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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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開幕間近 ~行く人、来る人 23-7

 7.教えられる人



 レイスィア・エリオット・マル・コリオ・ドゥワイユは太陽系エリオットの出身で太陽系国家を取り仕切る貴族一族のひとつであるドゥワイユ侯爵家の長女として生まれた。

 元々優秀であったが、次期当主としても教育を受けていた。特に剣術には長けており質実剛健に育つ。第四宙域のフェンシングの大会では優勝したこともあるそうだ。

 騎士見習いもしていたということで、口調の硬さはその頃からの癖であるという。

 その頃から高貴な血筋と物静かなことから『氷の令嬢』『鋼の令嬢』と噂されていた。

 黒く長い髪は後ろできっちりまとめられていて性格が出ていて、セルリアンブルーの瞳がその性格の真っ直ぐさを物語る。身長も百八十センチと高く鍛えていたこともあり少々肩幅がありがっしりとした体格で鋭い瞳は威圧感がある。

 百六十二センチしかないマリカと並ぶと親子ほどの差があった。

 物静かなのはただの口下手であるか故である。

 シェロンヌの話から今ほど自分を表現できて話せるようになったのはフィオーレにウザ絡みされるようになってからだという。

 普通にノックして中へ入り挨拶すればいいのに……。

 マリカは心の中で頭を抱えながら入室すると、お腹の辺りで手を合わせ、背筋を丸めないように挨拶する。

 銀色のサラサラの髪が流れるように揺れる。

 後ろの三人のうち二人は見知った顔だった。フィオーレの右側に二人、フェリウスとデュエルナがいたのである。

 フェリウスはマリカに向かって微笑んでいる。

 彼女もレイスィアの様子に呆れているのかもしれない。

 出鼻を挫かれたせいか、レイスィアは少しギクシャクしたような感じで挨拶していた。

「本社で放逐されていたから、野生化したのかしらね」

 フィオーレのそれはわざと聞こえるような呟きだった。そこにはあからさまな侮蔑の言葉か含まれていた。

 優雅さと風格を漂わせフィオーレ・カテイエスは微笑んでいる。

 どちらが貴族であるか分からないし、その立ち姿は魔王を思わせるものである。

「そ、そんなわけあるものか」

「ずいぶんと遅れての到着ですこと。二ヶ月前には来てもらえるように準備していましたのに」

「貴様がこちらに面倒な仕事をこちらに振ってよこすからだろう」

「あらそちらにはシェロンヌや課長がいらっしゃるでしょう。十分ではありませんか?」

「それは私が手間取ったせいです。申し訳ありません。カテイエス様」

 マリカは進み出ると丁寧に謝罪の言葉を述べる。

「余計なことはしなくてもいい」

 その言葉にマリカは小さく首を横に振る。

 このまま話を進めても相手の術中である。墓穴掘るのは誰の目にも明らかだった。あと三秒遅れていたら、フェリウスも間に入っていただろう。

 そんな視線だった。

「良い後輩を持ったようですね。レイスィアも」

「当然だ」

「よろしいでしょう」

 マリカを見つめながらフィオーレは頷いている。矛先を納めてくれたようだが、その冷たい視線に冷や汗が止まらない。

 こんな圧の中でフェリウスは仕事をしているのだろうか?

 レイスィアが魔王だといっていたことも分かるような気がする。

「私はフィオーレ・カテイエス。現在はTDFパビリオンのリーダーを務めさせていただいています。よろしくお願いします」

 再び優雅にカーテシーをとる。

 格の違いを見せつけられているようだった。

「レイスィア・エリオット・マル・コリオ・ドゥワイユだ」

 胸に右手を当て帯剣しているような姿勢で彼女は挨拶する。

「マリカ・ミズキ・ハルナです。よろしくお願いします」

「貴女方二人は、これから私の傘下に入ってもらいます。よろしいですね? 担当はパビリオンのコンパニオンとなります。第一層のリーダーは」

 フィオーレは左手に控えている四十代くらいの笑顔が素敵な深緑髪の女性を紹介する。

「ハリューリ・ヴィクトラムです。本社ではショールームで課長を務めさせていただいています。第一層のお二人の指導も担当いたしますのでよろしくお願いします」

 人懐っこい笑みで笑い掛けてくる。

「それから二人は紹介する必要がないかもしれませんが」

 フィオーレの右手に控えていたディとフェリウスが進み出る。

「お久しぶりですレイスィアさん。マリカさん。デュエルナ・ネルミス・ツイングと申します。若輩ですがフィオからは第二層の指導担当を命じられましたのでよろしくお願います。ディとお呼びくださいね」

