千客万来 25-1
1.期待と不安と
病院のベッドから天井の向こうに広がる虚空を見つめているしかない。
何の変哲の無いつまらない天井の風景があるだけだった。
マレナ・ウーラッド・ナミエは病身だ。
幼少の頃に惑星特有の熱病に掛かりそれが重篤だったため、全身が麻痺し視線以外表情筋さえ動かすことが出来なくなり、病院のベッドから動けなくなってしまっている。
呼吸すらままならない時もあった。
現代医療とバイオチェンジ技術を駆使しても容易に治せるものではない難病となっている。
意識があり思考は巡らせることで来たので教育は受けられていたが、何の慰めにもなっていない。彼女の生活圏はこの病室とネット空間のみだった。
十年の月日を重ねてようやく両腕と足先、目線だけでなく会話ができるようになっている。取り付けられていた生命維持装置は外されていたが、完治まで道のりは長く、さらに時間は掛かる根気のいるものになっている。
そのため精神を病むこともしばしばあった。カウンセラーがいなければ本当に発狂していたかもしれない。
いつまでこの状況が続くのが不安になるし、手術はいつまで続くのだろう? バイオチェンジ治療であっても身体に負担がかかることの方が多すぎた。
心が何度も折れそうになる。
支えとなったのはユリウス・ドリスデンの歌だった。
その曲と歌詞が支えとなり、彼女は詩や絵を趣味として綴ってきた。
それが癒しとなっているし、ネットに上げることによって称賛を受け眼ことがあれば、それだけでも外界とのつながりとなっている。
ユリウスの新曲はトラッティン産業博覧会ジプコTDFパビリオンのCM曲だった。彼女としては初めてのCM曲で、歌詞は彼女の想いをぶつけるようで、土着的でありながら民族的な音楽を思わせる素敵なものだった。
初めてではないだろうか、斬新的とすら感じさせられ、マレナは惹きつけられるようにパビリオンのサイトを覗いた。
そこでパビリオン独自の『銀河通信』という楽しそうな試みを知り、彼女は応募している。
その通知は病魔に苦しんでいた頃に届いた。
不安と痛みが心と体に広がる。
TDFの試みは声だけを届けるものだった。ネットでは通常、アバターを使い様々な空間にいる多くの人たちと接触を試みるものであったが、TDFの企画は声のみで通信をするというのだ。
心と心を届け合う。
今の自分に出来るのだろうか?
それは素敵なことにも思えるが、今もネットワークラジオは存在していても、前世代的なもので、これは宇宙や惑星上の運送関係者に向けた一方的な通信手段だった。情報や音楽を届ける番組になっていて宇宙規模で展開している銀河系四大ネットワークのものもあるが、惑星上ではローカル放送局も多かった。
個人的なネットワーク放送も存在している。
確かに声は想像を掻き立てるものがある。
声だけで繋がるというのは今の世の中では斬新だろう。
ボイスチェンジも無しである。
しかもマッチングアプリなどは使わない。本当にランダムで相手が決まってしまう。
トラッティン産業博覧会が開幕したことがTDFパビリオンから通知が来ている。心臓はバクバク言っていた。
私は初日の最初の時間帯に当選していて、相手が出ることを待っている状況だった。
不安は膨らむ一方である。
私の体調は病院の器具からモニタリングされていて、心音以外は正常値なのだろう。看護師さんが病室に入ってくるような気配は無かった。メディカルスパイダーがケアしてくれているし、病棟の看護師さんたちの手を借りながら私はゴーグルをつけて小型のマイクが付いたヘッドホンを装着させてもらっている。
自分で呼吸が出来るようになって、呼吸器が外されるようになってから、自主的に外との接触は初めてではないだろうか?
ありがとうございます。
病室のベッドから動けないので、楽しみである反面、不安が増しているのです。
私で大丈夫なのだろうか?
相手はどんな人なんだろうか?
ドキドキしすぎていて、私の身体は心臓を中心に爆散しそうな感じがしてしまう。
本来ゴーグルは必要なかったけれど、私はあえて非日常感を出そうと周囲から隔絶させてもらっている。年齢が違っていたり銀河共通語を無視して、惑星母国語で話しかけてくる人もいるかもしれない。冷やかしとかあったりしたら、速攻排除されるとしても怖いと思ってしまう。
それでも意識を宇宙へと飛ばし、心から繋がれることを願った。
心から自分の言葉で話が出来るのだろうか? 私に出来るのだろうか?
相手と繋がったという合図が耳に届いた。
「こんにちは」
恐る恐る声を発するのだった。




