開幕間近 ~行く人、来る人 23-1
1.帰る人
トラッティン産業博覧会開幕まで、あと十五日になろうとしている。
それまで無関心のように見えた地元の人々も産業博覧会のメディアの露出とともに関心を示し、惑星全体が徐々に盛り上がりを見せつつあるように感じられた。
惑星トラッティンの銀河系への玄関口である宇宙港や人々の往来が多い首都ラザルナシティ中央官庁街とアーケード商店街の間に建てられたモニュメントとマスコットキャラクターが開幕までの日数を示し、カウントダウンを始めていた。
宇宙港のロビーは二か月前と比べてみると人の往来が増えているのが目に見えて分かるほどである。その盛り上がりは銀河系中に広がりつつあり、トラッティンは注目を集めていく。
その盛り上がりをよそにこの時期はTDFメンバーにとっては追い込みであり、慌ただしく時間が過ぎていくのである。
すでにメディアに公開できるにいたるまで仕上がっているけれど、開幕式当日の演出や更なる展示の完成度を求めて現場監督のフィオーレ・カテイエスはメンバーを鼓舞し続けていた。パビリオン内の施工はミタグラ社の尽力もあって、ここが正念場、胸突き八丁まで来ている。
それはメンバー以外の助っ人たちの粉骨砕身があったおかげであると言えた。
疲労の色は隠せなかったが、パビリオンに関わっている人々は頑張っていた。
メンバーだけでもなんとかなっていたかもしれないが、当初の予定以上にパビリオン内でのイベントや公開の幅が広がったため、期間中のみならず前段階で手伝ってくれたメンバー繫がりの者達の貢献があったからこそここまで仕上がってきているのである。
良いものを作り上げたい。それがパビリオンに携わる人々の願いでもありました。
アリエー繫がりだった第四宙域ASCから派遣されていた三人は銀河系標準時間で二週間あまり手伝ったのちに職場に戻ることになる。
彼らはパビリオン第一層ショールームの大型の通信機器類設置に多大なる貢献をしてくれていた。
大量に持ち込まれた商品の設置や陳列を請け負ってくれていたのである。大型の通信機材などは彼らのおかげで設置できたと言っても過言ではない。本社ショールーム担当の所長やハリューリに思いっきり感謝されていたほどだった。
三人は名残惜しそうにしながら、アリエーたちに見送られトラッティンを後にしている。もっとここで仕事を続けていたい。
そう思ったに違いない。
そして本社商品開発課から派遣されていたメイとカーズもトラッティンを離れようとしていた。
「長々と引き留めてしまって済まなかったな」
ノルディックはその大きな手をメイに差し出す。
「確かに」メイは微笑む。「一ヶ月以上滞在できるとは思わなかった」
「こちらにアパートを借りた方が良かったんじゃない?」
ノルディックやディとともに見送りに来たテーセは突っ込む。
「ホテル暮らしも悪いもんじゃない。モーニングビュッフェがあるからね。ランチとディナーはパビリオンであり付けたし、衣食がここまで充実するとは思っていなかったよ」
「滞在費用も総務持ちでしたからね」カーズは頷く。
「ペリシアさんの料理から離れなくなりそうよ。どうしてくれんのよ」メイは苦笑する。
「それはすまないな。フェリウスのように永久利用券を得た方がいいんじゃないか?」
「そんなのあるの?」メイは驚く。
「フェリウスは毎日ではないけれど平日にはほとんど食堂に顔を出していたからな」
「私たちも申請してみようかしら」
「まあパーン次第だろうがな」
「フェリウスさんがあの部長に気に入られたってことかしら?」
メイとカーズは二回ほどしてか顔合わせしていない。
「まあ泣くほど苦労していたから、その贖罪もあるんじゃないかな」ノルディックはその様子を目撃していただけに苦笑するしかない。「オレたちからすればメイとカーズが来てくれて本当に助かったよ」
「風通しも良くなったからね」メイは頷く。「本当にこっちでの仕事はやりやすくなったと思うわ」
トラッティンへの出張は商品開発課アサノ課長からの指示とはいえ、当初は総務部などの上層部から許可がなかなか下りなかった。嫌がらせだったのだろうが出張前も本社総務部が旅費とかをかなり渋っていたほどである。
それがゴシップ記事と謝罪会見から風向きが変わり、出張旅費や滞在費など申請なしに事前に払ってくれるのだから大助かりだった。
「私とカーズにしても、もっとここで仕事がしたかったんだけれどね」
「そうですね」カーズも同意する。