「ようこそTDFへ。レイスィアさん、マリカ。同じく第二層軽食コーナーの説明担当になりましたので、精一杯案内を務めさせていただきます。よろしくお願いします」

 二人が来てくれたことが本当に有難く感じてしまう程に、にこやかな笑みだった。

 フェリウスはレイスィアとマリカに業務用のタブレットをそれぞれ手渡す。

 この人選はTDFに溶け込みやすいようにしてくれる配慮なのだろう。

「すでにパビリオンのコンパニオンを担当する者全員が来場者を案内できるように仕上げています」

「な、なんだ。このデータ量は?」

 マリカと彼女に配られたタブレットに映し出される情報量にレイスィアは驚く。

「貴女なら覚えきれますよね?」フィオーレは圧のある笑みを投げ掛けてくる。「二ヶ月前には来て欲しいと連絡を入れていましたのですからね」

「だったら、これらのデータを先送りしてくれても良かろう」

「社外秘なデータもありますので回すことが出来ないのもありましたし、つい先ほど出展が決まった商品もございます。日々動いているのに情報交換を無視したのはそちらですわよね?」

「無視など」

「軽視していたのかしら? すぐに対応できると」

「そんなことは無い。だがすぐに対処して見せる」

「そうでないと困ります。では早速ハリューリさん。よろしくお願いします」

「はい。今日はまず座学になります」

「これからか?」

「当然です。時間が勿体ないですからね」フィオーレが手を叩くと後ろの三人はキビキビ動き始める。「ディは着替えたら私とパビリオンに戻りますからね。フェリウスはどうします?」

「二人を部屋に案内したら、そうですね。ハリューリさん、座学はどちらで?」

「リビングを予定しています」

「そうですか、皆さんのお茶を準備して案内したら、私もパビリオンに戻ります」

「分かりました。そうね。貴女もパビリオンでの準備があるでしょうから、ノルディックを迎えに寄こします」

「一時間くらいですかね。それまで準備しておきます」


「マリカ、久しぶり」

 指定された部屋にマリカを案内し二人で中に入ると、フェリウスはマリカを抱きしめる。

「フェリも元気そうですね」

 マリカは二人の時だけ親しみを込めてフェリウスのことをフェリと呼ぶ。フェリちゃんと『ちゃん』付けの時もあるくらいだった。見た目は同年代でそれぞれの惑星年での数えは同じだったが、それを銀河標準時に換算するとフェリウスの方がマリカより三つ年上なのにである。

「それにTDFに馴染んでいるように見えます」

 ジプコ入社秘書課配属もフェリウスの方が年度をまたいで半年ほど早かったが、それはフェリウスの大学方が早く卒業式を行っていただけで、ほぼ同期と言ってもいい間柄だった。

「当然ですよ。ここは私のもうひとつの居場所ですから」

「そうですか。ここでの対処方法を教えてくださいね。レイスィアさんは当てになりませんので」

「レイスィアさんは物凄く残念がりそう」

「初手から間違えていますから問題外です」完璧な人だと思っていたからなおさら残念過ぎた。

「う~ん、手厳しい。でも本当にフィオーレが苦手なのだなと思う。普段なら毅然としているのにね。でもマリカはフィオーレに気に入られたようだから、問題ないのでは?」

「そうなのかしら?」

「気に入らなければ徹底的にやり込められているわよ。初顔合わせで投げつけられた人もいるのよ。従順になるまでね」

「本当に?」それは驚きだった。そんな過激な人には見えなかった。

「フィオーレは人によって対応を変える方ですから、注意深く見ていると分かりますよ。それにマリカはあのレイスィアさんへのカバーも良かったのではないかしら?」

「それなら良かった」

 ホッと胸を撫で下ろしていた。

「でも初めての場所だから心細いよね。今晩は歓迎会になると思うから、その時にメンバーやハリューリさんのことを教えてあげる」

「頼もしいわ」

「そうかしら。私はみそっかすだから、必死でやらないとダメな立場なので、それで頑張っているだけよ」

「本当に貴女も変わらないわね」マリカは吐息を漏らす。

 出会った時からフェリは本当に自己評価が低かった。

 確かに能力的に見れば平均よりできる程度なのかも知れないが、それでも他の多くの人たちより出来る才能は持ち合わせている。確かに秘書課でもTDFでも超が付く人たちばかりかもしれないが、フェリよりも下の人たちも多く存在しているのである。

 もっと自分を讃えもいいのではと思ってしまう。

 マリカ自身得意分野はあるが、それが目立っているだけで、フェリよりも見劣りするところは多々あるのである。

 ただそれを指摘しても、尚コンプレックスなのだろうフェリは自分を卑下し続けている。

「そんなことないわ。誰もフェリのことをここではみそっかすだなんて言わないでしょう?」

「言われないけれど、泣き虫だって思われているわね」

「泣き虫?」

「それが私のTDFでの付けられた通り名よ。部長に逃げられては泣いて、他所で嫌味を言われては泣いていた。悲しい時だけでなく嬉しい時も散々TDFの皆さんの前では泣いていたから」

