異界から覗く自我 22-5
5.妖精の謎
「それで、カーナンは何者なのかしら?」アリエーは訊ねる。
エレナとの約束を文書にまでして公証人の承認まで求めていた。血判まで反故にしそうなエレナだったから必要な処置だった。
「分かんねぇ」
「本当にそう言っているの? エレナは先程約束したことも忘れる鳥頭だったのかしら? 労力は惜しまないようにと言ったばかりですよね?」
人を射殺すような鋭い視線だ。
友人や同僚に向ける視線ではない。罪人扱いされているようなものだった。
「す、すいません」
プライドだけではない、面倒だと思い続けることが害悪であるとエレナは思い知らされる。これ以上誤魔化すことも逃げることも許されない崖っぷちにいる。
そう思い知らされた。
TDFから永久追放までのませられていた。ここで否定したら、カーナンだけでなく自分もアリエーから問い詰められることになるのだろう。
「あ~っ、色々と言ってくるんだけれど、言葉の意味が分かんないというか、理解できない。うるさい。意味不明なんだよ。さっぱり理解しようとしていない? しているだろうが」
工事現場の騒音を聞いているような音しか聞こえてこないのである。
「エレナは理解しようとしていないわ。通訳として失格。カーナンが伝えよとしていることを理解するようにしないさい。そこで分かったことを私に伝えなさい」
「だから意味不明なんだって。分かったよ。もっと分かるように言ってくれ。それからお前も口調を何とかしろよ。えっ? あたしが直らない限り無理? 冗談だろう?」
「貴女が直しなさいって言われていることを理解しなさい。そして意識して直しなさい。そうすればカーナンも穏やかに口調になるのでしょう?」
「そうなのかよ……」エレナは悔しそうな口調だった。「分かったよ。殴ってくるな。助けるから静かにしてくれ、して下さい。口調を優しくしろ?」
そう言われてアリエーを見ると笑みを浮かべて肯定していた。
「それで伝えてくれる気はあるのかしら?」
「こいつ曰く、うるさい。分かったよ」エレナは言い直す。「カーナンは説明を続けてくれている。あたしが至らないんだよ」
「ありがとう。カーナン」アリエーがそう言うと、エレナは心の中で舌打ちしているのがありありと分かる表情だった。「エレナ。自分の気持ちも相手の気持ちも一字一句漏らさず伝えなさい」
地の底から響いてくるような怖い声だ。
「伝えることに労力も言葉も惜しまない」
「面倒なんだけれどな」
「人付き合いというものはそういうものです。楽なことなんてありません。相手任せでは友達なんて言えません。自分から気持ちをちゃんと伝えなければ、会いに来てすらもらえないのですよ。良い関係なんて構築できないのです」
「ホーカルのこと?」嫌味のつもりだった。
「気持ちをぶつけることが出来たからこそ、私は婚約出来ました。理解できますか。お互いに好き合っていてもすれ違うのです。分かりますよね」
「……カーナン曰く……」口調が少し柔らかくなっているように聞こえてくるから不思議だ。「手伝ってくれるのか?」
「手伝いますよ。交換条件ですからね」
「痛いって! あたしの意志なんて無視かよ。それが最善策? そんなの分かる訳ないだろう? 放棄してねぇよ」
「カーナンの方が分かっているようですね。一字一句違わず私に伝えなさい」
「何で偉そうなんだよ」
「エレナが無視するからです」エレナは文句を言ってくるが無視した。
「して……してないよ。してないって! 伝えていないって、理解できないからだろう。理解できるように言えよ。私が拒否している? 最初から無視なんてしていない!」
エレナは自分自身に叫んでいたが、八つ当たりにしか見えない。脳内でやり取りがあるのだろうが、アリエーにとってはどうでもいいことだ。
「それであなたは何者なの?」改めて訊ねる。「どこから来たのかしら?」
エレナは回答を聞いているのだろう。舌打ちしている。
「あなたの約束はそんなに軽いものなのね」
アリエーは再び立ち上がる。
「ち、違う」
「どこがよ? 何度も舌打ちするくらい説明するのが嫌なら、私は聞かないわ。フィオーレに言うだけよ。エレナはTDFに不要だってね」
その言葉に寒気がする。フィオーレはアリエーの言葉を信じるだろう。どんなに否定しようと今までの行いから拒絶されティーマに強制送還されることは目に見えている。
TDFから放逐されるだろう。
泣きたくなる事実だった。
なんであらためなかった? 楽観視していただろう?