「本社での仕事も溜まっているんだろう?」ノルディックは心配そうに訊ねる。
「課長がやってくれているよ」メイは笑った。「でもまあ帰還指示も出たし、そろそろ戻らないとね」
「フィオーレから三度目だと聞いたぞ」
「延長申請は出したし、アサノ課長も認めてくれているから大丈夫よ」
「それならいいが」ノルディックは心配そうだった。
「問題ないって。誰だか知らないけれど、私たちのことを評価してくれていたみたいだし」
「たぶん。部長とフィオーレだろうな」そんなことが出来るのは少ない。「本当に助かったよ」
「私たちはトナ・ホウ総合大学CSC所属ですもの。そのメンバーが困っていたら何を置いても助けるのが当たり前よ」
「無給になろうとも手伝いますし、声を掛けられたらすぐにはせ参じますよ」カーズも頷く。
「大げさだな。何でそうなるんだよ」
ノルディックは慌ててしまう。
「そんな訳無いでしょう。みんなノルディックに感謝しているんだから」メイはノルディックの胸倉をつかむ。
そのまま一気に巨体を投げそうな勢いだった。
「お、おう。ありがとう」
「それでいいのよ。リョーグだって、ヒロもシークもあんたが声を掛ければ、すぐにでもトラッティンに来ているわよ」
「そ、そんなにか?」
「あんたは自分がしてきたことを自覚しなさい。ヒロもリョーグも自分の道を捨てずに進んでいるのは、あんたが道を示したからなんですからね」
「それならなんでメイやカーズはジプコに来たんだよ? お前たちだって自分の道があったはずだろう」
メイに至っては継がなければならない流派の道場があるはずだ。
「先輩を近くで支えたいからですよね」カーズが素直に応える。
「悪いか」
顔を赤らめながらメイは俯きながら呟く。
「感謝しかないな」メイの頭を撫でる。「ありがとう」
「こちらこそ楽しかったよ」
「オレとしては、気心知れたお前たちが来てくれたからな」
「そう言ってくれると来た甲斐があったわ」
メイ・サツキノは嬉しそうにノルディックと握手を交わす。
「本当に去りがたいですよね」
同じく握手を交わしながらカーズ・テイジも頷く。
「大学時代に戻った気分だったわ」
プログラムのことだけではない。ゲーム内でのシステムだけでなく対戦方式や敵などの動きから戦場での行動を立体的に考えながらアイディアを交わすことが出来た。メイやノルディック、カーズがサークルで事あるごとのにおこなっていた議論をここでもやっていたのである。
だからこそ楽しかったし、『宇宙鋼神グランダー3』の内容にいい影響が出ていると思いたい。
「サークルメンバーが揃っていたら、もっと楽しかったでしょうね。
「そうだな。学祭前の準備は大変だったけれど、今思えば楽しかった思い出だ」
「当然でしょう」メイは白い歯を見せ笑う。「それに私とノルディックの仲でしょう。気にしなくていいわ」
「仲ってなぁ」
「メイさんはノルディック先輩を落とせなかったことがここでの心残りでしょうからね」
からかうようにカーズは言う。
「本当よ」メイは腕組みして照れずに何度も頷く。「ここで私のものにするつもりだったのに」
何度も邪魔が入った。
「お兄ちゃんはメイちゃんにはあげないも~ん」
ノルディックとメイの間に割って入り、舌を出しながらその元凶の一人テーセはメイを睨む。
身長は少しメイが高い程度なので巨漢のノルディックの腕にしがみ付くテーセと彼女はテーセが童顔であるがゆえに、子供同士のいがみ合いにも見えてしまうのだった。
テーセとしてはゲームアップデートをこれまで手伝って来たのを、メイとカーズに取り上げられてしまったので面白くないのだろう。
「パビリオンの仕事とゲームのアップデートは別件だから」
ノルディックは空いた手でテーセの頭を撫でる。
「それでもお兄ちゃんを手伝うのは、わたしたちの日常であり楽しい時間だったんですからね」テーセは言う。納得していないようだった。
「オレの個人的な仕事で、テーセたちを巻き込むわけにはいかない」
「メイ姉ちゃんならいいの?」
不貞腐れたように頬を膨らませテーセは言う。
ディもだったが、普段彼女達は仲良くしているように見えて、不満はあったようだった。
「メイとカーズはオレの手伝いも含めての出張だったんだ」フィオーレがそう手配してくれていた。「二人はハイスクール時代からの付き合いで気心もしれている。だからパビリオンの仕事以外でも頼みやすかったんだよ」
「わたしやディ姉じゃ足りなかったの?」
「パビリオンの方に集中して欲しかったんだよ。そっちで迷惑かけたらオレが申し訳ないというか、フィオーレにどやされる」
