異界から覗く自我 22-10
10.妖精の残像
エアカーを芝生の近くに停めると、二人はツヅジの垣根を超えて最初の場所へと入っていく。
エレナは芝生に両膝をついて人差し指を伸ばした。
まずは大きな円を芝に向かって描く。
その指先にどんな力を使ったのか分からないけれど、芝生から数センチ浮いたところ金と黒が混じった色合いの線が書かれた。
「力場?」
アリエーは目を見張ってしまう。
カーナンは異界から来た。異界の境界を超える力は想像の上を行くものであるはずだが、目の前でその力の一端を見てしまうと本当に高度な文明なのだと思い知らされる。
カーナンはエレナの身体を使い円の内側に、彼女は『式』と呼んでいたが、模様としか言いようがないものを書き込んでいった。
「どうやって?」
「教えられるものではないかな。何もないところに描いているように見えるだろうけれど、何もない空間なんて存在しない。ここには大気があるから、それを固定化して『式』を描いている。それにこれが見えているのはアリエーくらいだろう。その精霊の目が『式』を見せている」
素早く動いていくエレナの指先を茫然と見ながらアリエーは呟く。
「こ、これって」
幾何学模様とかならペルシャ絨毯のようでもあるが……。
「人類の空想というものは面白いものだよね。もしかしたら、あたしたち以前にもこの世界に来訪した異界のものはいたのかもしれない。それで魔法陣というものをファンタジーという世界観に生み出したとしたら素晴らしい発想だと思う」
「それとも人類の方が精神的に繋がって、カーナンの世界を覗き込んでしまった可能性もあるわ。夢の中で繋がったとか……」
「人類は凄いな。遠いようで近い存在なのかもしれない」
「撮影出来ないし……」
端末を取り出して撮影を試みたが、確認してみると映像にはエレナしか映っていない。
「『式』は君らの言葉で言えばプログラムのようなものだよ」
「それを指先だけで構築していくのは凄い」
「違う進化、違う構造、違う精神、様々な要素から、出発点が同じであってもこうして別々の次元で進んでいく。面白い気付きをありがとう」
「得るものがあったのなら……それは光栄なことです」
「発達した科学は、魔法と変わらない。そういう事なのだろうね」
一時間余りでその指先は『式』を書き切っていた。
「終わったの?」
立ち上がったエレナは頷く。
相当力を使ったのだろう。足に力が入らないのかフラフラしている。
「お疲れ様」
そう言ってカーナンは完成した式に向かって一歩踏み出した。
エレナの表情が驚愕に歪む。
彼女は叫び声を上げていた。それが最後の力を振り絞ってのものなのだろう。糸が切れたようにその場に倒れ込むのだった。
アリエーは寸でのところでエレナのジャケットを掴む。
そうでなければ顔面から地面と正面衝突していただろう。気絶したエレナを軽々と抱えるとエアカーの助手席に座らせてシートベルトを付けるとハウスへと戻ることにする。
誤魔化せるかは分からないが、会場からの入退出のログは消しておくのだった。
見ないようにしてきたもの。
見えないようにしてきたこと。
その封印し、隠していたものすべてが見えてくる。
肌にざらついたものを感じる。ベトベトしたものがまとわりつき、全身にとぐろを巻いて絡みついていた。
ドロドロとした感情の泉に放り込まれる。
汚物のようものに身も心も溶かされていく。そしてその中で再構築されていく身体があった。
新たなる色を付けられながら、身体は底無しに落ちていく。
息は出来るが肺にも苦く腐ったものが流れ込んできた。
吐き出せない。
どんなにもがこうとも浮上出来ない。落ちていくだけ。
腹の中に嫌なものがたまっていく。吐き出したくても吐き出せず。吐き出せたとしてもすっきりしないしこりのようなものがたまってきて、気持ち悪い。
何度も足掻く。溶かし溶かされ再構築されていくのは無限の地獄だ。




