開幕間近 ~行く人、来る人 23-9
9.知る人
ディの逸話も聞いていた。
採用当初の研修で秘書課に配属され、そのまま秘書課に採用される予定であったと聞く。実際に会ってみて、彼女が『天使』と称される所以が分かったように見える。
本当に人をとろけさせる様な極上の笑みだったからである。
マリカには出来ないと思った。
「レイスィアさんがTDFを恐れているのが分かったような気がする。個性的よね」
「個性で済まされないように気がするわ」
「お兄ちゃんはマフィア相手でも素手で立ち向かうのよ。ノアではお兄ちゃんよりでかいロボットを投げ捨てたいって言うのよ。見たかったわ」
「本当なの?」フェリウスも初めて聞いたのだろう。驚いていた。
「ロボットを投げ捨てたのは事実だが低重力かだから出来たことであって地上では無理だ。それにマフィア相手に無双はしていない。テーセは誇張しすぎだ」
ノルディックは慌てて言いつくろう。
「でもわたしを守ってくれながら、マフィアに立ち向かっていたもん」
「素手では限界があったけれどな。それにテーセが程よくあいつらを引っ搔き回してくれたから出来たと思うぞ」
「わたしたちいいコンビだよね」テーセは白い歯を見せ笑っている。「格好いいんだから。お姉ちゃんたちにはあげないよ」
テーセはフェリウスやマリカを見ながら言う。
「私は気にしていないので」
「それはそれで残念だよ。お兄ちゃんの良さが伝わっていないようで」
マリカの言葉にテーセはガッカリしていのが分かる。
「マリカは理解してくれていますよ」
「またお話ししましょうね」
フェリウスはその場を辞しながら。クリスの元へとマリカを案内する。
「ご無沙汰しています」マリカにクリスは直ぐに頭を下げている。
今年の一月に本社に異動してきて、秘書課はフェリウスから秘書研修を任されたのである。
秘書課にいたのはたった三日だったが、平民で更には田舎気質丸出しな子で心配してしまう。言葉遣いも姿勢も秘書には向かない子だし、おどおどしていたこともあり続かない無理だと思えてしまっていた。
純朴で素直な性格だったので、そこが救いだったが。
それでもなおフェリウスがすぐにTDFに引き戻されるのでは思った程、心許なかった。
「お元気そうですね?」
たった一日である。彼女をマリカが指導したのは。
「お世話になりました」大げさに頭を下げている。
「貴女も成長できているのですね?」
「それは分かりませんが、フェリウスや秘書課の方々のおかげで、今まで来ています。ご指導ありがとうござまいす」
「クリスはね。今は婚約者が故郷にいるの。新しい秘書官が決まれば、異動で故郷に戻る予定なのよ」
「それはおめでとうございます」
「お世話になった方々もいますので、いまこの時に秘書が決まったとしても今年度中はTDFに所属するつもりです」
強い意志を示す。
クリスにとってもTDFは大切な場所なのであろう。
「部長秘書が決まったら戻ってもいいのにと言っているのに」
「フェリウスもいますから私もやり切りますし、仕事もきちんと引き継ぎたいです。それに秘書としてではなく同僚としてフェリウスといれるのが嬉しいです」
先輩後輩という間柄だけでなく深いかかわりになっているとマリカは感じる。嫉妬してしまうほどに。
「そういえば、フェリウスと一緒に映像に映っていましたよね?」
「えっ?」すぐに地が出てしまうのも変わっていない。「見ねえでけろ~」
本当に恥ずかしいのだろう。顔が真っ赤で背中が丸まっていた。
「クリス。そんなに慌てないの」フェリウスは軽くクリスの背を叩く。
「ジプコの全支社にまで広報フィルムは行き渡っています。貴女とフェリウスを知らない社員はいないのではないでしょうか」
「三度目の撮影依頼が来ているのですからね」
「本当ですか」驚いたようにクリスはフェリウスを見つめている。
「嘘ではありません。開幕直前レポートだけてなく開幕した後の状況を伝える話も来ていたようです」
「フェリウスとなら嬉しいですが、私にそれが務まりますか? マリカさんがいるのなら、レイスィアさんでもいいのでは?」
「私はクリスとならやるつもりでいますよ」
「勿体ねぇだ」
クリスの手をフェリウスが取ると彼女は強く握り返してくる。
「何を言っているのですか」
「だって私なんかよりもマリカさんやレイスィアさんの方がこのような場は慣れているでしょうし、映像映えしますよ」
「そうかもしれませんが、私とならとクリスが引き受けてくれた仕事ですよ。トラッティン放送局の方々も私とクリスを指名してくれています。だから一緒にやっていい思い出にしましょう。クリスはもっとやれる子ですし、撮影に挑んでくれますよね?」
「が、頑張ります」
「良い後継者をフェリウスは持ったのですね」
フェリ以外心許せる相手がいないマリカはうらやましかった。
「後継者でも同僚でもありません。クリスは私の掛け替えのない友達ですよ」フェリウスは訂正する。「クリスと知り合えたことが私の幸せでもありますから、当然です」
フェリウスはクリスを抱きしめながら微笑んだ。
「私よりもですか?」マリカはフェリウスをまじまじと見つめる。
嫌な質問をしてしまった。
「比べられるものではありません。こんな私にマリカは手を差し出してくれたのですから、マリカも親友ですよ」
「ありがとうございます」マリカは小首を傾げ笑い掛けてくる。
「フェリウスとマリカさんは同い年ですか?」
