トラッティン産業博覧会⑧開幕 24-10
10.トラッティン時九時から十時 ~目指す高みへ
神樹コーナーでアリエー・ファムカは来場者が集まってくると、神樹の枝上に姿を現して通る声でマイク無しに話しかけていく。
「TDFパビリオンへのご来場、ありがとうございます!」
コンパニオン服と同じ色調であるが、トップレスのようなデザインでおへそが出ていたし、短パン姿だった。手足には何もつけていない。
黄金色の髪が風に流れ、日の光に褐色の肌が眩しい。
ステージに集まっているファンたちだけではなく彼女は集まった子供達に手を振って声援に応えている。
その歓声を感じると、ターザンのように雄叫びを上げながら枝から枝へと飛び移っていった。
命綱はつけているように見えないし、その俊敏性は子供達が追いかけようとしたが追い付いていない。プロが使う自動追尾式でオートフォーカスの高性能カメラでなければ、撮影は難しいほどだった。
十メートル以上の高さがあったところからアリエーはファミリー層が集まっている辺りに着地をする。
駆け寄ってきた子供達の頭を撫で握手を交わしている。
子供達のサインにも応えていたが、ステージに陣取っていたファンらしきものたちが近づいてくると、手近にあった枝へと飛び移り、神樹の中へと姿を隠すのだった。
精霊が姿を隠したような瞬間だった。
ライブ前のこのパフォーマンスで場を暖め観衆を引き付けているものと言えた。
その後も子供達のコールに応えてアドリブでアリエーはパフォーマンスを見せている。子供達は喜びはしゃいでいた。
軽食コーナーはトラッティン時間で十時にスタートしている。
ただし最初の一時間はこの場で予約してくれた人への対応で注文品の受け渡しのみだった。
シャッターを部分的に上げて、その前にテーブルを置き白いシーツを掛けると簡易のコーナーの内側にフェリウスが立つ。彼女の横にはノルディックが黒のサイバーグラスを光らせ警備を行っている。彼の圧迫感は人を遠ざけていたためフェリウスは安心だった。
後ろではクリスが受け渡し商品のチェックを行っていて、フェリウスの前に注文品を置いていく。
ペリシアは厨房で忙しく開店準備を続けている。
「なんかアイドルの握手会に似ていませんか?」
客が途切れたところでフェリウスは正面を向いたままノルディックにそう話しかけていた。
「言われてみれば、確かに似ているな」ボソリと彼は頷いていた。
先頭で並んでいた男性はフェリウスに握手を求めてきた。列に余裕があったのでフェリウスは写真撮影にも応じた。その昔のポラロイド撮影によるチェキにも似ていると感じてしまう。
サインという要求もあったが、時間が掛かるしペンも準備していないからノルディックが断りを入れてくれていた。
もの凄く助かる。
七人、それが続いた後、列は途切れ家族連れなどがぽつりぽつりとサンドイッチやバーガーと飲み物を人数分受け取ると神樹コーナーへと消えていくのを彼女は見送る。
家族連れの中にもフェリウスのことを知っている人も多くいて、子供達も手を振ってくれた。中には家族と一緒にクリスとともに写真撮影にも応じていた。
トラッティンの人々に自分の名が浸透しているのが嬉し恥ずかしであった。
予約は三十組ほどしかなかったし、受け渡し時間になっても現れない人もいたので、すぐに暇になった。
手伝いに戻ろうとかと考え始めた時、ネットでフェリウスが軽食コーナーの前で受け渡しをしている写真や映像が流れ始めると、それを知ったファンらしき人々が集まり出してくる。
注文客でもなかったし、軽食コーナーは開店前だったので、関係のない観衆はノルディックがフェリウスに近づけないようにするのであった。
彼の隙を突こうとするが、巨体にもかかわらず彼の俊敏性は異常だった。双方向から人が動こうとも荒っぽくもあったが対応してくれている。
安心できた。
「ほら、優しいでしょう。マリカ」
フェリウスは嬉しそうにその頼り甲斐のある背中を見つめていた。
ライブステージの初演はトラッティン時間で十時十分から、三十分にわたってMCを交えながら進行する。
曲の中にはトラッティンの民族音楽や流行曲も含まれている。
ステージの周りには観衆がスタンバっていた。
なぜか熱狂的なファンも多くステージ前に陣取っている。
アナウンスでコーナーでの撮影も録音も出来ないことをフィオーレは繰り返し伝えていた。
スパイ対策の一端で厳重に対策が施されていたからだ。
『それらによってお手元の機材が壊れたとしても、当社は責任を負いません』
フィオーレはライブ前に再三にわたって警告しているのだった。
