秘書面接 26-2
2.ライリィ
リョウ・ミヤノ・ライリィは銀河標準歴で宇宙歴三百四十一年八月二十六日生まれだった。
TDではシンシマやトモカネと生まれた星は違っていても同世代である。
出身は太陽系クレイオの第三惑星スクオドだった。第一惑星ティーマとは隣だと言ってもいい距離だった。
リョウもライリィも名前で姓がミヤノである。これは九つの時に両親が不慮の事故で亡くなってしまったためで、ティーマの遠い親戚筋に引き取られた時、改名の話があったけれど、養父と養母にお願いして家族としての名前をもらっただけで登録してもらっている。
それまでの自分の名前に嫌いとかそういのは無いが、リョウは男の子っぽい名前だったので、親しい人にはライリィと呼んでもらうことの方が多い。
身長は百六十四センチでTDFでは小柄な部類に入る。パーンと同じブルーパープルの長い髪で瞳は濃い青である。体形は均整の取れていると思っている。
転職しジプコ本社に採用されて二年になるが、一年でデータ処理部からスクオドにある子会社に出向させられていた。
学生感覚ではなかったが、社会人としての自覚が足りなかったのだろうか、物言いが悪かったと思われる。相手の心象はよくなかったのだろう。課長らに予算の無駄遣いを突っ込んでいたからだろうか。言わずに飲み込むのが難しい性格なのだろう権力に逆らってさえ指摘するところは昔から変わっていなかった。
正義感からではない。自分が納得できなかったからだ。
新人らしからぬ行動に目を付けられたというのが正解だろうな。
プログラムはまだ全然できなかったので、第十データ処理部で総務方面の仕事をしていたが、せっかく入社できた本社から子会社の研究機関に出向させられている。
おかげで離れたはずの故郷に逆戻りである。
故郷が嫌いなわけではないが、出向先ではやりがいもやる気も起きない。
太陽系クレイオの第三惑星スクオドは半端な惑星改造で終わっていて、第一惑星ティーマよりも太陽から離れているため本格的に惑星改造するのなら、第二惑星か隣接している第四惑星を第二太陽として開発する必要があった。
惑星改造の予算がなかったのだろう。そのため大地がむき出しで緑が無く殺風景な星になってしまった。大気が薄く惑星上での活動は宇宙服こそ必要が無かったが、長時間の活動には酸素マスクは必須だった。
青空は無く昼間であっても空には星が瞬いている。
今のライリィの心情からすると、気が滅入るほどに。
スクオドには自転が無く同じ面を太陽に向けていたが、大気が薄いため気温は上がらない。ジプコはその空間を利用して宇宙空間での通信技術の研究機関を子会社として設置していた。
研究機関は忙しすぎる。人がいないために総務で出向していたはずのライリィも実験に駆り出されるのである。
そのために残業も多く、研究への貢献も正当に評価されていないのが現状で、それが嫌だった。給与への反映もだが、仕事をしているからにはちゃんと評価して欲しい。
何度上申しようとも所長はどこ行く風だった。嫌になるほど研究にしか目が行っていないのである。
所員はライリィを含めて五人しかいない。他の四人は研究職でこんな辺境に送られてくるような人材なので話が合わない。ライリィに興味を示さないのは良いが、奇人変人ぞろいで癖が強いので、そんな連中に付き合わされるので研究職が嫌いになってしまう。
本社に戻りたいと思っていた頃にライリィは本社から送られてきた数か月遅れの社内広報に載っていたTDF秘書募集をしていることを知るとどんな部署かもほとんど調べもせずに応募しているのだった。
出向でも採用があるのかなと思いつつである。
「リョウ・ミヤノ・ライリィさんですか?」
社内のラインを使ってライリィに直接連絡が来た。
何かの勧誘だろうか? 個人的な回線だっただけに驚いた。
「はい。そうですが?」慎重に応えている。
目の前の端末モニターには眼鏡を掛け髪を七三に撫でつけた黒髪で、金よりも深く濃い茶色の瞳の中年風の男性が映しだされる。
セールスが似合いそうだというのがライリィの第一印象だった。
「私はTDFで部長代理をしていますバーリー・リライアント・オガワです」彼は会釈してきたのでライリィも慌てて返している。
社内通信に内装されているセキュリティシステムからは安全確認されとライリィに通知されていく。
それで肩の力を抜いた。詐欺ではないと。
「TDFというと、応募の件でしょうか?」
「そうです。本人確認と応募の意思確認であります」
「ご苦労様です。そんなに信用無いですか?」ライリィは上司に率直に口さがなく訊ねている。
その口調が目付きの鋭さもありきつめに感じてしまうオガワだった。
秘書としては減点対象になりうる。
「ライリィさんが悪いわけではありません。先日はドタキャンもありましたし、過去には早々に辞めた方もいましたので、そのためにこちらとしても慎重にならざるを得ないのはご理解ください」少し砕けた口調でオガワは言う。
