千客万来 25-3
3.届けたい想いの結実
素直な声が返ってきてマレナは驚いてしまう。
遥かに離れた者同士が初めて言葉を交わすのに、向こうに警戒心は無いのだろうか?
ただ分かるのは言葉に力があり、優しそうな声だった。
伝わってきた気持ちに、自分の言葉がどう届いているのだろうかと、逆に心配になってくる。老婆のようなしゃがれた声になっていないだろうか……。
乾いた唇をなめ、生唾を飲み込む。
彼は活き活きとしているのだろう。
風を切って走り回ることさえできるはずで、嫉妬と羨望。色々な気持ちが沸き上がってくるようだった。
そんな自分自身の胸の内が分かってしまうだけに、恥ずかしくなってくる。
『よろしくお願いします』
優しさを感じさせるものだったからこそ、警戒もしてしまう。声から人柄を判断しようとしているのだから仕方がない。
それでもマレナは親し気に挨拶を交わしている。
『僕はトラッティン総合大学工学部で通信工学を学んでいて、そこからジプコTDFパビリオンに興味が湧いてこの企画に応募しています。こうしてここでお会いできたことを嬉しく思っています』
ジュン・ヤマネというのも本名なのだろう。
こういった場やバーチャル空間では素性を隠すのが当たり前である。
現実の自分ではなく、その殻を抜け出した姿を見せたいはずだ。
彼もそのような体験がないわけではないはずなのに等身大の姿を見せてくる。大学生だと話をしているし、その話し方から嘘偽りがないプロフィールだと分かる。
なぜここまで明け透けにできるのか分からない。
現実味は無いが、AIの方がもっとうまくやるはずだ。
自分ではない何かを演じるつもりはないらしい。自分に誇りがあるのだろうか?
「セ、セレーネです」
マレナはジュン・ヤマネが全てを話してしまう前にハンドルネームで名乗った。
この名で彼女はバーチャル空間で生み出したアバターを使い。偽りの自分を演じている。
こうして同世代と思える人と話が出来ると言うことは多少なりともマッチングが働いているかもしれないが、これはお見合いではない。プロフィールを全てさらけ出す必要は無かった。
「なにか?」
少し間があったのでマレナは訊ねた。
『素敵な声だと思いました』
どこがだろう?「一度潰れてしまった喉なのに?」
病気になる前は合唱団でソプラノを担当していたが、その声は失われてしまっている。オペラ歌手になるという夢は断たれてしまっていた。
『それでもセレーネさんの本質は失われていません。僕には分かります。澄んだ透明のようで、それでいてバーミリオンを感じさせる様な淡いオレンジの光が見えてくるようです』
「嬉しいことを言ってくれますね」真摯な言葉にこそばゆくもあった。
『僕は直ぐに好きになりました。セレーネさんは素敵な方だと声からも分かります』
褒めすぎだ。
「あなたは私を口説いているのかしら? これはマッチングアプリではないんですよ?」
『出会いを求めましたが、僕は本当にセレーネさんが素敵な心を持っているかだと分かったので、それを伝えたかったんです』
「あ、ありがとうございます」
熱烈故に戸惑ってしまう。
『お礼を言われるようなことはしていません。確かに光や映像が無ければ伝わらないものもありますが、言葉だけでも分かることはあると思います。僕はこうして話ことで、セレーネさんという存在を知り、その気づきを得ました』
彼は自分の感覚を肯定するように何度も頷いているように感じられた。
言葉の向こう側の微かな震えやイスの音などでそんな仕草が伝わってくる。
『第一声を聞いた時から、僕は心からセレーネさんとお友達になりたいと思いました』
「やはり口説かれているようにしか聞こえてきません」
臆面もない言葉に聴いている方が恥ずかしくもなる台詞が何度も出てきている。
真っ直ぐな心根はぶれることが無かったからだ。
『僕の気持ちです。それに実際にお会いできないので、想像を膨らますことも楽しい』
「実際に会ってしまうと幻滅しますよ」自分の今を思い出してしまう。
『そんなことはありません。どんなに姿を変えようともその魂の光は変わりようがありません。絶対に素敵なことだらけです』
「まるで、良い事探しのようですね」
