千客万来 25-4
4.新たな出会い
デュエルナ・ネルミス・ツイングのファンであるカシウは初日から産業博覧会会場に足を運んでいた。
初日はTDFのバンドメンバーによる演奏が告知されていたからだ。
デュエルナはコンパニオンとして館内立つことがあると、本人は言っているがローテーションは発表されていない。それなら確実にライブを見られる日がいい。あわよくば彼女のコンパニオン姿が見ることが出来るかもしれないし、声を掛けることが出来れば彼女の話が聞けるかもしれないのである。
トラッティン公共放送局の産業博覧会特番を見てデュエルナの虜になる。
トラッティンの放送での登場はその一回きりだったが、他の太陽系の番組にも出演していたので、彼はその番組を手当たり次第入手してコレクションしていく。
何度もリピート再生したのはTDFパビリオンのCMでのナレーションだった。耳元で囁かれるような言葉に自律感覚が刺激され絶頂を迎えてしまう。デュエルナのボイス集があったら幾らでも出せるし、出してほしいと要望を何度も送ったほどである。
その容姿も素晴らしかったが、その声はローレライではないかと思わせるほど心惑わせ惹きつけられる。
絶対に会って直接話がしたい。
握手だけなんて物足りない。抱きしめたい。
そんな都合のいい妄想を浮かべながらカシウは会場を訪れる。
会場に向かうモノレールは始発から想定以上の混雑だった。カシウのような地元民だけではなく観光客も多くいた。母太陽系語で話し合う者達が多くいたから分かってしまう。
彼ら全てがデュエルナを目指しているわけではないだろうが、それでも言葉の端々にTDFやジプコという単語を耳にするとライバルが多すぎると感じてしまうのだった。
そのために開場が早まったのは嬉しいし、パビリオン情報でもジプコTDFパビリオンは直ぐに入館出ることを知ると、入場ゲートを通過すると一目散に進んで行ったために、パビリオンのオープニングセレモニーの冒頭を見逃してしまったことが悔やまれた。
一目でデュエルナ本人だと分かる神々しい姿を見逃してしまっていた。目の前に展開する人と人の隙間を縫うように進むことに集中しすぎていたためである。
絶対にこれを収録して人や放送局があるはずだと信じて、悔し涙を浮かべながらTDFパビリオンの列に並ぶ。
可能性に賭けて第二層の神樹コーナーに入ったが、デュエルナの姿はない。
ガッカリしながらもせり出していたステージの最前列に場所を確保している。
ライブが始まるとカシウは最前列でペンライトを握りしめ、声を枯らしながら声援を送る。勝手な思い込みだったが、彼女から視線が向けられていたと感じる瞬間があった。
たとえ思い込みであっても嬉しかったし、幸せな瞬間だった。
午前と昼のライブが終わると、デュエルナはTDFの愛くるしいコンパニオン服を着て神樹コーナーに立っている。
物凄い競争率であることは分かっているが、それでもお近づきになりたかった。
何度もカシウは接触を試みるが、うまくいかない。
声を掛けよう。話がしたい。
そう思いながら近づくとかならず邪魔が入る。横切ってくる家族連れに進路を阻まれたり、子供が前を横切りながら駆けてきたり、最悪ファンらしきもの同士がけん制し合っている。何度も何度もだ。
そのため、誰もデュエルナに近づけないでいる。
壁があるように。
子供と抱きしめ合っている微笑ましい光景があったのに、それ以外は互いに邪魔しあっているように感じてしまい譲り合うと子供達が接触してしまうし、団体客の列に阻まれたこともあった。何とか最接近出来たとしてもボディガードのような巨漢の男に前を阻まれてしまい近づくことさえままならなかった。
睨まれて身が縮む。
遠巻きに眺めていたカシウの前にジュン・山根は現れた。
彼もデュエルナを見て惹きつけられるものがあったのかもしれない。真っ直ぐに彼女目掛けて歩いていく。
どうせ近づけないと思っていたが、彼の前には同線が引かれているように、障害となるものを避けながら進んでいた。
驚きの声を漏らしていたし、あり得ない光景に見える。
生真面目なだけが取り柄で、自分より下に見ていた奴がデュエルナに声を掛け親し気に話をしているのである。
信じられなかった。格下だと思っていた奴がそうではなかったのだ。
金に近い栗色の髪がまばゆく見えてしまうし、小さいと思っていた体が大きく見えてしまうのである。
信じられないほど心身共にダメージを受けている。
「すいません。案内の方ですよね?」
ジュン・ヤマネはディに声を掛けていた。
「ようこそ。TDFパビリオンへ」
「ありかどうございます」
ディの言葉にジュンは反射的に丁寧に頭を下げている。
それでも自然な会話であるように思えてくるから不思議だ。
ディはコンパニオンとしてライブが終わった後、神樹コーナーの案内役として立っているが、声を掛けられるのは無垢な子供達やその両親だけだった。
