異界から覗く自我 22-4
4.妖精とコンタクト
「さあ話しなさい」
強い有無を言わせない口調でアリエーはエレナに詰問する。
ホームタウンのハウスから少し離れた森の近くでアリエーとエレナは差し向かいに座っていた。この時間であれば誰も来ないコースである。
「信じられないことだからさ」苦笑するエレナだった。「それでも?」
「細部まで覚えているのよね? 余程強い印象がない限り夢は起きた瞬間に忘れてしまうことが多いわ。それに覚えていても徐々にそれは曖昧なものになり記憶が薄れていくものなのよ。どんなに覚えていたいと思ってもね」
「そ、そうだな……」
覚えていたい夢もあったが、全て記憶の彼方だ。
「鮮明に覚えているというのなら、全て話して」アリエーはエレナを凝視する。
精霊使いとして、少しの異変も見逃さないようにしていた。
エレナの状況はおかし過ぎる。
「信じてもらえるか……」自信がなかった。「『助けろ』って言われたんだ」
「誰に?」
「カーナン」口にしてからエレナは首を傾げる。「なんであたしはあいつの名前を知ってんだ? いやこれは名前じゃないな。あいつがあたしにぶつけてきたモノから分かる発音で言っているだけだ……」
「エレナ。あんた自分が何を言っているのか分かっている?」
「えっ? いや夢の中で頭に何かぶつけられた時に分かったっていうか……気のせいかもしれないけどな」
「ぶつけられた? 何を?」
「何なのか分かんない」
「昨日のお昼の時のような痛みなのかしら?」
「あれとは桁違いに痛かった。頭の中に爆弾を落とされたっていうか、そんな感じ。同時にひっぱたかれたし」
「そのカーナンてのに? エレナは取り憑かれているんじゃないの?」
「取り憑かれている? 霊的なものにか?」幽霊が嫌いなエレナは身震いする。「祓えるのか?」
すがるような目だった。
怯える犬を見ているようだとアリエーは思った。
「霊と決まったわけではないけれど、もっと詳しく最初から話してもらえるかな」
「最初ッて……」
「カーナンというものに会ったんでしょう。それ様子から会話全てよ」
「大きさは二十センチくらいかな。向こうが透けて見えて透明な液状のような存在だったけれど、昆虫のような羽根を背負っているんだよ。それは分かる。そいつがあたしに向かって『助けろ』って言ってきたんだよ」
「命令口調でなんて、エレナみたいね」
「あいつにも言われたけれど、あたしってそんなに酷いかよ?」
「酷いわね。礼儀礼節がなっていないわ」
アリエーに食い気味に即答されてエレナはガックリしてしまう。
あいつの言ったことともに自分が感じたことも事実だったのだ。
「すいませんね~」
「全然謝罪になっていないわよ。へらへら笑っているようにしか見えない。相手は不愉快よ」
「そんなつもりはない」
「でもそんな感じで謝罪しているからオリエナには拒否されたのよね」
「そ、そうだけれどさ。そんなに重くならないよう言ったつもりだけれど?」
「軽薄で全然謝罪に聞こえない。土下座した時のように真剣に言わないと相手には届かないわね」
「いい加減に言ったつもりはないんだけれど……」
「エレナがそのつもりであっても、相手にはそう思ってくれないわ。全然気持ちが足りていないのよ」
「そんなにか?」
「そんなによ」アリエーは強く肯定する。「それで他に何か言われたの?」
「言われたような気がするけれど」胡坐をかき、腕を組みながら唸り声を上げて悩んでいるエレナだった。「いてっ!」
エレナはオデコを何かがぶつかってきたように右手で押さえる。
その瞬間、何かをアリエーは感じていた。
精霊とか霊とかそういった類ではない。
別な得体の知れない存在がエレナの周囲にいるようだ。どんな輩か分からないが、アリエーは感覚のすべてを解放してそれを探ろうとしていた。
五感だけでなく、精霊使いとしての第六感まで動員している。
「他には何を言っていたのかしら?」
