですけれどね」
「辛らつだね」シンシマはレイストに突っ込む。「こうして俺たちの技術の進歩に貢献してくれていると思えばいいんだよ」
「まあテーセは嬉々として開発に取り組んでいますからね」
「TDFは最先端のスパイ活動の現場だと思えばいい」
「喜べませんよ」
「そういうなよ」朗らかにシンシマは笑う。「これまではここに辿り着く前に制御不能になっていたからな。進化している」
シンシマは侵入メカのメンテナンス口を見つけると腰の工具用ポーチから工具を取り出して、外壁に食い込んでいた侵入メカを慎重に外す。
思った以上に軽い。
レイストは侵入された外壁の写真を様々な角度から撮っている。
パビリオン外装には機器類を狂わす塗装が施されていたが、今回はそれを超えて侵入している。ただ第一層の鋼材に施された磁場層には抗えなかったようだ。
そこで機能を停止している。
丁寧に侵入メカを取り上げるとリード線をメンテナンス口から内部の心臓部に接続させてレイストが持っていたタブレットと繋ぐ。
「フィオーレ、接続したぞ」
ヘルメットのヘッドセットからシンシマはフィーレに通信を送る。
『ご苦労様です。確認しました』即座に返答が返って来た。
「何か分かりそうか?」
『解析班としては善処しますが期待しないでください』丁寧な返答だった。
「まあ実行犯までか」
『侵入物を回収したら戻っていいわ』
期待していたわけではないが、フィオーレからの返答は素っ気無いものだった。
「了解」
シンシマはレイストを見ると、パビリオン外装に張り付いていた侵入物を損壊することなく手際よく回収している。
こいつもいい技術者だった。
「このメカ、子機を搭載していますよ」レイストは見ただけでそれを指摘している。
「パビリオン外装に取りついた時点で警報が鳴るからな。それに対応しようとしていたんだろうな」
パビリオンの外壁に取り付いた本体を囮として、子機がさらに奥まで侵入しようとしていたのだろう。よく考えられている。
「活躍できませんでしたけれどね」
「俺たちとしてはその方がありがたい。面倒が増えるだけだからな」
「それにしても必死ですね」レイストは苦笑している。「意地になっているんですかね?」
「そうかもしれない。ここまで敗北していると何が何でもやり遂げなければならいなという気になるんだろう」
「撤退する気は無いんですかね?」
「向こうにとってはどうしても欲しい技術なんだろうな」
「光栄ですね」皮肉交じりだった。「まあ他に類を見ないものですからね。でも彼らのその技術力も他に向けられないんですかね?」
「対抗心から技術の進化が伺える事例もあるからな」
「まあ対抗したくなる気持ちも分かりますけれど、プログラマーや技術者としては真逆な意地のような気がしてしまいますよ。僕には理解できません」
「理解できないのは俺も同じだよ。それだけの技術者を集めているのなら、独自の開発をすべきだろうからな」
「僕もそう思います。技術の使いどころを間違っていると思いますね」
「まあ向こうの対抗心がTDFの進化の手助けになっているんだから、それを向こうも理解してくれないとな。防衛網を掻い潜り、相手を騙すのも定石とはいえ」
「怖いですね。それにしてもよくここまでたどり着きましたよね」
レイストは驚き半分、呆れ半分だった。
「今回はパビリオンのセンサーに引っかからない高度が向こうにバレたんだろうな」
「何度も試されればいつかは分かりますよ」侵入はこれだけに限ったものではなかった。
惑星レイズでの生放送以来。その技術やプログラムを盗もうとする侵入者は急増していて、後を絶たない。
TDFパビリオンはフィオーレを中心とした情報分析チームによって防御網を固めつつ防いでいるが、ラインやネットを使った侵入の他にもこういった物理的な侵入に備えていた。
今回はドローンによる高高度からの侵入メカの投下を許し、侵入者を外壁に取りつかせてしまっている。
最終的に防いでいたが、侵入者はTDFの防御網の隙をついてきたと言えた。