「してねぇ、してない」
慌てて否定するが、信じてもらえない。
「舌打ちしたでしょう。嫌ならそれでいいわ。態度も改められないのですからね」
「そんなつもりは」
「どんなものなのか説明してくるかしら? 答えられるの?」
エレナはアリエーと視線が合わせられない。
「残念でした。エレナはプロジェクトから外してもらうわ。その方がメンバーもすっきりするでしょうからね。どこに行きたいのか希望はフィオーレに伝えておくわ。元の場所がいいのかしら、聞かせてくれる?」
「……離れたくない」
「だって今私とした約束すら守れないのでしょう。私はもうあなたと仕事が出来ないわ。したくもない」
「何でそんなこと言うんだよ」
「友達? あんたはそれも無視して我を貫こうとしているの。エレナがどう思おうとも今の私は貴女を他人以下にしか見ない。同僚でも何でもないわ。私たちの気持ちすら無視するのですからね」
「……」
「何か言い返せるのかしら? 出来ないでしょう。だからもう見捨てるわ」
「ちゃんと話します。労力を惜しまずに」
「信じられないわ」
「どうしろって……。口調も態度も改めて話をしろ? 不誠実で自己中心的な態度だから、自分のやってきたことを振り返ってみろ? どうなのかって? 普段通りのあたしだろうが!」
「それが不愉快だっていうのよ」アリエーは言う。「どれだけ人を傷つければいいのかしら」
「そんなつもりは……」
「何度でも言うわ。その態度が改められないかぎり更生は無理ね」
「そんなこというなよ」
「もう甘やかさないわ。約束をすぐに反故にしたのはエレナですからね」
「してない」
「どこがよ。あなたは自分で面倒だといったわよね? 舌打ちしたわよね?」エレナの言葉をアリエーは拒絶する。「私の聞き間違いだと言いたいのなら、そうすればいい。自分の発言に責任を持たないんのですからね」
「分かったよ。分かりましたよ」
「その顔よ」自撮りの映像を再び見せる。「不満げな顔をして、自分は悪くないと思い続けているよね?」
「五月蠅い!」
「カーナンの方が分かっているみたいよね。ちゃんと話をしてくれるかしら」アリエーは言う。「これは最後通告よ。後は無いわ」
「カーナンは……」腕組みしエレナは考え込む。「ええと、あたしたちの世界観から言えば、悪かったよ。あたしに知識が無くてな。なんというか並行世界? パラレルとかそんな感じの世界線から来ていると言っている」
驚きではあったが、これは予測の範疇でもあった。
「どの世界線かは特定出来るのかしら? 分からないのは分かっているわ。なぜこの世界に現れたのかしら?」
「……本来厚い壁で隔てられている世界線が……、突然憂くなっていて、興味が沸いたから覗き込んでいたら、エネルギーの潮流みたいなものに飲み込まれてしまったと……」
「本当に?」
「数値とかそういった類は意味不明だし、あたしには分からない。それに不明な単語は訳せません」
本当に困っているのだろう。それは態度や言葉に現れていた。
「帰れないの?」
「単純にエネルギーが足りないと言っている」
「最初からそう話しなさいな。言い訳なんていらないわ。やろうとしなかったエレナに非があるのですから」
「あたしが悪いのかよ! 適当にやっていても見捨てられないだろうって、たかをくくっている? そ、そんなつもりは……。向こうから歩み寄ってくれるなんて思っていない……」
「カーナンの方が分かっているじゃない」アリエーは頷く。「まあ宇宙人や神様とか言われるよりは、別世界からの方がマシかもね」
「何であたしらの前に現れたんだよ?」
「なんか根拠みたいなものがあるのなら聞きたいわね。都合よく憑りつけるような存在がいるなんて確率的に低すぎるわ」
「偶然? 今のところはそれしか言えないらしい」
「まあ、そう言うことにしておきましょうか。それで、帰る方法はあるのかしら?」
「あるって言っている」
「それがエレナの助けがいるものなのね?」
「そうらしい」
「本当にそう言っているの?」アリエーは睨む。「エレナの言葉のニュアンスだけで、それが切実なものなのか、そうでないのか私の判断も変わってくるのですからね」
「そんなにか?」
「このまま取り憑かれて、時間の経過とともにあなたの生命エネルギーが、カーナンによって吸い上げられたら、エレナは生命の危機でもあるのにね」
先程自撮り画面でエレナの状況は見せているだろう。
エレナ自身無駄に体力が有り余っているから、理解できていないのではないだろうか?
「そうなのか?」
「いまにエレナは枯れ木よりも酷く皺くちゃにしぼんでいくようにしか見えない。どうなの、カーナン?」
「どこが限界なのか見極めようとしているけれど、枯渇していないようなので続けている? 冗談じゃねぇぞ!」
「そろそろ止めてあげてね。私の方が心配になってくるから。ここでエレナに倒れられたら、カーナンだって立ち行かなくなるんでしょう?」
「分かったって、なんでアリエーには素直なんだよ。また捕まった怖いからとかそんな理由かよ。あたしは無視かよ? だって頭痛には文句を言うけれどエネルギー供給に関しては何も言わない?」
「エレナも何ともないの?」
「少し怠いのかなと思うくらいかな。身体に支障を感じないから」
こけた頬をなぞりながら、エレナは首を傾げていた。
「それだけ顔に出ているのに? 病人レベルなのに動けるなんて……」アリエーは考え込む。奪われている生命エネルギーは見た目よりも少ないのだろうか?
「加減が難しい? だからってなぁ……。困ってないだろう? アリエーに指摘されただけ? 勝手にやられても困るんだよ」
「そうね。方法を実行に移すのにどれくらいかかるの?」
「まだエネルギーが足りないんだってさ。まだ搾り取るのかよ! 仕方がねぇな」
エレナは自棄になりながら呟く。
「それじゃあエレナは栄養補給に努めなさい。いつも以上に食べなさいって言っているのよ。そうじゃないといざという時に倒れるかもしれないわよ」
「わ、分かった」
「それからカーナン、実行に移す段階になったら教えてくださいね。手伝えることがあるか分からないけれど」
カーナンがいるであろう辺りを見つめながら、アリエーは言う。
「分かったって言っている」
「じゃあハウスに戻りましょうか」
アリエーはエレナとともに戻ることにするのだった。
面倒に巻き込まれたと思いながら。




