開幕間近 ~行く人、来る人 23-6
6.来る人
ジプコ本社内で秘書課の設立の話が出たのは銀河宇宙歴三百五十二年初頭である。
ジプコ本社ビル社長室に社長秘書官マグナ・ベン・ライクストン(当時銀河標準歴三十歳)は呼び出されていた。
何を無茶振りされるのだろうという冷めた顔付きだった。
「ライクストン。秘書課立ち上げを命じる」
「なぜ?」
社長イザンの言葉に食い気味に率直に訊ねている。
意味が分からない。
「必要になったからだ」
「だから、なぜ?」理由が説明されない限り頷くつもりはない。
「ライクストン君は俺の秘書になって五年になるな」少し砕けた口調になる。「そろそろ部下の必要ではないかと思ってな」
「確かにジプコも大きくなりました。通信系の大手にのし上がり、さらにコングロマリット化を目指しています。忙しいのは分かりますが、私一人では不足ですか?」
「お前さんが俺だけでなく会長らのスケジュール管理をしてもらっている。ここまで手広くなり我々がそれぞれ動くとなると一人では難しくなるだろう?」
「問題ありません」
「お前も本当に頑固だな」
「社長ほどではありません」
「お前の管理能力に疑問はいだいていない」
「美女秘書官でも侍らせたくなったとか?」
「お前は俺を何だと思っている?」
「頑固、鬼、色々な通り名があます」
「美女とか若い子など最初から期待していない。同性愛主義者でもないからな」
「それは助かります。後ろを気にしないで済みます」ニヤリと笑う。「それではなぜ?」
「理由を説明しないとダメか?」
「私にも主義主張はありますので」
「私の懇意にしている方々の中には上流階級ともいえる人がいることは知っているよな?
そうだ貴族とか財閥とかそういった連中だ。二人から同時に娘を頼むと言われてしまったんだよ」
「頼りにされて良かったですね」
「他人事のように言うな。貴族と政治家だぞ。その大事なお嬢さんに下々の生活に馴染ませたい。よろしく頼むと言われたらお前ならどうする。ライクストン」
「私なら断ります」
「そんなこと出来る訳が無いだろうが!」鬼の形相でライクストンをイザンは睨む。
「それは残念です」あくまで他人事だった。「成績が酷いのですか? 裏口入社させるほどに」
「逆だ。超優秀で非の打ち所がない。しかも美女と来ている」
「それはそれは」ライクストンはニヤリと笑う。「他のお手付きになる前に囲ってしまえと」
「言い方。なんで俺が手出しすることが前提なんだ」頭を抱えてしまう。「一般部署になんて預けて見ろ、大混乱が起きるかもしれないし、よそから圧が掛かるかもしれん。大切なお嬢様を危険な目には合わせられないだろう」
「そうですね。好色な管理職も多いでしょうし、ハラスメントに発展する可能性がありますね」
「だからお前に頼むんだよ」
「家柄もよく。彩色兼備。護衛が必要なレベルですね。私がお預かりしてもいいのでしょうか?」
「お前は能力主義者でありも常々人の能力と美は一心同体と言っているだろうが」
「そうでしたね。理解しました。私の理想の場を作れと言っているのですね?」タブレットに転送されてきた二人のデータを見ながらライクストンは言う。「確かに才色兼備ですね。この二名を元に立ち上げを?」
「実はもう一人いる。会長からも話が来ていてな。会長の親戚筋の娘さんも加えて欲しい」
「分かりました」
社長直々の辞令が送られてくる。三人目のデータを見ながらライクストンは頷く。
これが茨の道に繋がるとは彼も思っていなかったようである。
ジプコ本社には様々な部署がある。
特殊性からもその代表格とされているのがパーン・ロス・ヘルメナスの両親である会長夫婦とイザン社長の専属である『秘書課』の面々だった。
銀河宇宙歴三百六十年現在、課長のマグナ・ベン・ライクストンを含め六名が所属している。
高貴な血筋で淑女な彩色兼備が集う男女ともに憧れる課であるとしてその名を本社内に轟かせていた。