言い訳がましくノルディックは言う。
「そんなことないよ。わたしたちはいつだってお兄ちゃんの助けになりたいんですからね」
いつも助けてくれる。励ましてくれるノルディックをフォローしたかった。それが姉妹の使命であるようでもある。
強い意志でテーセは拳を握りしめ鼻息荒く見つめてくる。
「ティ。ノルディックを困らせないようにね。彼はちゃんと私たちも見てくれていますよ。あの時だってあなたを助けてくれていたでしょう」
デュエルナは少しさびしそうな顔をしながらもテーセに語り掛けている。
「ディ姉。良い人すぎるよ」
姉妹のやり取りにズキッと心臓が抉られそうなメイだった。
この姉妹はノルディックに本命がいることを知っている。それでも私と同じように助けになりたいと願い、彼にアピールしているのだと分かってしまう。
なんて出来た姉妹なのだろうと。
「テーセは本当にノルディックが好きなんだね。私たちと同じように」
メイは不貞腐れたような顔をするテーセの頭を撫でる。
「あたりまえだよ」
当然のようにテーセはメイに笑い掛ける。
「すまん」
その言葉と共にディの頭を撫でているノルディックだった。
「謝罪は不要です」
健気にディは微笑む。それはどれだけ深い傷であるかをメイは理解している。失恋すると分かっていての意思表示であるのだから。
今もあいつが現れるまで告白しなかったことを後悔している。だからこそ分かる。彼女たちは最初からそれを分かっていても彼を慕っていると。
「メイもいい加減諦めろ」
「これも楽しみのひとつですから」
「彼女様への対抗心?」テーセは訊ねる。
「彼女様?」メイは彼が愛してやまない女性がいることを認識していても誰なのかを知ろうとしていなかった子に感銘を受けている。「あいつはね。私の永遠のライバルなのよ」
たった一年だけど、濃密な時間でもあった。
「失恋仲間だってこと?」
「失恋したつもりはない! 私は諦めたりしない」
ニヤリとメイはテーセに笑い掛ける。
「そうだね。テーセも諦めてないもの」
「あんたもいい根性しているわ」メイはテーセの髪をクシャクシャになるほど強く撫でていた。「ライバルね」
「ねっ、ディ姉?」
「そうですね」ディは素直にテーセに頷いていた。
どこまで胸の内にある恋心を理解していたか分からないが。
「おいおい。そこまで結託されるとオレはどうしたらいいか分からないんだが……」
「「「気にしないで下さい」」」
三人が同時に答えていたのでカーズは苦笑してしまう。
先輩は彼女ら三人の想いに気付いていなと思ってしまうのであった。昔からそういうことに疎い人だった。
「逃げ道がありませんね。ノルディック先輩」
「お、おう」腰が引けているノルディックだった。「第一層のショールームの人たちにも感謝されていたようだしな」
ノルディックはあからさまに話題を変えてくる。
照れくさいのだろうか?
「ショールームの設置は完璧よ。第四宙域ASCの三人にも助けてもらったしね。まだまだ商品が届くようだし、私たちの助けがいるようだったらいつでも呼んでね」
「メイお姉ちゃんは、来なくていいですよ。わたしたちで対応します」
テーセはノルディックの腕に強くしがみつきながら言う。
「はいはい」メイは肩を竦める。「でもねテーセちゃん、私もカーズもパビリオンの優先権をもらっていますからね。開催期間中にパビリオンにきますからね。仕事でなくても」
「はい。お待ちしています」
ディが笑顔で答えている。
近くにいる余裕かとメイは持ってしまうほど、心の中で拳を握り締めていた。あいつも可愛らしくて庇護欲を掻き立てる奴だったが、この姉妹はあざとすぎるほど意識してなくても自分の強みをアピールしていた。
だからこそ近くにいるだけあいつ以上に心配になってくるのである。
いくらすべてを報告しているとはいえ、心配になるのは分かってしまう。それほどツイング姉妹は破壊力があった。
「デュエルナさんもテーセちゃんも余裕だよね」
「そんなことありません。メイさんは私たちが知らないことを多く知っていらしていますから、羨ましいです」
「ネタなら、たくさんありますよね」
「あの当時のノルディックは毎日がネタだらけですからね」
苦笑しながらメイは肩を竦めている。
「そんなに多くはないはずだぞ」
憤慨した様にノルディックは言う。
「どの口が言うのかしらね。カーズ?」
「そうですね。バックヤード破壊事件。作業用パワードスーツを着た人間を素手で投げ捨てたり、コンピューター爆走事件などネタには事欠きません」
