異界から覗く自我 22-8
8.さよなら自分
「へえ、そうなの」
エレナがカーナンの言葉を伝えると、素っ気ない言葉でアリエーは返してきた。
用心深くエレナをねめつけている。
「本当だよ?」
それは殊勝な声だったので、少しだけ身を縮こまらせているようにも見える。
珍しい。というか初めて見るような気がして目を見張る。彼女は気付いていないようだったが。
表情は崩さずにアリエーは思った。今までのエレナだったら、声を荒げていただろうし、今朝言ったこと三歩歩けばなかったことにしてしまう程の鳥頭だったはずだからだ。
何か心境の変化があったのだろうか?
「ほら疑われてる? そうなのか? あんたが信用無いから? 余計なお世話だ……」
「疑っているわよ」大きな吐息を漏らす。「エレナもカーナンもね」
「なんでだ?」
「エレナが操られていないか、カーナンが変な動きをしていないか、見極めをさせてもらっているのよ」
当然でしょうと言いたげである。
カーナンという存在は、エレナと同一になっている気がしてくる。接触が容易くなったと聞けば、それが朝よりも進んだように見える。危険なほどに。
アリエーが心配してくれているのは良いのだが、喜んでいいのかエレナには理解できていないようだった。
「部屋で大人しくしていなかったことは謝るけれど……」
「自覚があるわけね?」
聞く耳持たないと思っていたのも事実であるが、ここで言うつもりはなかった。
問い詰めたかったことは違う。
「だから、謝る」エレナは立ったまま前屈でもするような勢いで頭を下げる。
柔軟な身体は両腕を伸ばせばべったりと手の平が床につくほどだ。
「何をしていたのか、訊いてもいいかしら?」
何かしら心境の変化はあったようである。
必死なのは伝わってきたからこそ用心してしまう。カーナンにエレナの脳が乗っ取られたか操られているのではないかと。
エレナ自身が気付かぬうちに。
「心配しないでとカーナンは言っている。街に出て食べ歩きして、その間は脳内会議みたいなことして、精神を削られまくったのよ」
「脳内会議?」複数のエレナが同じことを言い合っている姿が浮かんでしまう。
ただそれは不毛な話し合いにしか見えてこない。
「滅茶苦茶嫌な自分を見せつけられた」
「カーナンのおかげで自己啓発のようなことが出来たのかしら?」
「蓋をしていたこと、後回しにしていたことを教えられた」
「言葉が足らない。ちゃんと教えてくれないかな?」アリエーはきつい言葉で言う。
「だから」言いにくそうにエレナは頭を搔いていた。「無視したり逃げていた言葉や、封印していた最低の自分を見せられたんだよ」
顔色が青白くなっているのか分かる。
「それで?」
「それでってなにがだ?」
「エレナは投げやりで、その言い方は心がこもっていないのよ。それでは私には伝わってこないし、反省しているように見えないわ」
今の彼女は殊勝なことを言っているだけのように見えてしまう。
「反省が足りてないって言うのかよ? アリエーに言ってんじゃないぞ!」言葉を発してからエレナは慌ててアリエーに向かって否定している。「カーナンと言いあっているだけだからな」
エレナから発せられる色を見ていると嘘を言っているようには見えない。
「信用できると?」
「行いが悪い? そんなつもりはない……けれど……」エレナは口答えするように言っている。
それは言い訳がましいものでもあった。だからこそ呆れる。
「自分を振り返ってみて分かったことがあるのかしら?」
「バカだという事。今更だって? そんなことは分かっているよ。それでも言わなきゃならないんだろう? 言葉にしないと伝わらないこともあるのだから」
エレナは髪の毛を掻きむしっている。
爪という爪の間にオレンジの髪が何本もついている。それだけ強い力だったことが分かるほどである。
「心臓を鉈で切り付けられたよう感じだった」エレナは告白する。「鋭利なものだったら、傷が付いたことさえ最初は気付かなかっただろうし血が噴き出ていて訳も分からずに傷口を見て気絶するだけだったじゃないかな。だからこそ鋭利じゃないその傷は痛みを伴って残ったんだし、今もふさがることなく血を流している」
