異界から覗く自我 22-2
2.エレナという存在
エレナ・ホナミ・ヤジマは運動神経の方がプログラム技術を上回っている。
彼女がなぜプログラミング系の仕事に就いたかは知らないが、スポーツ系の仕事の方がもっと大成していたように思える。
確かに異動当日フィオーレにねじ伏せられ、さらに挑んだノルディックやアリエーには敵わなかったが、ソロ競技であれば銀河系プロランキングに入れるはずだ。
それに不器用すぎる。
直情径行。一直線でコミュニケーション能力に欠けるし、協調性がない。
集団生活や社会人になれば必要なものが欠如している。
自分自身の人生を語りたがらないので、どんな幼少期を過ごしてきたか分からない。それでも不思議と年上の男性にだけは何か言われると従うところはあった。
摩訶不思議ではあったが。
アリエーはブツブツ助手席で考え込むエレナを横目に見ている。
孤高の野良が、この先どこに行くのか不安にも思えてくる。
中央広場はもうすぐだった。
正面には木々の向こう側に巨大な鋼の塔がそびえている。
何で木目調にしなかったのだろう? 木のような構造物にした方が自然に馴染むような感じがする。批判とか出なかったのだろうか?
七百メートルを超える高さから見える光景は会場だけでなく宇宙港から首都ラザルナ・シティまで一望できる壮観な眺めになるだろう。
足元から地上が見ることが出来たらどんな気持ちになるか、精霊は感じられるのか? アリエーは想像してしまうのである。
中央広場の食事処の情報はフェリウスから貰っている。
さて何を食べようかな? 空腹にお腹が鳴った。確かに会場内を飛び回ったりしているが、それほど運動量があるわけではないのに必然的にお腹は空いてしまう。
「ちょっと停めて!」
エレナは声を上げるとシートベルトを外してエレカーから飛び降りた。
「ちょっ! 危ないじゃない」アリエーは自動操縦を切るとエレカーを止めた。「どこ行くのよ?」
エレナは答えることなく自走路を超えて公園に入っていった。
「なんなのよ?」
放っておくことも出来ずアリエーは最寄りの停車場にエレカーを停めると、エレナの姿を視界にいれつつ走り出した。
また頭に激痛が走った。
先程のようにオデコに何かがぶつかってきたわけではない。
頭の中に響いてくるように、声が届いているような気がしたのである。
『助けて欲しい』と。
なぜあたしなんだ?
そう思いながらも瞬間的に行動を起こしている。
アリエーにエレカーを停めてと言いながらもシートベルトを外して、動いているエレカーから飛び降りている。
低速だから着地でバランスを崩すことはなかった。
声が聞こえてきた方向は分かっていたので、それに従って身体は動いている。
後で思えば不思議な行動だったのだろう。アリエーにも呆れられたけれど、直観に逆らわず行動していた。何度も後悔しようともそれは変わらなかった。
頭には声にならない警告音のようなものが聞こえ続けている。
頭痛のような感覚だった。風邪すら引いたことが無いのにそう思うのが不思議だったが……。
中央広場の手前、まだ工事中の区画のようだった。
小さなカンポのような区画であったのかもしれない。緑の芝生の真ん中にツツジのようなものか植えられていて垣根が出来ている場所があった。その垣根を幅跳びのように飛び越えて、その中心に空いた小さな芝の空間に着地する。
十点満点も狙える着地姿勢で、エレナは周囲を見回す。
この辺りに声の主がいるはずだった。
しかし誰もいない? なぜ?
その後も頭痛のような衝撃は続いていく。
「痛いって」
額に右手を当てながら呟く。
何度も頭を左右に弾かれているような気分だった。
何だろう。目の前がぼやけていくような感覚になってくる。境界がぼやけてきた。
何かいる?
空気の一部が陽炎のように揺らめいていた。蜃気楼か?
気が付くと小さな十五センチから二十センチほどのピクシーが見えたような気がした。空間に透明な揺らめきが見えたようだ。
それは一瞬で幻かと思った。
何かの悪戯?
これくらいの幻想的な映像ならTDFの連中は軽く作れるはずだ。何か仕掛けがあるのか? 頭痛こそ感じたが、それ以外何も見えずキョロキョロと辺りを見回している。
「エレナ! どうしたの?」
アリエーが追い付いていた。
彼女の顔を見れば悪戯を仕掛けているような様子ではないと感じられた。
では何なのだろう。
「呼ばれた気がしたのよ」エレナは呟く。
「誰に?」小さなツツジ系の垣根に囲まれた空間にはアリエーとエレナしかいない。
アリエーは精霊の息吹すら感じられていないので、不思議だった。
自然現象に敏感なアリエーの様子を見て、エレナは自分の勘違いかと思った。
頭を振ってそれを振り払う。頭痛が消えた気がした。
「何でもない」
エレナは不自然な笑みを浮かべながら言うのだった。
「おかしいわよ」アリエーは呆れていた。
彼女は周囲を見回して感覚を研ぎ澄ませていたが、精霊を感じることは出来なかった。エレナは何を感じ、何を耳にしていたのだろう?
「気のせいだった」
頭を押さえつつもエレナは言った。
「大丈夫なの?」
「気のせい、気のせい」
相手を気遣ったような声にアリエーは驚いた。
「どうしたの?」アリエーは心配そうに顔を覗き込んできた。
「なんでもない。あたしが間違っていた。ごめん」
「そ、それならいいけれど……」
「さあ中央広場に行こう。ランチタイムがもったいない」
エレナはオレンジ色の髪を掻きむしりながら歩き始める。
中央広場すぐそこにあった。




