千客万来 25-6
6.婚約者はコメディアン?
テミッドは初日に産業博覧会会場を訪れていた。
相変わらず婚約者であるクリスとはすれ違いが多くて、会うことすらままならないことが多い。
彼女がジプコ本社広報部のナビゲーターになって以来、人気が急上昇していて太陽系マルダのサウス支局でも話題に上らない日がなかったほどである。
おかげでクリスを取られやしないか気が気ではなかった。
いくら恋仲になったとしても口約束でしかない。互いの両親に挨拶したわけでもないし、婚約指輪も贈っていない。
クリスは心配ないと言ってくれているが、支社の職場全員から煽られたこともあり、テミッドは婚約指輪を用意してすぐにティーマに向かおうとする。
しかしハイスクール時代からの呪縛なのか何かが作用していとしか思えない状況が続く。おかげで指輪を渡すまで三度、有給を無駄にすることになってしまう。
何の因果があるだろうと、テミッドはティーマ宇宙港で空を見上げで三度、絶叫していた。
部長秘書であるから仕方がないが、緊急案件でティーマをそのたびに何度も離れてしまっているのである。
この現象はクリスと知り合って以来、何度も起きている。
体育祭の実行委員として知り合って以来、気になっていたし生徒会に所属していた彼は特権で様々な実行委員にクリスを推薦し、接点を得ようと試みている。最終学年であるから大学や会社が同じになるとは思えないから、告白しようと意を決して彼女の元へ向かうもいつもなんらかの思惑が叩いているとしか思えないほどすれ違いが続くのである。
卒業式でも告白できないままジプコ・マルダ支局に就職する。
もう会えないかと思っていたら、二年後にクリスは支局に就職してくれた。これは運命だろうと思ってアタックしたが、ここでも運命の女神は邪魔をしてくる。
誘いを掛けようとしても、個人的には会うことがかなわず時間だけが過ぎて行き、クリスは秘書になって本社へと異動してしまう。
失意のテミッドにようやく支社全体が気付いてくれたが、後の祭りである。
腑抜けたような姿になりながら、過ごしている時にクリスは帰郷していた。
あか抜けていた。とても田舎が似合うようには思えないほどに。
鮮烈でありその容姿にドギマギしてしまう。
これまでのすれ違いが無かったように告白できたのは良かったけれど、口約束にしかすぎずテミッドはクリスの成長に焦ってしまっていた。
だからこそ確約が得たくて、婚約指輪を贈っているのである。
それでもまだ安心はできない。
テミッドは産業博覧会初日にトラッティンを訪れることにした。
どんなに空振ろうともTDFのメンバーにアピールしたいと思っていた。
強い決心とともに。
太陽系マルダからトラッティンへの直通便は無かった。
それでも太陽系アレクサンダーを経由してトラッティン宇宙港に到着することが出来た。
その混雑具合をクリスに画像とともにクリスにメールしながらモノレールに乗り込む。
クリスからは心配する声が聞こえるが、会場に入場してしまえばクリスから貰った優先チケットがある。
入場の混乱に煩わせることなく会場入りすることが出来るはずだ。
運命の悪戯さえなければクリスと会うことは可能なはずだった。
テミッドが近くまで来ている。
そのメールが届くたびに胸が高鳴った。
「クリス、大丈夫ですか?」
フェリウスが声を掛けてくれた。その肩に乗った手が安らぎを与えてくれる。
「大丈夫だと思いたいです」
「ラブコメ現象が、起きないといいてすね」
フェリウスは何度もすれ違いの報告を受けていただけに心配してくる。
この二人は素直に会えないのではないかと思ってしまう。四度目での出会いもようやくというか、神様の思し召しがあって指輪を渡せたのではないかと感じてしまう程だった。
ペリシアも同様でちゃんと紹介してもらえるのか不安になってくるすれ違いが続いている。
「なんだべ、それは?」クリスはキョトンとしていたが、言葉遣いからは動揺しているようだった。
「言葉の通りですよ。すれ違いが多すぎます。クリスはその場を動かないように。それからその婚約者とは連絡を密に取るようにしてください」
「わ、分かりました」
敬礼でもしそうな勢いだった。
幸い婚約者はゲートの最前列と言わないまでも、三十分以内に入場できる場所にいるらしい。
すぐに会場入りできたのならノルディックに頼んで、コーナーに案内してもらうのもいいのかもしれないとフェリウスは考えていた。
