異界から覗く自我 22-6
6.妖精とのコミュニケーション
「つまんね~」エレナはベッドで仰向けになりながらぼやく。
アリエーには今日一日大事をとって休むようにと言われてしまった。パビリオンでの作業に影響が出るだろうと言ったが、フィオーレからあっさり許可が下りた。
自分はそんなに簡単に代わりがきくほど当てにされていなかったのだろうか?
モヤモヤする。
「そんなにあたしって役に立ってないのかな~」
『締め切りとかには敏感に対応していたけれど、やっていますよって感じだけで、全力は出していないものね。エレナの代わりなんて誰でも補えると思われてんじゃない』
エレナの言葉に脳内でカーナンが突っ込んで来る。
その物言いに腹が立ってくる。そんな矮小な人間じゃないし、貢献できていると思っていたからだ。
「勝手に記憶まで覗くな! それで勝手に判断するな!」
あれからも何度かエネルギーの塊みたいなものを脳内でぶつけられたりしたから、カーナンとのやり取りもクリアになってきている。
まだ理解できない単語も多かったが。
『簡単に推測できるわ』
「そんな訳ねぇだろう!」
『あんたの記憶を見れば分かるわよ。他の人がフィオーレの指示に従って懸命に仕事しているのに、エレナは全力出していないわ』
「バンドの方が重要だ」
『それすら成果が上がっていないじゃない。自己中が過ぎるじゃん。トモカネだって両方手を抜いていないわよ。ちゃんと努力している』
「あいつはディに認められたいから……」
『へえ~、エレナは認められているッていうの? ずいぶん強気でいられるのね。嫌われてもおかしくないくらい格好悪いところばかり見せているのに』
「う、うるさい!」
『自分の都合のいいような言い訳ばかりねぇ』脳内でクスクスと笑い声が聞こえてくる。『だからさっきもアリエーに延々怒られるのよ』
善と悪があるとしたら、悪で真っ黒な自分と脳内で対峙している気分になってくる。
考えたくもない自分の裏側を見ている気分だ。
『正義面がまた始まったよ。本当にお目出度い人よね』
「正義面なん理解できるのかよ」
『分からないけれど、オリエナからぶつけられた言葉よね。エレナが免罪符のように思っているから使っているわ』
「覗くな」
『覗かなくたって伝わってくるんだから仕方がないじゃない。それにこの世界を知るためには利用できるものは何でも利用するわ』
「プライバシーってものがだな」
『あたしの世界では概念や思考を共有しているから、そういったものは存在しない。前にも言ったけれどよく滅びないわね。人類は』
「そうやって進化してきたからな」
『それは素晴らしい世界ですこと。意思疎通ができない状態で疑心暗鬼に捕らわれながら生きていけるなんてさ』
「奇跡だとしてもそれで生きているんだから、知るか」
『思考停止してもいいことは無いわよ。生きていくためにもね』
「まあカーナンに身体を乗っ取られないだけマシか」
エレナはベッドで腕や手足を伸ばす。確認するように。
『アリエーに釘を刺されたからね。でも可能なことは覚えていてよね。エレナの身体構造は覚えたから、あんたの意志を無視して脳内を操作して会話することも行動することも可能になっているわ』
「冗談だろう?」
『エレナ次第よ。あたしは言ってみただけ』ケタケタ笑っているのが分かる。
「嫌な奴だな」
『あなたの思考で話をしているからね。あんたがそう感じるのなら他人もそうなんでしょう。本当に貴女は伝えることが下手過ぎるわ。自分を知ろうとしないし、嫌なことにはフタをしているしさ』
「何が分かるってんだよ」
『分かるから言っているんだろうが!』エレナの口調を真似して怒号が脳に響く。『恋愛事情から家族のこと、それこそ幼少期あんたが記憶に残っていないようなことでも脳には刻み込まれている。それを学習させてもらってんだから、この世界を理解するためにね』
「出てけ」
『あたしという存在が消えたくないからね。嫌よ。エレナの思考を真似して言わせてもらうわ。自己中心的にね』
「なんだってんだよ」
『逃げんなって言ってだよ』高圧的な声が響いてくる。『自分が正義なんだろう。だったらそれを貫けよ。嫌われ孤立するのを覚悟してな。見捨てられたいんだろうからな。世の中は甘くないんだ』