それでも無視する者はいたようで、安易に考えていたのか撮影出来なかっただけでなく警告通りに機材の回路が焼き切れたりしているのに唖然とするのである。
相当良い機材を使い配信でも目論んでいたのだろうか。中には苦情を入れてきているものもいたが、盗撮犯として銀河保安局へと連れて行かれてしまう。手元の機材が言い逃れのできない証拠だったからだ。
『TDFパビリオンのメンバーによる演奏を始めたいと思います。なお演奏は神樹コーナーのすべての場所で聴くことが出来ます』
パーンが初期案を示し、ミタグラ社が心血を注いでくれた音響システムの本格的なお披露目であった。現場にいたヤマネ副社長は周囲の反応を見ながら演奏を聴いていた。
『その場で神樹の一日を楽しむことも出来ますのでお寛ぎください』
神樹コーナーの壁の風景が少しだけ早送りのように日が暮れていく。
「一番星みーっけ」
茜色から濃い藍色に染まり始めた地平線の先に子供達が星を見つけていた。
次々と星が夜空を覆いつくしていく。
星明り中でステージにスポットライトが灯る。
サクスフォーンの音が優しいメロディを奏でていく。そこにディとアリエーのスキャットが重なっていった。
ステージ中央からバンドメンバーが姿を現す。
イントロダクションはパーン作曲による『ナイトムーブ』からだった。
『オープニングナンバーはユリウス・ドリスデン作詞作曲による当パビリオンのテーマ曲『風に抱かれて』です』
アリエーが宣言すると拍手が巻き起こる。
曲が転調し、土着的とも民族的ともいえる曲調に変わる。
アリエーのボーカルが力強く響く。
それに曲が重なり、ディがハーモニーを奏でて行った。それにタンバやシンシマのコーラスもかぶさっていくのだった。
絶妙だった。
手拍子とともにペンライトが振られている。
曲に合わせて踊っている子供達も多かった。
アリエー入魂の歌唱となる。
「ありがとーっ!」
金色の髪を振り乱し、ほとばしる汗がライトに煌めく。
盛大な拍手の中、拳を振り上げアリエーは叫んでいた。
「バンドメンバーを紹介します」アリエーはバックに控えるメンバーに向かって左手を向けて紹介していく。
「ドラム、ホーカル!」
愛を込めてその名を呼ぶ。
拍手の間、彼は軽快なスティックさばきを見せてくれた。誰よりも強くアリエーの想いに応えるビートを叩きだす。
「サクスフォーン&トランペット、タンバ」
哀漂うメロディが、会場を包むと喝采が起きていた。
「ギター、シンシマ!」
アリエーの声にかぶさるように速弾きでエレキギターを奏でていた。
その技巧に感嘆するものも多かったようである。
「キーボード、トモカネ」彼は優しく語り掛けるように指先を動かしていった。「そしてもう一人、キーボード、パーン!」
パーンはトモカネの曲の動きに音を重ねているがそれよりも低音でテンポを上げて弾いている。
それは阿吽の呼吸でもあるように聞こえてくるから不思議だった。
エレナは休憩時間に合わせて、この場に来ていたが、悔しそうにバンドメンバーの演奏を見つめているしかなかった。
「そしてボーカルは我らが『天使』ディ」
アリエーは隣に立つデュエルナを紹介する。
彼女が観衆に向かって手を振ると、この日一番の歓声が上がる。ディがパビリオンのオープニングを飾った女神であることを知るものも多かったからだろう。
それに応えて美しい所作で礼をするデュエルナにさらに拍手が巻き起こっていた。
先頭の集団を掻き分け女の子がステージ前に駆け寄って来る。その手には一凛の花が握られていて、紫のカーネーションの花をディに差し出すのだった。
片膝をついてディは嬉しそうにそれを受け取ると髪に髪飾りのようにさした。
「そして」マイクを手にディがアリエーを今度は紹介する。「リードボーカルは、アリエーが務めています」
「「よろしくお願いしますね!」」
熱い想いを秘めながらアリエーとディの声がハモる。
心を震わせていた。
パーンはトモカネに視線を送ると、彼は頷き曲を二人はマイクパフォーマンスの邪魔にならないようにアドリブで曲を奏で始めた。
「それでは二曲目になります」アリエーはマイク片手に宣言する。「TDFメンバーによるオリジナル曲であります。作詞はフィオ、作曲はトモカネ、編曲はパーン。タイトルは『銀河通信』! 私たちがパビリオンで打ち上げたテーマでもあります」
「「お聴き下さい!」」
アリエーは熱い想いを込めて、ディは愛をその言葉に乗せて歌う。ともに声を張り上げたのであった。
銀河系中に届けとばかりに。
<第24話了 25話へ続く>