電磁波を防ぐ塗装の下にある一次防衛線で侵入メカは回路をショートさせ停止している状態で捕獲されている。
これでも指示者に辿り着く情報は得られていない。これまで得た情報から背後関係は推測されているが、確固たる証拠は無かったのである。
そのために銀河保安局には通報のみで終わっていた。
彼らも事件として調べてくれているが、実行犯までたどり着ければいい方だった。
それほど黒幕は巧妙だった。
今回も侵入メカから得られる情報は少ないだろう。指示プログラムも使われている部品も様々なメーカーのものが使われていて特定が難しかったからだ。
そのために保安局と情報は共有しつつも自衛措置を強化して来たTDFである。今回の件でフィオーレはさらにパビリオン周辺のジャミング強化に乗り出すだろう。
鼬ゴッコとはいえ、努力を惜しまないフィオーレの完璧主義には舌を巻くシンシマであった。水際になろうともパビリオンの重要機密を守りながら敵の技術を検証しているのであるから驚愕である。
話にしか耳にしたことが無い諜報戦、ここにスパイ活動の最先端を見ているような気がしてしまう。
「ドリルなのか溶解系なのかただな」
「これを見る限り溶解しながら潜り込むように仕掛けられていますね」
「それでも張り巡らされている外壁の防御網を欺くのは難しいだろうな」
「どこかで引っかかりますからね」レイストはため息をつく。「これが産業博覧会の閉幕まで続くんですよね」
レイストがうんざりしてくるのだった。
「まだ始まったばかりなのにプレッシャーだよな」
「フィオーレはどう思っているんでしょうね?」
「俺としては楽しんでいると思うぜ」シンシマはきっぱりという。
「凄い精神力ですね」
「フィオーレの脳と神経は超合金で出来ているんだよ」
「僕では無理ですよ」
「ここではメンタルが鍛えられるから、レイストも大丈夫だ」
「そうでしょうかね」かなり胃が痛いと感じるレイストだった。
「まあ戻ろうか」
「そうですね」
レイストは頷くとシンシマの後をついて行きながらゆっくりとメンテナンス口に戻って行くのだった。
「あっ、F38のエンジン音だ」レイストは言う。
突然耳に入ってきた大気を震わすような戦闘機のエンジン音を耳にした。
「F38だと?」
シンシマはレイストの言葉に反応して音の聴こえてきた方を見る。
サイバーグラス越しに見ると、その機体がトラッティン宇宙軍軌道直行型戦闘機の機体であると告げている。
トラッティン空軍基地から直接衛星軌道上へと向かっているシルエットが見えた。
「本当だ。迎撃訓練か?」
「単機ですよ。本来の訓練であれば三機編成で行くはずですよ」
「そうだな。何か緊急事態があったのかな?」
「従来の迎撃機もあるのに、試作機でそれはありますかね?」
「分かんねぇな。宇宙空間の方で何かあったのだろうか? こうして機体が見れたことの方が珍しいのかもしれないな」
「訓練なら従来機が飛んでいたでしょうから、マニアとしては運が良かったのかもしれませんね」レイストは頷く。
「写真には納めたぞ」
「後で回してくださいね」
「毎度あり~」
シンシマの言葉にレイストは顔をしかめる。
「え~っ、情報料取るんですか?」
「冗談だよ」
シンシマはタブレットに写真を転送してくれた。
ブースターのノズルがよく写っている。反重力プラズマブースターの曲線が綺麗だった。
軌道迎撃用の戦闘機F38はトラッティン宇宙軍に次期主力機として採用予定の機体で、現在は試験運用されているという話だ。コングロマリット・アマデウス系列の軍事企業から提供された機体で、ミネルヴァ重工の機体と競り合ってトラッティン宇宙軍に採用されようとしている試験機だった。
鷹の爪のような機首からF38はホークネイルの愛称で呼ばれている。
レイストはトラッティンに出張が決まった時に軍事関係のものを洗いざらい調べ上げ、どのような機体があるか調べていた。宇宙軍の観艦式や基地航空祭にはわざわざ有休を取って参加しているのだった。




