千客万来 25-8
8.土下座
「本当に、うちの馬鹿が申し訳ありませんでした!」
メーク・ハドウィンはハウスでメンバーに向かってクルスから紹介されるとすぐに、クルスの後頭部を掴むと一緒に土下座した。
それは見事な土下座である。土下座に等級があるとしたら超一流であると言えたほど自然で流れるようだった。
ただその勢いにクルスは床に思いっきり額を打ち付けている。
良い音がしたし、痛そうな声を上げていた。
絨毯が無いところを狙っているとしか言いようがなく、本当に痛そうだ。
それにメンバー全員が、こんな軽薄そうなクルスに婚約者がいるとは信じていなかった。
嘘でエアだと感じていて、クルスを憐れんでいたものもいたほどである。
「特に女性の皆様には不愉快な思いをさせたはずです。すいませんでした!」
本当はクルスがTDFに配属されてすぐに挨拶に伺いたかった。
話を聞くかぎり、本当に美人でいい人たちばかりだったので、さぞかし迷惑を掛けていると感じしまっていたからだ。
だが産業博覧会への参加のため多忙を極めているとクルスに言われてしまい、この日まで挨拶に来るのを控えていたのである。
彼もこうなると分かっていたので、逃げる口実にしていただけかもしれない。
「こいつは絶対に謝罪していないでしょうから、私から謝罪いたします。お許しください。ご迷惑をお掛けしました」
「なあ、レイズ人てさあ土下座が好きなのか?」
オリエナは必死に謝罪しているメークを見ながら、周囲に聞こえるように呟いている。
「さあな」彼女の近くにいてそれを聞かされたノルディックは返答に困った。
彼の両隣にはテーセとディがいたからだった。
ただまあ本心から謝っているのは伝わってくる。
クルスはどうだか知らないが。
「だってディやテーセのママさんが来たときも、ノルディックに止められていたけれど、土下座する勢いだっただろう」
「二人もレイズ出身だったな……。それぞれの文化はあると思うが……どうなんだろうな」
ディとテーセの母親のTDF特番が流れた時にメークはモニターに向かって、手を合わせ謝罪していたという話である。
そんなにか?
「男性のみなさまにも謝罪いたします。この馬鹿に誰彼かまわず無理やり猥談に付き合わされたことでしょう。本当に申し訳ありません!」
まるで見てきたようにメークは謝罪している。
床に頭を擦り付けんばかりだった。
パーンとオガワからの視線を受けて、ノルディックは頭を掻きながらメークの後ろに回ると声を掛け、両脇に手を入れると軽々と持ち上げて、メークを立たせている。
「大丈夫ですか? 立てますよね?」
「は、はい」メークは少しときめいてしまっていた。
「なら良かった。謝罪は受けとりました。だから顔を上げて下さい」
「銀河標準時間で五ヶ月もご迷惑を掛け続けています。これでも足りないくらいです」
メークの気が済まないらしい。
これだけ迷惑を掛けているのに、当のクルスの方は慣れているのか、赤くなった額に冷却スプレーをかけている。
涼しそうな顔付きだった。
メークが気にするほど迷惑を掛けているが、クルス・バートン・フルクスはTDFメンバーの中で孤立しているわけでも嫌われているわけでもなかった。
むしろムードメーカーであると言ってもいいかもしれない。
率先して宴会の席を盛り上げてくれているだけでなくて、無くてはならないキャラクターになっている。
「え~っ、メーク・ハドウィンさん。部長をしていますパーン・ロス・ヘルメナスです」パーンが代表して前に進み出る。「TDFにようこそ」
歓迎してくれているようなので、気が緩みそうになったメークは涙が出てきそうだった。
それだけ気にしていたのだろう。婚約者の立場を。
「ありがとうございます」
メークは早速、レイズの銘菓をパーンに差し出すのだった。
土下座といい、見事な流れだった。
パーンは菓子折りを隣に立ってくれていた秘書クリスに渡すのだった。
