トラッティン産業博覧会⑧開幕 24-3
3.トラッティン時間 二時三十一分
ハウスから緊急の連絡が来たのは、フィオーレがパーンと映像プログラムに関して、高速コンピューター言語を使いサイバー空間で熱い議論を繰り返していた時のことだった。
白熱した意見に水を差されたためフィオーレの眉間に一本の皺が走っていた。それがロイス・カインズからの通信内容を見てさらに二本に増えるのだった。
「ハウスの敷地内に侵入者かぁ。あの手この手だよね~」
フィオーレの脇で状況を聞いていたパーンはクリスのようにのほほんとした調子で言うのだった。
緊張感がまるでない。
ディやアリエー、フェリウスがメディアに露出することで、彼女らの熱狂的なファンも増えている。どこから彼女達の居場所を知ったのかは分からないが、ハウスへと進入してくるものも増えた。
森の獣でないと判断されると、一次警戒ラインを超えて侵入した者には不法侵入であるという警告が成され、即時銀河保安局に通報が行く。そこで逮捕されて終わりのケースがほとんどだったが、中には第二次警戒ラインを越えようとする犯罪者もいる。
警戒に当たっているドローンや警備システムにジャミングを仕掛けてくるのである。
なぜ自分が犯罪者になっていることに彼らは気付かないのだろうか?
何らかの心理が働いているものだと思いたいが、ロイスには理解しがたかった。そこに正義など存在していないからだ。
今回の侵入者には明らかに破壊と殺意が存在している。
一次ライン突破とともに銀河保安局に通報は行っているが、侵入速度が速かった。人型であることは分かっていたので、軽量のパワードアーマーか医療用の補助外骨格を改造していると思われる。更には武装も確認された。
しかもフェイクな可能性もあるが、二方向から向かってきている。
それが分かった瞬間、ノルディックとアリエーがハウスを出て迎え撃ちに行くのである。彼らなりの決断ではあったとしても、その判断はあり得ない。
相手は人であって人でないのである。
生身で対処できるはずがないと思ってしまうし、それが普通なはずだ。
心配そうにディとテーセ、ホーカルが彼らを見送っているではないか。
『銀河保安局は対応しているのよね?』フィオーレは確認してくる。
「こちらに向かっていると連絡もありました」ロイスは答えている。
部長がいるにもかかわらず、その場にいるオガワだけでなくフィオーレに連絡を入れているのは、組織図的におかしいのではないか。
ロイスはフィオーレの隣にパーンがいることを知らない。
『分かりました。オガワさんは起きていらっしゃるのかしら?』
フィオーレの言葉は安心感があった。
「私の隣にいます。オガワさんと変わりますか?」
ロイスは彼の端末を部長代理のバーリー・リライアント・オガワに渡す。オガワは頷きながらそれを受け取るとフィオーレと話を始めるのだった。
上が冷静であると助かる。
ロイスから侵入者の情報を聞いたノルディックとアリエーは阿吽の呼吸でそれぞれ侵入者目掛けて走り出す。
アリエーは森が深い場所へと向かっている。
ノルディックの迎え撃つ方は陽動だろう。アリエーの相対する相手の方が隠密性が高かったからだ。それでも躊躇なく動いている。
お互いの得意が分かっているからこそできる判断だった。
ノルディック・ドリスデンは相手の気配に気付いた。
ただの侵入者ではない。
明らかにTDFに害を加えようとしているのが分かる。
先読みするのなら、相手を油断させながらハウスに近づき、ハウスを全焼または全壊させるつもりでいるのだろう。動揺を誘うために。
それが分かるからこそノルディックは気合を入れた。
道着こそ来ていないが、動きやすい格好はしていたし、すでに臨戦態勢である。
ディに見送られていただけにその笑顔を曇らせるつもりはない。
雑木林から現れたのは明らかに魔改造していると分かる外骨格を身に纏っている。ストーカーやパパラッチの類ではない。本来の外骨格は医療用に開発されたもので、従来の生活を補助するものだが、こうして改造することで犯罪や戦争に使われるケースも出ている。
ノルディックは雑木林を抜けてくる相手を迎え撃つように仁王立ちしていた。
ここから先は通さないと言わんばかりである。
「誰に雇われた?」ノルディックは問い掛ける。
外骨格を全身に装着した黒服面に訊ねるが、相手はノルディックの言葉は無視だった。
相手もノルディックのことは熟知していたのかもしれない。
