秘書面接 26-8
8.ライリィ、過去と出会う
TDFはバナスシティの中心部にある行政府から西に四キロほど離れていた宇宙港からはさらに遠い丘陵地帯にある。
技術開発部門設置当初の予定では丘陵地帯全域に研究施設が設置される予定だった。不幸な事件からそれは頓挫していたが、パーンのおかげで完成していたTDF本棟以外の大型実験施設の着工が徐々に始まりつつある。
それが大きなプロジェクトであったため、多くの予算が割かれていたために『ごく潰し』などという異名も出てきたのであったのである。
ライリィは本社の玄関口でパーンを待っていた。
彼は受付で話があると言っていたが、応接室のカギを返しに行くのだけだろう。ライリィにも出来ることだったが、お客様ということなのでパーンがさっさと済ませに行ってしまっていた。
秘書を連れていないのもだが、その辺りは管理者らしくない。
ただまあここが選ばれたのはTDF本棟が本社ビルや宇宙港よりも離れた位置にあるため、TDF本棟での面接ではなくライリィにオガワが配慮してくれて本社の応接室を借りてくれていたのだろう。『仏』『人徳』と呼ばれるだけあると思われた。
一方で秘書の話から、スパイ対策もあったのではと推測できた。
結局、パーン部長にTDFに見学に来るかと誘われて、話から興味もわいたのでお邪魔することにするのである。
帰りのスクオドの便から逆算しながら見学時間を考えている。
長引けば直接帰るしかない。
「あら、ミヤノさんじゃない」
声を聞いてゲッとなった。何でここに?
表情を変えずに振り向くといまのティーマで一番会いたくない存在が本社ビルから出てきた。
彼女は第十データ処理部でお局様と呼ばれる存在で女性職員の頂点に立っている。そしてライリィをスクオドに飛ばした張本人である。
依頼のあったスクオドへの出向者を決める時に課長に進言していたのがこいつだった。気に入らない。言うことを聞かないという理由だけでた。本当に面倒な輩だった。
「お久しぶりですね」
絡まれたくないけれど、無視も出来なかった。
「本当に。何で本社にいるかしらね?」厭味ったらしく笑い掛けてくる。
「ここに来る予定があったからですよ。貴女もご健勝のようで」何でここにいるんだという顔をみせる。
ライリィの言葉にお局様は眉毛がひくひくしていた。
ツボを付いたようだ。
「出向が来ていい場所ではないわね」
「おかげさまで本社には出張で来ることが出来ていますよ」
ライリィも引く気が無いようだった。
「どんな手を使ったのかしら?」
「何もしていません。気のせいですよ」
「嘘おっしゃい!」憤慨していた。「貴女が何かしたのでしょう。何で私が使いっぱしりをさせられなければならないのですか?」
ああそうかとライリィは思った。
オガワが動いてくれたんだ。秘書が興奮気味に言うのも分かる。本当に影響力がある凄い人だったんだ。
ライリィはデータ処理部にいた時に経理部門を担当していた。その中でおかしなお金の流れが二つほどあって、それを彼女の裁量で周囲に確認しないで塞いでしまっていた。
それがお局様の交友資金になっていたようで、彼女の逆鱗に触れたことは後で理解したが、それで出向になるとは思ってもいなかったのは事実である。新人とベテランの力関係の差を感じた程だった。
『お局様』はいつもなら下っ端を顎で使い楽していたのに、こうして外に出て使いっ走りになっていることを見れば、充分こきつかわれているようだし信用を無くしているのが分かってしまう。もしかするとショールームで見たお局様の取り巻き連中のようにお局様もどこかの窓際に飛ばされているのかもしれない。
後で人事情報を調べてみよう。
「自業自得では」察した様にライリィは平然と言う。「あの件、私は表に出ないように処理しています。あなた方が騒ぎ立て過ぎなのですよ」
「何ですって!」
向こうは詰めよってくるが、気にしないで笑みを浮かべ挑発する。
煽ってやった。
このまま暴力を振るわれたのなら、銀河保安局にすぐに通報するだけだった。ポケットの端末を握りしめる。
ライリィは入口カメラの位置をチラリと確認する。
痛い目は見るが、こんな奴を本社から追い出せるのなら、願ったり叶ったりだ。
「ミス・ライリィ」
ライリィの後ろから声がした。
その声に向こうも機先がそがれたようだ。部長を見ている。
「お待たせしました」
恭しく少年部長はライリィに会釈している。
ホテルの少年ボーイを見ているような丁寧さだった。やったことが無いだろうに。
「なんなの?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。TDF部長パーン・ロス・ヘルメナスです。よろしくお願いしますね」わざとらしく笑みを浮かべる。
演技派だった。
TDFの名を聞いただけで、理解できたのか告発がTDFから来ていたのが分かるのだろう。お局様とその後ろにいた取り巻きは腰が引けていた。
「よろしくお願いします」
ライリィは悠然とTDF部長に応えていた。まるで従わせているようだった。
「ではこちらにどうぞ」
パーンは自動操縦で呼び寄せていた自分のエアカーに手動でドアを開いてライリィを丁寧に車に招き入れる。
まるでお嬢様気分で気持ちがいい。優越感を感じながらエアカーに乗り込むのだった。
走り去るエアカーを見送りながらその様子を茫然と彼女らは見送るしかなかった。
ライリィはエアカーの中で笑い転げていた。
余程機嫌がいいのだろう。
「お迎えが遅れて申し訳ありません」
「出会った当初はどうしたものかと思っていたけれど、貴方のおかげでスカッとしたわ。ありがとう」
「それは良かったです」パーンも微笑んでいた。「手続きに手間取って申し訳ないことをしたかと思っていたので」
「あれを見る限り『お局様』は閑職に追いやれているようだから、私としては問題ないわ」
「オガワさんが、あなたの話から調べたようです。それで研究機関の所長だけでなく社長に報告していたようですから」
「社長に?」
「オガワさんは社長の親友ですから」
「なるほど。それは部長代理さんに感謝するしかないわ」
「報復されないようにした方がよかったですか?」
何でこの子はそこまで先読みしてくれるのだろうか?「話から向こうの状況が知れたから良かったわ」
「それならよかったです」
パーンがどこまで理解してくれているのか、分かるような分からないような感覚であった。ライリィはパーンを見つめながら言う。
何だろうこの感覚は?
「それでTDFに行くのよね。大丈夫なの?」
「TDFを見ていただこうかなと?」
「良いのかしら?」
「僕の判断です」
「それなら見せていい範囲で見学させていただきます」
すぐにTDF本棟ビルが見えてきた。




