千客万来 25-10
10.繋がる縁故
作業中、フィオーレの個人端末が鳴る。
そのシグナル音に珍しいとフィオーレは思ってしまっていた。
この端末の番号を知る人は片手で数えられるほどだったからだ。
提示されているその名を見て目を細めている。ミタグラ社との契約は終わっているから繫がりも希薄なっていると思っていたからだった。
指先と足先の動きを止めることなくフィオーレは目線だけで端末に応えている。
『お忙しいところをすいません。今お話しは大丈夫ですか?』
申し訳なさげにシンゴ・ヤマネは訊ねてくる。
「問題ありませんわ」フィオーレは優雅に流す。「それで、何かありましたか?」
挨拶もそこそこにフィオーレは端末の向こう側にいるシンゴ・ヤマネ副社長に問い掛けていた。
『パビリオンに問題はありません』送られてきているデータからもそれは分かる。『ただアリエーさんの動きについて行けないのか、何ヶ所かもう少し強化したい部分はあります」
「対応していただけるのですか?」
『出来る限り当方で対処させていただきたいです』
「それは助かります」
『データは頂いていますが、それも貴重なものですから、当社としては最後までお付き合いしたいところです』
「解体までお願いしそうですね」
『そのつもりですが?』
「でしたら契約書を新たに作らないといけませんね。ただ働きをさせるわけにはいきませんもの」
『お気遣いありがとうございます。それで……今回は個人的なお願いがありましてご連絡させていただきました』
珍しく逡巡しているようにも感じてしまう。
「お願いですか?」
彼から直接の通信で思い当たる節がひとつだけあった。
『そうです。こういったお願いが妥当なのか分かりませんが』
「ですが話を聞かなければ始まらないこともありますわ」
『これをフィオーレさんに頼んでいいのか分かりませんが、私の弟がジプコへの入社を希望していまして、就職活動を始めました』
「成績に問題が書ければ、入社は可能なのでは?」
『弟の希望がTDFでして』
「あら、TDFが御希望ですか? それは嬉しいですね」
『はい。パビリオンを見て、説明も受けたそうですが、弟は大変感銘を受けたようで、進路を変更したいと両親に申し出てきました』
学びたいという意思もあったけれど、大学教授の勧めもあり大学院で研究者になる予定であったという。
「律儀ですね」
『そういう子なんです』
「そうですか。それほど逸材ですか?」
『兄馬鹿になりますが、弟は成績も優秀であると聞きます。プロフェッサーの覚えも良いらしく。当初弟は大学院を目指していると聞きましたが、先日両親からTDFのパビリオンでの説明を聞き、ジプコ本社のTDFに就職したいという話をしたそうです』
「本人の意志ですか?」
『両親からはそう聞きました。大学院への進むという話を断って、ジプコTDFに就職したいと、話をしてきて就職活動をさっそく始めたそうです。親馬鹿、兄馬鹿になりますが、弟の夢をかなえてあげたいと思いました」
「その弟さんはアリエーと会ったことがありますか?」
『えっ? そう両親から聞いています』
「ディと出会い。私と第二層で話をしたのはその弟さんのようですね。展示室リーダーのハリューリも印象に残っていたようで彼女からも話を聞きましたよ」
フィオーレは黄色っぽい栗色の髪、水色の瞳と百七十センチの身長を指摘している。
『やはりフィオーレさんだったのですね。容姿を聞いて私もそう確信していました』
「彼は印象に残りましたよ」
純真で純粋な性根は好感が持てた。
だからこそディの元に辿り付けたのだろうし、彼女が私に彼を紹介してきたのだろう。
『それは良かったです。御眼鏡にかないましたでしょうか?』
「ええ、教え甲斐のある子だと思いました」
『弟のジュンはTDFへ行きたいと希望しています。その夢をかなえてやりたいのです。ご助力していただけませんか?』
「もちろんです」フィオオーレは微笑んでいる。「有望な彼であればTDFに導くことは造作もありません。そうであれば私とオガワで責任を持ってTDFでお預かりいたしましょう」
『ありがとうございます』
「彼もそれで問題ないのですね?」
重ねてフィオーレは訊ねていた。
『それは弟からも確認しています』シンゴは少し苦笑しているようだ。『相変わらず生真面目で自力でTDFを目指そうとしていました。ジプコは大きな会社です。一部署に入りたいという希望だけではどうにもならないことの方が多いでしょう。縁があったのならそれを最大限利用すべきはずなのに、それを使うことはしません』
「真っ直ぐなのですね。それでヤマネ副社長が?」
『両親の話を受けて私がお願いすることになりました』
「なら問題ありません。彼の希望通りTDFに迎え入れて差し上げますよ」
『その言葉が聞けただけで、連絡した甲斐がありました。両親にも伝えておきます』
「大切な息子さんをお預かりしますとお伝えください。大切に育てます」
『感謝いたします』
シンゴ・ヤマネは涙ぐみながら答えるのだった。
<二十五話了 二十六話に続く>