「五月蠅い、五月蠅い」エレナはジタバタもがく。
『あたしはアドバイス出来ないし擁護するつもりもないわ。自業自得なのですからね』
「本当あたしは救いようが無い……」悔しそうなエレナだった。
『家族に恵まれたんでしょうけれど、それに頼り切っていたのが敗因よね。本当に救いようが無いわ』
「そんなにかよ。偏りすぎだろう」
『エレナの思考ですからそうかもしれないけれど、出会いが色々とあるから、偏らないように考えさせてもらっているわ』
「理解力があって羨ましいわ」
『そうね。エレナよりはうまく立ち回れるんじゃないかな。今の自分が嫌いならそれを正せるようにあたしが手助けしてやろうか?』
「よ、余計なお世話だ」
『素直じゃないんだから』クスクス笑っているようだった。『お世話になっているから、少しぐらいお返ししないとね』
「そう言う概念はあるんだな」
『無いわ』そっけなく言う。『一宿一飯の義理? エレナの思考を読んで辿り着いたものでしかないわ。こうして出会ったのも縁? という奴かしら。腐れ縁的な』
「そんな考えもあたしにはあるんだな」
『あんたの思考はストレートで単純って奴だけれど、それでも、根っこっていうのかしら、そんなところで正義の善人であるらしいわ』
「何か疑問形だな」
『あたしらには無い概念だからね。判断がつかない部分もあるわ。あたしとエレナは相いれない存在でもあるのですからね』
「そういやそうだったな」
自分を相手にしているようで嫌だったが、基本的に同じ思考ものもが脳内にいるものだと思ってしまう。
『どうせなら一部でもいいから、この世界を見せなさいよ』
「大人しくしていろって言われたんだがな」
ベッドから体を起こす。
『ジッとなんかしているつもりはなかったくせに』
「そうだな。気晴らしに行くか」
エレナは床に脱ぎ捨てていたジャケットを着ると部屋を出るのだった。
鏡を見ると顔色は悪かったが朝よりはマシになっているようにも見える。
相変わらず、好きでも嫌いでもある自分がそこに入る。
『面白い世界よね』嬉々としているような感じだ。『すっごい、変』
ただその言葉からはけなされているのか、褒められているかは理解できない。
絶対に自分の口調で伝えたとしたら、嫌味にとらえられてしまうだろう。
「カーナンの世界線には、こういう風景は無いのかよ?」
『街が存在し、店という奴も無いわね。それにエアカーとか移動手段が存在しない』
「不便そうだな」
『そんなものが必要ないからよ。確かにエレナからみれば、あたしの世界線は殺風景だけれど、それで寂しいとは思わない場所だったわ』
「それはよかったな」
オープンタイプに変形するエアカーを操縦し、風とスピードを感じながらエレナは自動操縦を解除しながらエアカーを走らせている。
この何にも縛られない自由な感覚が好きだった。
押さえつけられることが大嫌いで、好き勝手したかった子供の頃は両親だけでなく兄たちもそれを守ってくれていた。大好きな家族だったけれど、社会に出てしまうとあたしは歪んで育ってしまったと気付かされてしまう。
甘えていたのだと。
トラッティンの行政府がある一番の繁華街の近くの駐車場にエアカーを停めていた。
「さて腹が減って来たし、何か食べながら歩くか」
こいつにエネルギーを食われているせいか、燃費が悪すぎてすぐに腹が減る。
チェーン店展開しているハンバーガーショップの前でエレナは言う。
『いいわよ。それであたしもエネルギーを得られるのですから。もっと食べなさいな。食べている時の、え~と多幸感ていうのかしら、幸福感なのかしら、そういう感情も面白いから』
「その言い方がむかつくが、これがあたしの本音でもあるんだよな」
『今更気付いたの? ただの馬鹿じゃない』
「うるせえよ」
『そんなんで直せるかしらね。アリエーにも見放されるほどの三日坊主なのに』
「見放されていねぇよ」
『例えそうだとしても、時間の問題よね。エレナは反省していないから』
「しているはずよ」
『どこがよ。それだったら見放されるような事態にはならいわ。バンドにだって参加できているはずよね』
