トラッティン産業博覧会⑧開幕 24-1
1.開幕当日(トラッティン時間)零時十八分
トラッティン産業博覧会開幕まで、惑星時間で十時間きっていた。
銀河標準時間で宇宙歴三百六十年八月一日。
トラッティン時間では七月七日、その日、産業博覧会は開幕を迎えようとしていた。
発表当初は関心が薄かったトラッティンの住人達も産業博覧会のメディアの露出とともに盛り上がりを見せている。惑星トラッティンの銀河系への各太陽系の玄関口である宇宙港は人々の往来が日に日に多くなり、観光客がビジネスマン以上に増えていた。
宇宙港ゲート正面と首都ラザルナシティ中央官庁街とアーケード商店街の間の広場に建てられたモニュメントとマスコットキャラクターが開幕までの時間を刻一刻ときざんでいっている。
数十分前までは前夜祭ということで行政府と商店街が主催するイベントやパレードも行われ、すでに訪れている観光客などをもてなし楽しませていて、開幕前を盛り上げるのであった。
パビリオン内第三層の管制データ集積室ではフィオーレ・カテイエスは忙しなく手足の指先を動かし続けている。髪も後ろで邪魔にならないように長い金の髪は結い上げられていて、そこにはいつもの優雅さは微塵も無い。
パビリオン内にはミタグラ社の副社長を含めた数人のスタッフ以外、残っていなかった。
内装関係は三度の設計変更にもかかわらず彼らが間に合わせてくれている。
現場責任者のヤマネ副社長とミタグラ社技術スタッフが残って最終調整をしているのは念には念を入れてのことだった。
「フィオ、それ終わりそう?」
パーンが突然、声を掛けてくる。
出入口の扉が開いたわけではない。セキュリティの為、厳重にロックを掛けていたはずだ。またパーンは天井か床のメンテナス口から入ってきたのだろうか?
パーンを見張っているように指示していたクリスとフェリウスの目を誤魔化してきたのだろう。
明日の準備のために早朝から準備させるつもりであったため、メンバーはすでにハウスに戻らせ休憩をとらせていた。
「誰にものを言っているのですか」
強い口調でフィオーレは部長に答えている。
「寝ていないんじゃない?」
「先ほど一時間休憩をとりました」
「そうなの? 指先が動いていたけれど?」
まるで見ていたかのように言う。
「妖精さんが仕事をしてくれていたのよ」
平然とした口調でフィオーレは答えている。
「その割にしっかりとしたプログラムだったよ?」
「それならば良かったわ」
パーンの流れに乗せられないようにしているフィオーレだった。
彼女は四つのモニターを展開していたし、足元もせわしなかった。黒のストッキングも脱ぎ捨てている。
普段のフィオーレからは考えられないほどエレガントさに欠く。
「それぞれプログラムの色があるからね。フィオの色は分かっているよ」
「あなたって子は」フィオーレは苦笑する。
個人個人でプログラムは個性が出ているのは分かっているが、色で例えられるとは思ってもいなかった。彼が人とは違う視点で人を識別してくるのは相変わらずだった。
パーンはフィオーレの隣に腰を下ろすと自らのコンピューターを展開し始める。
モニターの数は三枚だった。それでも前置き無しの全開でフォローを始めている。
「リーダーとしての責任を感じているのは分かるけれど、ちゃんと休憩と睡眠をとらないと心配されるよ」
「私が無理のない範囲でしていることです」フィオーレは譲らない。「それにそっくりそのままその言葉をあなたに返すわ」
「僕はちゃんと休んでいるよ?」
「どこがかしら? 三徹目なことはお見通しよ」
「フィオには敵わないな。でも公開可能な範囲にはなっているんでしょう?」
本当ならパーンも一週間前にはトラッティン入りさせて管理下に置きたかったが、彼が秘書とともにトラッティン入りしたのは四日前だった。
ただそうなってしまったのはフィオーレが最新式の使用可能なパーツや集積回路が市場に出ると、すぐにパーンに取り寄せさせパビリオンに導入させたからである。無茶振りも良いところだった。
取引がなかったメーカーでも良いと分かれば彼女は強引にねじ込んでいたし、そのためのプログラム変更も起きていたのである。
「私的には納得していないわ」
「それはこれからのブラッシュアップで証明していきましょう」
「あなたはお気楽でいいわね」
「お気楽でしょうか? メンバーが頑張ってくれているのです。その機会を逃さないようにするのが、僕の務めですから」
「だったらクリスを泣かせないようにしなさい」
「フェリウスよりはマシになったと思うけれど?」
「フェリウスはクリス以上に頑張ってくれていましたよ。キャスティがいてくれたから負担が減っただけです。逃げられなかっただけでも感謝しなさい」
フェリウス以前、秘書七人に立て続けで逃げられていたパーンは頷く。
「フェリウスにもクリスにも感謝していますよ。僕のわがままに付き合ってくれているのですからね」
「それが分かっていて、なんで泣かすのかしらね?」
「嫌なものは嫌なんですよ」
事も無げにパーンは言う。
生理的に嫌だったから逃げていたと言いたげでもあった。
「部長職を引き受けたのですから、それは覚悟なさい」
「分かっちゃいるけれどね」
「泣かせていいという言い訳にはなりません」
「そうだね~」
「それから次のプログラムランク試験でパーンはSランクを受けなさい」
「嫌だよ。これ以上目立ちたくない。それに面倒」
「その技量があるのよ。目立ちたくないのは分かりますが、TDFにおけるあなたの立場を考えなさいな。ちゃんと実力を示して、親の七光りだとか、その権力を使って美女を集めているか言われないようにしなさい」
