秘書面接 26-3
3.顔合わせ
リョウ・ミヤノ・ライリィはティーマ宇宙港に下り立つ。
スクオドとティーマを繋ぐ便は三便しかなく、早朝の便に乗り遅れなくてよかった。
宙港ロビーの喫茶室で軽くモーニングを取りくつろぐ。
「ちゃんとリフレッシュしないとダメね」背伸びをしながらライリィは呟いていた。
こんなにのんびりできたのはいつ以来だろう? 閉鎖的な空間と職場にストレスを少なからず感じていことが分かる。
「時間に余裕があってよかった」
帰りにも余裕があれば養父母に会っていけるかなと思っている。
あまり顔を出さないと心配されるからだ。ただ今日は確約できなかったのでまだ連絡は取っていなかった。都合が合わなくても宙港で養母くらいには会えるはずだった。
宙港の入口から向かい側のジプコのショーウィンドウを覗き見ると、見知った顔がショールームの制服を着て慌ただしく動いているが目についた。
「何をやってんだろうね」
他人の心配をしている余裕はあまりないがライリィは苦笑してしまう。自分を出向に追いやった輩の醜態を見るのは留飲を下げる。
端末を取り出すと時間を確認しライリィはTDFに連絡を入れるのだった。
「はい。こちらはTDFクリスです。ご用件をお伺いします」
女性の声がしてライリィは想定外だったので少し慌てた。
「どのような御用件でしょうか?」丁寧で落ち着いた声だった。
ふくよかで大人びた女性を連想してしまう。
「この時間に連絡するように言われていまして……」ライリィはてっきりオガワが対応してくると思っていたのだ。「あっ私はリョウ・ミヤノ・ライリィと申します。ティーマに着きましたのでご連絡差し上げています」
「はい。ミヤノ様ですね。承知しています」穏やかな声がする。
一瞬の間から推測すると、スケジュールを確認していたのだろうか。
声からすると落ち着いた女性であると思えてくる。彼女はどのような存在なのだろうと邪推してしまう。
「私がお出迎え出来なくて申し訳ありません」
「そちらも色々とあるでしょうから恐縮です」
トラッティンでの産業博覧会が始まっていて、忙しいはずなのは知っている。
「そう思っていただけると助かります。オガワからは本社面談室を確保していると伺っています。本社ロビーの受付に話していただければ案内されることになっていますので、そちらに向かって下さい」
「本社受付で確認すればいいのですね?」
「部長はすでにそちらで待っていますので、よろしくお願いします」
「部長?」部長本人がいる?
品定め?
「はい。よろしくお願いいたします」
「わ、分かりました」ライリィは背筋を伸ばし応えていた。
相手も見えないのに、なぜか人は頭を下げてしまう。不思議だった。
部長がいるとすると今の人は秘書ではなかろうか? でもそれなら一緒にいなくていいのだろうか?
秘書って横に立っているだけでいいのでは?
『顔面偏差値』と『美女を侍らす』という本社裏サイトで囁かれている噂が頭によぎるのだった。変な想像が頭をよぎってしまう。
密室で二人きりなんて大丈夫かと……。
ハラスメントは想定していなかったので、スタンガンを持ってくればと良かったかと思ってしまう。
変な感情が渦巻くがライリィは宙港前でエアタクシーを捕まえると、本社ビルを目指すことにする。
あまりいい思い出はないが本社ビルに来るのも久しぶりだった。
「お待たせしました」
ライリィは面談室に入ると挨拶する。
簡素なテーブル席に座る相手を確認することなく頭を下げていた。
彼女が顔を上げるとTDF部長と目が合う。視線が絡まったと言ってもいい。
その場に固まってしまうほどに、お互いの顔を凝視していた。
室内にはハープの奏でる音に満ちている。彼の趣味? 音楽自体は嫌いではないが面談室で音楽はおかしく感じられた。
それでも目が合うと彼の思考が何となくではあるが分かったような気がしてしまうライリィだった。
「何か?」
落ち着きたいんだろうな。
鳶色の瞳で凝視してくるTDF少年部長に訊ねている。
ボサボサだったが自分と同じ青みが強い紫の髪をしていて、少しつり上がったような目付きで精悍な顔付きだった。
噂とは違うとライリィは一瞬で感じている。
「ああ、男性の方だと思っていましたので」苦笑しながら少年部長は言う。「すいません」
顔は裏サイト情報で分かっていたが、想像以上に小柄だった。義弟よりも小さいだろう。
「オガワ部長代理から聞いていなかったのてすか?」非難しているのではなく呆れた口調だった。
呆れていたが、想像できる。
資料をみない方がいいとかそんな理由ではなく。ただ単に興味が無かったのだろう。
「名前だけで判断していました」
「確かにリョウは名前ですが、ライリィも名前です」居住まいを正す。「リョウ・ミヤノ・ライリィです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。TDFで名目上部長をしていますパーン・ロス・ヘルメナスです」
「名目上?」思わず口にしていた。
言いたいことは何となくわかるが、直接それを口にするか?