『そうでありません。探さずとも一目で分かることもあります。絶対に』
言葉で揺さぶろうと、その信念はどこまで行っても揺るぎは無かった。
どれほど裏切られようと、絶望の淵であっても、その先へと進もうとするのかもしれない。今こうしている自分が馬鹿みたいに思えてくる。
『そのお名前、ギリシャ神話の月の女神の名ですよね』
「よ、よくご存じてすね」
月の神で表がアルテミスなら、裏がセレーネだと感じていたので、日陰者な自分には合っているように思えたし、マイナーな神様だと考えていた。
『僕自身、星が好きなこともありますが、その関係で神話にも興味が湧きまして色々と読みました。セレーネさんもですか?』
「わ、私は読み込んだわけではありません」
時間潰しのようなもので雑食な動物のように手あたり次第にウェブ図書館で神話を読んだだけだ。
覚えているエピソードも少ないが、影のような存在だったセレーネ神の名は印象に残っていたのかもしれない。ただそれだけだ。
決して進んで興味から読んでいたわけではなかった。
『トラッティンに星座があってこれは開拓民由来のものから、天文台の方々が付けたという話の星座もありました。色々な神話も混じていると言うことでしたので、興味があって僕は神話を読みました』
「トラッティンにも星座があるのですか?」
『セレーネさんのところにもあるのですね。古典由来の星座もあればトラッティンにちなんだ星座も存在しています。魔獣の星座ですらあります』
「古典というテラの星座ですよね。同じように見えるはずはありませんよね?」
『無理矢理星同士を繋げたものもありました。天文台に来た子供達が興味を持ってくれて説明しやすくするためだと教えられました。最初は古典と同じ意味があると思っていたのに残念です』
「そうなのですね。星空を見るのが楽しくなりそうですね」
『乗せられたような感じになりますが、興味が持てたので楽しかったです。人間や神、そして動物に例えるのは星にも生命を繋げる力あると僕は感じしまいました。こうして言葉を交わすことで繋げられるように』
「何億年前の光を見ているだけに過ぎないのに……」
『僕はネットワークやラインのようなものだと思っています。本来は見えないはずなのに、それでも今この時のように繋がっています。僕たちは星座のように星同士を引き合わせています。素晴らしいですよね』
もし魂に輝きがあるとしたら、きっと彼みたいな心が闇の中で瞬いているのかもしれない。古くは灯台や北極星のように目印となり導いてくれるのだろうか?
暗く沈んだ病魔に蝕まれたくすんだ心に光などなかった。
『僕は地元の精霊を信じているので、その関係もあって神話も読みました』
「精霊? 存在していると思っているのですか?」
すがれる神が無かったため、それを信じていることの方が意外だ。
サンタクロースを信じる子供のようだ。
『精霊は存在します』彼はきっぱりと言い切った。『見えずとも僕らの隣に存在しています』
その言葉に他意は感じられない。
純粋に信じているのだろう。だからこそ腹も立ってしまう。
大学生なら成人しているだろう。夢と現実も分からないのだろうか。いつまで子供っぽいことをいっているのだろうかと。
『先日知り合った精霊使いの方に教えていただきました。僕自身は見ることも感じることもできませんですが、その人はハルナ山にその土地の守り神である精霊が存在していると教えてくれたのです』
「精霊使い? それは信じられるのですか?」
『はい』当然のように彼は答えてきている。『両親もその場にいましたし、信じることが出来れば僕は願いが叶うものだと感じました。諦めなければきっと知ることが出来るのだと思うのですよ。だから僕はこの企画を楽しみにしていましたし、言葉だけでも心から繋がれるものなのだと感じています』
「今も、ですか? あなたが信じたかったことを他人に押し付けていないですか?」
言葉に棘があるのが分かってしまう。
彼の熱い想いが煩わしく感じられてきて、否定したくなってくる。きっと羨ましかったのだろう。
それに気付くと自分が矮小な人間に思えてくるのだった。
それでも突き放すことが出来ないのはなぜだろう?