一目でメークを気に入ったパーンであった。ほくそ笑んでいる。
ペリシアが用意した料理が運ばれてくる。
初めてのメークが面食らうような乾杯の音頭があり、初日を乗り切った祝宴がおこなわれていった。
「メークさんはお幾つなんですかね?」興味津々オリエナが突っ込んでいく。
メークはオリエナ、フェリウス、ミリーと飲みながら話し込んでいる。
少しメークは逡巡する気配があった。
「クルスと同い年です」ボソッと言う。
「本当ですか?」突っ込まれると渋々IDカードを見せる。
宇宙歴三百三十六年七月七日生まれだと記されている。
「ミリーより一ヶ月年上だ。同い年」
ミリーははしゃいでいる。
同類に出会えたと喜んでいるのかもしれない。
メークはフィオーレより三歳年下だが、そんな風には見えないほど童顔で幼児体形だった。本人が気にするほどに。
ミリーの胸元と見比べながらメークは凹んでいる。
「こいつさ、胸が無いこと気にしてるんだぜ」酔っ払いクルスが追い打ちをかけてくる。「これ見てくれよ」
端末の映し出される画像をその場の全員に見せてくる。
慌ててメークはそれを止めようとするが、クルスの方が素早かった。
「胸がないことを気にしてパット入れているのが。分かるだろう」
メークのビキニ姿の胸元を拡大すると、胸に詰めているのがありありと分かってしまう。
「この馬鹿!」
スリッパしか手元になったため、それで殴るが効果は薄かった。
「お二人ってどうして付き合うようになったんですか?」
アリエーは不思議そうに訊ねている。
「「ただなんとなく」」
二人同時に答えが返ってきた。
「なんとなく?」
「劇的瞬間なんて何もなったわ」メークは陽気に笑う。
クルスよりも憎めない可愛らしい笑顔だった。
「そうそう最初は毛嫌いされていたし、再会した時なんてお互いに嫌な顔していたもんな」
「こんなん女たらしがいるなんてって思って、呆れていたわ」
「良く付き合えましたね」
「「なんとなく話があったし、隣が心地よかった?」」
二人とも疑問形なのが息が合いすぎていた。
「勢いで卒業式の日にプロボーズ受けていたわ」
「俺は嬉しかったけれど?」
「私は後悔しているわ」
「なんでここにいるんだよ?」
「あんたが迷惑かけているんだから当然でしょう?」
「迷惑じゃないよな?」
クルスはグラスを手にその場にいた全員に声を掛けていく。
それでも反応は薄かった。
「徳が無いわね」メークは鼻で笑った。
「本当に仲がいいんですね」
「そうかもしれません」
メークはストレートでグラスに注ごうとしていたクルスの手元からスコッチの瓶を奪い取ると、そのままラッパ飲みしている。
親指一本分くらいは残していて、それをクスルに差し出していた。
「こいつ、強くないくせに俺に飲ませないようにするんだぜ」
「クルスが飲み過ぎるからでしょう。あればあるだけクルスは飲むんだから、私が気を付けていないと駄目なんですからね」
「酒が好きなんだからいいだろう」
「だからって飲み過ぎがいいわけないでしょう! 毎月指示している以上に飲むんですから」
確かに女も好きだったが、クルスはそれ以上に酒が好きなように見える。
フィオーレが監督していなければ、いつも最後まで飲み続けている程のん兵衛だった。
「リフレッシャーがあるから、体調にも問題ないって」
「そんな訳無いでしょう」少し酩酊状態になりつつあるようだった。
メークの顔が赤かったし、足元がフラフラしている。
それでも突っ込み役は手放すつもりはないらしい。
さらにほかの瓶を掴みスコッチを追加しようとするが、メークはクルスから便を奪い取ると、飲み干して空瓶をクルスに渡す。
「スコッチが、すこっし(少し)ある」
スリッパでメークが叩くと後頭部からいい音が響く。
叩きどころが分かっているのだろう。寸分たがわずいい音をさせている。年季のなせる技だと言ってもいい。
「こんなしょうもないネタに突っ込むのはお前くらいだぞ」
