32 観念論
「それにしてもドミニコ神父の考えはカトリックの教義と矛盾があると感じられましたわ。《人間は土くれから創られた存在だ》と言った部分ですけど。……魂の存在ではなく輪廻転生だけを否定したのなら問題はありませんが、人間が〝肉なる魂〟だという定義であるのなら、重大な食い違いですわね。〝死は滅びではなく、新たな命への門〟と言うのがカトリックの死生観ですから」
「魂が肉って、どういう意味? よくわかんない」
「肉体が死んだら魂……つまり『心』も共々消滅して無くなってしまう、という考え方ですわ。聖書の記述を文字通り解釈した場合、それが正しいと考えられるのです」
「ど~~して~~~? ハッキリとそんな事が書いてあるんですかぁ~~~~~?」
「典型例はさっき神父さん自身の言葉《あなたの間に自分の息子、娘に火の中を通らせる者、占い師、ト者、易者、呪術者、呪文唱者、口寄せ、霊媒、死人に伺いを立てる者などがあってはならない》これは続きがあって《主はそれらを厭われる》とありますから。……厭うのは、神が死後の魂は真実ではなく迷信だから戒めている、と解釈するのが自然でしょう?」
「へえ~~~、ナルホド~~~~~~~~ですねよ~~~」
「他でも《おまえは塵であり、塵に返る(創世記3:19)》とか、人間の死後の霊魂を否定する記述はいくらでもありますので」
その一方――
木造教会へ移動した福音書の専門家は、教義の純粋性を追求する立場から哲学教諭と対峙していた。彼女は不快感を漂わせながら言う。
「まったくあなたは……監察官自ら問題を起こすのは謹んでもらいたいんですがね」
「私は〝教導師〟だ。やはりあなた方のいる教員室が発信源ですか。……私をまるで官憲みたいな肩書きで呼び中傷して、生徒達が偏見を抱く様に仕向けているのは」
「言いがかりだ。正式な肩書きを勘違いした事実は謝るが、生徒達の間で敬遠されているのは彼方自身の振るまいが原因だ。この懺悔室以外で生徒達への接触は控えて頂きたいですね」
彼はムッとした表情をした。
「失礼、ドミニコ神父。…………ただ助言を一つ。日本の習慣や社会の実情に合わせた奉仕が不満であれば、一刻も早く転属を願い出た方がいい。本来ならクリスチャンが体現するべき理性的な振舞いを、この国の人々は習わずとも知っているんだ。それは400年以上も昔の大先輩フランシスコ・ザビエルやルイス・フロイス師もバチカンへ報告済みだろ。今更あなた方に出る幕など無いんじゃないか?」
「 教会を侮辱する気ですかっ!? 」
――この男、直ぐ興奮するタイプらしい。
独善的でエキセントリックな性格だが、惜しい。
(若くてなかなかの二枚目なんだけどな……残念な人だ。尤もローマ・カトリックの神父は情欲を戒め妻帯が出来ないから、モテたとしても無意味だろうが)
彼女は内心苦笑する。
宗教的であれ政治的であれ、凡そイデオロギーというものが人を幸福へ導いた例はない。
革命思想然りだ。
コミュニストの唯物主義は言うに及ばず、自由・平等・博愛を標榜したフランス革命でさえ、ジャコバン派の指導者マクシミリアン・ロベスピエールが大虐殺を実行して、その〝成果〟は民衆達の大きな失望を買い、一時王制を復活させる程の揺り戻しを招いた。
宗教で喩えるなら【迷信・盲信・狂信】の三信がそれで、人間の造りだしたイデオロギーとしての信仰である。これらへの警戒心や拒否感が強い日本人に対しては、もっと素朴で自然な――彼らが言うところのいい加減で大まかな形でなければ、決して広く受け入れられる事はないだろう。
「ミス烏丸。私はシスター・クリスティーナほど甘くはありません。学業の成績がトップだろうが七歳児だろうが生徒会長だろうと子羊達への分け隔ては無い。肝心なのは従順さであり、秩序だっているか。地上における唯一神の代行者――教皇睨下への忠誠心があるか否かです」
(2年α組の事をよく調べている。熱心な事だ)
烏丸は処置なしといった表情で、天井に目を遣り嘆息した。自分こそが学院内で秩序を乱しているという自覚は皆無の様だ。
「いつか後悔する日が来ないよう。貴女もよくよく考えて行動するようお勧めする」
「やれやれ……まあ頑張って下さいよ。但し、生徒達への干渉は暮々も控える様お勧めする。取り分け私の受け持ちクラスはね。迂闊な介入は、思わぬ精神的ヘイトを喰らいかねない」
「生徒との接触は自由だ。あなたの許可が必要とは思いません」
「重ねて言うなら、怪物騒動の件でウワサの中心にいる生徒。これは敢えて関わらない方がいい。理解し難いものを見て、震えがくるぞ」
「脅迫しているつもりかね!?」
「まさか。あなた自身のためを思っての、助言ですよ。そろそろジェズイット祭へ向けての準備も始まるので、生徒達の作業の邪魔だけはしないよう願いたいですね」




