セキュリティ大作戦 21-6
6.果て無きプログラムの応酬
今回の件をフィオーレが気付いていなかったとは思えない。
そうオリエナは考えていた。
一切口を挟んでこないのも不気味だった。
彼女は常にTDF全体を見ていたはずだからである。
翌日早朝のTDF関係者によるネットミーティングでも表情を変える様子もなくフィオーレはネット空間でダイブする時も、現実社会で行動する時もツーマンセル以上で行動するように指示を出してくるだけだ。
テーセの件に介しては一切話が出なかった。
最新式のガードプログラムがフェリウスやキャスティの周囲には施されている。ペリシアやクリスにはシュルドとパーンがそれぞれ付いているから間違いは起きないだろう。現実空間では護衛の意味もありシティへ向かう際や行政府に行く時には極力アリエーやノルディックが付き添うことになった。
それは産業博覧会が終了するまで続くことになる。
負担になるのではといった声も上がったが、ノルディックもアリエーも気にしていない様子だった。日進月歩なプログラムやシステムと違って、物理であれば二人以上の頼れるボディカードは存在しえないだろう。
実際にシティ内のジャンク屋巡りをしていたシンシマとレイストに声を掛けて誘い出そうとした者達がいた。遠巻きにしていたノルディックが駆け付け不意の襲撃があっても、物理的に彼は難なく撃退し襲撃犯たちを銀河保安局につきだしていた。
衆人環視の元でそういった凶行に及ぶ神経が分からないが、依頼元はバレないという自信もあるのだろう。
それに精神的な揺さぶりにもなるはずだからだ。
それでもTDFはハウスやパビリオンにこもることはない。
あざ笑うかのように、メンバーで休日には遊び歩き、飲みにも行くし撮影などの取材に協力をしている。むしろ以前よりも増えた感じがする。
あたしらのネットへの露出は増えていった。
フィオーレはガードシステムだけでなく緊急事態にも対応できるように追跡できるような警報プログラムを組みネットにダイブする際に分身たるガードシステムを身につけさせる。
その成果もあって、TDFパビリオンメンバーは不自由なく過ごし、敵対行動をする奴らをあぶりだしていっている。
捕まえたネット犯罪者を多数つきだしたら銀河保安局には呆れられた。
TDFのメンバーも多様性ある犯罪者に対応していたため、それらの方面に関して技術力の向上には役立っていたという。
もしかしてフィオーレはそれを狙って、対応を他のメンバーに任せていたのではと思えてしまうのだった。
テーセとオリエナはノルディックを伴い行政府に向かっていた。
エアカーの後部座席でテーセはノルディック右腕にしがみ付いている。バックミラーでそれを見ながらため息をつき、オリエナは自動操縦状態で呆れながら操縦席についていた。
あの一件以来、テーセはトラウマになったのか、ノルディックにベッタリだった。
気にした様子もなくテーセに掴まれている右腕を彼女に預けながら、ノルディックは空いた左手でモニターを二面展開しサイバーグラスも駆使して黙々と作業を続けている。クールだとしか言いようがない。
しかもテーセの言葉に頷くだけでなくちゃんと会話を続けているのである。呆れるしかなかった。
こんな彼だからこそツイング姉妹が惚れる要因なのだろう。
それにノルディックもS級プログラマーでいいんじゃないかと思ってしまう。
シュルドもフィオーレも認めていないので受験すらしていなかったが。
彼も気にすることなく慣れた手つきと感覚でプログラミングしていく。相変わらずTDFには変態しかいないと思えてくる。
オリエナは自分のことは棚に上げていた。
さらに事件は起きる。
未明にパビリオンが襲撃を受けたのである。
同時多発的に十四カ所のパビリオンへ侵入し機材を破壊し情報を盗み出そうとしていたようだ。
ミネルヴァやアマデウス、それから先進的な技術力がある企業のパビリオンが狙われた。無論TDFも標的だった。
襲撃はスパイダーやドローンによって行われた。
それらがサイバー空間からせ乗っ取られ、外から襲撃してきたのである。アマデウスのパビリオンなどは小型ミサイルによって入場ゲートが破壊されていた。
緊急事態に銀河保安局が警備会社とともに駆けつけてくれたので、襲撃してきたドローンやスパイダーはすべて排除されたが、今も調査は続いていたが仕掛けてきた犯人は分からずじまいだった。
トラッティン政府は警備網の不際を指摘され、頭を抱えることになる。
スパイダーやドローンの暴走はパビリオンで作業を続けている会社や作業員の動揺を誘っていた。
犯人とかかわりがあるのではと疑わるだけでなく、自らが使っているシステムが暴走する可能性があるのである。
