第199話 萱津の戦い③
【萱津の戦い】
信長は攻める軍を三つに分ける。
中央に織田信長、左翼に前田利昌、右翼に柴田勝家。どれも500程の兵を一軍とし、それぞれ役割を持たせてある。
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〜左翼〜
左翼の将を務める前田利昌。兵の中には今回初陣を迎える子の前田利家の姿も見えた。
「利家。まさか緊張しているのか?」
ーーーブルブルと震える手を見て、近くにいた伊東心太が気にかける。
「ちげーよ。子供の頃から早く戦場に出たいと願ってたのがようやく叶うと思ったらよ。なんだかワクワクして震えが止まらねーんだよ。」
「チッ…そうかよ。心配して損したぜ。全く……お前はそう言うやつだよな。」
「ハッハッハッ!!指揮官の首は俺が頂く!!」
伊東流槍術の使い手でもあり、師範の兄•伊東心介、弟の伊東心太、並びに門下生も左翼に配置。
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〜右翼〜
右翼の将を務める柴田勝家。
「ガーハッハッハッ。まさかあんな策を打ち出すとはの。面白い!!面白くなってきたではないか!!」
「ええ。今回の戦の鍵は我々“両翼“。だからこそ左翼だけには負けられませんね。ご命令があればいつでも動く準備は出来ていますよ。」
横にいた家臣の中条家忠は、久しぶりに豪快に笑う勝家を見てどこか嬉しそうにしている。
高まっていく兵の士気。勝家が声を上げれば意気軒昂と突っ込んでいくに違いない。
「ガーハッハッハッ。そう慌てるな。気持ちは分かるが…この戦いの口火を切るのはワシらではない。」
勝家はそう言って中央に視線を移した。そこには戦場で何十、何百回と見た織田家の旗印が見える。
五つの瓜の形が中央の唐花を取り囲むような図案で、かつて織田信秀が斯波氏から賜った家紋。
その名を『織田木瓜紋』
厳しい時、辛い時、挫けそうな時、その旗印を見るだけで心が奮い立った。信秀がもういないと頭で分かっていても、不思議とその存在が感じ取れる。
(信秀様…それでもワシは…)
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〜清洲織田軍•本陣〜
一方、横に大きく広がる織田信長軍の陣形を見た大将•坂井甚介は信長の狙いを瞬時に理解していた。
「展開した両翼が突破して我々の本陣を横から突く算段なのだろう。やはり注視するのは…”柴田勝家”が率いる敵右翼か。」
織田信秀の台頭には柴田勝家の名がかかせない。尾張国内の者なら尚更、こと戦いにおいて最強は柴田軍だと考えてる者は多くいる。
色々と踏まえた上で坂井甚介は二つの策に絞り込む。横に広がっていると言う事は厚みが無いと言う事。つまり信長のいる中央に兵を集中させて一点突破するか、それか敵と同じような陣形を組み対峙するのか。
前者はかなりのリスクが伴うものの成功した時の恩恵は計り知れない。内心では一点突破を選びたいと思う自分がいる。
「チッ……やはり邪魔だな。」
しかし、チラッと端にいる柴田軍を見て、寸前の所で最悪を想定してしまった。
「柴田側は倒す事よりも抜かれないよう立ち回ることを徹底させろ!!その隙に敵左翼を突破し我々が本陣の横を突いてやる!!」
坂井甚介は同じく横に広がる陣形を選ぶのだった。
そして…時刻は辰の刻(午前8時)両軍の間でついに戦端が開かれる。
「報告!!報告!!中央にて織田信長自らが先頭に立ち先行しています!!」
「なにぃ!?それはまことか?」
しかし初っ端から坂井甚介の耳に想定外の情報が入る。後方の本陣にいるはずの敵総大将が最初から最前線に立つなど普通はあり得ない。
「はい!!どういたしますか?」
「本当であれば決まっている!!急ぎ兵を送れるだけ中央に集中させよ!!…何か策があったとしても力で押し切れる。戦いも知らん”うつけ者”に目に物を見せてやれ!!」
戦いが数分で終わってもおかしくない状況に迷わず動く。
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「さて…敵は出てくるかな?」
「ハァ…出てくるに決まってます。いや…こんな怪しい状況、罠だと思って出てこない可能性もあるのか?」
「うーん。それだけは困るんだが…」
「自らを囮にするなんて…政秀様が来ていたら絶対に止めたでしょうね。いや…連れて来ていないから取れる策なのか?」
「恒興、さっきから考えすぎじゃぞ。」
この時、信長の横にいた恒興は政秀の日々の苦労が本当の意味で理解出来たような気がした。