「『助けろ』の一点張りだったけれど」
「あんたの話し方は省略しすぎ、要点を伝えることは悪くないけれど省きすぎていて、伝わってこないし分からないことが多すぎるわ。気を付けなさい。『あれ』とかで通じるような私たちは長年暮らしてきた家族ではないのよ。そんな端的な言葉だけでは伝わらないことが多いんだから」
「う、うん。そうだよね。分かった」考え込むようにエレナは頷く。
「容姿みたいものは分かったから、会話の内容をあなたが感じたことともに話してみなさい」
「だから命令口調だったことに腹を立てたら、あたしの思考を読んで口調を真似たって言われて、さらに腹が立った」
「エレナがどれだけ無作法だったか理解してくれたかしら?」
「無作法は分からないけれど、みんなが怒るのは何となく分かった」
「何となくですって?」
「だってよぉ」
「だってもクソもありません。もっと自分の言動が嫌われていると理解しなさい」
「は、はい」
「それで、続きは?」
アリエーは異質なものを見つけようと、五感だけでなく六感まで動員していた。どんな子細なことでも見逃さないように。
エレナを焚きつければ何らかの反応はあるはずだと。
「向こうに見えているのが誰だか分かんねぇから、挨拶しろ、名前を言えって言ったんだ」
「そうしたら?」
「そうしたら殴られた。叩かれた。それで目が覚めた」
ため息をつくエレナに何かが向かったのにアリエーは気が付いた。
精霊を見る目だけでは感じられないものだった。
それでも違和感がある場所に向かって素早く手を伸ばす。
超高速でパンチが繰り出されたようだったが、エレナの目の前には握りこぶしではなく何かに掴みかかろうとしているショベルカーを思わせるような手つきだった。
「捕まえた」
アリエーの目が赤く光っているような気がした。
「えっ? 何?」
舌なめずりするアリエーの表情は怖かった。
アリエーは伸ばした手が何かを捕まえた感覚はあった。
お~っ、何だろう手の内側で感じるこの妙ちくりんな感触は?
モフモフでもプニプニでもない。まるでゴムボールを握っているような。柔らかく生温かいものが手のうちにある。
それでいて何かしらのエネルギーの塊みたいなものを感じてしまっている。
本当に実態があるとは思っていなかった。
なんか楽しいな。初めての感触にウキウキワクワクしてしまう。
アリエーはチューブから液体を出すような感覚で軽く何度も握りしめている。彼女は微笑んでいたが、緊急警報みたいなシグナルがエレナの頭の中で鳴り響きだした。
「あ、アリエー。加減してあげて、嫌がっている」
こめかみを押さえながらエレナは言った。
「どういう風に?」
握りしめた手が少しピリピリしている。
うぶ毛が剛毛にでもなったような感覚かな。
怒りの表現なのか、それともエネルギーみたいなものが本当に絞り出されているかだ。なんとなく温度が少し下がったような気がする。
本当に嫌がっているのなら、それがどのようなものなのか知りたい。
精霊とは別のコンタクトであり、考えてみればこれば宇宙人ではないかもしれないが、異質なものとのファーストコンタクトでもあるのだ。
SFなのである。絵空事だと思っていたことを体感していた。
「え、ええと、なんか何度も握られると力が抜けていくと言っているのかな。あたしとの会話がしづらくなるとかなんとか」
「私には話しかけられないの?」ペースは緩くしたが、それでも軽く握り続けることは止めない。
「コンタクトとれたのはあたしだけらしい」
「らしい?」エレナを睨む。
「他とも、ハウスにいた全員に試みたって」
「危険じゃないの! エレナみたいになるってことでしょう?」
握る手に力が入る。
「し、してないって……」慌ててエレナは手を振り否定する。「じゃあ何であたしだけなんだよ!」
「本当に?」
半眼で握った方の手を見つめる。
