開幕間近 ~行く人、来る人 23-5
5.変な人
「ハリューリ課長は案内や会話がお好きなのですね」
フェリウス・アーク・アウゼンは微笑みながら話しかけている。
フェリウスを含め、ショールームから派遣されていた五名の所員とともにハリューリの後に続きながらキャスティとともに勉強させてもらう。彼女は私たちに見られていてもそれが普通であるかのような振る舞い気軽にクロカワとハスガヤを案内しているように見えた。ただ案内しているだけなのに指し示す商品にはスポットライトが当たっているように輝いて見える。更にはそこだけ華やいでさえいるように感じられてしまうから不思議だ。
商品の説明をするだけでなく会話のキャッチボールをしながら相手の興味を引き出していくのである。これは真似できることではない。
相手が嫌悪する直前まで踏み込んでいたからである。
会話のバランスを心得ているとしか思えない。絶妙のバランスだ。
自重は無かった。果敢にジプコ商品をアピールするのである。案内という域を超えているような気がしてたまにハラハラしてしまう。
悪い人ではないのだが、ただの案内では済まなそうなので、推進課の二人に迷惑を掛けていないか気掛かりでもある。
「そうね」ハリューリは破顔して頷く。「満足♪」
「それにしてもなぜあの水筒をお勧めしていたのでしょう?」
家電コーナーを案内していた時にハリューリは急に足を停めて、ハスガヤに向かって説明を始めていた。
「話しかけてみたりして何か必要なものは無いかを探っていました」ハリューリは目を細め微笑んでいる。「キッチンやリビングを模したコーナーを見せていた時にあの水筒に目が行っていましたから、興味があるものだと思って説明してみました」
「そんな瞬間ありましたか?」あの場面を思い返してみながらフェリウスは訊ねる。「色々なものに視線はいっていたかもしれませんが」
記憶力は良い方である。それでも気付けなかった。
「僅かな動きですよ。それでも小型の携帯電子ポットに目を止めていましたから」
「私は気付きませんでした」
「営業目線だったからかもしれませんね」
神業である。もっともらしくハリューリは言っているが信じられなかった。
「課長のクロカワさんは料理など無縁なのでしょう。奥様任せなのでしょうか、キッチンなどのものには興味が無いようでした。レジャー用品などがあったらお勧めできたかもしれません。アウトドアに少しだけ反応してくれていましたから」
「それも気付いていませんでした」
「ハスガヤさんは保温や保冷時間を気にしていましたし、職場でお使いになられるのでしょう。充電時間も短くて持ち運びにも便利で、ある程度容量のあるものがお勧めできたので良かったです」
「そこまで会話から拾っていたのですか?」
フェリウスはあの時の会話を思い出しながら訊ねてみる。確かに性能などは訊ねられていたが、用途や容量などの話はしていなかったはずだ。
「そうですね。お一人暮らしなのでしょう。今回は最初からグッズ類のお返しとして差し上げたかったので、ちょうどよい小物が見つかってよかったです」
「なぜハスガヤさんに?」
「彼女がグッズの提供を提案してくれていたのでしょう?」
「そうですが、お話ししていませんでしたよね?」あれはサプライズのつもりだった。
「お二人話し方から推測してみました」
「は、はあ……」
あとでポットの件も含めてハスガヤに聞いてみようとフェリウスは心の中でメモをとっていた。
「小型のマルチコピー機を勧めていたのも?」
「あれば行政府でも便利そうだと感じたので、お勧めしてみましたよ」
リスクや他の機種と比べての欠点なども説明して、それでもクロカワやハスガヤが導入の検討を考え始めていたので本当に契約してしまうのではフェリウスはドキドキしながら三人の会話の流れを見てしまっていた。
「行政府が絡んでいるので即決には至りませんでした」残念そうなハリューリだった。「ですが希望的な観測になりますが、二台ほど購入していただけるのではないかとも感じましたね」
「預言ですか?」
「あくまで私が思っただけです」ハリューリは楽しそうだった。「ハスガヤさんに希望のものを渡せてよかったですよ。それだけで満足ですね」
「本当に楽しそうに案内されていました。本当にお好きなのですね」
ハスガヤは端末で支払いをしそうになっていた。
その彼女を押しとどめてプレゼントしたのである。お客様第一号として。
簡単にできることではない。
「好きですよ。ショールームでの仕事は天職だと思っています」