「私たちの言葉は届いていなかったのね」アリエーはため息をついた。
残念過ぎる。
「届いているんだよ。痛みに気付かないふりをしていただけだ。そうだと思う。ただその気持ちに蓋をして気付かぬふりをしていたんだ。それに気付かさせてくれたのがカーナンなだけで、しっかり届いている。はず……」
「ありがとうと言ってもいいのかしら。エレナの気持ちを操作していないでしょうね?」
「していない? 本当だろうな? あたしはドロドロになった感情をため込んでいたダムを決壊させただけだと言っているよ……。あたしはみんなの言葉を聞いていても聞かずにいるようにして、無視していたんだ」
「だから信用できないし、悲しいわ」アリエーは素直な気持ちを吐露する。
「ごめんなさい」アリエーの言葉にエレナは自然に頭を下げていた。「信用無いのは理解しました。だからこそ信用してもらえるようにします」
「本当に?」
「TDFを追い出されたくない。ディといたい。バンドにもちゃんと加えてもらいたい。だから」
「だから?」
「あたしに居場所を下さい」
「それは私だけで決められることではないわ。エレナがTDFのメンバーに示さなければならないことですからね」
「それでもアリエーに、まずは最初に謝罪します。許してほしい」
「謝罪なんて、自己満足じゃないの?」
「それはあるかもしれないけれど、謝罪したい気持ちは本当です」
「信じていいのかしら?」
何度言っても裏切られてきたのである。
誰が信用できると言うのだろうか?
「行動で示します。ディだけでなく全員に分かってもらえるように」
「朝も裏切れたわ。それでも?」
「アリエーの言葉は忘れない。あたしが何かしたのなら、フィオーレに言ってもいい。絶対に約束は守るから」
必死な心は伝わってくる。それにエレナのオーラは嘘をついているように思えなかった。その心境の変化は劇的すぎて意外だったが……。
数時間で人は変われるのだろうか?
いや、時間は関係ない。内なるものに気付けるかだ。
アリエー自身が宇宙の星々に目を向けることになったように、何かしらきっかけはあったはずなのである。
「分かりました。手伝いましょう」それを肯定したかったアリエーだった。
「信じてくれるの?」
「ベルデアの精霊使いを舐めないで頂戴」アリエーは宣言する。「エレナの心境の変化はそのオーラの変化からも分かります。だからこそカーナンとエレナに問います」
「何を?」心音からも破裂しそうな心臓の辺りを押さえながらエレナはアリエーを見つめる。
「信じてもらえたと思っていたのに、まだ質問されるのかという顔付きよね。それに用心深くもなります。カーナン、本当にエレナに取り憑いていないのよね?」
「カーナンは自分の世界に帰ると言っている。あたしの脳と同期していたら、一体化してしまい縛られてしまう。そう言っている」
「訳し方もうまくなったし、エレナとカーナンは私には分離できないほど一緒に重なっているように感じるのよね。それに脳に刺激を与えていたでしょう?」
それに対してカーナンはエレナの記憶を探ったのか、古い地球時代の機械のことを例えに出していた。半導体など存在しなかった時代真空管とか簡単モーターを使った機器は蹴ったり叩いたりすると直ることがあったそうで、脳内を殴りつけることで意思疎通ができるように調整していたというのである。乱暴すぎるし、そんなことで治るというのは人類の脳というのは進化した生命体にとって太古の遺物といったところなのだろうか?
「分かったわ……。具体的にはどうするつもりなの?」
分からないことは色々と端末で検索しながら、アリエーは理解を試みていく。
「エネルギーは最低限たまったらしいよ。おかげであたしは直ぐにガス欠だ。こんなに食うのも初めてだよ」
ペリシアのディナーを食べてなおエレナは、アリエーが大量に買って来たスポーツ用の高カロリーチューブ飲料を何本も飲み食いしている。
元々大食いだったのは認めているが、これは簡単に太れる量なのに……。
「あとは移動のための式を書かなければならないんだってさ」
「ここでやるの?」
「場所はあたしがこいつに初めて遭遇した場所だってさ。そこか適した場所なんだって」