雰囲気が似通っているとクリスは感じる。
「マリカの方が私よりも銀河標準年で三つ下よ」
「そんなに?」同期のようなものだと聞いていたが、それほど差があるとは思っていなかった。雰囲気が似ていたからなおさらである。
「私が頼りないだけだし」フェリウスは微笑む。「マリカは飛び級しているし、在学中に弁護士免許を取得しているの。物凄く頼りになるわ」
「そんなことはありません。ただ一ヶ所だけが秀でていただけにすぎません」
「本当にマリカは優秀ですから頼りにしています」
「別次元で凄すぎます。秘書課の方々も凄い方が多いのですね」クリスは頷く。
「そうですね」マリカの言葉にフェリウスも頷いている。
「因みにレイスィアさんは私よりも銀河標準歴で五つ上になります。シェロンヌさんと秘書課立ち上げのメンバーなの」
「そこにはフィオーレさんもいたそうよ」マリカは付け加える。
「本当ですか?」クリスは目を丸くしている。「でも秘書も似合いそうというか、こなせる人ですよね。彼女は素晴らしくできる人ですから、憧れます」
フィオーレがいたなら完璧に秘書の役割もこなしているように見える。
「そうだったらしいわね」フェリウスも頷く。「ただシェロンヌさんから聞いたけれど、フィオーレは一ヶ月の研修期間で秘書の仕事が飽きたそうで、完全燃焼できる部署を求めたと聞いています」
「フィオーレさんならいいそうな言葉よね。徹底的にレイスィアさんをコテンパンにのしてさらに嫌がるほどウザ絡みした後で秘書課を出ていったと聞くわ」
「ウザ絡みですか?」理解できないクリスはキョトンとしている。
「今みたいな光景が日常だったみたい」マリカとフェリウスは生暖かい目でフィオーレとレイスィアを見ている。
レイスィアは色々とフィオーレに挑んでいるようだが、連戦連敗であるようだった。
残念なものを見るようにその姿を見る。
「例えそうだとしても、今のレイスィアさんを見ていると、人間味があって親しみやすく感じてしまいます」のほほんとした口調でクリスは言う。
クリスは何も考えてはいないようだったが、それでもその言葉はフェリウスとマリカに突き刺さっていた。
「クリスは分かっていますね」
「何も分かっていないですよ?」
「私の見る目がなかったと思ってしまいます」マリカは頷いている。
「何がでしょう?」
「研修でのクリスを見て私はすぐに辞めてしまって、フェリウスがTDFに戻されてしまうと思っていましたから」
「フェリウスが私を励ましてくれましたから頑張れました。フェリウスがいなければ私もすぐに諦めていたかもしれません」
何度もフィオーレだけでなくTDFメンバー以外にも、先輩であったフェリウスにクリスは泣きついていた。
「それなら私がいた意義もあります」フェリウスは微笑んでいた。
「私は私の見姿にコンプレックスがありました」クリスは告白するように言う。「アンバランスで他の人に見劣りすると思っていましたが、そんな私をTDFの皆さんは暖かく見て下さりました。だから少し自信が持てたのだと思います」
「立派ですよ」
「ありがとうございます。こんな私が秘書を続けられたのは、皆さんがいてくれたおかげなのだと思っています。みっともない姿を見せていても常に励ましてくれたからこそ、今の私がいるのです」
「嬉しいですね」目尻には涙をフェリウスは浮かべている。
大らかな言葉が胸に突き刺さる。
「だから、レイスィアさんのあのような姿を見て私は微笑ましいと思ってしまうのかもしれません。失礼すぎるかもしれませんが」
「ちゃんと秘書課が機能するようにフィオーレがお膳立てしてくれたようなものなのよね。シェロンヌさんの話からすると。本当かしら?」
「レイスィアに訊いても、そんなことはないと言い切るだろうし、フィオーレさんも教えてくれないのではないかしら」マリカは言う。
「誤魔化されて終わりかもね」フェリウスもマリカの言葉に頷く。「残念だわ」
「そんなことはありません。レイスィアさんは人間味があっていいではありませんか。私は最初の頃のレイスィアさんは知りませんが、今のレイスィアさんは素敵だと思えます」
クリスの素直な言葉に、マリカもフェリウスも微笑みながら頷き合ってしまう。
「そうですね」マリカは頷いている。
「それらの話からすると本当にフィオーレは面倒見がいい方ですよね」クリスは言う。「私も助けられました」
クリスの言葉にフェリウスもマリカも頷いていた。
「フィオーレはTDFの皆さんを引っ張る力があります」
「物理的にもね」強引な話の持って行き方も見ている。「ただそれに気付ける人も多くはないと思うわ」
レイスィアを見ているとそう思ってしまう。
「そうでしょうか?」クリスは酒に酔っているのかポヤポヤとした顔で言う。「それでも幸せに向かっていますよ」
「全員ではないと言うことよ。『おかん』のようだと気付いている人もいるけれど、理解しないまま生きている人もいるでしょうからね」
「なるほど。それに気付けたのなら行幸ということですね?」マリカはフェリウスに訊ねる。
「私が変われたように、マリカもTDFでかけがえのないものか見つけられると思う」
フェリウスは力強く言ってくれていた。
本当に大切なものを見つけることが出来るだろうか?
「フェリがそう言うのなら、ここで頑張ってみますわ」
「きっと見つかるわよ」
フェリウスは微笑んでくれてマリカを強く抱きしめるのだった。
<第23話了 24話へ続く>




