異界から覗く自我 22-7
7.あたしの中のエレナ
あたしは末っ子で甘やかされて育っていたようだ。
ようだって、何だって?
自覚出来てねぇんだから仕方がせねぇだろう……。
それに気が付いたのはつい先ほどだ。成人を五年以上過ぎた大人がと指摘されるが、それが当たり前のように思っていた。
末っ子だからか、放任で育ったからだろうか?
何かあれば兄貴たちや両親が庇ってくれている。
あたしは何も悪いことをしていないと思っていた。あたしに悪口を言う奴や気に食わない奴に鉄拳制裁を加えている。
正しいことではないと教師は諭してきたようだが、学校では集団でいじめられたこともあり、それを家族は庇ってくれていた。
だからあたしは悪くないと思い込む。
それがおかしいことだと気付かせてくれたのはTDFの連中だった。
それでもあたしはその言葉を否定したかった。
正しいことをしていると思っていたからだ。銀河保安局につかまろうと、その気持ちは揺るがなかったはずなのに、彼らは何が正しいかを教え込ませようとしていた。
ディもそう思っているようだ。
あたしは独善的すぎるようで、バンド演奏でそれを思い知らされることになる。
それでもあたしは悪くない。演奏なんて合わせてくれるだろうとたかをくくっている。誰かが庇ってくれるだろうと。
だから孤立無援になりつつあることに気付かない。
目を向けようとしていなかった。
『バカじゃない』無神経にカーナンは、オリエナよりも容赦なく語り掛けてくる。
『今そんなことは聞きたくないよ』
『言葉遣いを直せるだけでも進歩じゃない?』
『褒めているように聞こえない』
『そのつもりで言っているからね』
カーナンは精神的にあたしと繋がっているという。
だから脳内にある記憶まで全て開けっ広げに見せ付けてくる。あたしがあたしを貶めてくる。
『絶望的すぎるだろう』
『普通はもっと早く気付いて然るべきことなのに、心と身体の痛みを無視続けた結果なのよ』
『どうすればいいってんだよ?』
『本当にバカ。本当に見捨てられないように、彼らが教えてくれたことを心に刻んで生きることしかできない』
『どうやって?』
『本気で言っているの? 見捨てられたいのなら今まで通りに生きて行きなさい。その先が犯罪者か孤独かは知らないわ。そうなりたくないのなら、答えはあるのでしょう?』
あたしにあるのだろうか?
カーナンの言葉が堂々巡りしている。
『あたしは言葉にするつもりはないわよ。言われたとしても三日坊主ですからね。他の人に言われたからとか言って逃げるんでしょう。聞く耳持たないエレナですからね』
本当にあたしを理解している自分が憎たらしい。
『あたしが痛みを伴うレッスンも出来る。それを身体に覚え込ませることもね。でもね。あたしはもうここから出ていくわ。あんたの面倒をみるなんて御免だからね。だからあたしがいなくなって聞いてホッとしているでしょう?』
確かに散々出て行けとは言っていたが……、それでもどんなに嫌な存在であっても自分自身である。
今はすがり付きたい気分だった。
『それを逃げというのではないのかしら? 甘えかしら?』
あたしは故郷に戻るしか選択肢はないのだろうか?
故郷に兄貴たちはもういない。やりたいことがあってそれぞれの夢を叶えるように銀河系中に散らばっていた。
ミアコット兄は銀河系すら飛びそうと、銀河系外探査プロジェクトの研究機関入りしていた。あたしはロイスやそのミアコット兄に影響を受けてプログラムや映像のことに興味を持って、その道へ進んだ。
集団生活に問題があったため大学は通信制で済ませ、何とか自分を誤魔化してジプコへと就職を果たした。
しかし社会で人付き合いを知らないあたしは孤立することになる。
避けていたんだから『自業自得』とカーナンは嘲笑する。
知らないんだ。力を示すことくらいしか。
『面接のアドバイスを受け入れたのなら、人生のアドバイスも受ければいいのに』
本当ならそうなのだろう。
でも好き勝手やって研修で暴れて、孤独に苛まれてひどく落ち込んだ。
だからこそ手を差し伸べてくれて、寄り添ってくれたディの存在が嬉しかった。寄り添ってもらえるから、合わせてくれるから、彼女を守りたいと思った。
それが勝手すぎることだとも知らずに。
兄貴たちや両親のように、分かってもらえていると思い込んでいた。
『家族だってすべて分かってくれているわけじゃないよ。それにディの手を取るだけ取って何も返せてないじゃない。保安局送りになったりして心配かけたりしてさ』
だから寄り添えるノルディックを恨んだ。
勝手に張り合って自滅している。
ベースは覚えてもバンドには貢献できない。お情けで演奏に参加しているだけ……。
『そりだけ理解できるのなら、TDFにいる意味はないでしょう? 分かるよね』
いやだ。いやだ。
『本当に身体だけ大きくなって、心は成長していない。その機会はいくらでもあったのに、かわいそすぎ』
カーナンに笑われても反論できない。
『根性無しになりたいのなら、孤独に逝きな』
子供のようにいやいやをしている。みじめなくらい。
『逃げるな。あたしが掛けられる言葉はもうこれしかない。あたしは腹を決めた』
『何をだよ?』
『あんたみたいに逃げない。あたしは自分の世界に帰る』
『どうやって?』
『アリエーが戻ったら、その時に彼女に話すわ。その準備をするから、それまでの間はあんたとも接触しないわ。じっくり考えな』
その捨て台詞とともに言葉は途絶えた。それでもあたしの中にカーナンがいることは何となく感じられた。
あたしの頭の中は静かになった。騒がしいほどの接触が無くなったのだ。
また一人になってしまった……。
それだけで見捨てられたように感じてしまうのである。
人は怖いよね。
本当にこんな希薄な繫がりと接触でよく世界が維持できるものだ。
理解なんて程遠い。
あたしには優しいなんて感情は分からないが、都合の良いことばかり言って近づいてきて簡単に裏切っていく。そんな連中の姿しか見えてこない。
誰も信じられないんだ。
裏切るという事はどうことかなんて分かりたくもない。
それは、う~ん、意識? そういったものの繫がりがないために起きる単なるすれ違いでもある。そのために欲しい言葉ばかりを相手がくれるわけではない。都合よく動いてくれるわけではないのだ。
本当に繋がっているわけではないのだから、言葉にも意味が多すぎするし、人は表現というものも一つではなかったりする。面倒な存在である。理解不能。
だからこそ言葉を尽くさなければならないのに、すぐにそれを諦めるし言葉足らずになる。
言葉の意味を相手に勝手に押し付けるから、人は救いようがない。
そして自分が閉じこもった殻の中で自分を守ろとする。耳を塞ぐ、排除する。
寂しい存在だ。
自分が怖いよね。
世界も怖いよね。裏切られるのも。いじめられるのも。
常に何かにさらされている。でもね。都合のいい世界はどこにもないんだ。
自分を守るためなら相手を傷付けていいということにはならないよね?
そこで世界とあんたに壁が生まれた。
弱い薄っぺらい自分を理解してみなさい。
人は誰でもそうなのだから。
さあ蓋を開けてみよう。
自分がいかに矮小か分かるよ。ほらそこにドロドロとした汚らしい自分が見えてくるだろう? 素敵じゃないこのどす黒さは。
どっぷりと身が溶けるほど自分の感情に浸りなさい。
感情という大海の奥底で彼女は笑っていた。
『闇はいつまでも続くわけではないんだよ』