「そんな人もいるんですね」
「いるんですよ」オガワは苦笑していた。
「それは失礼しました。秘書とはそんなに厳しい仕事なのでしょうか?」
給与待遇面だけ見て応募したのを後悔してしまう。
「調べた上での応募ではない?」オガワは驚いていた。
「すいません。そう言うことになります」
「時と場合によっては激務にもなりますが、それはあなた次第であるとも言えます」
「心構え次第ということでしょうか?」
「今はそうだと言っておきましょう」オガワは微笑む。
それが生暖かい目線に感じてしまうライリィだった。
「応募理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
その問い掛けにライリィは周囲に人がいないことを確認してから答えていた。
「今の職場か嫌になったからです」
「なるほど出向中なのですね」手元の資料を見ているのだろう。オガワはそう言ってライリィを見る。
「待遇も評価も」ボソリとライリィは言う。
「ではあとで私たちのことも調べておいてください。ライリィさんを正当に評価したいと思いますので」
「あ、ありがとうございます」
「今はスクオドの試験場ですか?」
「はい。ようやく試験から解放されて自分の仕事ができます」
「それは大変ですね」
「TDFは残業がありますか?」
「ありますが、本人の自主性に任せています」オガワは微笑んでいた。
それでもその表情がコンマ一秒歪んだような気がする。目も少しだけ泳いでいたような……。
「残業があったとしてもそれは給与に反映されているので問題ありません」
「なら良かったです」
「スクオドから本社に出ることは可能でしょうか?」
「休日を使ってでしたら可能ですが、納期が迫っているとそれも難しいかもしれません」
「分かりました。こちらで出張扱いになる様に調整します」
「えっ?」ライリィは驚いていた。
話を聞いていたのだろうかと。
「出張手当も出るようにしますので、気になさらないで下さい」
「気にはしませんが、難しいと」
「難しくはありませんよ。その問題も解決できる人材も伝手もあるのがTDFですから」
「なぜそこまでするのです?」
「やはり直接お会いしないと分からないこともありますから」
それがオガワの信念でもある。
「この通信だけでは駄目なのですか?」
そのための直接対話であるとライリィは思っていただけに面食らう。
面接を重視している会社も多いが、それでも最初に見られるのは成績や評価だ。面談でさえ猫を被っているものがほとんどで、真正直に自分を見せる人間など存在していない。こんな時代になっても心情の変化など取り調べ同様に厳しい検査機器を誤魔化すすべを教えられたりして対策しているのである。
ライリィは今この時も何らかの意味ある目線で見られていると思っていた程であった。
「私は自分の目を信じています。だからこそ個人的にこうしてお話ししています。ライリィさんにもTDFというとこを肌で感じて欲しいと思うのです」
なぜかオガワの声が酷く遠くが響いてくるような気がしてしまう。
「は、はあ……。無駄は省くべきでは?」
採用通であると思っていただけに意外だったので感じたままライリィはオガワに口にしている。本来は正しくないのだろうが。
「これは無駄ではありません。必要な処置なのだと思って下さい」
「わ、分かりました……」素直に頷くしかない。
何かあれば鳴り響く心のアラートも鳴っていなかったのが救いだった。
「所長のヒギンズ君にはもっと人員を増やすように私からも言っておきます。彼は管理者としても上司としては向いていないようですね。子会社だとしても予算はあるのですから、無理強いよくないと言い含めておきのす。だから気にすることなく応じてもらえればと思います」
「所長を知っているのですか?」
「ヒギンズ君も元は本社採用ですからね。存じていますよ。だから第十データ処理部の方も気にしないで下さい。大手を振って本社にいらして下さい」
「ありがとうございます」面食らうがそう言うしかなかった。
「詳細が決定、ヒギンズ君から沙汰があるでしょうから、こちらこそよろしくお願いします」
オガワは短い通信時間の間に多くのことを理解したのだろう。にこやかな笑顔で通信ラインを切るのだった。
この時ライリィはオガワがティーマ本社からではなく、トラッティンからの通信であったとは気付かなかった。
茫然としながらもTDFという部署を調べた方がいいと思うライリィだった。オガワもそう言っているような気がする。
すぐさま端末を使って本社の情報サイトを漁るのである。
通信を切った後、オガワは個人的に手応えを感じている。メールでのやり取りではなくモニター越しであれど直接のやり取りこそ得るものがあると。
リョウ・ミヤノ・ライリィの人柄はある程度掴めたような気がしている。