 フェリと出会ったばかりの頃は互いに感情表現は豊かではないと感じていたからなおさらで驚きである。最初に顔合わせをした時は同族嫌悪なところがあってフェリを好きになれなかった。でも彼女の生い立ちを知ると手を取らずにはいられなかった。

 この気持ちは単なる同情からではないと思いたい。

 私はフェリのように家族から疎外され、抑圧された環境下で育ったわけではないからだ。心を殺してまで笑顔を張り付けなければならなかったなんてあり得ない。

 マリカにとって家は牢獄であっても、家族に愛されていた。その期待に応えようとして、周囲の奇異な視線や圧力に耐え切れず心が壊れてしまったことは認めるが……。

 そんな心の傷が分かるからこそレイスィアもシェロンヌもジリアンもフェリを可愛がりたいのかもしれない。

「信じられない」

 秘書課に戻って来てからのフェリの表情は自信にあふれていたし、笑顔が素敵になっていた。心から笑えているように見えてくる。それまで以上にスムーズかつスピーディに仕事をこなしているし、プログラムに関してもシェロンヌやジリアン以上に詳しくなっていた。

 課長の補佐も出来るほどになっている。

 同類だと思っていたマリカからすれば水をあけられた気分だったのである。

 だからTDFというところに興味が沸いた。

「本当のことよ。歓迎会ではシンシマやレイストにはそのことで揶揄われるでしょうから、彼らに訊いてみるといいわ。私のして欲しくない恥ずかしい話まで出てくると思うから」

「そんなに?」

「枚挙に暇は無いわね」

「それから迎えの人は大丈夫なの?」

 ただそこへ行こうという気持ちにはなれなかった。

 レイスィアが『魔窟』と呼んでいることもあるし、悪い噂の絶えなかったところでもあるからだった。フェリにランチに誘われたこともあったが、怖くて頷けない。

 あの臆病なフェリが行きたがるのに。

 だから外で会ったことがあるのもフェリを先輩と慕うクリスくらいだった。

「迎え? ああノルディックのこと? マリカも噂を信じているのですか?『狂犬』なんて噂はデマですよ。ものすごく優しい人ですから、会えば分かります。心配する必要はありませんよ」

「な、ならよいのですが」

「本当に良い人たちですから、マリカもすぐに馴染めるし、歓迎会の時には分かると思うわ」

 ここで長話とはいかず、荷物をおろしたマリカと部屋を出るとレイスィアに声を掛けてリビングまで案内する。


 ハリューリも着替えてショールームの制服に着ている。

 それが彼女の戦闘服でもあるのだろう。

 こうして向かい合わせに座ると別室でお客様対応されているように感じてしまう。

「改めまして、接客と第一層の商品管理を任されています。ハリューリ・ヴィクトラムです。銀河標準時で四十になりましたのでここではオガワさんに次ぐ年寄りになりますが、気軽にハリューリとお呼びください」

「二人に接客は必要ないのでは?」フェリウスは訊ねる。

 お茶を準備した後、時間に余裕があったのでハリューリの講義を聞いていた。

「姿勢とか挨拶は問題なさそうです。ですが問題は言葉遣いですね」

「そんなにか?」

「その口調です。レイスィアさんは私でも惚れてしまいそうなくらい漢らしいですが、尻上がりに強い口調で会話を終わらせることが多いです。それでは顧客を威圧しているようですので、もう少し柔らかく話をして下さい。あとはマリカさんですが、言葉に抑揚が無い時があります。物静かな話し方に聞こえますが、心と感情が乗っていない証拠でもあります。私たちはセールスや挨拶すべてに気持ちを乗せ心からの言葉をお客様に届けなければなりません」

「わ、分かった」レイスィアは笑顔の圧を感じて言い直す。「分かりました」

「はい。よくできました。マリカさん?」

「気を付けます」

「よろしくお願いしますね」

 小首を傾げながら笑みを絶やさずにハリューリは対面の二人に話しかけていく。

 ハリューリはタブレットを手に商品の説明を二人にしていきながら、マリカやレイスィアにモニターに映る商品やオーディオ商品をどのように顧客に案内していくのか訊ねたりしている。

 勉強になると心の中でフェリウスはメモをとっていた。

 ハリューリの『変』がここでも発動しているのだろう。普段とは違うアプローチから、レイスィアやマリカの説明や考え方を聞きだしながら、生徒でありながらお客様でもある様に指導していったのである。

 フェリウスはノルディックから端末に連絡が来たので、その場を辞した。

 パビリオンで今日の歓迎会の下準備をしているペリシアを手伝に行くのである。


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