「何でも事件事故にするな」
ノルディックは慌てている。
「一晩中でも話していられますよね。メイさん?」
「私なら三日三晩徹夜でも行けるわよ」
「それはお伺いしたいですね」ディが食い気味に訊ねてくる。
「まだあるの?」テーセも興味津々だった。
「あるある」楽しそうにメイは笑っていた。「『素手でロボットを倒した事件』とか『お取り潰し事件』とか」
「『学部内大暴れ』なんてこともありましたよね。それ以外にもハイスクール時代にも同様の事件が多数あります」カーズは誇らしげに言う。
「頼むから勘弁してくれ」
ノルディックは自分がやって来たことを思い出しているのだろう。頭を抱えながら言っていた。
「是非、聞かせてください」
「格好の良いお兄ちゃんの活躍だよね?」
「当然でしょう。私たちが誇るノルディックですからね」
「わたしにだってあるもの」テーセが張り合って来た。
「お、おい」
「お兄ちゃんは、海賊船でもわたしがいじめられていた職場でも助けてくれたヒーローなんだから」
「あれ以上のことがあるの?」メイは余裕を崩していない。
「あるもん。ディ姉だってそうだよね?」
「そうですね。日々助けてもらっていますが、簡単には話をしたくない思い出はございます」
極上の笑みを浮かべながらデュエルナは話す。
無意識なくせして破壊力満点な微笑みだった。
「なんてすさまじい」
「どうだ」テーセはほくそ笑む。「ディ姉の凄さを思い知ったか」
「さすが天使様だわ」
その眩しいばかりの破壊力にメイとカーズは両手で顔を覆いながら視線を逸らす。
「ディ姉は凄いんだよ。お兄ちゃんもめとってしまえ~」
「勢いで何言ってんだ」
ノルディックはてテーセの頭を小突く。
「てへっ」舌を出し笑う。「本気だよ。本当にお兄ちゃんになって欲しいんだから」
「ディの都合を考えろ」
「ディ姉だって、まんざらじゃないよ」
そう言われてノルディックがディを見ると俯いていた。
「相変わらずノルディックは恋愛に疎いってう訳よ」
「本当ですね。ハイスクールの頃から変わらない」
呆れたように言うメイの言葉にカーズは頷く。
「そんな浮いた噂はなかったぞ」
「私も含めて、サトミやアテナ、サチは好意を寄せていたよ」
「そんなの知らねぇよ」今更の暴露話に目が点になってしまう。
「メイさんがいくらモーションを掛けようとスルーしていましたからね」
「本当か?」メイとカーズの目を見てノルディックは訊ねる。「マヂかよ……。気付かなかった」
「それだけあんたは鈍いのよ」
メイは身体を寄せながら左腕にしがみ付く。
「今からでも遅くないのよ」
しな垂れかかってくるメイをテーセが止める。
「邪魔するな」
「あげないもん」あくまでも間に割って入るつもりであった。
それが自分の為なのか姉を思ってか分からなが。
「本当にこれほど長期間いて大丈夫だったのですか?」妹やメイの思惑と関係なく心配そうにディは訊ねていた。「問題ないのですよね?」
メイたちが不利益を被らわないか本気で心配している様子だった。自分のことよりも他の人のことを心配している。
「問題ないよ」
ノルディックが応えている。
フィオーレが有給を使わなくても大丈夫なように本社総務部や所属課に連絡を入れている。連絡というよりは内容を見れば脅迫に近いような文言も並んでいたような気もするが。それでもそれがノルディックにはありがたかった。
「その辺はフィオーレが対応してくれている」
「そうなのですね。安心しました」
メイに向かって彼女は微笑む。
何度も飲みながら話をしてきて、友達になれたかと思っていたけれど、ライバルでありながらここまで思ってもらえるとは思わなかった。ディは天使様と言われるだけのことはある。純真な心があるのだと思い知らされた瞬間だった。
メイは格の違いに呆れてしまう。
「あなた達ならノルディックを任せられるわ」
メイはディに向かって手を指さしだした。
「ありがとうございます」
ディは微笑んでその手を取る。
「まあ、私とカーズの我がままでもあるけれど、任せたわ」
「ご期待に沿えるようにします」
ディは改めてメイの手を強く握りしめる。
その手の上にテーセも手を乗せて頷くのだった。
ロビーにアレクサンドリア行きの宇宙船のアナウンスが聞こえてくる。ギリギリまで話し込んでいたメイとカーズは名残惜しそうに手を振りながらセキュリティチェックポイントを超えてゲートの奥へと消えていくのだった。