「自分がしでかしたことは理解しているよな?」ノルディックは自然体で問い掛ける。「ただ済まないと理解しているのなら相手しやるよ」
ドリスデンの流派は組手が主体である。
それでもハイスクルー時代はメイ相手に刀や槍、長刀、小太刀を相手にしてきた。他流試合も場数を踏んでいた。
その言葉に黒服面は間合いを詰めてくる。人の速さの五割増しになるまでチューナップされている。パワードスーツでないのは、ここまで輸送と逃走を考えてのことだろう。パワードスーツであればエアトラックが最低限必要であるし目立ちすぎるからだった。軽装でも依頼を完遂できると考えていたと思われる。
黒服面は背負っていた棒状のものをランスに変えて、その刃に炎を纏わせると接近してきた。
素早さを過信しているし、相手を威嚇するなら十分な演出だろう。
「笑わせるな」
接近戦はノルディックの間合いになる。
彼自身踏み込んでいき、一気に相手の懐へと潜り込んでいく。
鋭い切っ先をかわすと肌に炎の熱さを感じる。メイの切っ先をかわし切れなかった時の痛みよりはマシだ。
その動きに黒服面はついていけなかった。
ノルディックは相手の片腕を掴むとバランスを崩すように引き寄せ、手刀を鳩尾に叩き込んだ。
抉るように捻れば内臓はぐちゃぐちゃだろう。相当のダメージがこの一発で入ったはずである。
パワードアーマーは関節部分を覗けば宇宙にも対応しているが、外骨格はそうはいかない。骨折や筋力不足を補うために生まれた技術である。全身を覆うものも軍関係には存在していたが、一般モデルは筋力が無いものの為の補助にしかなっていない。
そのために市販モデルは身体を覆っていないし隙間が各所にある。魔改造しても補えるものではない。
そこへと的確にノルディックは手刀を見舞う。
鳩尾だけでなく骨の覆っていない部分に三連発で見舞われている。
内臓にダメージを直接受けた操縦者は吐血していただろう。動きが鈍っている瞬間を見逃さずノルディックは意識を失わせるため下から掌底で顎を突き上げていた。
それは重い一撃である。
黒服面はなすすべもなくそのまま地面にひれ伏す。
あっけない結末だったが、一撃で決めるつもりでいたノルディックは未熟だと感じていたし、慢心していた相手の差であったと思われる。事前情報から警戒ラインはあってもドローン以外の防衛システムは無いと判断していたからだ。
遠くに銀河保安局のサイレンが見えた。ノルディックは気を落ち着けるように深呼吸を繰り返している。
「あら、すでに一機、撃破したようね」
フィオーレは満足そうだった。
『そうなのですか』ロイスは驚いていた。『ノルディックですか? アリエーですか?』
「ノルディックよ。ディを安心させてあげなさい」
『それにしてもよく分かりますね』
「都市機能は掌握していますからね」
『はっ?』
「気にしないように」フィオーレは言う。「行政府や銀河保安局の聴取があるでしょうが、それは開幕後にするように彼らには言い含めておきますから」
平然とした口調でフィオーレは言う。
すでに保安局にも行政府にも連絡積みであったのである。
赤く燃えるような瞳が獲物を狙っていた。
アリエー・ファムカは出自だけでなくその柔軟性な狩りからも異質な存在だった。本領を発揮するとその俊敏性や攻撃力は実際に体験したことが無くてもノルディックが恐れるほどである。
狩人として命を奪う行為に及んでいるから出来た差でもある。
瞬時に庭にある池に飛び込むと底にある泥を纏いながら、アリエーは森の出口で闇に身体を潜めながら敵が現れるのを待ち構えている。
泥のためにサーモグラフィに気付かれることが少なく周囲に溶け込んでしまっていた。
夜の狩りもやったことがある。
夜行性の動物を狩るためだった。
弓を構えていると、それは周りのことなど気にせず現れていた。相手は何らかのスーツを見に纏っているのだろう体温は調整していて森の植物と一体化しているように感じられた。
獲物は自分が狩られる側にいることを理解していないようだった。
精霊使いを舐めるなよ。
顔面に向かって一撃を撃つと、夜間であっても狙いは性格だった。彼女が放った矢は狙い違わず操縦者の右目に突き刺さる。
相手はゴーグルを外し右目に刺さった矢を抜きながら絶叫している。地面に転がり続けていた。
潜んでいた場所からアリエーは超硬質ナイフを使い外骨格の弱点を攻めた。
外骨格の重みを感じたのだろう。鈍ったところに手首や足首の腱を的確に斬り、身動きを取れなくしている。外骨格の小型動力の接続を切って操縦不能にすると、転がり続けている操縦者の腹に蹴りを入れると黙らせた。