以前からスケジュールを管理する会長や社長専属の秘書はいたが、八年前に貴族の出であるレイスィア・エリオット・マル・コリオ・ドウワイユ(現在銀河標準歴二十五歳)と銀河連邦でも著名な政治家を親に持つシェロンヌ・ミリアム・ド・ワイズマン(銀河標準歴二十四歳)を採用して以来、高貴な血筋とその有能さを活かすためにイザン社長の命でライクストン課長の下で新たに新設されたのが秘書課だった。
ライクストン課長もイザンに見出されているが、歴史ある高貴な血筋のお嬢様や銀河系でも有数の財閥の娘を囲っているとされ、美人揃いにもかかわらず彼女らに手を出していないこともあり、やっかみもあったことから本社裏サイトでは『宦官』と仇名され、年齢も三十を超えていたにもかかわらず童顔だったので『ベビーフェイス』という有り難くない俗称までもらっているのである。
彼女らは有能さだけでなく美女ぞろいであったため、紳士淑女サイトでは双璧と並びトップ三十位内に全員が名前を連ねているほどである。
TDFが目立ち始める以前の秘書課はジプコ本社では注目の的であったと言えよう。
ライクストン課長はどんなに取締役達から圧力を掛けられようと、下世話な目でしか課員を見ていない連中から彼女らを守ろうと必死になり、貸し出しや彼らの専属になることが無いように抵抗し続けている。
それは社長だけでなく会長の後押しがあったからこそである。
その方針を変えざるを得なかった事態が起きてしまった。
社長の強い要望でフェリウス・アーク・アウゼンのTDFに出向させてしまった一件である。
出向としたために他の部からや常務、専務からの圧力は強まっていく。
圧に抵抗しながらなんとか彼女を秘書課に戻せたが、フェリウスの強い希望から再び長期に彼女を出向させることになってしまう。
更には二名の派遣要請までTDFから出されてしまっていたのである。
秘書課から三名が抜けても回せる自信はあったが、それでもライクストンからすれば不本意だった。
しかもフェリウスだけでなく秘書課ナンバーワンであるレイスィアとフェリウスの後輩であるマリカを指名してきたのである。これは許されざる事態でもあった。
抵抗も空しくトラッティン産業博覧以下開催期間中、両名を出向させる事態になってしまったが……。
レイスィアは深いため息をつく。
宇宙旅客船のファーストクラスの座席に身を委ねながらである。
「本日。三千九百六十五回目のため息です」
レイスィアの隣でリクライニングしているマリカ・ミズキ・ハルナは残念そうに彼女を見ていた。
普段は堂々としているのにこの体たらくである。
マリカ自体はTDFのことは、秘書課では半年だけ先に本社に就職していたフェリウスから伝え聞くことだけしか知らない。部長さんのことや忙しさなど大変そうではあっても、悪い噂の方が多いし、フェリウスが紹介してくれる方々は多少の癖の強さはあっても面白いし良い方々だったと思う。
特殊性は理解しつつも、それがどの程度のものか分かっていなかったこともある。
悪い噂もあるし癖の強い面々ではあるが、能力も高い人たちだからだ。だからレイスィアがこれほど忌み嫌うのが分からない。
「それほど嫌であれば、断ればいいですのに。シェロンヌさんなら代わってくれましてよ」
「そうはいかぬ」拳を握りしめ目を見開きながら言う。「指名されたのだ。あやつから逃げるわけにはいかぬ」
「ならば堂々として下さいまし。あなたは秘書課のリーダーなのですから」
「それはすまないな。ただため息の数まで数えているとは思わなかったぞ」
「私の特異性でもありますのでご容赦ください」
「分かっているが、私事であるから申し訳ないな。それにフェリウスがあやつらにいじめられていないか心配だ。そうであれば私フェリウスを守ってやらねばならぬ」
「そのようなことはないとフェリウス本人も言っておりますでしょう?」
「この目で見ぬ限り分からぬ」毅然とした口調で言う。
相変わらず騎士道というよりは武士道精神が出まくりなレイスィアであった。
そんなイメージは今のフェリウスからは微塵も感じられないのだが、出向当初の彼女の惨状がいまだに払拭できていないのだろう。フェリウスを妹のように溺愛しているからなおさらのようだ。
