29 羆旋風
「金魚すくい」「射的屋」「縁日から離れろよ!」
「演劇分野はどう? シェイクスピアとか」
「格調高過ぎじゃねぇの? 誰が喜ぶよソレ」
「『竹取物語』」「『オペラ座の怪人』」
「『忠臣蔵』がよろしいのでは?」目を輝かせた彩が手を上げて発言した。
「ダメ! ダメ! 却下だ!」
「御意!」――――
〝ご主君〟の言葉で、彩は忽ち取り下げた。
「ちょっと響也、彩ちゃんの意見を無理やり押さえ込もうっての!? 横暴じゃないっ」
「おまえ一体幾人必要だと思ってんの? 討ち入る側だけで47人いるんだぞ」
「むうっ……」クラスメートは33名なので、叶仁子も押し黙った。
「はいはい! 今、熊が全国で暴れまわってるの知ってるよね。タイムリーな話題ってコトで、いっそ有名な三毛別の人食い熊事件を劇化して上演したら?」
「お、良いじゃん。それでいこう!」
逸早く右手をあげた豪田悟は嬉々として賛同した。
「……でも大変なんじゃ? ヒグマの着ぐるみとかどうするんだよ」
「少々値は張るけどレンタル出来るぜ」
「マジか!?」
「人食い熊の話だろ。内容がハードモードじゃねぇか?」
「猟師&熊の駆け引きに重点を置いて捕食場面ぼやかしゃ何とかなる」
「でもそうなると教室使った演劇なんだろ? 手狭じゃね?」
「ああ。もし本格的な物をやりたければ、体育館を借りて演劇部なみの上演だって出来るぞ。軽音楽のコンサートとかみたいなのを」
烏丸の助言の直後も、生徒達は教室を使用しての出し物を幾つか提案してゆく。
「私はトリックアートがいいです」
「ダンボールを使った迷路。各種トラップを織り込んで。お化け屋敷はありきたりだし」
「室内〝ジェットコースター〟決して不可能じゃ無いらしい」
これらが採決される前、教室の片隅で興味深い会話が始まっていた。
「ちょっ、沙織、それ本当なの!?」
「うん。野生の人馴れ熊じゃなくて、子グマの頃から人が育てた熊は、全然怖くないの」
「ヒグマってある程度成長すると、凶暴さが出てきて同居は無理だって聞いたんだけど?」
「北海道で猟師やってる親戚が羆を飼ってて……私も小さな頃から馴染んだりしていたから……結局は個体差とか熊各々の性格次第らしいって」
「沙織ちゃん、そんな事教えてくれなかったじゃん!」
鴨川セリも驚きと興奮を隠さず言う。
「叔父さんが〔Yo‐Tube〕のアカウント持ってて、幾つか動画をうプしてるから」
「ホント!? 見たい見たい! 見せてよ沙織!」
女子達は驚きの声をあげて目を見張り、彼女の周りへ群がった。自分のスマホを取り出し検索準備を整え、アカウント名や動画タイトルを尋ねた。
「お前達、席を離れて何騒いでる!」
烏丸頼子の叱責の声を聞き回れ右しつつ、一人が言う。
「先生、劇の内容と関連する映像があるらしいので、参考にしたいと思います」
動画は程なく見つかった。
羆は灰色がかった毛並みをしていて想像よりずっと大柄で、かなり恐ろし気な外見だ。
そのうち昔の沙織らしい濃紺のオーバーオール姿の少女が現れてクマと遊び始めるのだが、頭から上体を覆い被せる体勢を取って、お腹の下へ巻き込み咬む様な仕草でじゃれている。
双方の体格差は明らか。
はしゃぎ声なども時折混ざるのでギリセーフだが、でなければ猟奇的衝撃動画みたいだ。
玉の汗を浮かべた風祭美樹は前席の要と感想を語り合う。
「沙織が食べられてる様にしか見えないんだけど?」
「すごいですねぇ~~~、これ~~」
意見が出揃った所で採決を取ると、熊害事件頻発という時節柄か〝熊関連の劇〟を実行する案は仮決定された。御狼の衝撃動画のインパクトが影響を与えた側面もあろう。
特定事件を扱うため、一応話の筋立ては関連小説二本を元として、また事件を扱ったノンフィクション・ドキュメンタリー本からもネタを抜き出し各個へオリジナル要素を加えて脚本を準備する事が決まった。
これらは大正四年(1915年)、北海道三毛別で起きた日本最大の熊害事件を題材にしている。
調べると、地元ではこの事件を風化させない手段として一時獅子舞ならぬ『熊舞』という郷土芸能も生まれたらしいが、継承者が育たず現在公演は断絶しているらしい。その意味でも、舞台演劇への鑑賞的意義は高いと考えられた。
文学部所属のクラスメートが脚本を担当し、かつてTVドラマ化されたという情報があるので入手出来れば構成上の参考にする事も決まり、ロングホームルームは滞りなく終了。
風祭美樹、扇谷要は御狼と連れ立って学院寮へ向かった。
「あの動画は刺激的だったわ。沙織のおかげですんなり決まったものね」
「なんて名前なんですか~~〜? あのクマちゃんは~~~~~?」
「雌の羆で『グリ子』っていうの。…………」




