トラッティン産業博覧会⑧開幕 24-6
6.トラッティン時間 七時丁度
「機材チェックを始めよう」
第一層通信体験コーナーでオガワは言う。
彼でも緊張しているのだろうか、言葉が固く感じられた。
「了解しました」
ロイスが応えている。
三十席設けられていた通信体験コーナーの管理リーダーはロイス・カインズだった。キャスティがその補助にあたっている。ラインオペレーターのリーダー、オリエナや後方部隊リーダーのフィオーレと連携しながらここをまとめている。
初日はオガワがここへ担当に回っているので、ロイスは責任ある立場をオガワに譲っていた。
パビリオン総合管理者であるフィオーレが詰めている第三層のパビリオン管理室と連携することになるが、初日はトラブルなく成功させたいというのがオガワとロイスの想いでもある。
被験者となる通信体験ルームへの参加はネットでの抽選に当選した人しか体験できない特殊なものである。体験ルームで通信をおこなうものもトラッティン以外の星々の人もランダムで通信がおこなえるようになっていた。
マッチングや婚活とかで性格や趣味などを精査した上で組み合わせを決めるのではなくランダムで言葉を交わして心を繋げていくというディが提唱した試みであった。
体験ルーム初日はロイス、キャスティ、クルスとオガワで対応することになっている。全員が営業を経験しているわけではない。しかもハリューリから研修は受けていても緊張はしてしまうだろう。
このコーナーでは来場者の端末に送られているコードで確認しながら、時間帯ごとに区切られ集まった当選者を案内していくのである。
「初日だし、慣れないこともあるだろう。想定外の問題も起きるかもしれないが、声を掛け合い協力して頑張っていこう」
オガワが言うと、全員が頷いている。
その仏のような笑みに励まされていた。
宇宙体感ゾーンの初日はシンシマ、トモカネ、テーセが担当することになっている。
だが初日はローテーションの関係で実質的なリーダーはテーセになってしまった。指名されていたのはシンシマだったが、トモカネもシンシマもライブステージがあり、この場を離れることが多かったからだ。そのためにテーセは朝からテンションが高く張り切っていた。
このような配置になったのは宇宙体感ゾーンの案内は後方管制室制御によるドローンがゾーンの入場者の案内を行うためであり、二人が不在な時間はテーセが現場を取り仕切ることになっていたが、管理はゾーン入口脇のコンソールに座っているだけでよかったのである。
余程のトラブルがない限り、現場担当者が案内することも対応することも無かった。
それでも一時的であってでも現場責任者になることになるテーセ・ナルス・ツイングは張り切っている。
姉であるディがその様子を見て前日から心配していた。暴走してしまわないかと。
ディの担当は神樹ゾーンだったため、離れていて目が届かないところで騒動を起こさないか危惧していたのである。
何度も言うがゾーンの案内と説明は全面的にドローンによって行われる。家族であるなら家族で、クループや個人に対応するように入口から入場者へとドローンは配置されていく。体験席や宇宙空間の説明をドローンの設定がおこなわれることになっていて、このゾーンは後方管理もいるので無人でもよかったが、人的対応が必要になる可能性が少なからずあったため、最低限一人は対処可能なTDFメンバーを配置することにフィオーレはしていた。
ゾーンではプログラムを組むわけではない。
ディが居なくても大丈夫だろうとフィオーレが判断したのである。それでも心配なシンシマはノルディックにライブの時間帯に第二層体験ゾーンを中心とした見回りを頼むのだった。
「テーセ、大丈夫だろうな?」シンシマは訊ねている。
「まっかせて」コンパニオン服を着てテーセはミニのスカートを翻しながら一回転半している。
「だから心配なんだかな」
「問題ないよ。お兄ちゃんも来てくれるのでしょう? 説明や案内は問題ないからここは任せてほしいな」
自信満々にテーセは胸を張っていた。任されたことが余程嬉しいのだろう。
「だから心配なんだよ」
「なんで~」不服そうなテーセだった。
「今までの所業を考えろ」呆れながらシンシマはトモカネを見るがディへの配慮もあるのか、どっちつかずの表情だった。「トモカネ~」
「テーセならこなせるよね?」トモカネはテーセに問いていた。
「そんなに心配し無くても大丈夫よ。わたしだって成人しているのですからね」
自慢げにテーセは言う。
「それでも心配なんだよ」シンシマは言う。
それにトモカネも体験から頷いている。