レイスィアはTDFというよりは、その中のフィオーレ・カテイエスと相性が悪すぎたのである。当時の様子を知るシェロンヌはプライドの高い彼女がフィオーレに徹底的にやり込められたと聞いている。更にはウザがらみされたと。
「シェロンヌさんから申し渡し事項として聞いています。フィオーレ様のことですよね? フェリウスは大変お世話になったといっていましたよ」
「そのようなことは分からぬではないか。脅されている可能性すらある。あやつならそのような陰険なこともやりかねん」
「本当にお嫌いなのですね」マリカは呆れたように言う。
「そういうことになる」レイスィアは深いため息をつく。「どんなに努力しようとも奴に勝てぬことが私は悔しい」
プライドの問題もあるのだろう。
悔しそうに秘書課リーダーでいつもなら毅然としているレイスィアがうな垂れていた。
銀河は広すぎる。想定外の人物に出会うことは覚悟していたが、完璧な超人とみていたリーダーが叶わない人物がいると言うことがマリカには信じられなかった。
実際にマリカ自身、フィオーレ・カテイエスに会うまでその能力値の高さを理解することが出来なかったのである。いや彼女だけではないTDFに集った人々は秀でた能力を持っている者達が多すぎる。自分が矮小に感じてしまうくらい凄かった。
マリカ・ミズキ・ハルナは古くは惑星アーサスの政治家を祖とした一族の出だった。
しかし一世紀ほど前に惑星アーサス以外の開拓された惑星を政府に売りわたし、太陽系の政治から身を引いていた。飽きたし疲れるという理由からであったとされる。旧家として名と影響力を残しながら惑星アーサスの経営のみの隠遁生活をしていた。
アーサスの現当主の四女としてマリカは生まれ、淑女として育てられ高等教育を受けている。大学生だったにもかかわらず十五歳で弁護士免許を取得しているほどの才女だった。
政治家への再進出かとも言われたが、真っ直ぐな性格で融通がきかないこともあり、本人もそう感じていたのだろう。腐敗した政治を嫌いさらには政略結婚も嫌だったので、ある程度の家からの自立を目指して一般企業への就職を望んでいた。
マリカは懇意にしていたワイズマン家のシェロンヌの紹介もありジプコ秘書課に採用されている。
法務関係にはめっぽう強く弁護士免許も大学に在学中から取得しているため、会社でもその分野で自分を活かしている。TDF絡みでは直接顔を合わせていないが、グランダー3の命名権の管理や最近ではゴシップ記事の提訴などを手伝っている。
銀髪であるが故に西欧系に見られがちだが、名前の通り東洋系で和装が似合う。本を持って窓際に座ろうものなら物静かさもあり深窓の令嬢としてもてはやされたことであろう。
落ち着きがあるように見えるのはそういうふうに教育されてきただけである。
時折抑圧されたものが噴き出してきそうで、そんなドロドロとした心の内を見るのが嫌いだった。
「マリカは何を望むのかしら?」フェリウスにそう訊ねられたことがある。
最初は何のことか気付かなかったが、それが抑圧された自分を指していることを知ると彼女に掴みかかっていた。フェリウス自身もそういった環境で生きてきたことがあるから分かるのかもしれない。
「ここなら自分を出せるから」
そう励まされたが、いまだそれは分からないままだった。
「待たせたな!」
扉を勢いよく開けると、強い口調で中へとレイスィアは入っていった。
キャスティに連れられてハウスに入ると、指示された部屋へと向かったのだが、道場破りでもするような感じであるとマリカは心の中で頭を抱えながら思ってしまう。
「ようこそTDFへおいで下さいました」
白のブラウスに緋色のロングスカート。その生地を掴みながらフィオーレのそれは見事なカーテシーだった。
その後ろでパビリオンの白い小さなキャップを被った白に三色のストライプが入ったコンパリオン姿の三人の女性がお腹の当たりて手を合わせて挨拶をしている。
「「「ようこそTDFへ」」」
それこそ見事な挨拶だった。
勢いを付けて相手のペースに乗らないようにするつもりでレイスィアは入室したつもりだが、見事な挨拶と出迎えの前に逆に出鼻を挫かれている。




