開幕間近 ~行く人、来る人 23-2
2.見送る人
「寂しくなります」
ディは見えなくなってしまったメイとカーズの姿を想いながら懐かしむように呟いていた。
「まあ、あれだけメイと仲良くなるとは思わなかった」
「最初はわたしたち値踏みされていたけれどね」テーセは呟く。
メイの視線にテーセは気付いていたようだった。
「そうなの?」姉は不思議そうに妹に問いかける。
「あきらかに警戒していたんだよね」
「すまないな」
ディやテーセとの関係が本社内で噂されているのなら、メイも警戒するだろう。
「例えそうだとしてもよく話しかけてもらえましたし、可愛がってもらえましたから、大丈夫です」
「まあメイは裏表がない奴だしな」
「良い方ですよね」
「まあそう思ってくれるならいいが、あいつらもにぎやかしだったからな。それでも同じ本社所属だ。すぐにまた会えるさ」
「そうですね。メイさんに会えて私の知らなかった世界が見えたような気がします。だから次に会えるのも楽しみです」
「わたしは会いたくないな」テーセは笑う。
本心からではないのだろう。ただ好きな人が持っていかれたことが悔しいのかもしれない。嫉妬から。
「私はお会いしたいですよ。ノルディックのお話をもっと聞きたいですから」
「それはオレの方が勘弁してほしいな」
「その話ならわたしも聞きたいかも」テーセも頷いていた。
「何でそうなる?」
「それはね。格好の良いお兄ちゃんが知りたいから」
「格好よくなんかないぞ。それに聞いていても楽しくなんかない」
覚えていたとしてもノルディックにとってそれらは過去の汚点も多かった。聞けばもだえ苦しみたくなるネタが数多くあった。若気の至りと言ってもいい逸話ばかりではなかったのである。
「それでも知りたいよね。ねっ、ディ姉?」
「そうですね。私の知らないノルディを知ることが出来るのは嬉しいです」ディは微笑む。「私はメイさんの言う学祭前夜の雰囲気も学祭も体験していませんので」
「えっ?」ディの言葉にノルディックはハッとする。
「私はハイスクール一年の時以来サークルには所属していませんでしたし、縁遠かったので、そういう体験はしていません」
「ディ姉がサークルに所属しようものなら大変なことになるからね。一度だけ大学のダンスパーティに参加したことあるんだけれど、会場に行っただけで大変なことになったの」
「エスコート役になるだけでも、凄い倍率だろうな」争奪戦を想像しながらノルディックは頷く。
「エスコートはわたし」ニヤリとテーセは笑う。
「成程、そうきたか」
「秘密裏に行ったつもりだけれど、会場に入ったとたんわたしたちを見て会場内の雰囲気が物凄いことになっちゃって、すぐに退散したの」
相当ディの容姿は目を引いたのだろう。
「あの時はごめんなさいね」
「わたしもダンスパーティなんて見たことないから、体験したかったけれど」
後でテーセから聞いたけれど、男性からの視線がすさまじかったらしいし、女性からも嫉妬や羨望の眼差しがあったという。
それはいたたまれないな。
「そうか」
「私に今の作業状況がどのような感覚のものなのかメイさんは教えてくれました。全員で協力しながらまとめ、作り上げていくこの楽しさがここにはあると」
「そうかもな。パビリオンは仕事ではあるけれど、ひとつのものをみんなで作り上げていくのは学祭やパーティで出展物を仕上げてくのと変わらないかもしれない」
「やり遂げたという達成感があるそうですね。楽しみです」
「開幕直後にも味わえるが、本来の達成感はそれが終わった時だけれどな」
四ヶ月以上先の話である。
「そうなのですね。楽しみがもっと増えました」拳を握りしめると屈託のない笑顔でディは言う。「それからメイさんに別れ際に『負けないし、やらない』と言われました。どのような意味があるのでしょうか?」
ディの問い掛けに噎せ返ってしまったノルディックだった。
確かに別れ際にディに耳打ちしていた。メイはこっちをニヤニヤ笑いながら見ていたし、キョトンとしながらディはその話を聞いていたようだ。
「ま、まあ、メイなりのライバル宣言じゃないかな」
「ライバルですか? それがどのようなものなのか分かりませんが、メイさんに認めてもらえたのなら嬉しいです」
感情の内側までは理解できていないようだったが、ディは微笑んでいた。
隣にいたテーセが微笑みながらノルディックに肘打ちしてくる。
もてる男はつらいねとテーセの目や口はそう言っているようだった。それが照れ臭かった。
「私は今の時間を大切にしたいです。この時間がいままで体験できなかったことを私に教えてくれるのであればなおさらです」
「学祭準備なんてそんな楽しいものではないぞ、二徹、三徹は当たりまえだし……どんな些細なことでも笑えてしまうくらいハイなテンションになっていたからな」
「それでも楽しい思い出ですよね。どのように無茶苦茶なことであっても私も体験してみたかったです」
「床に寝ていたこともあるし、そんなにいいものではないぞ?」
「私もテーセももっとあなたとの時間を作りたいのですよ」
「だよね」
テーセが頷くとノルディックは苦虫を噛みしめながら黙ってしまう。
「まあ仕事だと思うと大変だけれど、趣味の延長線上だと思えば、これだけ好きなことが出来るのならどんなに身体がしんどくなろうと、いい思い出になるものなんだろうな」
「今更なのかもしれませんが、それでもTDFの皆さんと体験できるものすべてが嬉しいです。隣にノルディがいてくれるのですからなおさらです」
「楽しいよね」テーセも微笑んでいた。
「そうか」ノルディックはテーセの頭を撫でる。
テーセは大学時代もハブられたりしていたようだから、仲間との時間を過ごしていなかったのかもしれない。
「時間が足らなくて何度も無茶をしたし、プロフェッサーや事務局の人たちにどれだけ無茶な交渉したか分からない。作業中でもメンバーの議論は続いたし纏まらず喧嘩もした。失敗したことも多いから本当にいいことばかりではない。それでも今思えば未熟でも心残りもあったがいい思い出だ」
「懸命に努力する瞬間が楽しいのですよね」ディは微笑んでいた。
本当に今が楽しいのだろう。何もない心に何かをもたらすことが出来たのなら、それは良いことではないかとノルディックは思ってしまうのだった。
「それならいいが」ノルディックは照れていた。「さて、戻るか」
「そうですね」
「メイちゃん絶対にやってくるからね」
メイとカーズを見送るとパビリオンへ戻る三人だった。