ノルディックが目を光らせていてくれるのは分かるけれど、少し寂しくもあった。
そう思っていた時に、ジュン・ヤマネが声を掛けてくれている。
「お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「私で応えられることでしたら、如何様なことでも構いませんよ」
「ありがとうございます」
ディは彼に微笑む。
本当であれば人をとろけさせる様な声だったが、彼は純真な目でディを見つめていた。
「私でもご満足させられるでしょうが、貴方のご期待にそえる案内人をご紹介しますね」
「申し訳ありません」
「私はあなたのご期待に沿えるように案内させてもらうだけですよ」
ディはそう言いながらイヤリングに手を掛けている。
『フィオ、いいかしら?』
「ディ、何かあったの?」
総合管理室でフィオーレ・カテイエスはディから通信に応えている。
『問題はありません。でもフィオが解説してくれる方がいいと思ったの』
「私に出る幕があると?」
『私でも説明できますが、フィオの方がいいと感じました』
「あなたがそう思うのでしたらそうなのでしょうね、分かりました」ラッキースターがそう感じたのであれば、それに従うべきだろう。「すぐ行きます。三分三十秒ほど時間を頂けるかしら」
『問題ありません』もてなしておきます。
ディは答えている。
フィオーレは白に赤や青のストライプの入ったコンパニオン服の上着に優雅に袖を通すと管理室から出て行こうとする。
「パーン、ちゃんと管理して下さりますよね?」
「楽しんできてね」
パーンは笑みを浮かべ手を軽く降るとフィオーレを見送るのだった。
フィオーレ・カテイエスが神樹コーナーに姿を現すと、一斉に人目を引いた。
どよめきが上がる。神々しいとしか言いようのない容姿だったからだ。
彼女はどのような放送番組であっても、裏方に徹していたのでこれが初のお披露目であった。
ジプコ本社では知られている存在だったが、産業博覧会で一般の人々の前に姿を現すのはこれが初めてであったので、人目を引きまくっている。
「フィオ」
ディは神樹の根元から姿を現した女神に手を振りながら彼女を迎える。
「それで彼がそうなの?」
一目で純朴そうな子だと分かる。さらに利発そうなのは分かったし、それ以上に純心な心があるとプロファイリング出来ている。
こんな真面目な子がいるとは信じがたかったが、それ故にディに近づけたのであろうと思われた。
「何が訊きたいのかしら?」
フィオーレが言うと、彼は真摯な目を向けてくる。
浄化されてもおかしくない程の純真な瞳だった。
「よろしくお願いしますね。フィオ」
そう言って笑顔を振りまき、ディは手を振りながらその場を離れていく。
ディに近づこうとする不逞な輩は多かったが、互いに邪魔しあっていて近づけないでいる。今この時もそうだ。それを抜け出したとしても、ノルディックが目を光らせていたので、接触は不可能だった。
天使がいるのであれば、純真無垢な子がいてもおかしくないが、それでも彼はディのような世間知らずではないように思える。
だからこそ、ディに近づけた少年にフィオーレは興味を持つのである。
二人はお互いに名乗ることなく会話を続けていく。
それが当たり前のように。
「この映像システムは、パルカスの定理に基づいたものでしょうか?」
「その定理は関連がありますが、これは私の理論を展開させたものになります」
「本当ですか?」ジュンは心底驚いている。
この定理から映像処理を発展させることは難しいと思っていたからだ。それを超越したプログラムと理論があることは驚愕に値した。
「映像に有限はありません。よりリアルに繊細に再現することは可能なのでよ」
「定理に問題は無かったと? それを解明されているのですか?」
「数行で定理を示して見せますよ」
フィオーレはほくそ笑んでいた。
「教えていただけると嬉しいです」
「学ぶ気があると?」
「是非!」
両手を握りしめジュンは溌溂とした声で即答している。
それがフィオーレには微笑ましかった。
「大丈夫だったか?」
ノルディックは神樹の根元へとやって来たディに声を掛けた。
彼女に近づこうとしている不逞の輩は睨んで退散させていた。
「問題ありません。私には勿体ない人でしたよ」満足そうにディは答えている。
「ならいいが、ディと直接話が出来る奴がいるとは思わなかった」
「彼の心は子供のように純真無垢でしたよ」
「だから近づけたのか」ノルディックはホッとする。
見逃してしまったのかと危惧してしまったからだ。
「知りたいと思っていたのが分かったので、フィオを紹介しました。その方が、彼のためになると思ったのです」
「それなら良かった」
最後の三回目のライブまでは時間があった。
ノルディックはそれまでディを近くで見守ろうとしている。