「テミッド・バルダンさんですか?」
突然声を掛けられて焦った。
男は端末とテミッドの顔を見比べながら問い掛けてくる。
テミッドも身長的に低くなかったが、それ以上の高さから見下ろされるような気分になってしまう程、声を掛けられたものからは圧迫感があった。
「は、はい。そうです」
「なら、ついて来て下さい」
警備員風の男はそう言うと歩き始めた。
テミッドの後ろでは入場者が思い思いの場所へと急いでいる。
「クリスの居るところに案内します」
「よ、よろしくお願いします」
「オレはTDFメンバーの一人でノルディック・ドリスデンです。お見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。僕はマルダ支局でかつてクリスと同僚だったテミッドです」
「そのようですね.クリスは部長秘書として頑張っていたので、貴方に持って行かれるのは残念です。残念ですが、クリスが幸せそうなので、祝福いたします」
「ありがとうございます。そんなにクリスは役に立っていたのですね」
「クリスの前の秘書だったフェリウス以外では、部長秘書として最長記録を更新しましたよ。だからこそTDFに馴染んでいて、オレらとしては残念でなりません。ただまだ後任が決まっていないので、貴方にはご迷惑をお掛けしているのは確かです」
「クリスが望んだことですから彼女の意思を尊重しますよ」
それが条件でもあったから、納得するしかない。
「部長の無理難題にも大らかに対応しているから、クリスは貴重な存在ですよ」
「大らかな心は安らぎをくれますからね」
ハイスクール時代からの彼女の心のありようだった。
それだけに惹かれたと言ってもいい。
「それにしてもここに辿り着くまで時間が掛かりましたよね?」
「す、すいません」
「開場前にゲート前に辿り着いていたんですよね?」
「辿り着いていたんですが、入場直後に端末に不具合がありまして……」
テミッドの話を聞いたノルディックはパビリオンに行われたジャミング波の影響を受けていたのだと分かってしまう。
そうならないように注意していたのに、ピンポイントに影響があるとは思っていなかった。
「そのため逆方向に案内されてしまいました」
フェリシアからクリスに関しては物凄くポンコツになれるしすれ違うことが得意だとは聞かされていたが、本当にそうなるとは思っていなかった。
「不具合もあってすぐに会場情報をインストールしようとしたのですが、今度はインストールと再起動がうまくいかなくて、時間が掛かってしまいました」
「端末が無くても、パビリオンの広告塔があったので目立ったのでは?」
「そうなのですが、見とれてしまってしまい行きすぎました」
彼は女神の美しさにポーッとしてしまいパビリオンへのムービングロードの下り口を過ぎてしまったらしい。
ネットの不具合といいピンポイントすぎて、ノルディックは呆れてしまい憐れみを感じてしまう。こんなこともあるのだと。
「大変でしたね。ただ見とれていたなど、クリスには言わない方がいいですよ」
「言いませんよ」
フェリウスからはポンコツだと言われてしまっているけれど、ノルディックよりは大丈夫のように見えてしまう。
テミッドには強い想いがあるように見える。
思い返すと、入学当時のクリスは小柄だった。それが二年に進級する前に身長が一気に伸び始め、テミッドが卒業する前には百七十センチあったテミッドを追い越していたのである。凄い成長力だった。
成長痛も半端なかっただろう。
支社で再開する頃には十センチ以上伸びていたし、それを彼女は気にしている。
卒業式で告白できなかったので学園祭に出向き、言葉を交わそうと思ったがすれ違いすぎて会うことがかなわない。それが二年も続いて大学の学祭にすらクリスを誘えなかった。
神様の悪戯としか言いようがない。
就職が同じになったのは偶然かららしい。それでも一緒になれたことは嬉しかったが、その後もすれ違いの日々は続いていた。
デートに誘おうとすると邪魔が入ってしまい二人きりになれるチャンスは潰され続けたのである。
何度天へと呪いの言葉を吐いただろう。
想いを告げられないまま彼女は本社へ異動してしまった。
今生の別れかと思っていたが、半年後に再会の瞬間は待っていた。
だからこそ邪魔されないように、支社全員の前で朝礼の時に頭を下げて、告白のチャンスをもぎ取った。
