トラッティン産業博覧会⑧開幕 24-8
8.トラッティン時間 七時五十五分 ~開場直前
ジプコTDFパビリオンの直上に太陽のようなまばゆい光球が上がった。
最初に光ありき。
そういうイメージだったのかもしれない。原始の光、神話の始まりとして。
ゆっくりと大きく膨らみながら光は上昇していくと、塔の天辺と同じ高さで花火のようではあるが音もなく無数の小さな光となりパビリオンへ降り注いでいく。
一部のモノレールの乗客からは塔の演出であるように映っていたのかもしれないが、落下してきた光球はパビリオンに触れると白いハトへと姿を変えていく。そこへディの姿が映し出される。間近で見れば数百メートルにもなる巨大な姿だ。
ディはただ自然体で立ち、瞼を開くと空を見上げている。
彼女の周囲を旋回するように鳩が飛び回る。背景が夕暮れのような淡いオレンジになり、ディの周囲もそれが分かるように変化していたため、衣装と鳩の白い色が際立った。
ほんの少し感じる郷愁とともに。
「きれい」
父親に手を引かれていた幼子が天を指差し微笑んだ。
音はしないが、その様子はモノレールの乗客やゲートに集う人々の目を次々と釘付けにしていく。
どこからともなく感嘆の声が上がっていた。
白と淡いオレンジか繰り広げられるコントラストに目を奪われている人もいたようだ。
「ああ、凄いな。これが映像とは思えない。どんな技術を使っているのやら」
「どこのパビリオン?」
娘に訊ねられ父親が調べてみると「ジプコTDFパビリオンだそうだ」
「行ってみたい」
「最初はミネルヴァ館じゃなかったのか?」
「そこも行くけれど、あそこも行きたい。良いでしょうパパ?」
「そうだな」
父親がルートを再検討し始める。
当初の予定にTDFパビリオンは入っていなかったからだ。産業博覧会情報サイトの事前情報を見ると、軽食コーナーの評価が高かった。そのために昼食をはさんだトラッティンパビリオンへの繋ぎにしようと設定を始めていた。
「楽しみ~」
ゲート近くには巨大な黒のコングノリっとアマデウスや、白い白亜の巨城が立っているがそれを借景にしているように女神は立っている。
ゲート前の人々はそれを見て呟きや感嘆の声に溢れる。
それに呼応するように、各所で花火や光の線が浮かび上がっていく。
大きなバルーンを上げているパビリオンもあった。それらに先駆けるようにTDFは動いたし、他のパビリオンとの違いを見せつけようとしている。
これだけ大規模な映像効果を狙ったものはどこにもなかったし、昼間にこれだけ巨大な視覚効果を見せられるパビリオンは他になかったのだ。
あったとしてもこれだけ人の動きをトレースできないのである。静止映像がほとんどだったのである。
フィオーレはそれも計算するようにぶっつけ本番で効果を狙っていた。
宣伝広告に関してトラッティン行政府から各パビリオンへの厳守するように通達を当初から出していた。
広告や宣伝のための行為は各パビリオンと敷地内の上空のみに認められるというものだった(高さも塔より超えてはならない)。
それを超えての他所のパビリオンの領域を侵害することは認められなかった。
またムービングロードなどの路上、中央広場や塔と他の広場や空間を使っても同様。そして外壁とモノレール外装も使用も出来ないことになっている。
それを破れば大きな罰金が科されることになるのだった。それは簡単に破って良い様な額ではなかった。
それに即日支払いが求められたし、応じなければ現地時間一週間の営業停止処分が成される。そのために軍が出動するとの噂もあった。
これによって規制されていないモノレール駅のホームや宇宙港ロビーはポスター広告板のみならず視覚効果に訴えるような空間広告で埋め尽くされることになる。さらには端末へのガイド波が流されていて、中には違法なものもあったようだ。銀河保安局は現場での取り締まりに出ていたが、かなりガイドラインギリギリのものもあり対応に苦慮するものも多かったようである。
「映像ジャミング波、来ているよ」
パーンはフィオに伝える。
「来ましたか」待っていましたと言わんばかりである。「方角は分かりますか?」
「空間反射を使っていて特定されないようにしているね」
「予想した通りね。どこかで尻尾を出すかもしれないから、パーンはトレースを怠らないように」
「了解~」
緊迫感のない口調で答えている。
あらかじめ予想していたので対応が容易かったからというのもあるのだろう。ただ発信元を特定するのはかなり難しかった。
空間に投影した映像を乱すまた消滅させる方法として、この場合はドローンを飛ばして直接映像に突っ込ませて妨害することがまず考えられた。ただ方法としてドローンの大きさにもよるが出力が足りない上に短時間で相手のドローンなどに対処されることになる。しかも手掛かりが残りやすい。次にジャミング波を直接砲撃のように打ち続ける方法があるけれど、これは犯人の特定が容易くなる。そうならないようにするにはいくつかの空間板を生み出してそれを特定されないように動かしながら空間映像を攪乱するものである。ただし直線的でないため多くの板を使用すると波動が弱くなるという欠点があった。
ここまでの対応に五分近くかかったのはその反射板を設置するために時間がかかったからだと思われる。
「映像への影響が出始めている」シュルドが報告している。
「それも計算のうちです」
フィオーレは舌なめずりしているような口調だった。
白い鳩が数羽グニャリと歪んだように見えた。
ただそれが演出であるように鳩は様々な色合いや大きさのアゲハ蝶に変化していく。
巨大なディの大きさと対比すると五センチくらいに見えるだろうか。
二匹の蝶が花弁か髪飾りのように髪の上に止まり黄金に輝く髪に彩を付ける。
自然界には存在しないようない色合いをした蝶も混ざっていたが、花弁が舞っているようで綺麗だった。
ディが両手を広げると、オレンジの背景が消えて、蝶は青い空へと舞い上がる。鱗粉が日の光に金色に光っているようにも映る。
「ダイヤモンドダストみたい」
「寒くないのに不思議だね?」
開場時間には軍飛行場から飛び立った五機のアクロバット飛行チームが塔を中心に空に様々なスモークを吹き付けながら青い空を彩っていく。
会場の人々からはそれをディが演出しているように映ったかもしれない。
彼女は指先をタクトのように振りながら微笑んでいたからだ。
端末でその姿を映しながらTDFパビリオン館へと導かれるものも多かったという話である。
その演出に少なからず抗議の声が上がったが、トラッティン行政府のレギュレーションに違反するところは無かったため、おとがめは無かった。
観客にはディの姿が印象的に残ったのである。