疑心暗鬼にならない方がおかしい。
TDFパビリオンに出入りしているミタグラ社の社員も動揺していた。
そんな中でもフィオーレは平然と作業を続けている。
彼女には確信があるのだろう。
「当然ですわ」
あたしが直接彼女に訊ねてみると、当然のように微笑む。その冷淡な笑みに背筋か凍る。
さすがラスボスだ。
あたしにだって、この一件が何を意味するのか分からない。不安を煽るだけのものなのか、更なる事象が起こる前触れなのか判断が付かない。
TDFメンバーを代表してクルス・バートン・フルクスがフィオーレに訊ねている。
「大丈夫なんだろうな?」
「気にししなくていいわ」背筋を凛と伸ばしてフィオーレは答える。
何も問題ないと彼女は宣言していた。
「私たちをただ単に疑心暗鬼に陥らせたいだけなのですからね」
「そうなったらどうなるんだよ?」
「作業がストップして、ここから逃げ出したくなるものも出てくるでしょうね」
「そこまで酷いのか?」クルスは呆れる。「自分達が使っているものを信じないでどうする?」
「信頼を置いていたものならなおさらでしょう。日々使っているパーソナルシステムが暴走したとしたら、クルスはどうなの?」
「何を信用したらいいか分からなくなるな」
「そういうことよ。犯人はそれを狙っている。夜間でなく日中でさえ暴走はあり得るとね。あの一件は成功したら御の字、失敗しても恐怖心は植え付けられるのよね」
呆れたように肩を竦めて見せるフィオーレだった。
「成程ねぇ」クルスは唸る。「俺ならこれで結束させようとするけれど、そういった意図もあるか」
「意図を見通しなさい」そういった目も必要になる。
答えは一つではなく、様々な選択肢が存在してくるのである。
「俺としては優しく励ましてほしいな」
「私にそれを求めるのかしら」
妖艶で怪しい瞳にクルスも腰が引ける。
「ディの方がいいな」
「正直でよろしい。ディは不安な表情をしているかしら?」
「だからこそ優しくしてほしいし、尻を」
「調子に乗らない」ピシャリとフィオーレはクルスを叱る。「それにディの表情を曇らせたくないのなら、貴方も余計なことに気をとられず仕事に励みなさいな」
「了解~」軽く挨拶するようにクルスは頷く。
「そうすればディに褒めてもらえるかもよ」
「ご褒美だねぇ~」
軽く手を振りクルスは仕事に戻っていく。
「犯人の目星はついているの?」オリエナは訊ねている。
メンバーがそれぞれの仕事に戻っていく中でも訊かずにはいられなかった。
「当然でしょう。証拠がないからあえて叩かないし、保安局に訴えられないだけよ」
「なるほど」
ノルディックや古参のメンバーは確信しているような顔つきだった。
「オリエナだって気付いているのでしょう?」
「自分も被害者面して、近づいてくる奴らだからな」
改良したセキュリティシステムがあると、他社や行政府にまで売り込んでくる懇願無知である。
システム乗っ取りの布石でしかないのは、警戒している企業からはバレバレだろう。もっともそれら裏事情を知らないパビリオンには売れてようであるが……。
「ミネルヴァという線は?」
「絶対ないとは言えないけれど、あそこは今回の件に関しては白よ」
「それなら良かった」
「今回の件を別にしても、ミネルヴァは正面切って技術提携したいと申し出てくれたわ」そこに嘘は感じられなかった。
「それなら確定だな。用心に用心を重ねる必要がある」
「助かるわ。アマデウスは売り込んできた後、犯人は実はミネルヴァでしたと言ってきたそうなのよね」
「えげつねぇ~」
「相手はそういうところだがからね。自分都合でしか動いていない」
「厄介な相手に目を付けられたもんだ」
「TDFの前の時代からの因縁のある企業ですからね」
TDFの前身がお取り潰しになった事件に関してはオリエナ自身聞き及んでいる。
「違いない」苦笑するしかない。「被害者面して周りを煽っているからね」
各パビリオンに今回の件を報告しながらも、更なる不安を煽っているようにしか見えてこない。
「更なる強化が必要です」フィオーレは笑みを浮かべながら言う。「今回の一件は前座でしかありません」
「次かあるのかよ」唸り声を上げる。
「当然です。TDFの失策を誘うつもりでしょう。その手に乗るつもりはございません」
「裏をかこうっていうの?」
「これだけコケにされて、オリエナは黙っているつもりなのかしら」
「あたし一人なら無理だから」
「TDFは一人ではありません。皆で後ろに隠れている黒幕にざまあをしようではありませんか」
「気持ちよさそうだ」
「当然です」
パビリオンのホール中に響き渡る高笑いをフィオーレはしていた。
それを聴いた全員がフィオーレを注目するのである。