そうでもしなければ告白は無理だろうと思った程だった。
実際に終業間際に営業の仕事が飛び込みであった。代わってもらえたからいいようなものの、支社を出てからもトラブルに巻き込まれている。
端末ナビの不具合で立ち往生している老人と遭遇したり、急ごうとするあまり何度もこけたし、靴紐が切れている。そのために二度靴屋に飛び込んでいた。
呪いが掛かっていると思った程である。
告白というかプロポーズはクリスにとって唐突だったが、彼にとっては五年以上の想いが込められている。
ようやく念願かなって、お付き合いが出来るようになったが、今度はクリスの魅力がジプコ全支社にまで及ぶことになり、テミッドは焦ってしまう。
焦ってクリスの居るティーマに指輪を持って訪ねているが、その度にすれ違う。
「僕が悪いの?」パーンは不思議そうにフェリウスに訊いていた。
「貴方が突発的に行動しなければ、クリスは直ぐに指輪をもらえていたでしょうね」
「悪気があったわけではないから許して」悪びれもせずパーンは言う。
「そのような他意があったら、困りますよ」
四度目の正直で指輪を渡せたのは奇跡ではないかと思ってしまう。
だからこそ婚約者アピールするためにテミッドは初日から産業博覧会会場を訪れている。この日会えずとも、会えるまで粘るつもりで有休は申請している。
「ここをくぐって下さい」
ノルディックは周囲を警戒ながら、シャッターの一部を開けてテミッドを通した。近くに並んでいるTDFのファンらしき人たちからの羨望の眼差しがあった。
ノルディックも身を屈めながらシッターをくぐると、侵入を許さないようにシャッターを閉じる。
「先輩」
シャッターの奥で待っていたクリスがテミッドに声歩掛ける。
「クリス。久しぶり」
「またひと月経っていませんよ」
「僕にとっては長く感じるんだよ」
「ご来場ありがとうございます、先輩」
「あのさクリス」
「何でしょう?」
「いい加減名前で呼んでくれないかな?」照れたようにテミッドは視線をずらしながら言う。
「えっ?」クリスはその言葉に明らかに動揺していた。「その方がいいだかな?」
「他人な行儀で嫌だ」
「わ、分かりました」クリスは決心したように頷く。「フェリウス」
「いつ呼ばれるかと待っていましたよ」
トレーに乗った珈琲を手にしながらフェリウスは微笑んだ。
フェリウスは最奥のテーブルへとテミッドを案内する。
ここであればシャッターの隙間からも伺うことは出来ないだろう。
「ペリシア」クリスは厨房に声を掛ける。
ゆったりとペリシアは姿を見せる。優雅だった。
「あなたがテミッドさんですね」
現れたペリシアはエプロンで手を拭きながら微笑んだ。
「は、はい」
「私の婚約者です。よろしくお願いします。私が担当する軽食コーナーリーダー、ペリシア・マリーさんと、秘書になった時にお世話になったフェリウス・アーク・アウゼンさんです」
「「よろしくお願いします」」
息が合ったようにペリシアとフェリウスはテミッドに頭を下げている。
「お噂はかねがね伺っています」テミッドは深く礼をする。「クリスが大変お世話になっています」
「クリスがあなたに美味しい料理を振舞いたいといいましたので、私は教えているだけです。頑張っているクリスを誉めてやってください」
「言わないでください」
クリスは顔を真っ赤にしていた。
「クリスをよろしくお願いしますね」フェリウスはテミッドに微笑む。
「もちろんです」
強い言葉で答えていた。
「あまり時間はありませんがくつろいでください」
ペリシアはそう言うと厨房に消えていく。
「二十三分後には、予約された方たちの受け告げが始まります。二十分クリスをお貸ししますので、存分にお話しくださいね」
フェリウスはそう告げると厨房に消えていく。
すぐに入場できたのであれば、開幕から待つことなく入場できたはず。一時間以上はクリスと話をさせられることが出来たのに、ノルディックから話を聞くと相変わらずクリスに対してだけはポンコツぶりを発揮していたようだ。
支社での営業成績も悪くない。トップクラスであり仕事もできるし、誠実であるとの評価も顧客からは得ている。
だからこそ残念でならない。
なぜクリスとの時だけ、コメディアンになれるのか分からなかった。
フェリウスはテミッドをクリスのコメディアンと呼ぶようになっている。安心できない存在だった。