エレナが話してくれた姿見からは、ピクシーを想像してしまう。もしそうだとしたら相当悪戯好きのようにも思えてくるし、エレナの思考を読んだとしても人間のような考え方はしないはずだ。
「不思議だね、じゃねぇよ! 何であたしがこんな目に合わなければならねぇんだよ? 理由は何となく分かった? だったら教えろよ」
今のエレナを見ていると、なんか一人コントを見ているような気分になる。
彼女は気付いていないが、独り言を延々繰り返して自分自身の言葉に突っ込んでいるのである。自分に暴言を吐いているようなもので呆れてしまう。
「確定したら教える? 今じゃねぇのかよ」
「影響は無いのね?」
「頭に向かって、え~と言語を投げつけてくるものであたしだけ。それは通訳? それをし易くするために力を使っているらしい?」
「何ですべて疑問形なのよ。ちゃんと伝えなさいって言っているでしょう」
「曖昧なイメージが多いんだよ。力が足りない? これ以上何を寄こせっていうのかよ」
「それってエレナから不当に得ていったものでしょう? エレナを乗っ取るつもりなの?」
「そこまで力はない? あったらするつもりだったのかよ! この世界は手足が使えた方がいいから? なんて奴だよ!」
何度見て、聞いても、自分で自分に怒っている姿が滑稽だ。合わせ鏡の向こう側に永遠に怒鳴り散らしているようなものなのに当人は気付きもしない。
エレナの意識や言動を読み取っていっているのだとしたら、彼女は自分自身を拒否し向き合おうとしていないようにみえてくる。
自分が好きとか嫌いとは別の次元で。
「ならいいか」アリエーは肩を竦める。
「よくねぇよ! あたしは利用されているんだぞ。こいつ消滅させていい」
アリエーの右手を睨みつけながらエレナは言い放つ。
「分かったわ」
知りたいという好奇心もあるが、こんな得体の知れない物を放置するのも世界のためにならない気がしてくる。だが、それ以上にエレナの思考が気に入らなかった。
「痛い。痛い」エレナは頭を抱える。
手の平がチクチクしてくるから、カーナンなる存在はエレナに向かって抵抗しているのだろう。
少しアリエーは手を緩める。全面的な解放をするつもりはまだなかったが。
「エレナ」
「な、なによ?」
彼女は涙目だったがアリエーは気にしない。
「カーナンという存在がどのようなものか分かりませんが、生命あるものを簡単に消滅していいと思っているのですか? あなたは命を何だと思っているのです?」アリエーは精霊使いとして問う。
「こんな害にしかならないものなら、消すよな!」
「害になる理解したのかしら? 何にも理解していないままよね? たとえそうだとしても貴女にその権限があるのですか? 極論で言いますが、貴女の家族やディやテーセを殺していいかと訊かれたらどうなのです?」
「拒否するに決まっている」
「同じ命ですよ。簒奪する権利が貴女にあるのですか? それを問いているのですよ」アリエーはエレナ言う。「この芝を歩く蟻を簡単に踏みつぶしていいと?」
「そんなことは言っていない」
「言っているのですよ。あなたの言葉はそのつもりがなくても命を奪おうとしています」
「アリエーがだろう!」
「私はエレナに言われただけでよ。私はカーナンを握っていますが、命じたのは貴女です。王のように首をはねろと命じているのです。自らの手を汚さずにね。言葉には責任が伴うものなのです」
「そんな訳ねぇだろう」
「エレナは軽いつもりで言ったのでしょうか? これは人の生き死にを左右する言葉になります。オリエナに対して正義の鉄槌を下したように、正しいことをしたと自分に言い聞かせているにすぎません」
「……そんなつもりはねぇよ……。感情のままに言葉にしている? そんな……分かったよ。考えるよ。うるせぇよ」
「考えることを拒否しない。感情的になってそのまま行動するのはエレナの悪い癖よ」
「逃げるなかよ。分かったよ。うるさい。分かったって言っているだろう」
エレナは頭を何度も横に振った。