そして喉元をかき切らなかったのはホーカルに言われていたことを理解していたからだろう。そうでなければ問答無用で狩っていた。
野生に還らずに、人類側に居続けられたのはホーカルのおかげだった。
正当防衛が認められる範囲で、問答無用に痛めつけ動けなくしている。
狩人としては獲物に人格などなかった。
証人が必要だったら、優しいノルディックが生身で捕られてくれているだろう。だからこそ容赦はしなかった。
興奮状態のままアリエーはハウスに戻ってくる。
それを宥めすかし眠らせるのが婚約者であるホーカル・ジェイスキンの役目だった。
血まみれになっていたアリエーを浴室へと連れて行き、興奮状態の彼女を落ち着かせる。優しく包み込むように返り血を泥とともに拭っていく。
鬣のようになっている髪を洗いながら、ホーカルはアリエーの耳元で囁いていた。
「ここは森じゃない。獲物も敵もいないんだ。分かるな?」
その言葉に顔を赤らめながらアリエーは頷いている。
「よし」ホーカルはアリエーにキスをする。「なら緊張を解け」
深いくキスを強いる。
お互いを求めるように。
「ホーカル、愛していている」
狩人からホーカルに意識が戻ったアリエーはホーカルを求めていた。
それに応えながらリフレッシャーで彼女の身体と心を整えると、ベッドへと誘うのである。
『終わりました。アリエーとノルディックが侵入者を制圧してくれています』
「当然です」
フィオーレはアリエーとノルディックがその場にいてくれたことに感謝している。
本人たちの前では言わなかったが。
『フィオーレはどこまでこの状況を想定していたのですか?』
「可能性は排除していませんでしたが、あからさまにここまで仕掛けてくるとは思いませんでしたよ」
本音を言う。確率の問題だったが。
パーンには見破られているが虚勢を張って言う。
『そうでしたか。オガワさんは起きていたメンバーに軽く説明しながら、休むように言っています』
「ロイスもこの後休みなさい。本番まであと六時間しかないのですからね」
『理解しています。私達の始業まで二時間もありません』
「大変かもしれませんがリフレッシャーを使わなくてもいいくらいに、体調を整えなさい」
『フィオーレの方はどうなのですか?』
「心配無用です。パーンもいますからね」
フィオーレはロイスに心配かけないように朗らかに応えていた。
『分かりました。それではパビリオンで』
こちらの事情を察してくれるロイスにフィオーレは感謝しつつ通信を切った。
これも嫌がらせだろうが、そんなものにTDFは屈したりしない。
背後関係や今回の件の依頼者は察することが出来ても、そこまでたどり着くのは銀河保安局でも無理だろう。
どこかでトカゲの尻尾切りがおこなわれてしまうだけだ。
彼らはたとえ襲撃が失敗しても、TDF側に恐怖を植え付けると踏んでいるはずだ。いつ起きるか分からない襲撃に怯えなくてはならない。その恐怖心やストレスは途方もなく離反者生むのではないかと。
そんな状況に陥らせたりはしない。今回の件も事前に目は積んでいて、大半の者は就寝していた。事件を知ったとしても鉄壁の守りがあると理解してくれるはずだ。
動揺など起きるはずがない。
開催期間中はハウス周辺の警備はさらに強化する。もともとこのような襲撃事件はパビリオンを宣伝する過程で起きると予想していたから、誘うようら警備の穴を作っていただけに過ぎない。仕掛けてくるのならこちらも報復すると言うことを見せつけてやろう。
「さあパーン。やっておしまいなさいな」
「フィオ、はしゃぎ過ぎ」パーンは呆れていた。
この飽和攻撃のプログラムも事前に準備していたのだろう。楽しそうだった。
「この程度のしっぺ返しに感謝なさい」
ライトアップされていた漆黒のピラミッドが夜の闇に埋もれてしまったことを確認してフィオーレはほくそ笑んでいた。
本人曰く、朝までには不具合は解消されるだろうと言うことだった。
ただ自分たちがどんな相手に喧嘩を売っているのか、その意味を分からせるためである。
相手もこの時間では驚いているだろう。
それでも追撃の手は収めるつもりはなかった。相手が隠しているのならこちらも名乗らず引っ掻き回せばいいとフィオーレは言っている。
「代償は高くつくものなのよ」
彼女は不敵に笑うのだった。
産業博覧会開幕まで六時間余りになっている。
心の中では秒読み開始になっていた。