舐められてもいいのか? それとも実態を見せようといる?
部長代理のオガワが最初に連絡をくれていた理由がなんとなく分かってしまう。この言葉からも自分が興味の無いことは他人任せであることは理解できた。
パーンは珈琲を出すと、ライリィに席を勧める。事務用のテーブルを挟んで差し向かいで話を始める。
「僕はTDFの立ち上げに関わっていますが、オガワさんに人事権などは一任しています」
屈託の無い笑顔だった。分かりたくはなかったがそれ故に何を考えているのか分かってしまう。ただそれって責任逃れじゃなかろうか?
面倒は背負いたくないというところか? 研究職や技術屋にありがちだった……。
「上司としてそれはどうかと」思わず口にしている。
「現場はフィオーレが取り仕切ってくれていますので問題ありません」
「私から見れば問題があると思います」
「そうですか」少し落胆しているようにも見えた。
口調がきつかったか?
頼りになる所員がいることは良い事だが、それに頼り切るのは如何なものかと思ってしまうライリィだった。
しかもこれ、採用面接だよね?
「トラッティン産業博覧会の運営は順調だと聞きますが、それでもメンバーの方々に頼り切ってでは部長として如何なものかと」
「威厳も指導力が無くてすいません」
悪びれてもいない。彼らしい素直な物言いなのだろう。
「部外者が言うことではありませんが、他の方々はどう思われているのでしょう?」
「僕がいなくても回っていますから、問題ありません」
「『道楽から』でしたか?『ごく潰』ではないのは、トラッティンを見れば理解できますが」
「うちは予算が付いていますが、足りない部分は自分たちで稼いでいますので『脛』はかじっていませんよ」気にした様子もなくニコニコしている。「『道楽』は否定しきれないかな。それでも必要だと思ったからTDFを立ち上げました。仕事は好きなことや出来ることをやってくれていますから、それで利益が出せていますから、一応組織としてもやれているとは思いますよ」
「なるほど」ライリィはその言葉からもある程度理解できた。想像できない部分あるが……。「ちゃんと把握しているのなら安心しました」
出世欲だけがあったり、仕事のことしか見ない輩が多すぎるのだ。
「そのほとんどはメンバー任せですが」
それは嘘だろう。そうでなければ前の台詞は出てこない。
「秘書の方は何をしているのでしょう?」なんで今居ないんだ?
「振り回していますね」
「それで辞めたくなったと?」
「そうではないんです。今の秘書は結婚が決まり地元に帰ることになったので、その後任として新しい秘書をオガワさんが募集してくれていたのです」
「それはお目出度いですが、大切な人材を手放してもいいのですか?」
「彼女の幸せのためであると思ってしまいますし、本人も帰郷を望んでいます。かなえてあげたいです。それでなくても遠距離恋愛を強いていますし、婚約者の方も心配でしょうから」
「それは良い心掛けだと思いますが、必要な人材では?」
「クリスも大切な仲間ですが、僕のことにかまけすぎるのもどうかと」良くついて来てくれる。
「理解ある上司なのですね」
「僕としては秘書は必要ないと感じていますが、周囲はそう思ってくれないようで部長秘書を配置してもらっています」
「お世話になっていないのですか?」
「なっていますが、本人には幸せになってもらいたいので」
「部長の意志ではないのですか?」
「違いますね」屈託なく笑う。「僕はフリーで動きたいので」
「それでは部下に示しがつかないでしょう?」
縛られたくは無いのは分かるが、サラリーマンであり、組織の人間なのだ。そういうのは個人業主になってやるべきだろう。
「名ばかりですから」
その言葉にライリィは深くため息をついた。
それだけで理解出来るのもおかしいが、言葉足らずが過ぎて生き方が下手過ぎる。