「私じゃなければ、出来ないでしょうが」
酩酊状態のメークを抱え込む。
「大丈夫か?」ホーカルが覗き込んでくる。
「だいしょうぶれす」
メークは認識できているか分からないが、その声には反応していた。
「こいつは酒、強くないんだよ」クルスは当然のように言っている。
「それにしちゃ酔いすぎだろう」
「俺を飲ませないようにしていたんだろうな」
「気配りできるいい婚約者さんじゃない」アリエーは身を預けているメークを覗き見ている。
「まあ、いい奴だよ」
「何となくだなんて信じられないわね」
「本当に何となく付き合い出したら、気が合ったとて言うのは本当さ」
照れたようにクルスは笑っている。
「それはなによりだ」
「なあ、ホーカル」
「なんだよ?」
「俺、メークの抱き心地の話しするから、あとでアリエーの抱き心地を教えてくれよな」
「私の抱き心地なんて、良いに決まっているじゃない」
アリエーはホーカルの腕に身を預けてきている。
「それを聞いたとして、フィアンセはどう思うんだろうな?」
「怒られないようにするよ」
クルスの眼差しは温かかった。
メークはすでに安心したのか安らかな寝息を立てているようにも聞こえたが、手を向けてくる。
「ねえアリエーさん。触れてもいい?」
「かまいませんよ」
「お言葉に甘えて」
メークはアリエーに抱きつくと、胸元で頬をスリスリする。
さらには人差し指でアリエーの頬を突いている。
レイズで放送された生番組を見て以来、メークはアリエーの肌を拡大して再生するほど惚れこんでいた。
「プニプニだぁ」メークは思わず訊ねている。「どんなメイクをしているのかな? 環境が同じなら食生活?」
「お化粧とかはあまりしないかな」
そういった類は子供のころから好きではなかった。泥パックくらいはしたが。
「ええっ、そうなの?」
日肌を維持する秘訣が聞けると思っていただけにガッカリだった。
「私さあ、メークアップアーティストに興味があって、今は資格やバイオチェンジ技術を勉強しているんだ。だからアリエーさんから美肌の秘訣とかその美しさを保つ秘訣が訊けたら思ったのに……」
「美肌なんて考えとこなかった」
「メークがメイク」クルスはくだらなすぎて自分の言葉に吹き出している。
「うるさい」
メークは空にした厚底のタンブラーの底で殴る。ゴスッといい音がする。
アリエーは息をのむ。平然としているクルスが不思議に思えるほどに。
「秘訣になるか分からないけれど、自然体でいることかな」
「ストレスを掛けない?」
「心身ともにかかってしまうと、良い事はありませんからね」
「なるほど」メークは頷く。
「そうだな」ホーカルは頷く、「こいつスッピンの方が多いかな」
「触れても分かると?」クルスは思わずホーカルに突っ込んでいる。「抱き心地がいいと」
「そうだな」
ホーカルが頷いた瞬間、顔を赤らめたアリエーの拳が飛んでいた。クルスは再びタンブラーの小袖後頭部を殴られている。
「宴も闌でありますが」クルスが大声で話し掛けている。
その声に全員が彼を注目する。
「ここでフィアンセの特技をお見せしたいと思います。拍手~」
「え~っ、結構酔っているんだけれど」
メークは嫌な顔付きになっている。
「大丈夫だって、メークならできる」というかやっている。
「根拠が無さ過ぎ~」
「シンシマ、レイスト。今からこいつに円周率の計算をさせるから、間違いが無いかちゃんと検証してくれよ」
「酔っているから少し遅くなるけれど許してくださいね」メークは上目遣いで可愛らしさをアピールしてくる。「延々やっちゃいそうだから程良いところで止めてよ」
メークはクルスにそう言うと深呼吸して円周率を口ずさんでいった。
本人が言うよりも早口であり、淡々と数値を言い続けている。まるで念仏か自動カウンターのようでもある。
シンシマとレイストはメークの声を拾いながら間違いが無いか確認しながらタブレットを見ている。
「凄い記憶力だな」