頭痛が酷いのだろう。顔が青白くなっているがアリエーは心を鬼にしている。
エレナに必要な儀式、重要な通過点であるはずだ。
「では消滅させていいのかしら?」
「何とかしてやりてぇと思うのは事実だ。うるさい。騒ぐなって言ってんだろうが。頭に響くんだよ」エレナは自分に言い聞かせるように言う。「助けねぇとは言ってねぇ。分かんねぇんだよ。可哀そうっていうか、自分でも分かんねぇけど、助けたいというか?」
「なぜ疑問形なのよ?」
「分かんねぇって言ってんだろう」
「その口調を直した方がいいと言われているでしょう? ディにでさえ見放されるわよ。余裕がないとでも言いたそうだけれど、だからこそ気を付けなければ誰も話を聞いてくれなくなるわね」
「そんなこと……」
「そんなことあるのよ。私は見放して病院送りしてもいいと思っているわ。簡単なことですから。ただ意味不明な独り言をつぶやいている、狂ったと言えばいいだけですからね。状況に甘えない。自分一人で解決できるのなら、私はそれでいいわ。今のエレナは中世地球時代のように魔女裁判にかけられてもおかしくない状況なのよ。エレナがどんなに言い訳しようとも結果は変わらないの。分かるかしら?」
アリエーは右手を解放した。
「何で離す?」
「それがあんたの物言いなら、私は関係ないわ。好きにやりなさい」
アリエーは立ち上がろうとする。
「わ、分かりました。ここで見放されたら困る」
「私は困らないわよ。貴女がそれを選択したと考えるのですからね。人にものを頼む態度や物言いでないと」
「怒られたじゃねぇよ! お前のことでもあるんだぞ! うるさい! ああアリエーに言ったんじゃないぞ。口調は気を付けます。素でもこれからも。こ、これでいいよね?」
「信じられると? TDFに異動してきてから何度その言葉をフィオーレ達に吐いてきたのかしら?」
アリエーの言葉にエレナは大量の冷や汗が噴き出してくる。毛穴という毛穴から。
「口約束なんて信じてもらえないレベルなのことは分かっているのかしら? エレナが言った言葉ってそんなに軽いものなのね」
「そ、そんなことは……」
アリエーから視線を外してしまう。
何度言われても中途半端で終わっていた。三日坊主だと言ってもいい。長続きしないのだ。信じてもらえないレベルで。
エレナは悔いているようだが、出来ないと諦めるのが早すぎるのである。
それこそ自業自得である。
「血の誓いでも何でもします」土下座して言う。
「それだけで何を信じればいいのかしら?」
「命? そこまで差し出せっていうのかよ? そうしなければ信じてもらえない?」
「カーナンの方が分かっているようね。それくらいの気持ちがない限り、エレナは自分自身を見つめ直さないでしょうからね。その場しのぎの言葉なんて今は通用しないの。話を聞くふりだけして、中途半端にしか実行してこなかったんですからね。エレナは」
「そ、そんな訳は……」
「実行できていたら、今頃エレナはバックバンドでベースを弾いていたでしょうね。自分が不甲斐ないのを他人のせいにして逃げていただけなのに気付いていない」哀れすぎる。「自分を顧みないツケよね。今、貴女は合わせ鏡自分と向き合い過去を顧みなさいな。その上で否定できるのなら反論してきなさい。言い訳するなら受け付けるわよ。その言い訳はすぐに否定してあげますから。そして見放しますから」
エレナの意識を変えることは今しかないとアリエーは強い口調で話しかけている。
容赦がなかった。
「こいつを放逐していいのかよ?」
「いいわよ。カーナンの生命的な波長は覚えたから、見つけることは可能だってね。エレナからはあまり離れられないようだから、すぐにまた捕まえられるよ」不敵にアリエーは笑った。「話をすり変えるつもりだろうけれど、私はなあなあにこの話を済ませる気はありません。逃げは許しません」
エレナはアリエーの言葉に選択肢は存在しないことを思い知らされるのだった。




