千客万来 25-5
5.完璧と純粋
「何が訊きたいのかしら?」
きつい視線にも臆することなく純粋な目を向けてくる。
それが眩しかったし、ひねくれた性格には酷に感じられてしまう。
もっともひねくれの権化とも言えたパーンならこの状況も楽しみながら説明していくはずだ。
「この音響効果は映像と合わせてフーリエの定理に従ってことでしょうか?」
「これはTDFメンバーの感覚によるもので、正確に言えば個人の感性を優先したために生まれたことになっています」
「それは凄いですね」ジュンは頷く。「定理とか計算できるものだけでなく感性だけでこのような音響効果が生まれてしまう」
「パビリオンを施設設計してくれた企業に方々には感謝しています」
「経験がものをいうのでしょうか?」
「培ってきた技術や感性も大切ですね。裏付けになると思いますよ」フィオーレは微笑んでいる。「あの曲面が分かりますか?」
フィオーレは映像に隠れているが微妙な音響効果を生むフィヨルドにも見えるギザギザの曲面を示している。
「近くに行ってもいいですか?」
「もちろんです。自分自身で触れて理解して下さって結構ですよ」
「ありがとうございます」
ジュンはフィオーレとともに並んで歩いていく。
そのあとをついて行く人も多くいた。
近づき、話をするきっかけをつかもうとしていたが、フィオーレは楽しくなってきている議論の場を邪魔させるつもりはなかった。
「凄いですね」
映像の裏に隠れている曲面に触れながらジュンは言う。
「そうですね。パビリオンの自慢ですから」
フィオーレは誇らしく話していた。メンバーの前では厳しく言い続けていたが、それでもついて来てくれるメンバーには感謝していたのである。
「どうして、ここまで自然を体現できるのですか?」
「メンバーの感覚に任せていますが、数値以上にその感覚が優れていると言ってもいいかもしれませんね。計算やプログラムからは得られないものがあると思っていますよ」
「それだけ人が優れているということでしょうか?」
「そう言う可能性もあると言うことです。プログラムだけでもなく映像から自然を体現できています」
「演算することが可能だと?」
「あなたにもこの空間が理解できるでしょう?」
「理解できますが、ここまで演算できないです。どうやってここまで?」
「それはメンバーが努力してくれたからですよ」
「諦めない心がここまで導いているのですね」
「技術だけでは補えないものがあるのは事実ですね」
「僕も出来るでしょうか?」
「精進すればその先があります」
「でしたら、日々研鑽するしかありませんね」
シュンは嬉しそうにフィオーレに微笑んでいる。
彼は定理やプログラムから質問を続けていく。
人の可能性は無限大であると感じながら。この少年との話は忘れそうになっていた感性を思い出させてくれる。
生真面目な性格のどこにそんな考えが潜んでいるのかは分からないが、フィオーレはこの少年と話をすることは楽しいと感じてしまう。
遠巻きに見守るしかなかったカシウはヤマネがフィオーレと別れた後、晴れ晴れとした表情でステージへと向かっているジュンに声を掛ける。
「ヤマネ」
「カシウ君。奇遇だね。こんなところで会うなんて」
「お前、凄いな」
「何が?」
「俺には理論も定理も分からなかったから、口を挟めなかった」
「教授の話を聞いていれば理解できますよ」
当たり前のことにようにジュンは答えている。
プロフェッサーの覚えも良かったのが、妬ましかったけれど、それがこの会話からも分かってしまう。自分が矮小な存在だと思えてくるほどに。
それでも絡まずにはいられない。
「なあ、俺も彼女らとお近づきになりたいから、手伝ってくれないか」
「出来ません」
ジュンは即答していた。
「なぜだよ? 友達だろう」この言葉で彼はいつも話を聞いてくれている。
付け込むようにカシウは言った。
それでもジュン・ヤマネは首を縦に振らない。
「あの方たちの迷惑になることは出来ません」
「こんなに頼んでもか?」強く肩を掴みながら言う。
「はい」優柔不断に見えるが信念だけは失っていない。「人の迷惑になることは出来ません」
自分に掛かる迷惑ならいいが、ジュンは他人の迷惑になるのなら個人情報すら漏らさない意志の強さがある。
拳を握りしめ凄んで見せてもその信念は変わらない。
逆にそれに気付いた警備員に止められてしまった。
衆人環視のもとになって、カシウは神樹コーナーから退散するしかなかった。




