30 教導師
三人はふと前方に目をやった。
立襟の黒い祭服を着て眼鏡を掛けた高身長・細面の若い男性が歩いて来る。
少し緊張が走り、自然と会話は途絶えた。少女達はそのまま黙ってすれ違おうとしたが、彼の方が足を止めた。
「待ちたまえ」
《ギクリ》として三人も歩みを止める。
――進行を阻む形で立ちはだかり、声を掛けてきた。
「キミらは2年α組の生徒じゃないかね?」
「はい……そうですけど」
キャソック姿の男性は、一人一人の顔を確かめる様な目付きで点検しながら、その内一人への〝審問〟を開始した。
「御狼沙織くん、だね? キミは身寄りが北海道に住んでいる祖母一人だとか。そのお婆さんはどうもイタコらしいと聞いているが、本当かね?」
「イ……イタコじゃない…………〔トゥス〕なの」
「同じ事ですよ。死者の霊を呼び寄せ会話できると称してる。要は心霊術師なんだろう?」
彼はメガネフレームの傾きを直しながら、嘲る様な笑みを浮かべて言う。
友人は言葉もなく俯いている。その様子を見た二人は強い反発心を抱き、憤懣を囁き合った。
{酷い圧をかけるわよね、まるで取調べみたい。沙織とはぜんぜん無関係な話しじゃん!}
{だから~~~、バチカンじゃなく〝バカチン〟っていわれるんですよぉ~~~~~}
「 そこのキミたち、何か言ったかね? 」
「うう~~、何もいってません~~~~~」
「はい、全然、ナニもっ」( ……スゴイ兎耳…… )
男はバチカンから派遣された教導師で、最近学院内で注目され始めた神父ドミニコだった。
以前、彩への力付けとして土御門響也も触れている。
『 まぁ~た妙なのが現れたよな…… 』
――これは編入生・勘解由小路紗夜香だけを指した言葉ではなく、この人物も対象だった。
無論、保険医度来摩季は例外であり含まれていない。
「どうも2年α組の生徒……キミ等の言動には悉く、学院を設立した先達の苦労を軽くあしらう傾向がある。完全な神学校でないとは言え、理念自体は重要なものだ」
殆んどの日本人が無宗教で、只でさえ信仰心の希薄な人が多い。と神父は言い、ミッション系でありながら、一般高校へ通う者達と違わないのはそれが原因――そう分析を付け加えた。
彼の態度は荒野を耕し〝信仰〟という名の種を植える開拓者然としている。
「目に見えないからといって、聖霊が確固として在る事実を否定はできない。天使の活躍や悪魔の暗躍も、感じ取りたい強い意思が無ければ、決して感受できないだろう。この国以外の世界では宗派を問わず、神の存在を信じている人々が殆んど、という真実を再認識する事だ」
信仰心の乏しい日本人。……それって、あなたの偏見ではないか? 風祭美樹は首を傾げる思いで彼の話を聴いていたが、ふと自身の経験を交え率直な意見をぶつけてみようと思った。
「天使は会ったことも声を聞いたことも無いけれど、悪魔の姿なら。それから、神様も……体のホンの一部だけですが、最近見た事がありますけど」
「なんだってぇ?!」
ドミニコ神父は引き攣った様な声を上げ、驚く。これは、ローマカトリック関係者への返答として絶対忌むべきもの。
余りの主張で呆然と言葉を失っていた間も、風祭は4ヶ月程前遭遇した事件の概要を語る。
「私達の教室だけじゃなくて、他のクラスの人たちも見ていますよ。悪魔を見たせいで体調を崩した人が大勢出て、保健室が満員になったくらいだから」
「そんな事はありえない!」
「うちのクラスメートの女の子が〔トコヨの門〕というのを校庭一面へ開いて、その中から黄金色の強烈な光が溢れてきたんです。後でその子に聞いてみたらあれこそ御神体の一部で、生けとし生ける者達すべての故郷だって。人の心は神仏の分け御霊だから、と言ってました」
「異教の迷信だ! 異端者の戯言だっ……クリスチャンなら、絶対信じてはなりません!」
神父の剣幕が凄まじく驚きながらも、彼女はかつて自分が受け入れた『真実』を述べ続ける。
「で、そのっ……悪魔はその中へ落ちて暴れているうち熔けて、消滅してしまったんです」
「もういい! ところでそれを言っていた生徒は一体誰なんだね? 名前は?」
自分の発言がクラスメートを不利な立場に追いやりかねないと気付いた美樹は、迷った。
「ええっ……あ、それは…………」
「霧隠彩ちゃんですわ」
「舞……!」
神父は声の主をふり返った。二人の会話へ加わって来たのは、微かな笑みを湛えた雪城舞。彼女は情報提供しつつ、友人の矢面に立つ。
「彩ちゃんは仏教徒ですから、人間の心は神仏の分け御霊が口癖で。創造主が昔、御自分の聖体から細胞を一つ一つ取り出し、自由意思と個性を与えて解き放ったそうです。それこそ星の数ほど……まあ、クリスチャンや一神教徒が解り易いようアレンジした解説らしいですわ」