「営業部にも戻れるのではありませんか?」
「営業方針の違いです。私はお客様が求めるものをお客さんに寄り添って様々な商品をお勧めしたいのです、売りつけて利益を求めるのではありません。ちっぽけなもので安物かも知れません。会社としての利益は少ないでしょうが、それでも手にして喜んでもらいたいのです。会社のための営業は私に出来そうにありません。私の営業精神は会社の上層部が求めるような結果とは違っています」
「理想ですよね」
お客様に寄り添える。言葉に出来ても実行できるものではない。
「新人の頃、営業の先輩には相手とは仲良くなるな。そこから付け込まれることになると教わったことがあります。値引きとかしたくなるし、してくれと言ってきたりするようです。情が移るとかとも言われましたよ」
ハリューリは苦笑する。
「ドライにやった方がいいと言うことでしょうか?」
「高価なものを勧めた時に罪悪感に繋がりますからね。一緒に教えられながら営業していた時に、先輩の営業の邪魔になるのでしょう口を挟むな相手に話しかけるなと言われたことがあります。売りつけ利益を求めるならそういう関係の方が売り込みやすいのでしょうかね。それに必要以上の会話を好まないお客様もいます。それでも私はお話をしながらそこから相手の求めているものを見極め判断しながら相手も納得するような説明がしたいですね」
「そうですね。参考になります」
「私のやっていることはあまりお勧めできません。本当ですよ。これは私なりのやり方ですから、参考程度にしていただけますか」
微笑んでいるが、苦笑しているようにも聞こえてしまう話し方だった。
「確かに私には出来ないことも多いですが、それでも私もそれにならってやってみたいです」
「ありがとうございます。観察眼とかはこの際ですから開催期間中に養ってみてください。キッチンの方でも役に立つと思いますよ」
「そうですね。努力してみます」
「私がこういう対応が出来るのは私が『変』であるとからかもしれません。私と同じようにすることは難しいかもしれませんが、それに近いことは出来ると思っていますので、可能な限り説明させていただきます」
「よろしくお願いします」
秘書の仕事以外でもその後の人生に役に立つことがここでも学べるとフェリウスは感じているのである。
「本当にハリューリさんは楽しそうなので羨ましいです」
「きついこともありますよ。最初から喧嘩を吹っかけてくるような顧客もいらっしゃいます。とある言葉をきっかけに豹変したりする人もいますし、クレーマーは数知れません。飽食の時代だからでしょうか、頭のネジが吹っ飛んだ方もいますから、フェリウスも気を付けた方がいいです」
「避けようはありますか?」
「逃げられない時もあります」
「そうですか。難しいですね」
「どのように乗り切るかです。周りも助けてくれると思いますから大丈夫ですよ」
「よろしくお願いします」
「私は『変』ですから、助けになるかどうか。私がもしハラスメントとかに遭ったとしたら、きっとやられ損はしたくないのでその場で何かを売りつけてしまうかもしれませんね」
「そんなことが出来るのですか?」
「分かりませんが、そうする可能性もあるかもしれません」
その言葉から絶対にクレーマー相手に営業もしていると感じてしまう。
「それにクレームを付けてくると言うことは興味があると思ってもいいのではないかと、言葉の裏側を探ってしまいます」
勿論謝罪させうっ憤を晴らすことや金品を要求することもあるだろう。言いたいことだけって帰る客だっている。
「裏側ですか?」
「ただやり過ごすのではなく耳を傾ければ、そういった声も聞こえてくるかもしれません。まあ難しいかもしれませんし、それこそ理想論ですね。私の戯言だと思って下さい」
「『変』だからですか?」
「良い答えだと思います。私が二十年掛かって辿りついた心境がそこに凝縮されているのかもしれません」
「さらに二十年後にはもっと進化しているかもしれませんね」
「そうであればいいですね」ハリューリの眼差しは真剣であるようにも感じられる。「だからこそショールームに私の生き甲斐なのかもしれません」
フェリウスの問い掛けに心境を吐露しているハリューリだった。
どこまでも真剣に答えを求め悩んでいるのだろう。
「今こうして体験していることが、何かの役に立ってくれるのなら、それは他人から見れば無駄ことであっても糧になって欲しいですね」
「無意味な時間ではないと感じられるようにしたい」
願望であり、それこそ理想論だったが。