『押し付けるつもりはありません。でもこの喜びを伝えたいし、分かち合って欲しいとは思っています』
「今知り合ったばかりなのにですか?」
『多くの人に知ってもらいたいし、僕は伝えたいんです』
「伝道師にでもなるつもりですか?」
『宗教とかそういうものではありません。純粋に僕の気持ちをあなたにも届けたいのです。僕の名前になっているジュンは祖先たちの言語によると純粋の純であると言うことです。だからこそ女々しい名前だと言語を知る人は言ってきますが、僕にはこの名前にコンプレックスなどありません。むしろ誇りなのです。純心であるべきだと僕に道を示してくれるのです』
「誇りなのは分かりました……」
『分かってもらえるのなら嬉しいです』
魂の微笑みが見えるようだった。言葉だけで分かってしまうほどに。
『セレーネさんは、どうしてこの企画に応募されたのですか?』
「……私は狭い世界で生きています。だから世界が広げられたらと思ったのです」
『僕はそのお役に立てますか?』
「それでしたら、トラッティンのことを教えてくれますか?」
マレナは素直に訊ねていた。
彼なら、誠心誠意応えてくれるだろと分かっていたから。
ジュン・ヤマネは開拓民としての両親の苦労や牧場、畑、森のことを事細かに話してくれる。
大学のことや、自分の生活に及ぶまで、良い出会いであったと本当に詳細に話してくれるので、マレナは深入りしそうになる前に何度も彼の話を止めている。
見知らぬ体験を聴くことは楽しかったが。
苦痛になるのも事実だった。
幼少の頃に一瞬ではあるが野山を駆け回ったことがあるのだからなおさらだった。羨ましくもあり、その体験にイメージを刺激される瞬間もあった。
幼少の頃の失敗談ともいえる話はどう見てもだまされているようにしか思えなかったが、それでも彼は自分自身の目や耳、五感で感じようとしていたし、純粋に人を信じ動いている。
魔獣が住むと言われるハルナ山へと分け入ったことも良く死ななかったなと思えるほどだった。
こんな人もいるのだなと感じ入ってしまう。
銀河は広い。
一京の人がいたら、こんな人もいるだろうと信じられてくる。どうしても演じているようには思えない熱量があるからだ。
「迷うことは無かったのですか?」
『分からないことだらけでした。人の役に立ちたいと思っていても、自分がどんな適性があるのか分かっていません。今もそうです。でも道を示してくれる人がいましたから、今の僕があると思います。道標や師なくして僕は今こうしてこの場にはいなかったと思います』
「良い出会いがあったようですね」羨ましい。
『セレーネは何かしたいことはありますか?』
彼は突然そう訊ねてきた。
訊かれると絶望しかなかったので、明日を見ることが怖かった。
「考えたことが無かったわ」
『考えましょう。それが明日への活力になります。きっとモチベーションも上がります』
我がことのように彼は言う。何故、そこまで人に親身になれるのだろう?
理解に苦しむ。
医師や看護師がいたから、今のマレナがいる。それでも彼らは仕事である。そこから成り立つ献身なのに、彼は無償の愛を見せているように思えてくる。
マレナは自分の病気のことなど一切話していないのに。
「私は……」明日が見えてこない。
『セレーネさんが何に拘っているのか分かりませんが、僕はどんな環境にあろうと夢は持つべきだし、明日への力にすべきであると思います。だからこそ何かしたいことはありますか?』
「そうね。叶わないでしょうが、ユリウス・ドリスデンに会いたい」
『僕も彼女の歌は好きです。語り掛けてくるようで、夢に溢れています』
「そうね。希望だからこそ、私の詩を見てもらいたい」
絶望の中で救ってくれて、語り掛けてくれた声に自分の詩を歌ってもらいたくて。
『素敵ですね。何編か書かれているのですか?』
「書いているけれど、稚拙で恥ずかしいわ」
『そんなことはありません。セレーネさんの想いが込められているのでしょう? 僕も聞いてみたいです』
「今ここで朗読するの?」
『ダメですか?』
「恥ずかしいわ」マレナは食い気味に応えていた。
『ここでダメなのであれば。別な場所で見せていただくことは可能ですか? 近くの惑星であれば僕がその場に行きます』
「直接会うだなんて無理よ」
ベッドの上から動けないし、やせ細ってガリガリな姿なんて見せられない。
何故そう思ったかは分からないが、熱心な彼の言葉を断るのは難しく感じられた。誠実であるが、彼は強く踏み込んでくるもところがある。
無垢な魂のまま。
『そうですか。残念です』あっさりと引いてくれたのでホッとする。『でも直接会うことは無理でも、詩は聞かせてくださいね』
「どうしてもですか?」
『はい。セレーネさんの気持ちが見て見たいです』
「私のですか?」
『はい。僕は出会いを信じています。この出会いは良きものであると思いたいのです』
「どうしてそう思うのか不思議です」
一期一会だと思っていたからなおさらだった。
『続きがないと思う方が、不思議です』当たり前のように彼は言う。
ジュン・ヤマネは自らのアドレスと端末番号を示してくる。
そこに他意などないことが分かるだけに、断ることは出来なかった。
マレナは自らのアドレスも提示する。
『ありがとうございます』
更新時間をかなりオーバーしてジュンは割り当てられていた個室から出てくる。
彼は職員の方たちの拍手を持って迎えられた。
キョトンとしていると彼と交信者がアドレスを交換した最初の事例になっていたという。
当たり前のことをしたつもりだったので不思議だった。
キャスティから祝福を受けると、体験コーナーを後にする。
端末を見ると時間が掛かっている。両親や兄との待ち合わせもあり、彼は神樹コーナーへと向かう選択をとるのだった。