フィオーレはネットを通じてシュルドとノルディックにセキュリティプログラムの強化を指示し、さらにシンシマとレイスト、アリエーとオリエナにハード面とラインに関しても指示を出している。
いつ襲撃されてもいいような体勢は整えている。
彼女のような存在は味方であれば頼りがいがあるが、敵に回れば恐怖以外の何物でもない恐ろしい存在でしかない。
ラインへの襲撃は移動中だった。
不意を突いたつもりだろうが、その兆候をTDFは見逃していない。
さすがと言えるだろう。
飽和攻撃は常套手段だ。大量のデータをシステムの限界以上に送り込んでくることは分かり切っていた。
そのための手段をオリエナは数通り考えている。
それが予測で来ていただけに、すでに準備は出来ていたのである。
『なめんなよ』舌なめずりしながらオリエナは微笑んでいた。『常套手段であり、効果的だけれど、今のあたしには舐めてんのかと言いたくなるわ。それだけぬるい手段なんだよ』
馬鹿にしたように仕掛けてきた相手に向かって、聞こえるようにコンピーター言語で語り掛けていた。
TDFの反応に相手は困惑しているだろう。
仕掛けてくると分かっているのなら対処は容易い。
この大量のデータの中にウィルスはまぎれているはずだ。
飽和攻撃による大量のデータをラインの外に排出していきながら、オリエナは舌なめずりしている。
シュルドが考えてくれたシステムで、ダムがたまりすぎた水を緊急放流するようなものだった。オリエナはライトアップや虹を作って見せてもいいと思った程である。
『見え見えなんだよ』オリエナは有頂天だった。「ノルディック、テーセ任せたよ」
「任せろや」
一泡吹かせようと、ノルディックは嬉々としていた。
「テーセ、怖いのなら、オレにしがみついたままでいいぞ」
ノルディックにそう言われてテーセは小さく頷く。
あれはトラウマになってもおかしくない状況だった。それなのにノルディックはテーセを連れて行こうとする。
震えるテーセを見ると、正直言って可哀そうだった。
「怖いなら俺の背に隠れていてもいい。それでも目を開けて目の前のことを見ろ」
強い言葉でノルディックは言う。
逆効果であると思えてしまうのであるが、ノルディックはお構いなしだった。
「怖いものなど何もない。オレがいるからな」
普通に聞けば歯の浮く台詞がポンポン出てくる。
それでも刺さる言葉があるのだろう。テーセは恐る恐るサイバー空間にダイブする。
それでも彼女はノルディックのアバターにしがみついたままだった。
この天使はやり込められるとメンタルが弱々になるようだが、ノルディックは逃げ出しそうなテーセを鼓舞し続ける。
「怖いよな」ノルディックはテーセの手を取る。「それでもテーセの手でその恐怖を打ち砕け」
無茶なことを言う。
それでもテーセは手を繋ぎながらもその広い背から出て彼の横に並ぶ。
俯いていた顔を上げた。
その様子に感動すら覚える。
『デリート!』
ノルディックの背に隠れながらも、懸命にプログラムしていたのだろう。
テーセは震える声で何度も懸命に『消えろ』と叫んでいた。
彼女に植え付けられたトラウマを打ち消すように。
これがノルディックがテーセに求めたことであるのなら、彼女は完璧にやり遂げていたといってもいい。
テーセはノルディックの腕を強く掴みながらも彼に優しく言われながらプログラムを構築していたのであろう。彼女のプログラムが、侵入して来ようとするウィルスをすぐさま発見していた。
それをのみこみ消化すると、唾を吐くようにウィルスを吐き出した。
新しいガードプログラムが完成した瞬間だった。
吐き出されたウィルスは最初こそ困惑していたが、今度は一目散に宿主目掛けて戻っていった。
「よくやった」ノルディックはぶっきら棒に言うとテーセの頭をクシャクシャに撫でている。「怖くないだろう?」
「うん。ありがとうお兄ちゃん」
晴れやかな笑顔だった。
「それなら良かった」満足したように彼は頷いていた。
「ノルディックは良い漢だねぇ」
後部座席を見ながらオリエナはニヤニヤと嫌らしく笑い掛けてきた。
「お兄ちゃんは、格好良いモノ」
当然のことのようにテーセは笑う。
「惚れ直すよね」
「気色悪いからやめてくれ」
ノルディックは慌てたように否定してくる。
「お兄ちゃんは素敵すぎるよ。誰だって好きになるよ」テーセは両腕をノルディックの体に巻き付けてくるが、全部を覆うことはできない。「オリエナだってそうだよね?」
「そうだね~」
「その気色悪い笑いを止めろ!」
照れているか分からないが、ノルディックは視線をずらしながら言う。
彼もまた純情だった。
直接の素直な感謝はオリエナ同様苦手のようだ。