詳しく経歴などの資料を調べていくと彼女は第三惑星で最初に生まれた子であるらしい。幼少時代は平凡であったが、技術者であったライリィの両親は惑星改造のそのあとの改造中の事故で亡くなっている。
そこが転機なのだろう。
その後、天涯孤独になったライリィはティーマにいたかなり遠縁の親戚筋に引き取られることになった。
彼女が引き取られた旧ミヤノ家はティーマの初期開拓民らの三代目にあたる。裕福ではなかったが、彼女の両親が抱えていた借金をライリィに代わって引き受けていた。
愛情を持って迎え入れられている。それでも極貧というわけではないが、苦しい生活であったようで、それを理解していたライリィは義弟の教育費を稼ぐためにアルバイトをしつつハイスクールを飛び級で卒業している。さらに簿記経理の専門学校を一年で通過し資格を取って就職にこぎつけていたのである。
成人を過ぎた十六歳になる前に太陽系アレクサンドリアの総合商会に就職できたが、想像以上にブラックな会社であったために、一年後にジプコ本社に転職していた。
ティーマに戻って来れたのはいいが、口は禍の元というか、真面目さが災いして一年後には故郷に左遷出向されていた。
彼女の学業での成績は飛び級していることからも優秀だった。
調べれば調べるほど優秀さとともに、生き方が下手なのが見えてくる。
彼女の養い親は清貧であるが真面目な方だったようで、遠縁であってもライリィを蔑ろにすることなく彼女より四歳下の弟と同等の愛情を注ぎ育てる。ライリィもそれに応えるように新たな家族を尊び、愛情を捧げている。
彼女が飛び級し頑張ったのも養い親に負担を掛けたくなかった一心であったためであろう。弟の教育費を稼ぐため頑張っているのが見て取れる。
義理人情に厚くグッとくるオガワは入れ込んでしまいそうになるほどだった。
借金を返し、弟の教育費を稼ぐためであったとすると、人情噺以外の何もでもなかった。ただ生真面目な性格もある。そのために第十データ処理部の不正を内々に処理してしまったために不評を買ったらしい。オガワとしては社長に報告する必要がある事案でもある。
それがスクオドへの出向騒ぎの顛末であるようだった。
人間関係と生き方の難しさだ。
「どうだった?」
オガワはモニターしてもらっていたフィオーレとオリエナに訊ねている。
「ラインに問題無し」オリエナは即座に応えていた。「生真面目ですね」
オリエナは不満そうに鼻を鳴らしていた。揶揄い甲斐かなさそうだと思っているのだろう。
「うまく立ち回れない不器用さは認めるけれどね」
「真正直なわけではないから、小賢しいですよ」オリエナは鼻を鳴らしている。
「それも人生だよ」オガワは微笑んでいた。「生き方がうまい人間の方が私は怖いよ。躓いた時に立ち上がれないと思う程にね。TDFには不器用な人間しかいないようだしね」
「……そうですね」
受け入れてくれたTDFに感謝するオリエナである。
「スケジュール的にきついが、どうしたものかね」
オガワはフィオーレを見る。
「実際に会わせみないと分かりませんが、パーンに任せてもいいのでは?」
「大丈夫だろうか?」
「親心が過ぎれば成長を妨げますよ」
「なるほど、心配が過ぎるか」
「私からすれば、あの子とパーンは相性がいいと感じます」
「フェリウスやクリス以上にかい? それでもワンクッション置かなくて大丈夫だろうか?」
「突発的な応募だったとしても彼女はオガワさんの話を聞いてTDFのことを調べ始めていますよ」
「そうかそれでドタキャンされないのであれば、問題は無いかな?」
「オガワさんが出張る必要はないと申しているだけにすぎませんよ」
「パーンに決めさせていいのではと思っている?」オリエナはラスボスに訊ねていた。
「あの子も成人していますし、自分で秘書を決めてもいいと思ったまでですわ」フィオーレは妖艶な笑みを二人に向ける。「それにこの状況でフリーで動けるのはパーンしかいませんからね」
「確かに……」
クリスを巻き込むことにはなるが、それでもパビリオンの運営は可能なようだった。
三十分にも満たないモニター越しの会話であったが、オガワは得るものがあったと思っている。向こうはどういう印象を持ったのかは分からなかったが、前向きには考えてもらえているような感触がある。
実直であるとさえ感じられた。人事部で取りたかったと感じるほどに。
ただパーンの秘書が務まるかは別問題だった。
こればかりは本人と顔合わせしなければ分からないだろう。
日程調整を付けながら、オガワはクリスとフィオーレと相談しライリィとパーンの対面での面接の場を設けることになる。
クリスの時もだが、吉と出るか凶と出るかは直接合わせてみないと分からないというのがオガワの本音だった。
その苦労話をオガワは後年、TDFの歴史をドキュメンタリーにしようと取材に訪れた記者に語っているのだった……。