我ながら痛いところを付いてくる。
言葉を口にしないように思考の中だけで会話を進めていく。
注文をしてステーキバーガーとダブルチキンバーガーを受け取る。ありがとうと言っていたが、怯えられていると指摘され笑われてしまう。
「うるさいな。頑張っている」
『うそね。心底反省しているのなら、どこ直せばいいか分かるはずよね。それなのに分かっていないし理解しようとしていない。嫌なことも聞きたくない話にも耳を貸さずにただ蓋をしているだけで、全然反省していないじゃない』
「ちゃんと言ってくれ。そうでないと……」
『そうでないとどうしたのかしら? 自分自身の中に答えはあっても実行しない。出来ない? 過去に言われたことを理解しない奴にあたしが言うつもりはないわ。何もできないでしょうからエレナは救いようが無いわ』
「思い知らされてんだよ」
勢いよく厚みのあるステーキ肉にかぶりついている。肉汁とともにチーズとレタス、トマトの味が口の中を満たして胃に流し込まれていく。
美味しいはずなのに、全てが苦々しい。
『何にだか知らないけれど、あたしだって言葉にしてくれなければ、分からないわ。それに分かっていたとしたら、今更よね』
「うるさい」
言葉にならないモヤモヤとした感情だけが、胃や脳に渦巻いていく。
『耳を塞いでいなさいな。黙っていていいのならあたしは黙る。聞きたいのならあたしがあんたの深層心理という奴まで全部引っ張り出してやるわよ』
「………怖いんだよ」
『じゃあ逃げていればいいわ。今まで通りでいいのならそうしなさいな。変われるチャンスがあるのなら、それにしがみ付けばいいのに、普段の威勢のいい強気の発言って奴は、怖さの裏返しって奴なんでしょう? 変わりたい気持ちがあっても、そういった感情やプライドがあるうちは何も変わらないし、気付かないまま』
「嫌な言い方だな」
『あなた自身の中にあるものを参考にしながら話をしているんだもの。家族にどういう接し方や扱いをされてきたかは分かるけれど、優しいだけ甘やかされるだけで、それは正しくないし、今のエレナには不要なものだと分かっている。だからあなたの言葉や思考を元に話をするわ。これでもアリエーやオリエナに受けた話し方からオブラートに包んでいるんですけれどね』
「どこがだよ」優しいなんて言えるものじゃない。かなり厳しいしきつい。
『その痛みが大切なんじゃないのかしら? 他人から言われるのが嫌なら、自分もディやオガワさんのように優しく接すればいい。タンバさんは自分が受けた痛みが分かっているから、慎重に包み込むように言葉を発しているし、エレナに教えてくれている。オリエナはエレナに殴られてもそれがどのような意味なのか分かるように言葉をぶつけてきた。それなのに人の痛みを知ろうとしないからこうなったんでしょう? 自業自得じゃない?』
「痛いのは嫌だし、傷つきたくない」
『本質や答えはそこにあるのよ。あんたは幾つになったのかしら? 身体だけ大きくなって、精神的なものは成長を止めているのよ』
「……聞きたくもない……」
今食べているものが全て逆流してきそうだ。
『吐けばいいのよ』
「い、いやだ」
『蓋をしていたものも出てくるからかしら? ここはそんな都合のいい世界じゃないはず。無いわよね? 自分だけが逃げるもんじゃないし、逃げ切れると思うな、そうなったらエレナはどこかで独りで生きるしかないわよ』
「そんなこと出来る訳ないだろう」
『じゃあ自分が何をしなければならないか分かっているじゃない? 何で行動しないのかしら? プライド? そんな安いもので自分をさらに貶めたいのかしら? 自分が欲しいものだけもらうだけもらえばいい世界じゃないわよね? ギブ&テイクという言葉もあるし、ディのような無償の愛もあるのでしょう。あたしには理解できないけれど、この世界はさ』
エレナは絶叫したくなる。
『なぜ最低な自分を認めないのかしら? 大人になろうよ』
認めたら何かが終わってしまうからだろう!
奴に向かって絶叫していた。無意味なことだと分かっていても。
それから立ち上がり、トイレに走った。
そこで胃の中が空になるほど吐いた。何度も何度も。