「ギネスを超えてしまうのでは?」
十万桁が過ぎても止まる気配は無いし、間違いはない。
銀河系記録を更新するのではと思われた時、十五万桁が過ぎたところで、退屈になったのであろうクスルが止めた。
頭頂部のボタンを押すように。
「どうです。凄いでしょう?」
シンシマも間違いがないと頷いていた。
拍手が巻き起こっている。
「凄いですね。どこまで暗記しているんですか?」
「暗記なんてしていませんよ」メークは苦笑している。「計算していただけです」
「計算?」レイストは驚いていた。「何も使わないで演算していたんですか? 眼鏡に何か仕込んでいたとか?」
「これは普通の眼鏡ですよ」メークは眼鏡をはずすと、レイストに差し出している。
「本当だ。本当に脳内で計算していたんですか?」
メークが頷くとクルスがメークの言葉を補強する。
「だから計算しますと前置きしていただろう? 大学時代、こいつのあだ名は『生体マルチカウンター』なんだよ。どんな数式であっても脳内変換できるし、計算してしまう。スパコンよりは遅いがそれで確かな計算能力があってプロフェッサーからも期待されていたんだぜ。難しい定理すら解いてしまうと」
「そんなのどうでもいいのよ」
「特技を活かさなくてどうするんだよ」
「だから銀行に就職しているでしょう」
「宝の持ち腐れだと言っているんだよ。もったいない。メークが有名になれば恋人の俺も鼻が高いだろう」
「あんたがナンパしやすくするためにしかならないじゃない」
「そうともいうな」
悪びれもせずクルスは笑っていたので、メークはスリッパで再び後頭部を叩いている。
まるでどつき漫才を見ているようだと誰もが思うのだった。
「うちの馬鹿がお世話になっています」
メークはシュルドとペリシアに頭を深々と下げている。
「問題ない」きつい口調ではあったがシュルドは真顔で頷いている。「クルスはチャランポランなところはあるが、筋は悪くないし、それに教え甲斐がある」
その言葉にメークはキョトンとしてしまう。
クルスから気難しい毒舌家であると教えられていたからだ。
「良かったですね」ペリシアは微笑んでいる。「これは高評価です」
耳打ちするようにペリシアは教えてくれる。
「言わんでよろしい」
シュルドは言う。照れているのだろうか?
「こいつダメ人間だから」メークはクルスを指差す。「褒められるとは思わなかった……」
「俺だっていいところあるんだぜ」
軽薄な言葉でⅤサインしているクルスだった。それがメークには腹立たしく映る。
それでもメークはペリシアに「良いご主人ですね」と思わずそう言ってしまう。
「はい自慢の夫です」
「ハウスでの料理はすべてペリシアさんの手作りだと聞きました。本当にどれも美味しいです」
「ありがとうございます。でもフェリウスやクリスにもお手伝いしてもらっていますよ」
「そうなんですか」二人とも料理を教えてもらっているときく。「私も教えて欲しいくらいです」
「こいつは料理下手ですから、目玉焼きのフライ返しすらまともにできない」
どうやらせても最後は卵フレークになっていた。
「苦手なだけよ」
「俺の方が上手なのはどうよ?」
クルスの言葉に彼女は本当に悔しそうだった。
「悔しいから、ホントにここで料理修行しようかしら」
「いつでも歓迎しますよ」ペリシアはその言葉に微笑んでいた。
「ならここでアルバイトで雇ってもらいましょうか」
「銀行の仕事はどうするつもりだよ?」クルスは移り気な彼女に呆れている。
「ああ、まだ契約残っているもんなぁ」
メークは頭を抱えている。本心からここに残りたかったようだ。
銀行で主任になる時、銀河標準時で三月まで会社と契約していた。それが無ければもっと早く結婚もしていたはずで、四月まで結婚を延期していたのである。これはクルスがメークの性格を考えてのことだった。
結婚資金をためるためであったが、婚約期間が長く続いていると感じてしまう。確かに急いでは無かったが。