「それでいいよ。実際にTDFを創設したのも両親の力を使ってだし」
「そこで諦めないようにしなさい。それだけ私たちも肩身の狭い思いをしているのですからね」
「そうかな? メンバーの実力は示せていると思うけれど」
「あなたが実力を示さないから、TDFが他よりも格下扱いされているのでしょう」
「え~っ。僕が示さなくても、メンバーが本社だけでなく銀河中に示してくれているじゃない。それでいいと思うんだけれどな」
「裏方に徹しているつもりかしら? 部下任せでいい訳が無いでしょう。胡坐をかいているという誹りをパーンは受けることになるのよ」
「かまわないけれど?」
「何で自分のことには無頓着なのかしらね」
「それはフィオと同じだよ。トラッティンに来てから縁の下の力持ちを演じ続けているし、メンバーのフォローに回っている」
「当然でしょう。私はリーダーですし、現場監督ですからね」
「それに気付いているのは何人いるんだろう?」
「気付かれない方がいいけれど、オリエナやノルディックは理解しているようね」
「だったらもっと表立ってもいいんじゃない?」
「それはあなたにも言えることです。Sランクに受かって実力を示しなさい。それかTDFの発展につながります」
「繋がるのかなぁ。僕個人としてはひっそりとしかったけれど」
「目立つことばかりやっていて、どの口が言うのかしらね」
「そうかなぁ」フィオの皮肉にもパーンはどこ吹く風だった。
「ショールームや秘書課から引き抜き出向は本社でも話題になっていますよ」
「それはフィオがメディア露出させるからでしょう」
「宣伝には必要なことです」
「フィオのおかげでクリスまで人気者になってしまったじゃないですか」
「クリスにもそのポテンシャルがあったということです」
クリスはフェリシアとともに生中継で地元番組に前夜祭レポートでも出演している。その前には地元放送局の特番に直前レポートが放送されていて、生出演で会場中央広場から塔に入りレポートして開幕直前の会場と前夜祭を盛り上げていた。それが系列だけでなく銀河系中にネット配信され視聴者にアピールしている。
明日以降も開幕直後やその後のアフターレポーターにも採用され、出演依頼を受けていた。人気もうなぎ上りであり、ジプコTDFパビリオンの演出にも一役買ってくれているのである。
フィオーレにとってこれは嬉しい誤算でもあった。
計算だけでは分からないものもあるということである。
「秘書業務に支障が出ているんだけれど、どうしてくれるの?」
「そんなこと一ミリも思っていないくせに」フィオーレは呆れたように言う。「それにどうもしません。新しい秘書が決まらないあなたの人望がないだけです」
「ああ、それは認める。でも変なことをやっているつもりはないんだけれど?」
「パーンは自分の行動の特殊性をちゃんと認識することから始めないといけませんね。有能性を見せつけるためにもSランクを取って、親の七光りではない自分の姿をさらしなさい」
「それでクリスに代わる新しい秘書、来てくれるかな?」
「それは私にも分かりません。パーンの思考も行動も完全について行ける人間が現れるかどうかはね。なにせレイスィアやマリカも呆れていましたからね」
「それは残念」
「笑い事ではありません」ピシャリとフィオーレは言う。
「僕のことはフィオが理解の及ぶ範疇で、みんなを纏めておいてよ」
「簡単に言ってくれますこと」
「フィオは完璧ですから」
「お褒めいただき感謝いたしますわ」
「ねぇ、フィオも緊張している?」
唐突にパーンは訊ねてくる。
「していないといったら嘘になります」口数が少なかっただろうか? 態度では示していなかったはずだ。
「良かった」
「何がです?」フィオーレはパーンを睨みつける。「私も人類ですよ。公開直前であれば緊張くらいします」
「僕も緊張しています。指先が冷たいですから」
「そう言う自己分析が出来るのでしたら、もう少し自分を大切にしなさい」
入社以来無理しすぎなのは知っている。
「もっと素のフィオを見せたらいいのに」
「私には私のイメージがあります。それを崩さぬようにメンバー鼓舞するのも私の役割ですからね」
「さすがフィオです」
「馬鹿にしているのかしら?」
「とんでもない」パーンは笑っていた。それがどちらのものか判断がつかない。「弱みを見せないのも分かりますが、無理はしないでいて下さい」
「無理はしていないわ」
それはフィオーレが被り続けてきた大きな猫でもあり鎧だった。それを今更外すつもりはないらしい。
「それならパーンの方が心配ね。ちゃんとストレス解消しているのかしら?」
「していると思うよ」
「ならノルディックに負担を掛けていない? 可哀そうよ」
「人類最強ですから問題ないかと?」
「ノルディックだって人間なのよ。負担を掛けないようにしなさい。ディやテーセが寂しそうよ。持って行かれてしまったって」
「それは気付かなかったな」白々しい口調でパーンは苦笑していた。「でもあの二人を交えると会話の流れが止まってしまうからね」
「パーンとノルディック独特のやり取りですからね。それでも気を付けなさい」
「あれだけちゃんと返してくれる真面目な人はノルディックしかいませんからね」パーンは真顔で言う。「それでも配慮します」
「あまり無茶しないようにやっていきましょう」
「開催期間は長いですからね。それでもフィオもノルディックも乗り切ってくれると信じています」
子供らしく年相応にパーンは微笑んでいた。
フィオーレは頭を撫でたくなるのであった。