「どうしてよ~」テーセは声を上げている。「わたしだって普通に対応できるよ?」
「日頃の行いですね」
トモカネはテーセに聞こえないように呟いていた。
「確かにプログラム班だけあって原理も内容も理解しているが、それでも心配で仕方がないんだよ。いくらフィオーレとディが認めていても」
「信用してよ」テーセは心外だと言わんばかりにシンシマにいう。
「だからノルディックに俺とトモカネがいない時間帯、重点的にノルディックに来てもらうように話を付けている」
「それなら嬉しいな」
「ノルディックに呆れられないようにしろよ」
「わたしの良いところを見せるんだから」
テーセは何度も頷いていた。
「テミッドさんからメールか来ています」
婚約者の名を告げ端末の着信音に反応しながら、クリスはフェリウスに報告している。
「あらあら。凄く人が集まっていますね」
「本当です。これは想定の混雑ですね。それにクリスの婚約者さんは開幕に合わせてパビリオンに来ているのですね」
「まさか初日に来ているだなんて、思いもしなかっただ」
「クリスはトラッティンだけでなくジプコ各支社に映像が届いていますからね。婚約者様も気が気ではないのでしょうね」
「どうしてでしょうか?」フェリウスが言う言葉が理解できないクリスは不思議そうだった。
どんな状況にあっても大らかなクリスである。
一緒に送付されている画像を覗き込みながらフェリウスとペリシアは、入場ゲート付近の状況を見ていた。
現地時間七時近くではあったが、数千人が入場待ちしている様子が伝わってきている。
フィオーレからは宇宙港の混雑具合と産業博覧会リニアモノレール駅での人の流れの渋滞を見せ始めているとの連絡もある。
ゲート付近の熱気は最高潮に達しようとしているようだ。
「凄いですね」
ペリシアは微笑んでいる。
この時点では他人事だったのだろう。
軽食コーナー初日はペリシアだけでなくフェリシア、クリスが配置されている。人員的に余裕があると思っていたが、彼女達は初日から激混みを体感することになるのだった。
フェリウスとクリスの宣伝広告の成果は上がっていたようだ。
「喜んで頂けたらいいですね」
「ペリシアの料理が人々に刺さらない訳がありません。リピーターは確実に出るはずですよ」
「そうなら嬉しいですね」
「絶対ですよ」フェリウスは拳を握りしめながら応えていた。
産業博覧会の運営からこの時点で通達が来ている。宙港からのリニアモノレールで早朝から臨時便を出して対応しているが、宙港にも各太陽系から直通の臨時便が出ていて、人が途切れることなくあふれかえっていた。
産業博覧会の名は宣伝効果もあり、銀河系中の人々に知れ渡ることになっていたようだ。
運営もここまで人か集まるとは思っていなかったのだろう。想定外の人手に宇宙港から輸送が臨時便だけでは追いつかず臨時のエアバスまで出すことになってしまった。
そのためにゲート駅が改札口だけでなくホームまで溢れそうになっていたことから、入場ゲートの開放を早めることにするのである。
各パピリオにその通達は届いている。
ゲート解放に対応できるパビリオンはトラッティン時間午前九時前に開場しても構わないように話を通す。各パビリオンの判断で開幕を早めてもいいとしていた。
それを聞いたフィオーレはゲート開幕時間に合わせて、パビリオンを解放すると各リーダーに通達している。
「ペリシアは大丈夫ですか?」
「営業時間は変えませんが、事前受付するようにいたしましょう」
混乱を少しでも解消しようとペリシアは下拵えをしていく。
ラインタイムだけでなくディナーにも対応できるようにしていたが、食材が足りるだろうか?
「間に合いますか?」クリスはペリシアに訊ねている。
「クリスは婚約者を迎えてくれるだけでいいのよ」
「それはどうだかと」
「ちゃんと私とペリシアに紹介して下さいね」
「分かりました……」気恥ずかし気にクリスは答えている。
クリスは覚悟を決めたようだ。
「利用してくれる来場者の期待に応えられるように、お料理を提供してきましょう」
ペリシアは微笑んでいる。
食材の追加発注をして対応しようとしているペリシアだった。
産業博覧会期間中、軽食コーナーはこの三人がメインとなって人々を虜にしていた。フェリウスが言う通りその味に惚れ込んだ客や地元の人々がリピーターとしてTDFパビリオンを訪れることになる。
地元の人の中には、期間中のフリーパスを利用しながら予約して、ペリシアのランチを会社全体に伝えている殉教者もいたほどである。
実に恐ろしきはペリシアのサンドイッチ用ソースであったと思われる。




