異界から覗く自我 22-9
9.それはどこかで見たものかもしれない
「今からやるのかしら?」
もう日が暮れている。
「明日でもいいとカーナンは言っているよ」
エレナは自分の体調に関して気にしていないのだろう。多少体がだるいとしか思っていな節がある。
人の体調や様子が見えてしまうアリエーにとっては気が気ではなかった。いつも無駄に活力があるエレナの身体が弱々しいのである。
「私としては、さっさと済ませてしまいたいんですけれど」
アリエーはカーナンに向かって意識を飛ばす。
「ここでいう時間という概念は影響しないから、可能なら今でもいいとカーナンは言っているよ」
「じゃあ行きましょう」
アリエーは短パンのポケットからエアカーの起動キーを取り出しながら立ち上がった。
エレナの様子を見る限りすぐに行動を起こした方がいいと判断したからだ。
トラッティン産業博覧会会場のゲートは一ヶ所だけ二十五時間体制になっている搬入口兼検問所がある。
それは銀河標準時間やトラッティン・ラザルナシティ時間に合わせられないからだ。それぞれの太陽系国家や企業がその太陽系の時間において動いているからで、定期便だけでなく臨時便でも物資や機材等が届く。そのために人の流れだけでなく物資も宇宙港に留め置かれ滞留することが無いように輸送便を受け付けられるようにしている。
勿論、パビリオンの進行状況によってはトラッティン時間で昼夜に関わらず人が動くことになる。そのために昼夜を問わず会場と外を行き来できるゲートが必要になるのである。
アリエーはTDFのパスカードをゲートで示してセンサー等での検査をクリアすると会場内に進入する。
ハウスからの道中、エレナは大人しかった。
オート操縦にしていたから、何度か話しかけていても、反応がいつもより薄い。
「カーナン!」アリエーは張本人に話しかけた。
「ごめんね」
エレナらしからぬ声がする。
「やらないって言ったわよね!」
「どうしても式を書かなければならないから、エレナの身体を使わせてもらうわ。あたしが指示してもエレナはあたしの希望通りに出来るとは思わない。あなたには申し訳に行けれど、これだけは見逃してね」
「大丈夫なんでしょうね?」
「問題なくエレナに返せるはずだわ。信じて欲しい」
ゆったりとシートに身体を預けながらカーナンとなったエレナは言う。
「なぜ、エレナだったの?」
気になっていた。
これをエレナが介していないようだったから訊ねる。
「どうしても知りたいの?」目を閉じていたままシートをリクライニングしているが口だけは動いていた。
エネルギーの流出を最小限に抑えているようにも見える。実際にそうだったが。
「知りたいから訊いているの。そうでなければカーナンを消滅させるわ」
「怖いわね。ただ単にエレナが最初だからでは理由にならないわよね」
「当然でしょう。私は精霊使い。だからこそ分かるものもあるわ」
「本当にアリエーには敵わないわ。あなた達の言葉で言うのなら、あたしがいた世界と区別するために別次元とかパラレルワールドとか表現しているでしょう?」
「パラレルワールドとは違うような気がするから……別次元よね。精神生命体のような気がするから」
「そこから導き出される答えは一つしかない。別次元のもう一人のエレナがあたしだっていう事なんだと思う」
「そんな都合のいいことが……」アリエーは頭を抱えている。
「引き合うものがあったからこそ、出会ってしまったとあたしは考えている。たとえそれが天文学的な確率であったとしても」
「まあ、その方が説明がつきやすいか」ため息しか出てこない。「たまたま異界を覗き込んでみたら、たまたまもう一人の自分がいた」
「そういうことよ。アリエーとは同期できず、エレナと話せるという事がそれを証明しているわ。本来であればもっと時間を費やさなければ不可能だったことが、短時間で出来た」
「そうしなければ異界でカーナンは消滅していたでしょうからね」
「この出会いには感謝してもしきれないわ。異界の言葉で幸運というのでしょうね。だからこそあたしはエレナと同期出来たのだと考えるわ」
「エレナはあなたのことが理解できていないようだけれどね」
「自分を顧みないし、理解しようとしないのですから、仕方が無いわ」
「カーナンにもコンプレックスはあるのかしら?」
「人類とは違うだろうけれど、それはあるわ。完璧な生命体なんて存在していないはずだもの」
「完璧か。あなた方はどれだけの時間をかけて進化していたのかしらね?」
「あなた方の時間とあたしたちでは違いすぎるから比較は無理よ。ただ人類には活力がある。まだまだ進化するんじゃないのかしらね」
「それは嬉しいわね。目標とするものがある限りそれを目指すような超人は存在するのよね」フィオーレのように。「こうしてコミュニケーションがとり易かったのはエレナとカーナンの関係性だと認識できるのよね」
「なんだ分かっているじゃない」
「その回答が欲しかったのよ。その可能性は捨てきれなかったからね」
「こんなに見てくれは違うのにおかしいわよね」
「魂が同一なのなら、それらは関係ない」
「魂ね……面白いわよね」
「私は真剣なんだけれどな。それで、このことはエレナ本人に言うの?」
「最後の最後に教えてあげるわ」
カーナンはほくそ笑んでいるように見える。
「その方が衝撃的か」アリエーは肩を竦める。「まあ、それが確認できただけでもいいわ」
「アリエーは優しいね。こんなうざい性格につきあってくれるのだから」
「もう見放しかけていたわよ」
「それでも待ってくれていた。それが分かるからあたしはエレナを更生させたかったのかもしれない。こんな酷いあたしがいるとは思わなかった」
「エレナはこんな残念な性格だからね。それが分かるだけでも偉いわ」
「あたしという存在が滅びなかったのは、偶然であれど、エレナと出会えたためよ。だったら少しは、あなたがたの言葉で言えば恩を返しておきたいでしょう?」
「そう言うことにしておきましょう」
「アリエーも素直じゃないわね」
「私はそんな純粋ではないわ」
もっと聖女にふさわしい心根の乙女はいるはずなのである。他人が見ている以上にアリエーは精霊使いからは離れて行ってしまっているように感じられていた。
「それでもエレナはあなたを好いているわ。それは信じてあげてね」
「あれだけうざいのに?」
「そうであったとしても、アリエーはエレナを見捨ててはいなかっただろう? 更生を信じていたのだと思いたいのだが?」
その言葉遣いからもエレナ本人からではないが、真実であるように感じられた。
「期待の眼差しを向けてくる野良犬を見捨てられなかったというところかしら?」アリエーは苦笑する。
「それならは、これからも見守って欲しい。あたしは還るのよ。だったらそれを見守るのはメンバーじゃないの?」
「そうだとしても信用を失っているわ」
「自業自得よね。それでも今のエレナを理解しているわ。あたしは還るから、それを託せるのはアリエーしかいないのよ」
「面倒な役回りを任されてしまうわ。あんたから見て、エレナは変われているのかしら?」
「変わって欲しいと思っていわ」エレナの表情は苦笑しているようにも見える。
「そう信じてもいいの?」
「まあエレナがため込んでいた。どす黒い気は彼女に見せていたから、それを知ったら戻れないと思うわ」
「それを信じたいわよね」
「そうね。あとはよろしく」
「きっかけがつかめただけ良しとするか。エレナがカーナンと分かれてどんな顔をしたか教えてあげるわ」
苦笑しあうアリエーとカーナンだったが、二度と会うことはないと自覚もしていた。
「まあ、頑張って」




