秘書面接 26-10
10.TDFの真髄
TDFはテクノロジー・デバイス・ファキュリティの略称だそうだ。
レイストがふざけた口調でティーマ・ディフェンス・フォース(ティーマ防衛隊)の略だなんて言っているけれど、会社組織のひとつである。そんなつもりもないはずだし、間違ってもそんなことをすることは無いだろう。
当時の技術開発部部長の機密持ち逃げ事件から廃部になった技術開発部を引き継ぐ際にTDFと改名して今に至るという話だった。
開設は銀河標準歴(UC)三百五十九年一月一日。
目出度い吉日に開設されたと言えば聞こえがいいが、オガワ部長代理の話ではパーン部長の決済サインがもらえずに書類手続きが遅延したせいで数ヶ月は確実に遅れてしまったようだ。
その話をパーンに訊くとただ可愛らしく舌を出して笑うだけだ。テヘペロのつもりか?
絶対に仕事に夢中になって、そういった仕事は眼中になかったと言うことだろう。気にしていなかったはずだ。
当時は開設準備中で尚且つパーンも含めて四人しかいない状況だった。シンシマが『始まりのフォアカード』などと持ち上げるように言っているが、オガワさんは大変苦労していたのだろう。トップダウンで決まったもののその手続きは半端ない。
事務方の仕事が分かる人間ならそれがどのようなものか理解できるはずだ。
オガワは当初から時間にルーズになりがちなパーンを見張るために秘書を準備しようとしていたが、開設準備期間中ではろくに予算が付かない。この頃からゲーム企画は動いていたから、旧技術開発部のデータ整理を済ませつつそちらの方にノルディックとシュルドさんは力を注いでいる。予算とともに。
オガワは止む無く一人奔走することになるのだった。
TDF部長秘書は現在のクリスで九代目に当たる。
初代から七代目までは本当に長続きしなかったと資料からも分かる。そこから『秘書潰し』『女嫌い』という噂が流れたようだ。
最長でも一ヶ月持たなかったというのだから驚きだった。最短は三時間だそうだが、それでは給与に反映しないと言うことで三日間机に座らせていただけで、元の部署へと送り返したらしい。ここでもオガワの苦労が忍ばれる。
その後、三ヶ月近くの空白期間があり新しい秘書が決まったのは、オガワがプロジェクトを引き受ける代わりに直談判した結果である。
秘書課からの借り受けが決まる。
優秀な人材を誇る秘書課からの出向でもパーンの相手は苦労の連続だったようで、八代目の秘書フェリウスは当時の様子を赤裸々に語ってくれた。地獄のような日々だったと遠い目で言うのである。するつもりもなかったが、これには弁護出来ない。
出向は次の秘書が決まるまでの予定だったが、次が決まるまで七ヶ月かかっていた。
その頃にはメンバーからは出向ではなく異動しても良かったのでは、と言えるほど八代目はTDFに馴染んでいたと聞く。
傍から見ると褒められたことではないが、懸命に頑張っているのは言葉からも分かった。
本来秘書というのは部長のスケジュール管理をして、部長周りの仕事を取りまとめていれは良いとも考えるが、TDFはそれだけでは済まないところなようだ。
当初からオガワさん以外総務関係の仕事が出来る人がいないため、部へ送られてくる書類データ全てが部長のところに回ってくる。部長は雲隠れするから当然その処理をするのも秘書の仕事になっていたというのである。
規模は小さくても部である。その量は半端ない。
取引先や会議、会食などのスケジュール管理とともに、それを一人でやるのは無理ゲー過ぎる。
本当にフェリウスさんは優秀であった。尊敬できるほどに。
だからこそ、隠すことなく赤裸々に語ってくれたようだ。
考えて判断すべきだと。気軽に飛びついていい案件ではなかった。
本社へ戻るのと給与面の優遇だけを片方の天秤に乗せて、つり合いが取れるのかと現秘書と元秘書は言っているのだろう。
よく考えて決めた方がいい。TDFは『魔窟』でもあるのだと言っていた。
脅してどうするつもりなんだろう?
九代目は地元に帰りたいのではなかろうか。馬鹿正直すぎるだろう。
ただ二人の表情も口調も仕事に対する嫌悪感は無かった。苦労はしているが楽しんでいるようにさえ見える。
だからこそTDFは情報やデータだけでは分からないところが多すぎる。
仕事量のことは置いていて、TDFはいい環境なのだろうと思うライリィだった。
あとは自分の勘を信じるしかないか。
エレベーターに乗り込むと、パーンは社員証を提示しただけで地下何階か表示はないまま降りて行った。
直通なのだろうか。
通路に出ると人に反応して照明が灯るが薄暗く感じ、足音が床から響くだけで寒々としている。
「ここが『パーンパイプ』です」
先頭を歩くパーンが扉の前で立ち止まり、振り返りながらライリィに言う。
「牧神の笛? それても部長さんに引っ掛けているのかしら?」
後ろではクリスが手を軽く叩いている。気付いているのが凄いらしい。
どちらが正しいか分からないが、当たっているようだ。
「どちらも正解ですが、どちらかと言うと後者の割合の方が多いかもしれません」
パーンのこの笑みは苦笑なのだろう。
「なるほど」
彼が一歩前に出ると、扉が開き室内の明かりがついた。
生体認証か?
「広い……」中に入るとライリィは呟いている。
アリーナ一個分はあるだろうか?
天井が高いので、明かりが灯っても奥は薄暗く感じてしまうほどだ。
旧技術開発部は研究施設を地下に建設予定ではあったが、増改築されたのが見て取れるので、ここは何に使うつもりだったのだろう。
壁には何に使うのか分からない機材が室内一周するほど埋め込まれていて、中心には天井まで届く金属の柱のようなものが建っていた。
何かのセンサーのような鉄の枝が所々から伸びている。よくよく見れば排気口やスラスターのようなものもあるか。
名前から楽器を想像していたが、そんなものではなかった。
詐欺だろう?
「クリス。彼女を神樹の根元辺りまで案内してくれる」
「はい」タブレットを手に頷く。「こちらにどうぞライリィさん」
「神樹って何? 楽器を想像していたんだけれど」
「それで間違いありません。パーンパイプは映像と音楽から自然を再現するシステムになっています」
「自然再現?」
訊ねてもそれ以上は教えてくれないらしい。驚かしたいのだろう。




